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訳ありメイドは異世界転生した紡ぎ士とのんびり暮らします  作者: 島 恵奈華
序章 暇を出されたメイド、出会った異世界人と中央都市に居を構えること
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主従となった二人、荷馬車に乗って

「えっとですね……私は異世界から来た異世界人なんですよ」

「存じております」

「つまり、一文無しでして。お給金も払えないんですよ」

「承知の上です。生活や収入が安定するようサポートさせていただきます」

「で、でも、メイドさん雇えるほど裕福になれるかわからないですし……」

「それは問題ございません。貴女様の技術は必ずやこの世界に必要とされる物。王室お抱えの職人だって夢ではございません」


 チトセ様は、狼狽えながらも私をお傍に置いてくださる事を真剣に検討してくださっているようでした。

 一言一言から私を案じる優しい心が感じ取れます。ただの使用人の身を案じてくださる、やはり素晴らしいお方。


「でもメイドさん……メイド服着てるってことは、もうどこかのお家で働いてるんじゃないんです?」

「うっ」


 痛い所をつかれました。

 しかし、いずれは耳に入るかもしれない事。黙っている方が不誠実というものでしょう。


「その、私……今日、お屋敷から暇を出されたばかりでして。近くの町の名士6名、全てから拒否されてはメイドとして働く事は難しく……他の町へ移動するところだったのです」

「えっ!? 特に問題ありそうには見えませんけど……屋敷の皿、ことごとく全部割ったりとかしたんです?」

「いいえいいえ! お皿を割った事など一度もございません! 仕事の不手際があったわけではないのです!」

「えぇ……じゃあどうして?」

「それが………………わからないのです……」


 本当に、何がいけなかったのでしょうか。

 チトセ様に認めていただきたくとも、自分でもわからない欠点があるなどというのは、やはり難しいのでしょうか。


「……こんな私がお仕えするのは、御迷惑でしょうか?」

「いやいやそんなことは! お仕事できるなら普通のメイドさんだと思いますし、向こうでも家にお手伝いさんが来てくれてたし……一緒にいてくれるのは、すごく、助かります……」


 なんと心の広いお方。

 沈みかけていた心が、一瞬で浮かび上がるのを感じます。


「では!」

「で、でで、でも! タダ働きさせちゃう事になるのがあまりにも申し訳なくて……」


 へにゃりと眉が下がるお顔に、思わず私も苦笑いが零れます。実際問題、そんなことを気にしている場合ではないでしょうに。

 それをチトセ様も分かっていらっしゃったのでしょう。恐る恐るという感じで伏せていた目がこちらを向きました。


「……わかってます。常識の違う異世界で一文無しの私が生きていくには、この言葉に甘えた方が良いって事は」


 そう、弱みにつけこんでいるようですが、現状、チトセ様にはそうするしか安全に生き延びる道は無いのです。

 町から出れば、この森にだって魔物はいます。街道沿いは野盗の類も珍しくありません。冒険者も通りますが、非常時とはいえギルドを通さなかった場合は助けた謝礼として法外な金額をふっかける手合いも多いと聞きます。

 そして運よく町についたとしても、裏社会の人間や人攫いはいるものです。

 見たところ、聡明ではございますが戦闘経験はゼロ。そういった危険も予想はできているものの、育ちの良さからくる良心が咎めるといったところでしょうか。

 それならば……


「では、出世払いということになさってくださいませ。期限は特に設けません、何年でもお待ちいたします」

「うぅ~~~~……でも、それしかないかぁ……本当に、良いんですね?」

「はい!」


 私から後払いの旨を申し出れば、落としどころとなったのでしょう、なんとか心を決めていただけました。


「じゃあ……あっ、メイドさんの名前、まだ聞いてなかったですね」


 名前を問われ、私はカーテシーでもって頭を垂れました。


「私に名はございません。以前のお屋敷で頂いた名は、お暇を頂いた際に置いてまいりました。どうぞ私に、貴女様にお仕えするメイドとしての名をお与えください」

「あっ、そうなんですか。じゃあ……」


 目を閉じてしばし待っていれば、どこか嬉しそうな声でチトセ様が仰られます。


「アリアドネ──私の世界の神話で、英雄が迷路を抜けるために糸を渡した女性の名前。今の私は迷子みたいなものだから……アナタと私の糸とで、どうか先の見通せない中でも光明を見つけられますように」


 普段はアリアさんって呼びますね、というチトセ様の言葉を、私は深く深く心に刻み込みます。


「承知いたしました」


 アリアドネ、アリア。それが今日から私の名前。

 メイドとしてお世話をし、貴女が迷わず明るい道を歩けるよう暗雲を晴らす、それが私の使命!


「しかし敬称は結構です、どうぞアリアと呼び捨てに」

「あっはい」

「敬語もおやめくださいませ。私は使用人、チトセ様は主人ですので」

「はいっ。あっ、うん。わかった」

「チトセ様の事はなんとお呼びすれば? ご主人様がよろしいですか? お嬢様の方がよいでしょうか?」

「今の千歳様でダイジョウブですぅ……」


 チトセ様。名を呼ぶ許しを頂けるとは、私はなんて果報者なのでしょうか。



 * * *



 そんな幸せな夜が明けて朝。

 チトセ様と私は糧食で簡単に朝食を終え、森を出て町へ──私が名士6名から解雇された町へと戻っておりました。

 青空の下を歩くチトセ様は、朝日によく手入れされた長い栗色の髪が輝き、麗しい御尊顔と合わせてとても美しいお姿です。昨夜は闇の中で座っていたのでわかりませんでしたが、色白な肌に紅茶色の瞳、そして女性にしてはかなり高い身長によって細身の引き締まったお体がスラリとした白鳥のように際立ちます。

 私のお仕えする方がこんなにも素晴らしい。

 これはいずれドレス等を仕立ててお手伝いする日が楽しみです。


「あまり上質な寝具ではありませんでしたが、お体の疲れは取れましたか?」


 昨夜は私のトランクに収納していたテントの魔道具を用いてチトセ様にはお休みしていただきました。とはいえ、私物だったので安物です。こんなことわかっていたならばもっと上質な物を用意しておきましたのに!


「大丈夫、キャンプは好きな方だったから。こっちこそごめんね、ひとつしかないテント使っちゃって」

「いいえ、お役に立てたのならば本望です」


 寝ずの番など、一晩くらいどうということはございません。かけていただいた優しいお言葉があれば、5徹くらいは余裕でこなせるでしょう。

 ……いえ、喜びに力が満ち溢れている今こそ、状況打破の最短手を打つべきなのでは?


「……チトセ様、生活を整える支度金についてなのですが。街道を通る荷馬車を襲って金品を奪い取るという方法も可能です。いかがでしょうか?」

「おっと、可愛いメイドさんの口から予想外に物騒な提案が出てきたね?」


 お優しいチトセ様はお気に召さないやり方だろうとは思いましたが、背に腹は代えられないというのも事実。私も度重なる解雇で給金を食い潰しており、路銀はとても少ないのです。

 とはいえ、念のためにと提案させていただいた方法は、やはり意に沿わない物だったようです。


「アリア、この世界でそれは合法なの?」

「いいえ、強盗は重罪です。顔を覚えられた場合は指名手配されるでしょう。ですが、目撃者がゼロであれば問題ありません」

「それは問題が無いとは言わないよ!?」


 私の賃金でさえ心を痛めておられた方なので、案の定でした。

 何の非も無い他者から金品を奪う行為は禁止。

 私は了承の意をもって頭を下げます。


 そんなやりとりをしている間に、町へ戻ってまいりました。


 主な目的は馬車に乗るためです。

 私一人でしたら問題はありませんが、戦闘経験の無いチトセ様に危ない街道を徒歩で旅をさせるわけにはまいりません。

 そして傍にいる私が原因でチトセ様にあらぬ噂が立てられては困りますので、この町に滞在するという選択肢は無いのです。名士全てからお暇を出されるというのは外聞が悪いというのは、私もわかっております。

 そもそもこの町は大きな中央都市が馬車で数日の距離にあって加工品のほとんどをそちらに依存しているので、チトセ様のような服飾系の職人が工房を起こすには向いていないのです。

 なので私達は、その近場の大きな中央都市を目指します。


 水と糧食を買い足し、薄着のチトセ様に外套を一枚調達して、私たちは馬車に乗り込みました。御者の合図と共に出発し、大門を出ます。

 今回利用したのは商人の荷馬車です。

 単独で馬車を借りることも考えましたが、厄介事を避けるという意味では、きちんと冒険者の護衛を雇っている商人の荷馬車を間借りする方が襲撃の可能性は低いと判断いたしました。


「お召し物は到着した町で購入いたしましょう。この町は衣類が少々値が張りますから」

「わかったわ。ありがとう、馬車代まで出してもらっちゃって……」

「お気になさらないでください。今だけのことですから」


 スカートを着用していないチトセ様はとても目立ちます。

 現に同乗している護衛を兼ねた冒険者の青年が、チトセ様に声をかけました。


「あんた変わった恰好してるな。乗馬……なわけないか、馬がいるなら馬車になんて乗らないだろうし」


 ローブを纏った姿は恐らく魔法士でしょう。

 好奇心を隠しもせずにチトセ様のお姿を観察しています。主人への不躾な視線は少々思うところがありますが、こればかりは原因がこちらにございますので、下手に咎めると心証を悪くする可能性が高いでしょう。今は不要な軋轢は起こしたくありませんので私は沈黙を選びます。

 幸いなのは、チトセ様は特に気を悪くされた様子は無い事です。


「地元では普通なんですけどねー、こっちではこんなに目立つなんて知らなくって」

「地元って……俺、冒険者だから田舎にも行くけど、聞いたことないぞ?」

「外国ですから。日本って言うんですけど、知りません?」

「あー、外の国かぁ。ニホン?ってのは聞いた事ないな。かなり遠いのか?」

「遠いですよー。私もこっちのこと知ってたらスカート履いてきたんですけどねー」


 チトセ様は会話がお好きなようで、魔法士の青年とあっという間に打ち解けてしまわれました。

 相談の結果、異世界から来たという事は隠しておくことにしましたが、遠い国から来たと言ってしまえば嘘にはなりません。

 都市へ到着するまでの道すがら、退屈なさらないようで何よりです。

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