白苺と黒苺
「……うーん、これは後々パンクするかも」
新作の糸巻きが入った小箱を送って数日後。
工房に届いた王家の紋章入りのお手紙を読んで、チトセ様はそう仰られました。
「ぱんく、ですか?」
「仕事が入りすぎて追いつかなくなるかもってこと」
お手紙の内容を要約すると、王家は風羽を紡いだ風羽糸を帆布に使う案を是非とも採用したく、できればフィーシェ王女の輿入れに合わせて実用化まで漕ぎ着けたい事。加えて、そのフィーシェ王女の花嫁衣裳に使う布地も、シルクにも劣らない美しい生地を依頼したいとの事でした。
「風羽は今手配してるらしいから、しばらくしてから一気に来るでしょ? で、花嫁衣裳の布地も今から素材を集めないといけないから……場合によっては重なっちゃうんじゃないかな。どっちも時間のかかる作業が待ってるから急ぎになるだろうし……」
とはいえ、これらのお仕事にお断りすると言う選択肢はございません。
他ならぬ支援者エスティ様からの御依頼。そして今後国の特産品とするならば、姫のお輿入れ等と言う重要な場を逃すわけにはいかないということは私にも理解ができました。
なんと言っても、エスティ様の社交界デビューで刺繍糸は使われているのですから。お輿入れに用いないわけにはいかないでしょう。
「夏になるまでは蜜珠糸と鶏の千羽織と潤包布をメインにして、弟子を取ったら種類をもっと広げようと思ってたんだけど……間に合わないなぁ。せっかく流行ってくれたんだからこの三つも蔑ろにしたくないし……」
特に蜜珠糸は仕立て屋に貴族からの予約が詰まっている状態だそうで。潤包布も人魚の方々からの切実なお声が工房に届いております。これらを後回しにしては各方面の覚えが悪くなってしまうでしょう。いくら王女様の後ろ盾があるとはいえ、避けたい事態です。
「……仕方ない。ありがたい事にお金の余裕はあるし。弟子候補を探して、今からお手伝いをお願いしようか」
「では、商人ギルドに求人を出しますか?」
「ううん。そっちで採ったら噂の弟子希望者さん達が大変な事になるだろうから……孤児院を当たってみようと思う」
* * *
中央都市フリシェンラスの孤児院は、神殿の管轄によって運営されています。
それはすなわち、フリシェンラス大神殿筆頭司祭であるメェグエーグ侯爵家の管轄である事と同義。
つまり、孤児院の子供から弟子を取ろうとするのなら、まずはメェグエーグ侯爵に話を通しておくのが筋という事になるのです。
まずはお手紙にて打診したところ、是非とも会ってお話ししましょうとお招きを頂いたので。チトセ様は私を伴いメェグエーグ侯爵家を訪れました。
「たぶん、どこを仲介にして弟子をとっても別の所から反感が出ると思うんです。それなら、いっそ慈善事業の一環とした方が角は立たないのではないかと」
「なるほど……弟子希望者が噂に聞く通りの状態ならば、それを無視して人を募るのはよろしくないでしょうし、そこから数人を先だって引き抜くというのはもっとよろしくないでしょうな。神殿と協力しての慈善事業というのは人々の印象も良いでしょう」
客間にて、穏やかなお茶会のようなお話の時間。
メェグエーグ侯爵家は調度品も落ち着きのある控えめな物が多いためか、二度目のチトセ様に緊張はほとんど無い御様子でした。メェグエーグ侯爵が相手の緊張を解くのがお上手というのもあるでしょう。近い内に、本当に『お爺ちゃんと孫』のような雰囲気になるのかもしれません。
「孤児院には何度か遊びに行かせていただいてまして、糸紡ぎの内職をしているのを見かけた事があるんです。私の故郷では、魔法の糸紡ぎは庶民の内職というイメージが強くて、簡単な物なら孤児院でも出来るんです。だから、いつか孤児院の内職になる、その最初の一歩として孤児院から弟子を取りたいと思い……それで、いずれ技術が広まった時、孤児院で経験していれば就職の一助になるかと」
「なるほど……私も、収穫祭の毛糸を子供達に紡いでもらえるのなら、嬉しいですねぇ」
チトセ様の考えている予想図に、メェグエーグ侯爵はうんうんと優しい微笑みを浮かべて耳を傾けていらっしゃいました。
「ただ……上の方々が言うには、弟子には護衛をつける必要が出てくるかもしれないそうなので……そこが少し心配なのですが……」
「ああ、そちらは大丈夫です。孤児院はどうしても人攫いの標的になりやすいですから。住み込みの神官やシスターはそれなりに戦えて守る事が出来る者を選んでおりますし、神殿のお勤めぇの一環として見回りも行っているのですよ」
うん、と大きく頷いて、メェグエーグ侯爵は背筋を正しました。
「フリシェンラス大神殿筆頭司祭として、今回のお話、是非とも受けさせてください。貴女のためぇにも、子供達のためぇにも。そして今後も、貴女の御希望があれば、ハルカ工房への弟子取りを許可するよう伝えておきましょう」
「ありがとうございます!」
いくつか細かな内容を詰めた後、お二人と私は早速孤児院へ向かう事になりました。
侯爵家の箱馬車が表に回され、出かける支度をしたメェグエーグ卿と共に屋敷を出ます。
「さて、お話を聞く限り貴女が遊びに来てくださったのは白い方と思われますが……魔法の糸紡ぎを担うとなれば、黒い方の子供達に希望を聞いた方がよろしいでしょう」
「黒い方、ですか?」
「ええ、この街では孤児院を二つ……『ホワイトベリー』と『ブラックベリー』を運営しております」
一同が乗り込むと、箱馬車はゴトゴトと目的地へ向かって走り出しました。
「どちらの孤児院でも、ある程度の読み書きや日常で使う魔法を教えるのは変わりません。そして一定の年齢に達した後、白い方では体を鍛えて戦う基礎を、黒い方では錬金術や魔法の薬・道具等を作成する基礎を、学ぶ事ができる環境を整えているのです」
曰く、白い方と黒い方、両者の交流を密にして育てていき、希望や適性に合わせてどちらかに配属しなおし、将来の仕事の下地を作っているのだとか。
黒い方では料理や工作を行い、白い方は訓練がてら外壁の周辺で野草や素材を集めて黒い方へ届ける。そんな大人の仕事の真似事をして、ギルド関係の仕組みも学んでいくそうです。
「あ、冒険者パーティの『ホワイトベリー』は名前通りに孤児院『ホワイトベリー』の出身だって聞きました」
「ええ、あの子達は白い方の卒業生ですね。市井で暮らし始めたばかりの子達が装備を整えてある程度の実力になるまで、先輩に教わり後輩に教えるためのパーティです。孤児院の子達の面倒もよく見に来てくれるので助かっていますよ」
やがて箱馬車は孤児院『ブラックベリー』に到着いたしました。
『ホワイトベリー』は冒険者ギルド近くの住宅街にあったのに対し、『ブラックベリー』は大神殿周辺の住宅街に建っています。
建物の造りは『ホワイトベリー』とほとんど同じでしたが、同じ敷地内に小さな店舗が併設され、『雑貨屋ブラックベリー』と看板が出ておりました。
「わ、可愛いお店」
「孤児院で作った簡単な物や卒業生の練習を兼ねた薬などを売っております。ここの品をきっかけに工房から弟子入りを指名していただく子もいるのですよ」
並んだ商品は野イチゴのジャムや野草のペースト、可愛らしいどんぐりの焼き菓子。
小物類も種類が多いです。麦わら帽子や蔦を編んだ籠。木で作られた食器類。素朴な色合いの毛糸玉や麻糸もあります。
安価で少量の薬は、容器を持参すればさらにお安く買えるようです。
この辺りは上京してツテも無い方々が入る集合住宅も多くあるので、安価な品は重宝されるのでしょう。近所の方々が多く買い物にいらしていました。
「あら、メェグエーグ司祭様? 今日は視察の日でしたかしら」
「いいえ、まだ先ですが所用が出来ましたので」
年嵩のシスターに挨拶を交わし、私達は孤児院の中へと招かれました。
「ああ、白い方のパーティに釣り糸を譲ってくださった方ですね。美味しいお魚、こちらでも頂いているのですよ。ありがとうございました」
「いえいえ」
応接室へ向かう途中、廊下に面した一室がガチャリと開きます。
出て来たのは……見覚えのある青く長い髪と、片眼鏡にローブ姿。
「……あれ、テオドール先生? ……と、チトセ?」
「ウィリアムさん?」
長鉢荘の住人。
魔道具屋『ウィルウィッシュ・タリスマン』の店主、ウィリアムさんでした。
「おやおや、お久しぶりですねウィリアム」
「お久しぶりです、先生」
思わぬところでお会いしたウィリアムさんは、なんと孤児院『ブラックベリー』の出身。メェグエーグ卿が筆頭司祭となる前に神官の修行の一環として孤児院の教師をしていた時期があり、丁度その時の教え子だったとか。
せっかくだからと一緒に応接室へ向かい、そのように説明をしていただきました。
「しかし、チトセ嬢とウィリアムが取引もなさっているのなら丁度良かった」
「俺が、何か?」
私がシスターからお茶のセットを受け取り、淹れて皆様にお配りしている間に、メェグエーグ卿は事のあらましをシスターとウィリアムさんに説明してくださいました。
「あらあら、それはありがたいお話ですね」
「なるほど、チトセの糸は魔道具の材料としても有用性の高い物が多いです。魔道具士になるにしても、別の職業にしても、きっと役に立つ」
「そうでしょうそうでしょう。どうですウィリアム。貴方から見て、魔法の糸紡ぎに興味がありそうで、糸紡ぎの得意な子はいますか?」
「います。呼んできます」
ウィリアムさんは勝手知ったるといった様子で、一人の子供を伴い戻って来られました。
「ほら、リーリャ。挨拶」
「……り、リーリャです」
連れられてきたのは、真っ白なふわふわの髪をもつ美少女でした。
ウサギの獣人であることは、頭の上のもふもふで長い耳が物語っていました。高価な物ではありませんがきちんと繕ったスカートと手編みのセーターを着た姿は、まるで人形のように可憐です。
「可愛いー!」
感極まったようにチトセ様が声を上げると、リーリャさんは両手を頬に当て、照れて赤くなりました。
「り、リーは、糸紡ぎとか編み物が好きです。このセーターも、じ、自分で編みました……」
「えっ、すごい! 上手!」
年は10を少し過ぎたばかりと思われます。その年でこれだけのセーターが編めるのなら、とても手先が器用なのでしょう。
……と、そこでウィリアムさんが軽く咳払いをなさいました。
「……チトセ、先に言っておく。リーリャは……男だ」
「…………はぃぃ?」
なんと。
私も思わずリーリャさんを凝視してしまいました。修行が足りません。
ですが、何度見てもリーリャさんは可愛らしい美少女にしか見えません。
「リーリャはフリシェンラスじゃなく、かなり田舎の村の出身なんだが……そこでは男子が幼い頃『災いに敵視されないように』と女子の恰好をさせる風習があったらしい」
「り、リーのパパとママは……こ、この街に着くあとちょっとで、ま、魔物に、お、お、おそわれました……り、リーは無事でした。き、きっと、女の子の服だったから……だ、だから、リーは可愛い服着ます。怖いのイヤなので」
「リーリャちゃん……」
「あと可愛いの好きなので!」
「おっと? 厄除けは建前で、好きだから着てるね?」
あっという間にボロを出したリーリャさんに、ウィリアムさんは頭を抱えました。メェグエーグ卿は穏やかに微笑まれ、シスターは苦笑いしながら補足されます。
「お洋服の好みはともかく……糸紡ぎはこの子が一番上手ですよ。魔法のお勉強も熱心ですし。前にメェグエーグ司祭様がいらした時にお話ししてくれた『お姫様の刺繍糸』、あれに一番興味を持っていたのもリーリャです」
『お姫様の刺繍糸』と聞いて、リーリャさんは目を輝かせてチトセ様を見ました。
呼びだされた時に、ウィリアムさんから弟子入りの話は少々されていたようです。
「あ、あのっ……り、リーは、可愛くてキレイな物が好きです!」
「うん」
「ド、ドレスとか、レースとか、作るお手伝い、したいです!」
「うん」
「そ、それで……それで……」
可愛らしい売り込みを、大人たちは微笑ましく、しかし固唾を飲んで見守っておりました。
「そ、それで! ウィル兄のお嫁さんになるマーガレッタさんの花嫁衣裳を可愛くしたいです!」
「ぐふぁっ!!」
リーリャさんの一生懸命な言葉に、ウィリアムさんは喉からおかしな音を立てて崩れ落ちました。
「り、リーリャ!? おまっ、何、そんっ!?」
「おや、ついに婚約したのですか?」
「こんっ!? って、ついにって何っですか、先生!?」
「何もなにも……」
ねぇ? と笑顔で周囲に問いかけるメェグエーグ卿。
生ぬるい微笑みを浮かべるシスターとチトセ様。
顔を真っ赤にしながら目を白黒とさせるウィリアムさんに……子供の純真は実に容赦がありませんでした。
「だ、だって、マーガレッタさんはウィル兄が大好き。お、お嫁さんになりたいって、言ってた……い、いっそ、キセージジツもありかしらって」
「チビに何吹き込んでるんだメグゥウウウ!?」
床から起き上がれないウィリアムさん。
シスターとチトセ様は「マーガレッタさんはウィルと一緒に時々遊びに来てくれるんですよ」「そうだったんですかー」とほのぼのとした会話をしております。
「ウィ、ウィル兄も、マーガレッタさん大好きでしょ?」
「なぁっ!? だっ、誰がっ、メグを、好きなわけ──」
「ウィリアム、否定から入るのは悪い癖ですよ」
「……んぐぅ……はい、先生…………というか、ええ? メグが? 俺を?」
思わぬところから暴露と指摘を受け、ウィリアムさんはすっかり混乱されてしまいました。一通りのた打ち回ってから、「頭を冷やしてきます……」と言い残し、よろよろと退室されていきます。
その背を不思議そうな顔で見送っていたリーリャさんは、扉が閉じるとトテトテ歩いてメェグエーグ卿に歩み寄りました。
「ウィ、『ウィル兄は、マーガレッタさんが、大好き』、『マーガレッタさんは、ウィル兄が、大好き』、で、ですよね?」
「ええ、そうですよ」
「だ、『大好きと、大好きは、結婚する』、ですよね?」
「ええ、そうですよ」
良くできました。とリーリャさんの頭をメェグエーグ卿は優しく撫でます。
「……あの、メェグエーグ様。もしかして……わざと吹き込みました?」
「ええ、まぁ」
「司祭様ったらおせっかいなんですから……こういうのは暖かく見守るものでしょうに」
やれやれと肩を竦めるシスターに、メェグエーグ卿は苦笑い。
どうやらウィリアムさんとマーガレッタさんの進展しない恋は、孤児院でも周知の事実だったようです。
「そうは言っても……教え子に恋の知識が無いばかりに幸せがお預けになってしまうのは、教える側としてなんとかしたくなるじゃないですか。ヒトなど……いつどこでどうなるかわからないのですから」
ねぇ? とよくわかっていないリーリャさんに問いかけつつ、メェグエーグ卿は……
「あと、孤児院の子供達は、私の子も同然ですから……」
とても眩い笑顔で言い放ちました。
「はやく孫の顔が見たいですね」
「御自分の孫もまもなく生まれるでしょうに、司祭様はもう……」
生ぬるい微笑みを浮かべたままのチトセ様が、私の方を見てぽつりとつぶやかれます。
「ねぇアリア……この場合、マーガレッタの賭けってどうなるんだろうね?」
「……どうでしょうか」
もう賭けそのものが御破算になったような気もいたしますが。
* * *
「……さてさて、チトセ嬢。うちの愛らしい恋の使者ですが、お弟子さんにいかがですか?」
「ぜひお願いします!」




