十年前からの入学祝い ③
「一体全体なんだっていうんだ」
「あ、ごめんなさい。まさか本人が現れるとは思わなかったから……」
「本人?」
俺が尋ねると、酒々井は再び長机に向かってかけていく。そしてその上に置かれていた木箱のようなものを手に取りこちらへ持ってきた。
「さっき言ってた謎って言うのがこれなんだけど」
言いながら木箱を手渡される。クッキー缶ほどの厚みと大きさのその箱の上部には、綺麗な風景画のようなものが彫刻されていた。箱自体は古いものなのだろうか、まばらに変色したような跡がある。
「で、これはいったい?」
「見てほしいのはここ!」
酒々井は箱の側面を指で示す。その部分を見るとこんな一文が掘り込んであった。
『佐倉 淳一郎に送る』
「なんだこれ?」
そこにはハッキリと俺の名前が記されていた。
「この佐倉 淳一郎って君のことだよね? それがどういうわけかこの教室に置いてあったの。これって偶然なのかな?」
少し興奮したような調子で聞かれる。しかしそう驚くことでもない。冷静に考えれば答えは出る。
「偶然、だろうな。見た感じ年季の入った箱だし、過去に俺と同姓同名の生徒でもいたんだろう」
俺はそう結論づける。自分の名前がポピュラーなものだとは思わないが、さりとて突飛な名前というわけでもない。過去まで遡れば同姓同名の人間がいたとしてもおかしくはないだろう。
しかし、酒々井は納得がいかない様子で首を捻った。
「でも、裏側には今年の数字が入ってるよ?」
言われて箱の底面を見る。そして、そこに記されていた数字を見て今度こそ俺も驚いた。『ニ〇一一年から二〇二一年へ』今年はまさに二〇二一年。これはつまり、どういうことだ……?
「あー、これはその……。他のクラスとか他学年に同じ名前の人がいたりする可能性――はないか……」
自分で言いながら否定してしまう。この学校の生徒数は六百人前後と聞いた。苗字か名前だけならともかく、漢字まで一致している同姓同名のやつがいる可能性はほぼないだろう。
「それじゃ、やっぱりこの箱は佐倉くん宛のものなのかな?」
「それはそれでおかしいだろう。二〇一一年っていうと十年前だぞ? その頃の俺はまだ五歳だ。この学校とはなんの関係もなかったのに、どうやって俺に宛ててこんなもの用意できるんだ」
「うーん、もしかしてタイムトラベラーが残していったものとか!?」
やっぱりオカルトじゃないか。
しかし、オカルトで片付けるのは俺の趣味ではない。顎に手を当て少し考えてみる。俺宛に残された謎の木箱。十年前と今年の年号が記された木箱。――十年前?
そして心当たりにたどり着いた。
「……あいつか」
「あいつ?」
考えてみればこんなことをできるやつはあいつ一人しかいない。そしてあいつはこんなことをしそうな人物だ。
「臼井という教師を知っているか?」
「臼井って臼井 千種先生のこと?」
知っているのであれば話は早い。
「そう。その臼井だ。あいつは俺の従姉妹でな。十年前までこの学校に通ってたOGでもあるんだ」
「ええ!? そうだったんだ。ってことは、それは臼井先生が佐倉くんに宛てたものってこと?」
「おそらくそうだろうな」
なんでここに保管していたのか、何の意図があって用意したのか、そもそも中身は何なのか。いろいろ疑問は残るが、それはあとで本人に聞けば良いだろう。
しかし、千種がわざわざ十年越しに用意した箱か……。手の中のそれをまじまじと見つめる。
「佐倉くんのなんだよね? 開けてみないの?」
酒々井は中身が気になるのか、急かすようにそう言った。
「いや、何だか嫌な予感がしてな。それより、お前は中身を見なかったのか?」
「ううん、私は開けてないよ」
「律儀なやつだな」
別に人の名前が入っていようが、明らかに古ぼけた安っぽい木箱だ。それが無人の部室に残されてたとなれば、勝手に開けても誰に咎められることもないだろうに。
そのつもりで俺は言ったのだが、どうやら酒々井には別の意図があったらしい。小さくかぶりを振った。
「開けてないって言うより開けられなかったの」
開けられない? どういう意味かと思い、俺は上蓋らしき部分を引っ張る。しかし、酒々井の言った通り確かにその箱は開けられなかった。キシリと木材がたわむ音がやけにうるさく響いた。
「鍵でもかかってるのか?」
そう考え、箱の周りを確認してみる。だが、鍵穴のようなものは見当たらず、開け方のヒントになるようなものも見当たらない。
「あれ? てっきり佐倉くんなら開け方がわかると思ったんだけど……」
酒々井はわかりやすく残念そうな表情浮かべる。感情が顔に出やすいタイプなのだろうか。
「さっきも言ったが、俺はこんな箱は見覚えもないんだ。当然開け方も知らん」
「そっかあ……。これで謎が解けたと思ったんだけど」
そういえばこの箱を持ってくるとき謎がどうとか言っていたな。つまりこいつは、この箱の開け方を試行錯誤していたというわけか。
「ねえ、佐倉くんはどうやって開けると思う?」
唐突に尋ねられる。
「さあな。そんなものあとで千種に聞けばいいんじゃないか」
箱を机に置きながら投げやりに答えると、酒々井は一歩俺の方へ踏み出してきた。その勢いに思わずたじろいでしまう。
「な、なんだ急に」
「それじゃあんまりにもつまらないよ! これが臼井先生が佐倉くんに残したものなら、きっと開け方も佐倉くんにわかるようになってるはずだよ。ちょっと考えてみようよ」
真っ直ぐに俺を見る黒い瞳に、強烈な好奇心を感じる。面倒だと断れば、そのまま視線で射殺さんとする勢いに、俺は思わず「わかった」と答えてしまった。
来る場所を間違えたなと思ったのは、口に出さないでおく。




