十年前からの入学祝い ⑦
さて、千種からのヒントはカラクリ箱だったな。早速ブリキの箱についているダイヤル錠に手を伸ばす。
「え!? もう番号がわかったの?」
「試してみるだけだ」
〇〇〇〇の番号になっているダイヤルを、上から順に二〇一一の数字に合わせていく。しかし、ロックが外れた様子はない。なら次は二〇二一だ。そう思い試してみるが、結果は同じだった。
「そう単純じゃないか……」
「今のは、カラクリ箱に記してあった数字だよね?」
「ああ。ヒントはカラクリ箱だからな。そこに書いてある数字が答えに関係していると思ってな」
だが、もちろん千種がそんな簡単な仕掛けをわざわざ謎としてぶつけてくるわけがない。わかってはいたが、これで開錠できれば楽だったのに。
一度ブリキの箱を机に戻し、チラリと千種の顔を見る。しかし、千種は不敵な笑いを浮かべたまま黙っている。その表情から、俺はまだ確認していないことがあるだろうことを悟った。
「ねえ、佐倉くんの誕生日はいつなの?」
「八月一〇日だが……。多分違うと思うぞ」
酒々井はダイヤル錠をいじくり始める。発想はいいと思うが、千種はそういうタイプではない。自分でも試しておいてなんだが、そう言う素直な答えを用意しているわけではないだろう。予想通り俺の誕生日はハズレだったのか、酒々井は残念そうに肩を落とした。
俺はカラクリ箱を手に取り、再び詳しく見てみる。箱に記されている数字は先ほどの二つ。側面や底面を見てみても他に手がかりになりそうなものはない。となると怪しいのは上蓋か。
上蓋の模様を遠目に見る。前にテレビか何かで紹介されているのを見たが、日本のお札にはニホンというカタカナ三文字が散らばって記されているらしい。それと同様に、この上蓋にも、よく見てみると浮かび上がってくる数字があるんじゃないかとじっくり確認する。が、俺の視界に映るのはどこか幻想的な風景画だけだ。
「花天月地……。って言ってたか」
独り言のように呟く。そしてその言葉に反応があった。
「そうそう。本当に綺麗で上手な彫刻だよね。桜の花びらが空に舞っていて、月の光が地面に反射して輝いてるのが伝わってくるもん」
酒々井が嘆息を漏らす。そこまで褒め称えるものなのだろうか。よくできているのはわかるが、芸術に疎い俺にはそこまでの魅力は感じ取れない。ただそんなことはどうでもいい。俺が気になった反応をしたのは千種の方だ。
花天月地という言葉に明らかな反応を示した。具体的に表現すれば、一瞬、感心したような表情を浮かべたように見えた。
「この彫刻のモチーフは、花天月地で間違いないのか?」
その表情に何かあると確信しつつ、千種に確認をする。
「ああ、間違いない。その彫刻にタイトルをつけるなら間違いなく花天月地とつけるだろう。しかし、十年前から私の芸術的センスは良かったのだな。言わなくてもモチーフが伝わるとは」
なるほど。
「カラクリ箱が最初のヒントと言っていたな。となると、二つ目のヒントは花天月地のことだったんだろ」
俺が聞くと、千種は先ほどと同じように感心したような表情で頷いた。
「ふん。お前も成長しているようだな。お前の言う通りそれが二つ目のヒントだ。だが、これでお前がそれなりに頭が回ることはわかった。これ以上のヒントはやらんぞ」
余計に詮索せず悩んでれば、追加ヒントがあったのか。ならそれを待っていればよかったかもしれん。とは言うものの答えはある程度見えてきたかもしれない。
「さっきこの彫刻を見て何て表現した?」
俺からの突然の問いに、酒々井は少しキョトンとした顔をする。
「えっと、桜の花びらが空に舞ってて、月の光が地面に反射して輝いてるって言ったかな?」
「花天月地っていうのはそういう状態のことを言うのか? 俺は具体的な情景というより、綺麗な風景を形容する言葉だと思っていたんだが」
「どうなんだろう……。私はなんとなくさっき言ったみたいな光景が花天月地って言うと思ってたんだけど、でも春の夜の風景そのものを、花天月地って言うことが多いんじゃないかな? でもそれがどうしたの?」
「少し気になってな」
花天月地という表現は、明確にこれと言った表現ではない。つまり、解釈の仕方は一つではないということか。
さて、残る問題はもう一つ、ただこっちはどっちも試してみればいいだけか。俺はまたダイヤル錠に手を伸ばす。
「わかったの!?」
「たぶんな」
驚いている酒々井に軽く答えながら、ダイヤルの番号を上から順に合わせていく。これで開いてくれるといいんだが。そう思いながら最後のダイヤルを合わせた。その時――ダイヤル錠のロックが外れる音が小さく鳴った。




