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十年前からの入学祝い ⑨

 その紙の一番上、太字で書かれたワープロの文字には入学届の三文字。


「これってうちの入部届……?」


 隣から覗き込む酒々井が、不思議そうな声で言った。わざわざ十年前から仕込んでいたプレゼントが入部届。それはそれで不可思議だが、何よりおかしいのは、それが記入済みの入部届という点だ。部活名を書く欄には、日常の謎研究会と記入され、氏名を書く欄には……。


「なんで勝手に俺の名前と印鑑が押してあるんだ」


 千草を睨みあげるようにして聞く。


「もちろん、お前をこの謎研に入部させるためだ。どうせ入る部活も決めていなかったんだろう? 私が青春時代を過ごした部活にお前が入る。これも一つの巡り合わせだ」


 横柄を通り越して横暴だ。そこまで好き勝手される謂れはない。だが、この状況ならまだ間に合う。俺はその入部届を真っ二つに破る。


「あ……」


 酒々井から、悲しそうな声が漏れたのが聞こえた。自分の所属する部活の入部届が目の前で破られたのだ。気持ちはわかる。ただ、俺もこのままなあなあで部活を決められたのではたまったものではない。


「悪いが、そこまではお前の思い通りにならんぞ。まったく、こんなことだろうと思ったから開けたくなかったんだ」


 いや、むしろ取り返しのつかないことになる前に開けられてよかったとも考えられるか? なんにせよ、千種が顧問を務める部活に入らされるなど冗談ではない。


「ジュン、書類をよく読まずに破り捨てるなんて。それでは大人になって苦労するぞ」


「……どういうことだ?」


 俺はたった今破った紙をもう一度繋ぎ合わせて見る。どこかおかしいところでもあっただろうか。


「押されてる印鑑をよく見てみろ」


 押されてる印鑑? そりゃ俺の印鑑だ。千種が勝手に俺の家から拝借でもしたのだろう。今更そんなことに驚きはしない。それとも、実は別人の印鑑だみたいなドッキリか? いや、そんなことしてもなんの意味もないはず。もう一度書面の全体を見回す。そして、気づいた。


「お前、まさかこれ提出済みの……?」


 入部届の下部に、顧問と担任と校長の承認印を押す欄がある。顧問である千種の印があるのはわかる。しかし、担任と校長の印まで押してあるということはつまり……。


「ああ。お前の代わりに私が全ての手続きは終わらせておいた。ほんとは今日の夜にでも、お前に箱ごと渡してやろうと思ってたんだがな。ただ部室に来たら、ちょうどよく頭を悩ませているお前がいたもんだから入部テストみたいなことでもしようと思ってな」


「なるほど! 謎研の入部テストに謎を解かせる。さすが千種先生! ナイスアイデアですよ!」


「ふざけろ。俺はそんなつもりでここに来たんじゃないぞ」


 反論するも、尚も千種は意に介さずと言った様子のまま。むしろその表情は意地の悪い笑みに変わっていく。


「文句はいくらでも聞いてやるが、入部届が受理されているのは事実だ。今から退部届を書いて出す手もあるが、果たしてそこまでの面倒をかけてまで入部を拒む理由もあるまい。別に私は部活に入ってくれればいい。何も活動を強制しようとしてるわけじゃないんだ」


 活動を強制するわけじゃない。確かにそう言われると、わざわざ手続きをしてまで辞めるのも面倒だというのはわかる。ただ、相手は千種だ。活動を強制しないというのもこの場だけの言葉というのもあり得る。


 俺は少しの間、次の言葉を言いかねた。そしてその間に一つの疑問が思い浮かぶ。


「そもそも、なんでわざわざこんなことをしてまで俺を謎研に入れたいんだ」


 活動を強制しないのならば、別にこんな強硬手段を使わずともいいはずだ。俺を入部させることで千草は必ず何かを企んでいるはず。それがわからないままにこのまま流されるのはあまりにも危険だ。


 そう考えての俺の質問を、千種は存外に簡潔に答えた。


「部員がいないと部活として認められないからな。部活として認められんと色々不都合がある」


 なるほど。しかし――


「部員ならそこに一人いるじゃないか」


 俺は視線で酒々井を示す。すると、酒々井は困ったような表情を浮かべ口を開いた。


「あのね、この学校は部員が三人以上いないと部活じゃなくて同好会扱いになるの。去年までは三年生が三人いたみたいなんだけど、みんな卒業しちゃって今は私一人だけだから、このまま入部者がいないと同好会になっちゃうんだよね……」


 伏し目ガチに言う酒々井には悪いが、こんなよくわからん部活がそうなるのは自然の摂理という気もする。むしろ、よく去年まで人がいたもんだ。


「お前は一体全体なんでこんなよくわからん部活に?」


 気になってしまい尋ねるが、酒々井は「えへへ」と誤魔化すように笑っただけで、それ以上は何も言わなかった。まぁ、詮索するほどのことでもない。それより今は俺のことだ。


「千種が無理矢理にでも俺を入部させたい理由はわかった。正直なところ、何かの部活に入らなきゃいけない以上、ここに俺が籍を置くのもまだいい」


 もちろん百歩譲ってだが。


「だが、そうしたところで部員は二人だろ? それじゃ現状と何も変わらないじゃないか」


「ふん、甘いな」


 俺の指摘はしたり顔で受け流された。何か当てがあるのか、自信満々の表情のまま千種は言葉を続ける。


「私がなんの当てもなくこんなことをするわけがないだろう。もちろん、残りの一人は既に確保している――」


 千種が言い切った瞬間だった。教室の扉がガラリと音を立てる。俺と酒々井は同時にその方向へ目を向けた。


「やあやあ、千種さん。入部届は滞りなく提出してきましたよ…… って、淳一郎?」


「噂をすればなんとやらだな」


 教室を覗き込むようにして顔を出したのは、我が仇敵とも言える憎たらしい顔。船橋 圭吾だった。

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