中央都市フリシェンラス
二日程かけてたどり着いたのは、花の咲き乱れる平原に囲まれた、巨大な白灰色の外壁を持つ美しい都市。
ゴトゴトと大門へ向かう馬車の中から、チトセ様は幼子のように身を乗り出しはしゃいだような声を上げます。
「あれが中央都市フリシェンラス?」
「はい。国土のほぼ中央に位置しており、商売や冒険者などヴァイリールフ王国における様々な物事の中心地となっています」
「王都はここじゃなく、北西にあるんだったかしら?」
「その通りです。覚えが早くて素晴らしい、さすがチトセ様」
都市に近づくにつれ、街道を行き交う馬車の数は増えていきます。たくさんの木箱や樽を乗せた物、何人もの冒険者や民を乗せた物。馬車道も整備され、背の低い石の柵の向こうではリネンや染物に使うのでしょう大量の花が栽培されています。
やがて馬車は都市の大門に辿り着きました。
なんといっても人の出入りが多いので、門の詰め所では荷物の中身確認と指名手配犯の人相書きと比べるだけの簡単なチェックだけが行われます。
私たちも滞りなく許可を頂き、門を潜ってすぐにある馬車用の広場で乗客は解散となりました。
「お話ありがとうございました。楽しかったです!」
「こっちこそ。またなー」
仲良くなった冒険者の方ともひとまずのお別れです。人の多い都市なので、偶然すれ違うということも難しいかもしれませんね。私もチトセ様を楽しませていただいたお礼に深く頭を下げてお別れをしました。
「よし……じゃあ早速、市場リサーチと買い物から始めよっか!」
「かしこまりました。商店街はこちらです」
到着が朝の内だったので、慌てて宿を確保する必要が無いのは幸いでした。ゆっくりと街を見て回ることができます。
道はどこも石畳で整えられていて歩きやすく、外壁と同じ白灰色の石材と木材によって作られた街並みをゆっくり眺めながら歩くことができました。
やって来たのは露店が立ち並ぶ区画。
フリシェンラスは人が多く、その身分は王侯貴族から冒険者、そして職人や一般市民と裏社会の者まで本当に様々です。
必然、その様々な身分に対応した店というものがあります。
「露店通りは市民や冒険者向けの品物が多いですね」
「うん。生鮮食品も多くて朝市って感じ」
野菜や魚、パンを売る露店もあります。遠い国からやってきた見た事の無い品もちらほら。
気前の良い果物屋のおかみさんが、チトセ様が美人だからと瑞々しいマリンゴをひとつご馳走してくださいました。
チトセ様は「リンゴだ!」と喜んで丸かじりされていました。異世界にも同じような果物があるというのは不思議ですね。
露店通りを抜ければ、次は職人街です。
服屋、靴屋、帽子屋、武器防具の工房、革細工や宝飾品の店、薬屋や魔道具屋の看板も見えます。
露店通りと繋がる大きな道沿いの店は店構えも大きく立派です。この辺りはギルドや貴族御用達の店が多く、ランクの高そうな冒険者が多く出入りしていますし、高級な黒い馬車が止まっているのも見かけます。
少し裏に入れば、一般市民や駆け出しの冒険者がよく利用する価格が控えめな店が並びます。布地や糸や革など、材料を扱う問屋もこのあたりです。
さらに奥には貿易商の倉庫が並ぶ倉庫街がありますが、今日は良いでしょう。
「アリアはずいぶん詳しいけど、ここに住んでた事があるの?」
「幼い頃に少しだけ。あちこちを転々としていましたので」
道中見かけた服屋で、チトセ様のお召し物を購入します。
シンプルなロングスカートのワンピース。職人の女性が着るような、華美ではない、しかし市民よりは作りの丈夫な物を。下着も含め、着替え分もまとめて購入します。
代金は、チトセ様の着ていた衣類をその場で買い取っていただき、そこから引かれる事になりました。
ズボンやブラウスは上質な生地で、縫い目が人の手によるものとは思えないほど細かく丁寧なのでそれなりの値になりました。
しかし、何より高値で売れたのは下着類です。
いえ、如何わしい理由ではなく。
恐ろしく複雑な縫製と小さな金具によって体に沿うように作られ、妖精が編んだとしか思えないほど細かなレースが装飾としてついていたそれは、店の女主人がわなわなと震えて「いくらでも払うので売ってください!」と悲鳴を上げるくらいには上等な品だったのです。異世界の品ですからね。
銀貨を通り越して金貨が支払われ、商談は成立。
構造を研究しなんとしても目玉商品にする貴族御用達も夢じゃない、と店員一同が燃え上がった服飾店は、私たちが外へ出るなり臨時休業となりました。
「……まぁ、お金に余裕ができたから、いいか」
「前向きでおおらかなところはチトセ様の美徳だと思います」
次に向かったのは鞄屋です。
当初の予定では、この世界ではかなりの高級品にあたるチトセ様のバッグと財布を売却し諸々の資金とする予定だったのです。思いがけない物が売れたので見送ってもよかったのですが、初期の資金は多くて困らないだろうと予定通り売る事になりました。
「いくらでも払うので売ってください!」
既視感のある悲鳴です。
簡単な布のナップザックと一般的な財布を買い、中身をそちらへ移してからバッグと財布を店主に見せたのですが。
やはり人の手によるものとは思えないほど規則正しく細かな縫い目。そしてドレスよりも鮮やかな色に塗られた革。見た事の無い構造の洒落た留め具。バッグには長さの調節や取り外しが可能なベルトが付き、内側には柔らかな布が貼られ、ポケットや仕切までついている凝った仕様。財布に至っては貨幣の形状が違うので財布と認識されませんでしたが、小さく畳まれた中に格納される多数の機能は見た事の無い物です。
あれよあれよと言う間に金貨が積み上がり、商談は成立。
構造を研究しなんとしても目玉商品にする貴族御用達も夢じゃない、とやはり既視感のある雄叫びと共に職人一同が燃え上がった鞄店は、またしても私たちが外へ出るなり臨時休業となりました。
「……大成するのが楽しみだね」
「前向きでおおらかで慈悲深いところは本当にチトセ様の美徳だと思います」
ええ、本当に。
生暖かい微笑みを浮かべていたチトセ様ですが、店を後に歩きだしてからふと呟かれました。
「この分だと、ビーズアクセなんて見せちゃったらどうなるんだろ……」
「ビーズアクセ……ビーズを使った何か、でございますか?」
ビーズとは聖職者が主に使う数珠玉の事だったと思うのですが。
首を傾げた私をチトセ様が手招きします。
促されるまま覗き込んだナップザックの中で、周囲から見えないようチトセ様の手に乗せられていたのは、宝石と見紛うばかりの美しいガラス玉が花の形にあしらわれた繊細な細工のブレスレットでした。
「かなりお高めで綺麗なビーズを使ってるんだけど……」
「チトセ様、チトセ様、これはもしもの時のための隠し財産にするのがよろしいかと。うかつに店に持ち込んではフリシェンラスから窓ガラスが消えてしまいます」