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訳ありメイドは異世界転生した紡ぎ士とのんびり暮らします  作者: 島 恵奈華
二章 新工房と教室と

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ギルドマスターの涙


 春。それは様々な動物や魔物が冬眠から目覚めて活動を始める季節。

 どこの山や森でもそれは変わらず、目覚めた獣達は季節単位の空きっ腹を抱えて餌を探します。

 その徘徊が大自然の奥深い場所のみで終わればいいのですが、そうはいかないのが野生というもの。

 木々が切り開かれた平地とは、つまり村があり畑や牧場が広がる土地。

 春の畑は種が撒かれ、柔らかな新芽を伸ばす苗が植えられています。

 牧場には、冬の間も暖かい場所でたっぷり餌をもらった家畜がいます。

 よく考えずとも、野生の生き物にとってそれらは御馳走。

 森の奥の餌場で縄張り争いに負けた獣は、こういった人里にやってきて早速畑を荒らすのです。

 それがただの動物程度なら村人だけでもどうにかできるのですが、魔物が出てきたら手に負えません。


 特に危険なのはストロングレッドベア。巨体に速さを兼ね備え、鋭い爪の攻撃を受けると金属鎧を着けていてもその部位が飛びます。その毛皮は氷だけでなく炎にも耐性があり、火を恐れないので遠ざける事ができません。早々に討伐しなければ、牧場の家畜が壊滅的な被害を受け、村人も被害に遭います。


 時点で農夫から厄介だと言われるのはアイアンホーンディア。鉄の角と骨を持つ鹿の魔物です。冬の入りと冬の終わりに食欲が増すらしく、群れを成して畑や牧草地に襲来してくるそうです。柵を跳び越えるのは良い方で、襲撃慣れした個体は堂々と柵や納屋をその角で破壊するのだとか。


 どちらも山奥やダンジョンに住まう魔物と比べれば可愛いものですが、戦いを生業としていない平民が太刀打ち出来る相手ではありません。

 春祭りの直後から冒険者達がいそいそと遠征に出立するのは、こうした魔物を駆除するためでもあるのです。



 * * *



「『しかし、依頼が入ってから駆け付けるまでの間の被害はどうしようもなく。かと言って全ての村、全ての山林を常にパトロールして周るわけにもいかず。今年もかわいいかわいい鶏達に少なくない被害が……』──あ、涙の痕だ」

「おいたわしや父上! 実家の鶏達が今年もそのような目に!」

「あ、うん。ギルド名義だけどやっぱりローシャさんのお手紙か……『村でも鳴子を吊るす等の工夫はしておりますが魔物には効果がほとんど無く難儀しております。何か役に立ちそうな糸に心当たりがありましたら、教えていただけると幸いです』……これは、依頼の一歩手前かな?」


 顔を洗ってまいります、と退室したドゥルさんを見送り、チトセ様はひとつ息を吐きます。


「……害獣かぁ……ようするに、アレがあれば良いんだろうけど……アリア、この世界、電気ってある?」

「デンキ、でございますか?」

「えっと……人間が使えるようにした雷、かな」

「雷でしたら、属性魔法や雷を帯びた魔物が存在しております」

「あるんだ! ……その魔物の素材って何に使ってるの?」

「雷が含まれ大変危険ですので土に埋めて処分すると耳にしたことが」

「もったいないの極みー!」

「雷が弱い部位等は珍味となる事もあるそうですが……運が悪いとお亡くなりになりますので避けていただきたく」

「……なんで処分一択にしてる物を食べちゃうのかなぁ」


 食べる食べないはともかくとして、雷の魔物は希少な存在ですので私では知識がほとんどございません。

 海は人魚、山はドワーフ、魔物の事は冒険者ギルドです。

 帰還して早々で外出着のままでしたので、チトセ様と私は再度工房を後にし、冒険者ギルドへと向かいました。



 * * *



「お早いお越しをありがとうございまぁす。うちのギルマスの無茶に付き合ってもらってすいません、お部屋にどおぞぉ~」


 チトセ様担当のメルナタリーさんに案内され、いつもの個室へ移動します。


「ギルドマスターさんは?」

「ギルマスは季節の風物詩やりに行ってまぁす」

「えっ?」

「毎年春と秋は何日か使って泣きながら実家の鶏を守りに大剣振り回しに行くんだぁ~。この時期の牧場には行かない方がいいよぉ、牛だの鶏だのがルーツの獣人が殺気立って走り回ってるからぁ~」


 ……なるほど。宰相も春と秋に休暇を取り領地に帰ると聞いた事がありますが、そう言う事でしたか。

 メルナタリーさんは冒険者ギルドマスターがチトセ様に送った手紙の中身を知っていらっしゃいましたので、お話は実にスムーズに進みました。


「へぇ~……雷かぁ~」

「故郷では金属の糸?に雷を通して畑を囲んで、害獣が近付くと感電するようにしてた……はず?なんですよ」

「珍しく曖昧ぃ?」

「すいません。私は今まで畑と縁遠くて……実際に見たり使ったりした事は無いんです」

「そっかぁ~、でも知識だけでも助かると思うなぁ~」


 そう言いながら、メルナタリーさんは雷属性の紋が書かれた図鑑をテーブルの上に開きました。他の図鑑と比べると、厚みはとても少ない書籍です。


「雷属性の魔物ってあんまり数がいないんだよねぇ。まぁ攻撃もらうと基本即死するんでぇ、雷属性ってだけでAランク任務になっちゃうからゴロゴロ出てこられても困るんだけどさぁ~」

「どうやって倒すんですか?」

「金属使ってる武器とか鎧は軒並み戦力外になっちゃうからぁ、普段そういうの使ってるやつらが護符とか担当して安全地帯作ってぇ、遠距離攻撃担当が頑張る」

「頑張る」

「安全地帯が崩れる前に頑張り切るしかない。馬鹿みたいに強いSランクは雷避けるとかいう馬鹿やるけど」

「そんな人いるんですか?」

「『エンサイクロペディア』っていうSランクのおっさんは、やる。雷避けて、得物ぶん投げて仕留めるんだって。ソロ討伐だよ? 馬鹿だよねぇ~」


 不可能ではありませんが……私も雷は糸で軌道を変えなければ安心はできませんね。『エンサイクロペディア』という冒険者は素晴らしい腕前のようです。


「素材に出来そうなのは……あったあった、これだ。『天空クラゲ』」


 開かれた図鑑には、海にいるクラゲと変わらない姿の魔物が描かれていました。傘の大きさは人の頭ほどでしょうか。


「これは海じゃなくて空の高いところにぷかぷか浮かんでる変なクラゲでねぇ、人魚の国がある広~い海の上の空にいっっっっぱいいるんだってぇ。こっちの方の海の上にも少しいて時々何匹か飛んでくるんだぁ~。攻撃はしてこないんだけどぉ、触ったら危ないから討伐依頼が来る~」

「へぇ~」

「こいつはね、足とか内臓は雷がすごいんだけどぉ、傘の部分は逆に雷を通さないんだぁ」

「あ、じゃあ触れるんですね」

「そうそう。半透明だから核が見えてるでしょ? そこを遠距離攻撃で撃ち抜けば倒せるからぁ、傘の部分を袋みたいにして足と内臓を包み込めばお持ち帰りができるのぉ~……そうやって持ち帰って珍味だって食べて死ぬ馬鹿がいるんだけどさぁ~」

「このクラゲのことだったかぁ……」


 なんでも、度胸試しとして食べてお亡くなりになるのは若い冒険者に多いそうで……メルナタリーさんは深々と溜息を吐きました。


「王立研究所から、このクラゲは雷属性の研究対象として確保するよう常設の依頼が入ってるのでぇ、研究所に在庫があるはず~。錬金術師ギルドもたまにそっちから研究サンプルとして買ってるって聞いたからぁ、お買い上げは問題ないはず……いくつかこっちで取り寄せますかぁ? うちのギルマスのお願いだし、今をときめくハルカ工房様行きって付け加えれば確実にまわしてもらえるっしょ」

「じゃあそれでお願いします」


 取り寄せの手続き書類を書きながら、チトセ様はふと首を傾げられました。


「……そういえば、キュアプルクラゲも研究所で研究してたっけ……」

「マジでぇ? 王立研究所クラゲまみれじゃん、ウケる~」


 ウヒャヒャと笑うメルナタリーさんにチトセ様もつられて笑いながら、様々な冒険者の逸話などを世間話に聞かせていただき、本日はお開きとなったのでした。


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