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最初の商品

 メイドの朝は早いもの。

 かつての先輩の教えに従い夜明けと共に起きた私は、着替えを済ませ、水を汲むため裏口から井戸の広場へと出ました。

 夜明けのしっとりとした空気。

 明るく染まり始める空は美しい薄紫色。

 するとそこには一人の先客が。


「ア~、ア~、本日も晴天でなにより。世界を照らす太陽のお姿を余すことなく拝見できる喜びに、小生の逞しい胸板も打ち震えるというもの。新しい朝というものは、どうしてこんなにも心が燃え滾るのでございましょうか」


 お一人で演説のように語っていらしたのは、鶏の獣人のドゥさんでした。


「ドゥさん、おはようございます」

「これはこれはアリア嬢ご機嫌麗しゅう! さすがお早いですな、まさにメイドの鑑。素晴らしい心掛けに感服した小生、そろそろ心の昂りが限界でございまする! では! 本日も! 張り切ってまいりましょう! ──スゥォオオオオオオオオ……ッ!!」


 ドゥさんは風の音と錯覚するほどに大きく息を吸い、その逞しい胸板を膨らませて天を仰ぎ、そして──



「クルォケコッッッコォォオオオオオオオオオオ!!!!」



 ──鳴きました。それはもう、高らかに。


 まるで鶏のように。しかし大きな体を最大限使った鳴き声は、鶏とは比べ物にならないほど大きく豪快でした。なんという轟音。建物が揺れたような錯覚さえ起こします。落雷もかくやという程の声量はまさに圧巻の一言。


 至近距離で聞いてしまった耳の余韻をやりすごしていると、魔道具屋のお部屋の窓が怒りに任せたように勢いよく開き、まだ寝間着姿のウィリアムさんが顔を出しました。


「毎朝毎朝うるせぇって言ってんだろうが鳥頭! こっちは月下花の処理で夜遅い日もあるんだっていつになったら理解するんだ!!」

「おはようございますウィリアム殿、今日もお元気そうですな」

「聞けぇ!!」


 次いでカチャリカチャリと他の窓も開きます。


「ウィルおはよ~、ドゥさんもアリアちゃんもおはよ~」

「みなさんおはようございます」

「マーガレッタ嬢、ポカル殿、おはようございます。今日も良い天気ですぞ」

「……えっと、おはようございます? いまのなに?」

「チトセ様、おはようございます」

「ご機嫌麗しゅうチトセ嬢。小生のモーニングコールのお目覚めはいかがですかな?」

「やめろっつってんだろ!」

「はいはいみんなおはようさん、さっさと着替えて焼き立て買いにおいで」

「は~い」

「行きます」

「チトセとアリアもおいで、長鉢荘の住人は半額だよ!」

「サンドラ様の焼き立てパンは絶品ですぞ!」


 長鉢荘での朝は、こうして始まりました。



 * * *



 大き目の家具の受け取りと配置を午前中に終えて昼食を済ませると、チトセ様はさっそく工房に糸車を設置してお仕事を始められました。

 最初に紡ぐのは、古道具屋で譲っていただいたビー玉です。


「廃棄処分される物で大量にあって危険が無くて色が綺麗な物は材料に最適なんだよね。昔から、そういうものとか摘んできた花とかを糸にして家計の足しにしていた女性は多かったんだよ」


 チトセ様は三種類ある糸車から木製の、こちらの世界の物とほとんど変わりない糸車を選び作業を始められました。

 本来なら羊毛などを括り付ける場所に目の粗い籠を取りつけ、その中にビー玉をコロコロと山盛りにします。

 普通の糸紡ぎならば繊維をほぐす作業が必要になるものですが、魔法の糸紡ぎはそういった工程が不要のようです。


「ん~、綺麗な蜂蜜色。色艶は最高、手触りもつるつるしてるから、見た目も肌触りも良い糸になるよ」

「色と手触りは素材が反映されるのですね。……と、いうことはこのビー玉のように半透明の糸になるのですか?」

「そうだね、本当に細~く垂らした蜂蜜みたいな糸ができると思う」

「それは身分の高い方の服飾に喜ばれそうですね」

「でしょ? だから最初は刺繡糸にして売ってみようと思うんだ」


 チトセ様は指先に魔法を宿し、籠に盛られたビー玉にそっと触れ、指先を擦り合わせるようにして糸端をより出しました。それを導き糸に結び、糸車にセットして準備は完了。

 はずみ車が回転し、チトセ様の指先はスライムのようなビー玉を熟練の手つきと魔法で糸として撚っていきます。

 籠から細く伸びる、蜂蜜のような糸。

 糸車がくるくる回るごとに、セットされた白木の糸巻きへくるくると巻き付きます。美しく輝くそれは、まるで繊細な飴細工のよう。


 ある程度の量を紡ぐと、チトセ様は作業の手を止めて出来上がった糸の確認をいたしました。


「手触りは水とか紡いだ時と変わりないかな、ツヤツヤで良い感じ。色ムラも無し、ビー玉自体の色の差が見えなければ問題なさそうね。強度は……うん、このくらいの魔力使ってこの強度なら十分」


 チトセ様はひとつひとつ確認しながら、内容を紙へ書きつけていきます。

 その後、いくつかの魔法耐性の確認と、火をつけてどのように燃えるか等を見ておられました。


「魔法耐性……特筆すべき点は無し。燃焼性は、普通の繊維よりは燃えにくいな……ってことはビー玉の中身は油でもないんだね。水分メインの……無害な分泌液とかそういうアレかな……緩衝材とか巣の蓋とかなのかもね」


 ふむふむ、と確認を続けるチトセ様。

 その様子を見て、ふと先日の古道具屋店主の言葉を私は思い出しました。


「そういえばチトセ様、ビー玉は中身が出るといずれ腐るとの事でしたが、糸がいずれ腐ってしまう事は無いのでしょうか?」

「無いよ。魔法で紡いだ糸は、糸にした時点で“その性質を糸として維持する”状態になるから。変色に関しては普通の染めた布みたいに保護魔法かけた方が良いけどね。極端な話、豚肉を紡いだら腐らない豚肉の糸ができるんだよ」

「まあ、それは保存食に良さそうですね」

「食感は糸になっちゃうからあんまり美味しくないけどね。昔の村とかはそうやって保存食にしてたみたいだよ。武将さんとかは食べ物で作ったマント使った人もいたみたいだし。今もインスタント……は、こっちには無いのか。うん、お湯で戻して食べるような保存食には食べ物の糸はよく使うね」


 書き付け終えたチトセ様は「よし!」と糸を作業机に置いて立ち上がります。


「危険な成分は無さそうだし。色は蜂蜜だけど甘い味がするわけでもないから、人が食べちゃう事も無いでしょう。と、なれば工房の初商品としてはこれ以上ないほどの良品だと思うけど……アリアはどう思う?」

「これほど美しい糸は初めて見ましたので、素晴らしい売り物になると思います」


 私の返答を聞き、チトセ様は輝かんばかりの笑顔で仰られました。


「オッケー。それじゃあ、蜂蜜業者さんの所に行って、ビー玉全部買ってこようか!」

「お供いたします」


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