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訳ありメイドは異世界転生した紡ぎ士とのんびり暮らします  作者: 島 恵奈華
序章 暇を出されたメイド、出会った異世界人と中央都市に居を構えること
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メイドとトラ転紡ぎ士の出会い

「はあ~~~……」


 何度目かの重い溜息がついつい夜の草原に流れてしまいます。

 憧れのメイドになったというのに、町のお屋敷をクビになる事これで6回目。あまり大きな町ではなかったので、6名の名士全てから解雇されてしまっては、他の町へ行かないとメイドとしての職は望めません。

 革のトランク一つを持って町の大門を出て、月明かりに照らされる静かな街道をとぼとぼと歩いていると、ついつい独り言が口をついてしまいます。


「いったい何が悪いのでしょう……?」


 身に着けているのは黒いワンピースに白いエプロンとヘッドドレスのメイド服、丈も足首まである一般的な物。しっかり洗っているので染みや汚れはございません。靴だってきちんと磨いた革靴です。

 真っ黒な髪もきちんと手入れして、肩につかない顎くらいの高さでまっすぐに切りそろえてあります。

 顔に目立った傷も無いですし、初対面で顔をしかめられたりする事はありませんのでそれほど醜い容姿をしているわけではないはず。

 どこからどう見ても、一般的なメイド姿のはずなのです。


「仕事も真面目にしていたのですが……」


 掃除、洗濯、繕い物やリネンの管理、給仕にお茶の支度、着替えの手伝いやお使い……16歳の若輩といえど、メイドの本業は先輩メイドから問題なしと合格点を頂きました。台所の下働きのようなコックの補助だって得意ですし、魔法や錬金術の研究のお手伝いもこなせます。言葉遣いや態度もお叱りを受けた事はありません。


「はあ~~~……」


 わかりません。わからないと改善のしようもありません。

 そうして困り果てたまま街道を進んで森に入り、しばし進んだ頃でした。


(……火の匂い?)


 深い森特有の湿った緑と土の匂いに混じり、微かに煙と木が焼ける匂いが。

 山火事かしらと咄嗟に透視の魔法を使い周囲の木々を見通します。魔力消費が大きいのであまり使いたくはないのですけど、冒険者の野営ならともかく、手に負えない規模の火災やならず者達の篝火ならば回避した方が賢明ですので。

 しかし見えたのは、最小限といった小さな焚火と、その傍らに座る細身の人影。


(あれは…………?)


 目に見えたものが信じられず、危険性も感じられなかった私は、街道から少し外れて近づいてみる事にしたのです。


 透視を解除し草をかき分けてたどり着いたのは、月明かりに照らされた僅かに開けた場所でした。

 そこで見たのは、遠目に見たのと寸分違わぬ違和感しかない光景。


 大きな木の下。

 小さな焚火と、倒木に座った一人の、髪の長い若い女性。


 森にいるとは思えないほど軽装の女性です。半袖のブラウスに、馬もいないのにズボンを履いて。夏だからまだましとはいえ、夜の森では肌寒いでしょうに上着も無く。そして荷物は一目で高級とわかるバッグが一つだけ。

 肌も髪も手入れされている様子で高貴な身分の方でしょうに、共も連れずにたった一人。


 その装いだけでも奇妙だと言うのに、なんと彼女は、何故か金属で出来ている立派な糸車を自分の前に置いてカラカラと糸を紡いでいるではありませんか。


 ……あまりにも驚いてしまったからでしょうか。気付けば私は、ふらふらと焚火の傍まで近づいてしまい、顔を上げた女性と目が合いました。

 女性は、目を大きく開き、こう言ったのです。


「え……なんで夜の森にメイドさん?」

(それはこちらのセリフでございます──!)


 ……拝啓、遠き地のお師匠様。そしてメイドの先輩方。

 困惑して失礼の無い御挨拶がすぐに出てこなかった私は、まだまだ修行が足りないようです。



 * * *



「メイドだというのにお茶のひとつもお出しできず、もうしわけございません」

「いえお構いなく……って、メイドって森のサバイバルでも優雅にお茶出すとかそういうものでしたっけ……?」


 お互いにお互いが困惑した後……なんとなく私は焚火に御一緒させていただいておりました。

 お茶のご用意ができない準備不足を謝罪いたしましたが、こちらの女性は寛大な心で許してくださいました。なんとお優しい方でしょうか。


「ところで……差し支えなければ、何故、そのような軽装で、夜の森で糸を紡いでいらしたのかお聞きしても?」

「ですよね、すいません! メイドさんにどうこう言える状態じゃなかったわ今の私!」


 話せば長くなるんですけど、と女性は語り始めます。


「ちょっと信じてもらえないかもしれないんですけど……私、トラックに撥ねられて多分一回死んだんですよ」

「……不勉強で申し訳ございません。とらっく、とは?」

「おっと、トラック通じない……車、わかります? 馬車とか」

「荷車や馬車ならば存じております」

「それのものすごく大きいやつに轢かれたと思ってください」


 なるほど。

 馬車の事故は時折耳にします。轢かれて亡くなられた方もいらっしゃるそうなので、大きな馬車ともなれば一度死んだというのも納得………………一度死んだ?


「……アンデッドとはお見受けしませんでしたが?」

「それが轢かれて死んだあと、目が覚めたら全然知らないこの森だったんですよ。心臓も動いてるし傷跡みたいなのも無いんで……最近の小説とかでよく見る、トラック転生? みたいなのしちゃったのかな~と」


 大きな馬車に轢かれると見知らぬ土地で生き返る可能性がある、と……それは知りませんでした。新たな知見です、覚えておきましょう。

 それはそれとしまして。


「つまり、軽装で森に入ったのではなく、気が付いたら軽装のままで森にいたのですね」

「そういうことです……目が覚めた時にはもう夜だったんで、闇雲に歩き回るよりは火を起こして朝を待とうかなと……」

「素晴らしい御判断だと思います」


 それで魔道具に入れて持ち歩いていた糸車もあるし手慰みに糸を紡いでいたのだ、と言う女性が回す糸車に目が行きます。


「ところで……それはいったい何を紡いでいらっしゃるのですか?」


 金属で出来ている重そうな糸車は、切りが良くないからと会話しつつも回されたまま。

 その、本来ならば綿を括り付ける部分には、同じく金属で出来た笊のような物が固定されており、炎を上げて燃える薪の一本が入れられています。


 私には、彼女が火を紡いで仄かに輝く赤い糸にしているようにしか見えないのです。


「何って……火を紡いでますよ。もしかして見たことないです?」


 思った通りの答えに、私は「初めてお目にかかりました……」と呟く事しかできませんでした。

 魔法についてはこれまで様々な流派の様々な技術に触れてきましたが、燃える火を糸にするなど見た事も聞いた事もありません。

 何より紡がれた火の糸は、夜闇の中でふわりと赤い光を宿してとても美しい代物です。こんなに美しい糸があれば、王侯貴族はこぞって身の回りの物に使いたがるでしょうから、当然名も売れているはずなのです。

 そんな私の呆然とした様子と呟きから何かを察したのでしょう。


「マジかぁ~……いや、トラ転だしトラック知らないみたいだからそんな気はしてたけど……」


 女性は困ったような顔をして口を開きました。


「ちょっと聞きたいんですけど……ここ、なんていう国ですか?」

「ヴァイリールフ王国です」

「……日本って国は知ってます? ニッポンとか、ジャパンとも呼ばれるんですけど……」

「存じ上げません」


 女性は頭を抱えながら言葉を続けました。


「えっとですね……私、どうやら死んだはずみで世界を越えてしまったみたいです」

「まあ。死ぬと神のおわす天へ行くとか、アンデッド化したとかは聞いたことがありますが……世界まで越える事もあるのですね」


 新たな知見を得ました、覚えておきましょう。


「……つまり、貴女は異なる世界からいらした、と?」

「そうみたいです……あっさり信じるんですね?」

「火が紡がれるという不思議なものを目の前で見せていただきましたので」

「そっか、割と私グッジョブだったんですかね。こっちでは、今でこそ機械化されて廃れたとはいえ、万物を糸にする糸紡ぎの魔工芸は知らない方が珍しい常識みたいな物なんです」


 この世界でも羊の毛を紡いで糸にするのは子供でも知っている常識です。同じように、この方の世界では万物を紡いで糸にするのが常識なのでしょう。


「……万物、と仰いましたが、火の他にも紡げるのですか?」

「意志をもつ動物でなければ紡げますよ。水を紡げば火を防ぐ布が織れますし、金属を紡いだ物は防弾チョッキ……防具によく使いますね」

「……私にもできるでしょうか?」


 つい口をついた言葉に、思わずハッと口元を押さえました。

 万物を糸にする。

 糸は消耗品ですから、周辺の物から糸を採れるのなら、なんて便利だろうかと思ってしまったのです。

 ですが衝動的に図々しい事を言ってしまったと謝罪する私に、この女性はどこまでも寛容でした。


「異世界の人だから出来るかわからないですけど、やってみます?」


 矢も楯も無く頷く私に、彼女は優しく微笑みます。


「じゃあ手を出して。火は初めてだと危ないから……この葉っぱ使いましょうか」


 女性が私の右手を取ります。両利きなのでどちらでも問題はありません。

 彼女の温かみのある手はいくつかのタコが感じられました。剣によるものでもない、私のとも違う、指先の固さ。


「指先に魔力を込めて、少しでいいです、属性は紡ぐ物に合わせて……そうそのくらい」

「詠唱は必要ですか?」

「パターンはシンプルなのでいらないです。こんな感じ」


 重ねられた女性の指先から伝わる手解きの魔法パターンは確かにシンプルな物でした。

 しかし、ほとんどの魔法が“起”や“収束”などの律から始まるのに対して、この魔法は感じた事の無い律……例えるなら“梳き解す”とでも言うのでしょうか、そんなイメージの。自分がこんな律を出せるだなんて、私、初めて知りました。

 彼女の手本に習い、シンプルなパターンを繰り返します……まさしく異世界の魔法パターン。


「上手ですよ~、細かいコントロール得意なんですね。そうしたらそのまま葉に触って……葉が解れる感じわかります? そう、そうしたら指先で捩じるように、撚りながら引っ張るんです」


 ずるり、と固さのある葉の一部が変質します。柔らかい、輪郭があやふやな物になった感触。

 それを言われるまま指先で捩じりながら引くと、葉の色をした馴染み深い糸となりました。


「おお~上手いですね! 合わない人は結構躓くんですが、一発でこれはお上手です。あとは普通の糸と同じように、巻き取りながら紡いでいけばオッケーですよ。ただ、糸は素材の性質を受け継ぎますから危ない素材は危なめな糸ができますし、特に火とか水とかの属性そのものを糸にすると魔力を通したら溢れ出ますから注意してくださいね」


 女性の賛辞に、嬉しくて思わず笑みがこぼれました。

 それと同時に、頭の冷静な部分がこの技術の素晴らしさを確かめます。

 武器としても防具としても衣類としても、万人に喜ばれるでしょう。そしてほんの少しのコツさえつかめば、一般家庭の内職レベルだって可能な簡易な魔法なのです。

 なんと素晴らしい方が、異世界から来てくださったのでしょうか!


「ちょっと自慢になっちゃいますけど、これでも故郷の日本ではお祖母ちゃんの跡を継いで二十歳で人間魔国宝なんて立場だったんですよ。この技術を伝えるのがお役目なので、魔法服飾専門学校の非常勤講師なんかもやってました」


 こっちの人でもできて良かったです、と朗らかに笑う女性。

 その美しい微笑み。

 そして素晴らしいそのこの言葉。

 この方にしてみれば何のことはない日常だったのでしょう。

 しかし、私には違った。

 魅入られたように目が離せない私は、ひとつの確信を得ていたのです。


 かつて私に、最初にメイドの仕事を教えてくださった、初めての先輩は言いました。


『尊いお方にお仕えし、その方のお役目を影で支えられる事。それが最も大きな喜びであり、誉なのです』


 その言葉に感銘を受けメイドを志した私でしたが、ああ、それでもあの頃の私は、真なる意味に到達してはいなかった。


 尊いお方。


 ただ身分の高い方の事だと思ってしまった。


 違ったのです。


 人間魔国宝。聞いた事のない言葉でしたが、人でありながら宝とまで呼ばれる存在なのだと理解はできます。

 異世界の至宝が、不幸な事故がきっかけとはいえ、貴重な技術をこの世界に広めにやってきてくださった。


 このお方を尊いと言わずしてなんとします!


 私は

 私が今まで長くお勤めできなかったのは、きっと今日この時のため。

 初めて心から理解した忠誠が胸の奥に喜びの花を咲かせます。


 私は、このお方にお仕えするためにメイドになったのだと!



「……どうか、お名前をお聞かせください」

「あっ、そういえば名乗ってませんでしたね。蚕宮(かいこみや) 千歳(ちとせ)です」

「チトセ家のカイコミヤ様、ですか?」

「あ、逆です。えっと……千歳・蚕宮」

「チトセ様……」


 ファミリーネーム持ち。やはり身分も高貴な方でありました。

 私は跪き、そっとチトセ様の手をとります。


「ん?」

「ご主人様」

「えっ?」

「それともお嬢様とお呼びした方がよろしいでしょうか?」

「えっ?」

「どうか私を、貴女様付きのメイドにさせてくださいませ」

「えっ!?」

「貴女様に、末永くお仕えさせていただきたいのです!」

「えっ、えええええ!? なんでぇええええ!?」


 どうか、どうか、お傍に。


 生涯の主人に出会ったこの日の喜びを、私は永遠に、忘れることはないでしょう。

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