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十年前からの入学祝い ④

 改めてその箱を手に取り観察する。まず目を引くのは、やはり箱の上蓋にあたるであろう部分に施されている彫刻だ。


「綺麗な彫刻だよね。これって臼井先生が掘ったってことだよね」


 酒々井が箱を覗き込むようにして言った。彼女の言う通り、これは千種が作ったものだろう。表面に桜の花びらが無数に舞い、上部には星が描かれていた。そして特徴的なのは、右隅にある円形の窪み、おそらくは月を表現しているのだろう。


 あいつがこの手の細かい作業が得意なのは知っていたが、彫刻の心得があるとまでは知らなかった。思わず感心してしまうほど、その彫刻はよくできていた。


「ま、確かによくできた夜景だな」


「夜景は夜景でも、花天月地って感じだよね」


 花天月地か。なるほど確かにしっくりくる表現だ。だが、あの千種がそんなロマンチックなものをモチーフにするとは。イメージ的には地獄絵図なんか掘ってる方がよほど似合うと思う。


「でもこの彫刻が箱の開け方と関係あるのかな?」


「問題はそこだな」


 しばらく上蓋を眺める。桜の花びらに星に月。そして一つの違和感に気づいた。


「月だけが掘り込んで表現されてるな」


 俺がそう言うと、酒々井はハッとしたように顔をあげる。


「ほんとだ! 桜とか星とかの立体物は浮き彫りになってるのに、月だけはそうじゃないね」


 果たしてそれに理由があるのか。その月の部分を指でなぞってみる。


「――ん?」


 窪みの部分に妙なガタつきを感じる。その部分をさらに指で押してみた。


 カコン


「あっ」


 窪みがくるりと回転したのに合わせて、酒々井が小さく声をあげる。


「なるほどな」


 これはただの箱ではない。いわゆるカラクリ箱というやつだろう。回転した窪みに直径十ミリメートルほどの小さい穴が空いていた。


「すごい! こんな仕掛けが作れるなんて、臼井先生って本当に器用なんだね」


 その器用さは認めるが問題はここからだ。試しに一度上蓋を引っ張ってみるが、やはり箱は閉じられたままだ。まだ仕掛けは残っているはず。おそらくはこの穴に何かするんだろうが。


「この箱と一緒に保管されていた物はないのか?」


「私が見つけたときには周りにそれらしきものはなかったと思うけど……」


「となると、可能性として高いのは千種が持っているか、すでに俺に渡しているか」


 この箱が作れられたのは十年前。十年前の五歳の時に、俺はあいつから何かを受け取っただろうか。


「……もしかして」


 一つ思い当たることがあった。俺は鞄から長財布を取り出す。


「それは?」


「この財布自体は関係ない。たぶん大事なのはこっちだ」


 言いながら財布のファスナーについたキーホルダーを見せる。


「えっと、金属の棒?」


 困惑したように酒々井は尋ねてくる。まぁ、変に思うのも無理はない。何の模様もない、短い金属棒だ。キーホルダーにしては流石に地味すぎるだろう。


「これはまだ俺が小さい頃、千種からお守りとして貰った棒でな。貰ったのが十年前かってとこまでは覚えてないが、今考えれば、あいつが意味のないものを俺に渡すとは思えん」


 であれば、この棒が鍵になる可能性は十二分。そのキーホルダーを財布から外し、月の穴に差し込んでみる。すると、その棒の半分ほどが穴に埋まった。


「佐倉くんすごい! ピッタリはまったね!」


「確かにピッタリだが、これはハンドルか?」


 穴から飛び出した先端が指でつまめそうだ。これがハンドルだとしたら、多分回すんだろう。


 試しにやってみると月が反時計回りに回転し始めた。そのままクルクルと回していくと、カチリと言う音がする。


「開いた……のか?」


「開いたみたいな音だったよね?」


 ハンドルから指を離し、上蓋を掴んでゆっくりと持ち上げる。今度こそ蓋は何の抵抗もなく持ち上がった。


「めんどくさいものを作りやがって」


 ぼやきながら上蓋の内側を見る。そこには木製のギアがいくつも取り付けられ、その先につっかえ棒のようなものがくっついていた。おそらくはこれで蓋を抑えていたのだろうが、パッと見ただけでは細かい仕組みまではわからない。


 しばらく上蓋を観察していると、酒々井が俺のブレザーの袖を引っ張る。


「ねえねえ。中身は見ないの?」


 おっとそうだった。カラクリ箱の仕組みよりまずは中身か。言われて箱の中を確認する。


「……は?」


 素っ頓狂な声を出してしまう。中に入っていたのは封筒が一つ。これは別にいい。問題なのはもう一個の方、それは箱だった。


「何が入ってたの? ――ってマトリョーシカ?」


 箱の中にひとまわり小さな箱。趣旨が全くわからん。とりあえずはその二つを取り出してみる。


 見たところ二つ目の箱は、市販されているような安っぽい見た目の箱だった。ブリキ製だろうか、開け口の部分にダイヤル式の南京錠が掛かっている。


「カラクリ箱の中に鍵の掛かった箱! 謎が解けたと思ったら深まっちゃったね」


 酒々井は何故か嬉しそうな反応をする。いったい何が楽しいのかわからん。俺はそれとは逆に、いよいよ面倒だと感じてきた。


「そろそろ他に行ってもいいか?」


「ええ!? どうして? 謎研部員としてこの謎が気にならないの?」


 いつのまにか正規部員にされているようだ。勘弁してくれ。


「俺は見学に来ただけなんだが」


 当然のことを当然のように伝えただけなのだが、酒々井はハッとしたような表情を浮かべる。まさか、こいつ本気で俺が入部したと思い込んでたのか?


「でもでも、せっかく見学しに来てちょうどよく謎があるんだからさ! 最後まで考えてみようよ。それに、せめてその封筒くらい確認してもいいんじゃない?」


 言われて封筒の存在を思い出す。箱の中に箱というわけのわからん状態が衝撃的すぎてつい忘れていた。


「悪いが、その封筒に何の手がかりもなかったら俺は行くぞ」


 これ以上関わると中立主義に反してしまう気がする。そう思いながら『淳一郎へ』と書いてある封筒の封を切って中身を取り出す。そこには一枚の便箋が入っていた。

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