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訳ありメイドは異世界転生した紡ぎ士とのんびり暮らします  作者: 島 恵奈華
序章 暇を出されたメイド、出会った異世界人と中央都市に居を構えること
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長鉢荘の愉快な人々


 まずは同じ東棟のお隣から……と思ったのですが、どうやら外へ出ているようでしたので、さらに隣のパン屋『ムキムキ小麦』へと向かいました。


「……ものすごいマッチョが出てきたらどうしよう」

「マッチョ?」


 マッチョが何かはよくわかりませんでしたが、扉を開けて中をご覧になったチトセ様がホッと胸を撫で下ろしたあたり、どうやら杞憂だったようです。


「いらっしゃーい」


 店一杯に広がるパンの香りと共に迎えてくれたパン屋のおかみさんは、ドワーフの女性でした。

 小柄で恰幅が良いドワーフの中年女性によくみられる容姿です。ニッと笑った笑顔は愛嬌で出来ていました。


「ここらじゃ見ない顔だね、近くに越して来たのかい?」

「あ、えっとお忙しい所すみません。はじめまして。私、東棟の角に越してきました、千歳と言います。こちらはメイドのアリアです。引っ越しの御挨拶に伺いました」


 と、チトセ様が蜂蜜を手渡すと、おかみさんは目を大きく開いてそれを受け取ります。


「おやおやおや! 長鉢荘にずいぶんご丁寧なお嬢さんがいらしたもんだ! あたしゃここ長いけど、引っ越しで心付けなんてもらったの初めてだよ!」


 職人志望は変なのが多いからね、挨拶に来ない奴だって多いのに! とケラケラ笑いながら蜂蜜の瓶をカウンターに置き、いくつかのパンを紙袋に入れて渡してくださいました。


「わざわざありがとうよ、これお返し。あんたみたいな良い子には良くしてやりたくなっちまう、なんかあったらいつでもおいで!」

「ありがとうございます! えっと、長鉢荘の管理人もされてらっしゃるんですよね?」

「管理人だなんて! そんな大げさなもんじゃないよ! 誰も彼もがみんなで使うところを雑にするんで汚くてイヤだから、掃除してやる代わりに家賃タダにしな! ってギルドに殴りこんでやったのさ! そしたらあっちも体裁ってもんがあるんだろうね、管理人だなんて呼び出して!」


 ま、旦那の職場とも近いからここから離れる気はないし良いんだけどね。と笑う姿は、市民によくいらっしゃるお喋り好きな奥様のお姿です。

 チトセ様もすっかりお気に召した様子で、しばし会話に花が咲きました。


「おっと、あたしとしたことが、まだ名乗ってなかったね。サンディーリラってんだけど長いから、気軽にサンドラって呼んどくれ」

「サンドラさん、これからよろしくお願いします」


 良いお方が管理人のようで、私も安心いたしました。



 * * *



 パン屋を出た私たちは、そのまま角を曲がって南棟へ向かいました。

 南棟の中央は革細工師のお店、『竜の末裔』という看板がかかっています。


 中へ入ると……本当に同じ建物でしょうか?赤地に黒や深緑の糸で三角形の連なった模様や竜を刺繍をした布で飾られた、異国情緒の溢れる店が姿を現しました。

 ふわりと漂うのは、あまり馴染みのないお香の香り。

 商品は革製品ですが、一般的な獣のなめし革とは違います。鱗がゴツゴツとついている蛇やオオトカゲ、恐らくは小型のドラゴンの物もあるでしょうか。そういった鱗をもった生き物の革を専門に扱う店のようです。

 冒険者が好みそうなベストやグローブの他、丁寧に作られたバッグ等も棚に飾られているようでした。


「いらっしゃいませ」


 音も無く、敵意も無く、店の主はカウンターの向こうに佇んでおりました。

 声は男性でしたが、顔がわかりません。

 店主は店を飾っているのと同じ系統の布で全身を覆い、頭と顔にも布を巻いていて肌が出ている所が一つもないのです。

 失礼を承知ですが、かなり怪しくて不気味なお姿。

 念のためお顔を確認しておきたいところですが、狭い店内で透視をしては相手が手練れだった場合気付かれる可能性がございます。

 ひとまずは、人となりを見て判断することにいたしました。

 チトセ様は一瞬驚いたものの、すぐに笑顔を浮かべて蜂蜜を差し出します。


「初めまして。東棟に新しく入りました、千歳と言います。こっちはメイドのアリアです。引っ越しの御挨拶に伺いました」


 蜂蜜を受け取った店主は、瓶をころころと手の平で転がしてます。

 驚いたのでしょうか、何度か手の上の瓶とチトセ様を見比べるように頭を動かしてから言いました。


「……御丁寧にありがとうございます。引っ越しの挨拶……へぇ~、嬉しいなぁ……あ、自分はこの店やってるポ=カルと申します」

「ポ・カル……ポさん、ですか?」

「あ、いえいえ。ポ=カルで名前なんです。紛らわしいので、ポカルと呼んでください」

「ポカルさん」

「はい、ポカルです」


 見た目の印象からはかなりかけ離れたのんびりとした口調と動作の方です。


「何かお返しをしたいなぁ……ちょっと待っててくださいね」


 そう言うと一度奥へ入り、ややあって手の平に乗るくらいの植木鉢を持って戻ってきました。


「故郷から持ってきた花に子株が出来たので、どうぞ」

「わぁ、ありがとうございます!」


 鉢に植わっていたのは、この辺りでは見た事のないギザギザとした形の草の芽でした。


「食虫植物なんです」

「あ、虫を食べるやつですか?」

「そうなんです。これはデナガブランランといって、育つと飛びます」

「飛ぶ?」


 私とチトセ様の目が点になりました。


「飛びます、ランランの一種なので」

「ランランの一種」

「ヒューガブランランと違って根っこの植木鉢に帰ってくるので世話がしやすいですよ。あ、肥料がキライなので水だけやってください」


 聞いた事のない花の栽培方法を教わり、私とチトセ様はお店を後にしました。


「……ねぇアリア」

「はい、チトセ様」

「デナガブランランは植木鉢に帰ってくるってことは、ヒューガブランランは帰ってこないってことだよね……どこ行っちゃうんだろ?」

「……申し訳ございません、わかりません」


 私の情報も、どうやらまだまだだったようです。



 * * *



 本来でしたらそのまま南棟の端の楽器店へ行く予定でしたが、ポカルさん曰く『楽器に使う良い木を探しに長く店を開けている』との事でしたので、留守なのを確認だけして一度荷物を置きに戻りました。

 頂いたパンは夕食にしましょう。

 小さな鉢植えは、ひとまず日当たりの良いバルコニーに置きました。


 次に向かったのは、北棟の中央にある香水店です。

 こちらは扉の周りやバルコニーにたくさんの花の鉢植えが置いてあるのが見受けられます。

 パン屋から離れたこともあり、お店に近づくと甘く華やかな花の香りが楽しめました。


 扉を開けて中へ入ると、落ち着いた色の布が壁にかけられた店内に、凝った装飾の瓶が棚に並びます。白い貝殻や淡い色の珊瑚が品よく小瓶の周囲に置かれ、高級な雰囲気を醸し出していました。


「いらっしゃ~い。あら美人なお嬢様と可愛いメイドさん、お二人とも恋人はいる?」


 鈴を転がすような声で奥から出てきたのは、この辺りでは珍しいパールのピアスを付け、長い金髪を三つ編みにした美しい女性。調香中だったのでしょうか、身に着けているフリルの多いエプロンがよくお似合いです。


「あ、すみません。今日は買いに来たんじゃなく、長鉢荘に引っ越してきたのでご挨拶に……」

「えっ! 本当!? やったー! 夢にまで見た女の子仲間よー!!」


 諸手を上げて歓声を上げた女性は、チトセ様の手を取りぶんぶんと振りながら自己紹介をなさいました。


「私、マーガレッタ。仲良くしてね!」

「はい、ぜひ! 私は千歳と言います、こっちはメイドのアリアです。よろしくお願いします、マーガレッタさん」

「ン~~、固い固い。呼び捨てにしちゃっていいわ。私もチトセって呼ばせてちょうだい」


 年頃が近いのも一因なのでしょうか、チトセ様とマーガレッタさんはすぐに御友人となられました。蜂蜜を渡し、お返しにと香水の小瓶をいただき、賑やかな会話に花が咲きます。


「新しく開業したってことは、職人紋の魔法印は作った?」

「まだなの、今日はとにかく生活できるようにしないといけなかったから」

「ならちょうどいいわ。隣の店で作ってもらえるから、行きましょう!」


 マーガレッタさんは思い立つと行動の早いお方のようです。

 鍵もかけずに店を飛び出したお二人を、私は慌てて追いかけたのでした。



 * * *



 お隣、とはすなわち北棟の端にある魔道具屋です。

『ウィルウィッシュ・タリスマン』という黒い看板がかかっている店を、マーガレッタさんは躊躇いなく開け放ちました。


「ウィルー! お客さんよー!」

「メグ、また自分の店をほったらかして来たのか? 不用心だからやめろと言ってるだろう」

「だから、それなら私もこっちで香水売るわって言ってるじゃない」

「魔道具屋で香水を売る調香師がどこにいるんだ!」


 魔道具職人の男性は、長く青い髪を緩く束ねた黒いローブの男性です。少々鋭い目に片眼鏡をかけていらっしゃいます。店の中も店主と雰囲気を合わせているのか、全体的に黒い色で統一されていらっしゃいました。

 マーガレッタさんとは慣れた様子の掛け合いが続いていますので、どうやら気安い間柄のようです。

 ある程度の応酬をして、ようやく店主はこちらへ目を向けました。


「で、客だって? 冒険者には見えないが?」

「あ、はじめまして。東棟に越して来た千歳と言います。こっちはメイドのアリアです。引っ越しの御挨拶に、蜂蜜をどうぞ」

「……どうも、魔道具職人のウィリアムだ」

「チトセは新規開業だから職人紋の魔法印を作らないといけないのよ。ウィル得意でしょ」

「ああ、そういうことか……図案を貸してくれ」


 チトセ様が図案を渡すと「ずいぶん珍しい紋だな……」と何やら思案され始めました。

 その間に、マーガレッタさんがウィリアムさんの店について教えてくださいました。


「ウィルは魔法を籠めた護符作りが得意なのよ。冒険者に人気なの」


 その言葉通り、棚には身に着ける装飾品タイプから使い捨ての物まで、幅広い種類の護符が並べられています。籠められた魔法はかなり強い物のようで、確かに腕が良いようです。


「この紋なら大きさは一番小さいのでこのサイズだな、これ以下は模様が潰れる。金額は……このくらいで、製作期間は三日だ。良ければ作業に入るが?」

「わかりました、お願いします」

「……即決だな、いいのか? 探せば他に安い所もあると思うが」

「長く使う事になりそうですから、お値段よりお友達に紹介してもらった信用できるお店にお願いしたいですね」


 チトセ様がにこやかな笑顔でそう仰られれば、マーガレッタ様は花が綻んだように嬉しそうな笑顔をウィリアムさんに向けました。それを受けたウィリアムさんは僅かに頬を赤らめながら誤魔化すように咳払いをひとつ。


「……まぁ同じ長鉢荘のよしみだしな。蜂蜜のお返しも含めて良い物に仕上げるさ。……ほら、作業するから帰れ」

「またね、チトセー」

「お前も自分の店に帰るんだよ!」


 最終的に猫のように追い出されたマーガレッタさんは、クスクスと笑いながら魔道具屋を離れました。


「あーおかしい……良い男だったでしょウィル。好きになっちゃダメよ? 私のだから」


 なんと!

 私は全然気づかなかったのですが、しかしチトセ様は察していらしたようです。


「あ、やっぱり? メグって愛称許してるし、すごく仲が良いから恋人なのかなって思ったんだ」

「う~ん、半分はずれ。まだお付き合いはしてないわ」

「あれ、そうなの?」

「私はウィルが好き。ウィルも私が好き。なのに、なんということかしら! ウィルは私への気持ちがそういうものだってまだ気づいていないのよ」


「え、あれで?」と絶句するチトセ様の反応に、マーガレッタさんはまたクスクスと笑いだしました。


「びっくりでしょう? だから私賭けをしてるのよ、彼が長鉢荘を出て自分だけの工房を持つまでに気付くかどうか。気付いたら、私は彼に従順な美人妻になってあげるの」

「もし気付かなかったら?」

「彼の工房に押しかけて、教えてやって、彼を尻に敷く美人女将になってやるわ。パン屋のサンドラさんみたいな、ね」


 じゃーねー、と手を振り香水店の前でマーガレッタさんと別れます。

 東棟へ戻りながら、チトセ様はぽつり呟きました。


「……気付かないような気がするなぁ」


 それはつまり、尻に敷かれるということですね。



 * * *



 一通り周り終えた私とチトセ様は、チトセ様の工房へと戻ってまいりました。

 するとそこへ


「おお! しばらく空き家であった我が店舗の隣に入ろうとなさる、ということは、もしや! 貴女方は長鉢荘の新しい職人であらせられますかな!?」


 よく響く風格を感じる男性の声。

 振り向くとそこには、3ピースのスーツを隙無く着こなし頭にシルクハットを被った、体格の良い鶏の獣人が立っていらっしゃいました。

 そしてその方を目にしたチトセ様が……どうなさったのでしょう? 狼狽えて動きがぎこちなくなってしまわれました。


「これほど麗しいお嬢さんが隣人とは、小生はなんと幸せ者なのでしょう!よろしければお名前をお伺いしても?」

「アッ、ハイ、千歳と言います。コッチは、メイドのアリア……」

「なんとお名前まで麗しい! ……おお、これは失礼。小生としたことが名乗りも上げず……帽子屋『ドゥドゥ閣下』の職人兼店主を務めております、ドゥーイー・コッコと申します。お気軽にドゥとお呼びくださいませ」

「ハ、ハイ、これ、引っ越しの挨拶の蜂蜜デス……」

「これはこれは! わざわざご丁寧に!!」


 彼は名乗りを上げながら、シルクハットを脱いで美しい礼をいたしました。白い頭の上には立派な赤いトサカが輝いておられました。

 蜂蜜を受け取り、チトセ様と握手を交わすと「ではまた! 今後ともよろしくお願いいたします!」と朗らかに言い放ち、ドゥさんは尾羽をふりふりさせながら意気揚々と自分の店へと入っていかれました。

 ……チトセ様は固まったままです。


「チトセ様? どうなされました?」

「え、だって……首から上が、そのまんま鶏の頭だったよ!? 羽毛ふさふさで嘴ついてた!」

「はい、鶏の獣人ですので」

「町で見た獣人さんとか……ジェルスさんは耳と尻尾だけ犬だったのに?」

「はい、ジェルスさんは犬の獣人ですので」

「あとドゥさん物凄い逆三角形体格だった! 胸筋とかすごかった!」

「チトセ様、鶏の獣人とはそういうものです」

「ええー……」


 なるほど、獣人がいない世界の方は鶏の獣人に驚かれるのですね。覚えておくことにいたします。

 日が傾いてまいりましたので、私はチトセ様を促し、工房の中へと戻ったのでした。


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