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十年前からの入学祝い ①

 “中立主義”といったものを知っているだろうか。辞書によると、『戦時、または平時のどちらにおいても、国際関係の上で中立を維持するのを基本とする外交上の立場であること』をそういうらしい。例を挙げると、有名なところでスイス連邦が永世中立国として中立主義を掲げている。


 もう一つ例をあげよう。地球の極東に位置する島国、日本。その国内に数ある公立高校の一つである京成高等学校。そこに在籍する俺、佐倉 淳一郎こそが中立主義だ。


 そんな説明を、放課後の教室で、クラスメートであり小学校からの腐れ縁でもある船橋 圭吾に語り聞かせる。すると圭吾は、また始まったと言わんばかりにかぶりを振った。


「淳一郎の信条を聞くのは何回目かわからないけど、あえて乗ってあげるよ。中立主義なんて言うけど、国家でもない一個人が政治的イデオロギーを掲げたところで意味が伝わらないと思うんだけど」


「何度説明してもお前が理解しないからだろう。いいか、外交ってのを一個人に当てはめるとどうなるか。それは他人との人間関係のことになる」


 そう張り切って話す俺を、圭吾はいつも通りの薄ら笑いで聞き流している。正直、こうやって大袈裟な口調で弁舌を振るうのは俺の柄ではなく、むしろこいつの得意分野だ。しかし、いつもの意趣返しを込めて俺はなおも熱っぽく喋り続ける。


「俺は他人との人間関係において中立であることを心がけている。特定の誰かに肩入れしたり、逆に特定の誰かを拒んだり、そういったことはしないと決めてるんだ」


「その心は?」


 わかりきっていることを。


「他人にかまけてトラブルに見舞われるのはごめんこうむる」


 圭吾はため息をついて「やれやれ」とわざとらしくつぶやいた。いちいち芝居がかった仕草が板についている。


「ま、淳一郎がそういうやつだっていうのは前からわかってるし。別に理由なく中立主義を掲げているわけじゃないっていうことを僕は知っているさ。けどね」


「けど、なんだ」


「困っている親友の頼みを聞くくらいしてもバチは当たらないんじゃないかな」


 作ったような困り笑いを浮かべて言う。それを俺は鼻を鳴らして笑うことで一蹴してやった。


「お前と親友になった覚えはないぞ」


「ひどい言い草だなあ。小学生の頃は毎日のように一緒に遊んでいたじゃないか」


 四年も五年も昔の話を持ち出して親友面されたところで説得力がない。そもそも当時の俺はまだ中立主義を掲げていなかっただけだ。


「はっきり言わせてもらえば、今となってはただの腐れ縁ってだけで友人かどうかも怪しいところだぞ」


 俺がきっぱりと言い放つも、圭吾は全く意に介する様子はない。それどころか尚も食い下がるように両手を合わせて頼み込んでくる。


「頼むよ。もう淳一郎しかあてがないんだ。新聞部に入ってくれって言っても名前を貸してくれるだけでいいんだからさ」


「どれだけ頼もうがダメなものはダメだ」


 頑なに断り続けると、ようやく諦めたのか圭吾は一つ深いため息をついた。


「ここまで言ってもダメなら仕方ないか。けど意外だな。てっきり淳一郎は二つ返事で了承してくれると思ったんだけど」


 何を言い出すかと思えば。負け惜しみのつもりだろうか。俺が圭吾の頼みを簡単に引き受けるわけないことなど、こいつも重々わかっているはずだが。


「そもそも、頼みごとの内容も悪い。俺が名前を貸すだけとはいえ、部活なんてものに入るわけがないだろう」


 古今より、部活動というものには必ずと言っていいほど派閥なんてものがついて回るものだ。中立主義者の俺がそんなものに関わり合いになりたくないのは当然のこと。そのつもりで言うも、圭吾は呆気にとられたという様子で目を見開いた。


「それこそ意外だ! 適当な部活に入って幽霊としてさまようよりも、委員会に所属して学校運営の側に回ろうとするなんて!」


「なに? 俺は委員会に入るつもりもないぞ?」


 何を当たり前のことをと思うが、圭吾は俺の言葉を聞いて少し考えるような素振りをした後、納得したように笑う。


「淳一郎、さては聞き流してたね?」


「聞き流す? 何の話だ」


「この前あった新入生歓迎会だよ。まさか居眠りこいてたんじゃないかい?」


 言われて俺は記憶をたどる。といっても一週間前のことだ、さすがに覚えている。授業の時間を二時間分使って行われたそれは、晴れてこの学校の一員となった我々新入生のために、部活案内や委員会の案内をするための集会だった。そのどちらにも興味がなかった俺はたしかに終始ぼうっと眺めていたが、さすがに眠りこけていたわけではない。


「ちゃんと見てたし、聞いてたぞ。それを証拠にどの部活がどんな内容のことをしてたかは覚えてる。吹奏楽部なんかが第九を演奏してただろう。あれはなかなかよかった」


「残念だけど演奏してたのはラヴェルのボレロだ。それより、僕が言いたいのは部活紹介のことじゃない。その前の校長の話のことだよ」


 適当に曲名を言っただけなのにわざわざ訂正されるとは。相変らず無駄なことはよく覚えている。それはいいとして、校長の話だって?


「そんなのあったか?」


 圭吾は「やっぱり……」と呆れ顔で言った。


「中立主義もいいけど、まずは学校という組織の一員であることを自覚するべきだよ淳一郎は。ま、仕方ない。僕が教えてあげるから安心していいよ」


 鼻持ちならないその態度に、わざと顔をしかめて睨みつけてやる。初対面の人間ならこの時点で話を切り上げるか一言モノ申したくなるだろうが、毎度やられていれば段々慣れてくる。俺は黙って話の先を促す。


「あのね、淳一郎には酷な話かもしれないけど。うちの学校の生徒は部活か委員会、そのどっちかには所属してないといけないって校則があるんだ」


「なんだと?」


 寝耳に水とはこのことか。思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「なんでも授業以外での課外活動を通じて、生徒の自主性や協調性を育んでもらいたいなんて説明してたかな。今どき強制までするのは珍しいけど、淳一郎みたいな生徒には確かにいい機会なのかもね」


 何という余計なお世話だ。人様から帰宅部という選択肢を勝手に奪っておいて何が自主性だ。胸の内で憤慨するも、怒りのぶつけ先はどこにあるわけではない。やり切れぬ思いを特大のため息に込めて吐き出した。


「人の不幸は蜜の味なんて言うけど、淳一郎のそれは格別だね。でも、これで僕が二つ返事で新聞部に入ってくれると思った理由がわかっただろう?」


 圭吾の得意げな表情に、八つ当たりに一発お見舞いしたくなる。しかし、それをしたところでこいつはなおも面白おかしそうにへらへらする男だ。俺は少し逡巡してからせめてもの反撃を試みる。


「お前が俺の不幸を笑うのは構わん。だが部活強制を加味しても俺はお前には協力してやらん」


「おっと、それは困るな。でもそれで困るのは僕だけじゃないと思うよ」


 俺の言葉を冗談だと思っているのか、圭吾はまだ余裕そうな面持ちでいる。


「悪いが冗談じゃないぞ。中立主義はだれかを使いもしなければ、使われることもあっちゃいけないんでな」


「ふーん、僕には意地を張ってるだけに見えるけどね。それになんにせよ部活には入らなきゃいけないんだ。いったいどうするつもりだい?」


 好きに思えばいい。俺は鞄をつかんで席を立つ。


「なに、部活なんていくつかあるんだ。今から見学にでも行って自分に合った部活動を見つけるだけだ」


「無駄な努力だと思うよ。ろくな結果にならないのは目に見えてるしね。ま、それでもあとで慰めるくらいはしてあげるさ」


 圭吾は最後まで飄々とした態度のままそう言った。強がりなのか本当にそうなると思っているのか。それはわからなかったが、俺は返事もせずに教室を出る。


 そしてそれが強がりでなかったことを思い知らされるのは、それからわずか二時間後のことだった。

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