悪役令嬢の私は断罪されるようですが返り討ちにしてさしあげますわ
「アドリア・ドナーティ!貴様との婚約は破棄!更に国外追放とする‼︎」
「……まあ」
学園の卒業パーティーが始まって間も無く、ベネデット・パリヤーノ殿下がホールの真ん中で声高らかに宣言する。
会場にいる令息令嬢達の視線が一気に集まった。
「ベネデット様、理由をお伺いしても?」
「白々しい!ロジータへの悪行の数々、私にバレぬとでも思っていたのか‼︎」
「悪行、と言いますと?」
さっぱり身に覚えが無いので首を傾げて聞いてみる。
「教科書を破り、すれ違い様に貴様からぶつかっておきながら『汚い』などと言い、更には昨日、階段から突き落としたではないか‼︎」
さも自分で見てきたかの様に言いますわね、このアホ殿下。
「何のことやら、その様な事をした覚えはございませんわ。証拠はありますの?」
「あるとも!純粋なロジータが泣きながら私に訴えたのだ!それが証拠だ‼︎」
「……」
呆れて言葉も出ませんわ。
よくそんなアホみたいな事を、胸を張ってドヤ顔で言えますわね。
ろくに証拠も無いうえに、伯爵令嬢であり婚約者の私を衆人環視の中で、それもその程度の罪で国外追放まで宣言して断罪するなんて、頭に脳みそ入って無いのかしら。
まあ、婚約者がいるにも関わらず、パーティーが始まる前から、男爵令嬢のロジータとべったりくっついているような馬鹿はこっちから願い下げですけど。
「ハッ……それはそれは、結構な証拠ですこと」
あらいけない、あまりにもお粗末過ぎてつい鼻で笑ってしまったわ。
「……アドリア様、せめて伯爵令嬢らしく、潔く罪をお認めになってください」
ようやく口を開いたと思えば、伯爵令嬢らしく罪を認めろ、ですって?
「私という、婚約者のいるベネデット様にちょっかいを出しておきながら、結構な物言いですこと。貴女こそ、男爵令嬢らしく、分を弁えて行動すればこの様な事にはならなかったでしょうに」
人の物に手を出しておいて、タダで済むと思っているのかしら。
「アドリア!私の愛するロジータに暴言は許さないぞ!私はお前など愛していないのだ!潔く身を引け‼︎」
はいはい、私も貴方みたいなアホは愛した事などありませんわ。
それでも婚約していたのには、貴方の方に理由があるというのに。
ですが、矜持を傷つけられてはタダでは済ませませんよ。
「……わかりましたわ、身を引きましょう。ですが、少々お時間をくださいな」
この後、起こる事を思うと、自然と笑みが溢れてしまいますわ。
スッ、と手を挙げるとホールの扉が開き、国王陛下、第二王子のテオドーロ殿下、私の父のドナーティ伯爵、ロジータの父のアッカルド男爵が入って来た。
「なっ!父上⁉︎どうされたのですか⁉︎」
卒業パーティー程度に顔を出される事の無い陛下がお越しになれば、それは驚きますわね。
周りの令息令嬢達も一気に緊張した面持ちになっているし。
「ベネデット、お前にはつくづく愛想が尽きた。ここまで愚かだとは……」
「ち、父上?」
「何故、アドリア嬢を蔑ろにしたのだ。美しく教養もあり、将来の王妃候補として申し分無かったであろう」
「アドリアは性根が腐っています!とても王妃に相応しいとは思えません!現にロジータを虐めているのですから‼︎」
よくもまぁ、親のいる前でその娘を貶せること。
「……殿下、本当に我が娘のアドリアが、ロジータ嬢を虐めたと仰るのですか?」
「そうだ!ドナーティ伯爵、育て方を間違えたようだな!ロジータの様に育てるべきだったのだ‼︎」
「……ほう?」
あらあら、お父様ったら青筋を立てていらっしゃるわ。
その隣ではアッカルド男爵が血の気の引いた顔で、成り行きを見守っている。黙って見ているよう言われたのかしら。
父親の方はまともな感性を持っているようね。
「それでは、この場にいる皆様に、ベネデット様がお褒めになるロジータ嬢の素晴らしき行いを見ていただきましょう!」
普段から身につけていたネックレスを外し、ネックレスの仕掛けを作動させる。
ネックレスの上に天井近くまで大きく、教室が映し出され、そこにロジータが現れた。
「へ?ロジータ?」
アホなお顔が更にアホに見えるので、ベネデット様は口は閉じた方が良いと思いますわ。
映し出された人気の無い教室。
ロジータは私の鞄から、教科書やノートを取り出し、それはもう見事なまでにビリビリにしていく。
更にはペン等も踏みつけ、バキバキにして笑っている。
「な、何よこれっ⁉︎」
「よく撮れていますでしょ?」
ベネデット様の腕に縋りついたままロジータが狼狽している。
まさか、撮られているなんて思いもしなかったんでしょうね。
証拠というのはこういう物の事を言うのよ。
そして、場面が変わり学園の人気の無い廊下。
前からロジータが歩いて来る。そのまま進めば当たるはずもない位置にいるのに、わざわざこちらへ寄ってきて私にぶつかり、
「うっわ、きったなーい!菌が感染るー!」
などと、意地の悪い顔でニヤニヤしながら言う。
「――やめてっ!止めてよっ‼︎」
ロジータが必死の形相で映像を止めようと近づいて来ようとするも、我が家の執事に阻まれる。
また場面が変わり、学園の人気の無い階段の踊り場。
後ろからやって来たロジータが、
「バーカ!」
と言って私を突き飛ばす。
階下に落ちて行く所で映像は停止。
まぁ、突き飛ばされた程度、華麗に着地してみせましたわ。映ってはいませんけれど。
「これが、ベネデット様が絶賛されたロジータ嬢による素晴らしき行いですわ。あら、でもおかしいですわね?映像でロジータ嬢が行っていた事で私は断罪されましたのに、どういう事でしょうかベネデット様?」
ざわついている衆人の視線が一斉にベネデット様に集まる。
「……こ、こんなのっ、作り物だ‼︎ロジータを貶める為にお前が作った物なんだろ‼︎」
「……はぁ」
この期に及んで、なんとも愚かな……。
こうも愚かだと溜め息しか出ませんわ。
映像を流し始めた後のロジータの言動が真実であると物語っているというのに。
自分の信じたいことしか信じない人間が、次期国王になどなれるはずがありませんわね。
あぁ、お父様、眉間の皺がくっきりはっきり出過ぎですわ。握った拳の震えもお隠しになってください。
ぶん殴りたい気持ちはアドリアも一緒ですわ。
「……ベネデット、お前には人の上に立つ資質は無いようだ。頼りないお前だが、優秀なアドリア嬢の支えがあれば大丈夫であろうと立太子させようと思っていたが。人を見る目も無く、意見を聞かず、真実から目を背ける愚鈍な者よ……、お前とアドリア嬢の婚約は破棄し、第二王子のテオドーロを立太子する。」
「ま、待ってください父上っ……」
「更に、まともに調べもせず男爵令嬢の言い分のみを鵜呑みにし、伯爵令嬢を衆人環視の中貶め、勝手に国外追放まで言い渡す愚行。――お前は廃嫡だ、ベネデット。只今をもって、お前は王族では無くなった。明日までに荷物を纏めて城から出て行け」
「……は?冗談でしょ?父上っ」
「冗談に聞こえるか?」
「……ぅ、嘘だ……なんで私が廃嫡……城から出て行かねばならんのだ……」
あらあら、ベネデット様のお顔が真っ白ですわ。あぁ、もう王族ではないのだから様は入りませんわね。
ここまで見事に血の気の引いた顔、というのは見たことがないですわ。
「さて、ロジータ嬢」
陛下に名を呼ばれロジータがビクッと体を震わせる。
こちらはまた、ベネデットとは違い真っ青な顔をしてますわね。
「先程の映像が立派な証拠だ。虐めをしていたのはアドリア嬢ではなく、ロジータ嬢で間違い無いな?」
「……知りません、記憶にありません」
「……なに?」
「あれは私ですが、私ではありません!……そう!無意識にしていた事なのです!あぁ、無意識とはいえなんて恐ろしい事を!私は病気なんだわ……っ‼︎」
「――ブフッ!」
またとんでもない言い分ですわね。
恥ずかしながら、思わず吹き出してしまいましたわ。いけない、いけない。
「……何がおかしいのですか?アドリア様」
「あら、失礼。悲壮感たっぷりに、身振り手振りを交えて仰ってますが、記憶に無いはずがないでしょう?先程、ベネデットさんが仰っていたではないですか」
“教科書を破り、すれ違い様に貴様からぶつかっておきながら『汚い』などと言い、更には昨日、階段から突き落としたではないか‼︎”
“あるとも!純粋なロジータが泣きながら私に訴えたのだ!それが証拠だ‼︎”
「泣きながらベネデットさんに訴えたのでしょう?私とロジータ嬢の立場は逆でしたが、記憶に無いことは訴えようがありませんわ」
「――あんたっ……!」
「もうやめないか!ロジータ!」
「お父様⁉︎」
「陛下、この度は娘が大変申し訳ありませんでした。こんなことになるまで、気づかなかった私にも責任がございます」
「どう責任を取るつもりかな?アッカルド男爵」
「……男爵位を返上いたします」
「ふむ、そうか。ドナーティ伯爵、アドリア嬢も、それで良いかな?」
アッカルド男爵には多少同情しますが、妥当でしょうね。
「はい、異存ありません」
お父様も少しは怒りを鎮めてくださったみたいですわね。青筋は消えていますし。
「はぁあ⁉︎なんで⁉︎爵位を返上したら平民じゃない‼︎お父様何考え――」
――バチン‼︎
あらー、なかなかに勢いのある平手打ちでしたわね。ロジータが吹っ飛んでるじゃないですか。
重めの良い音が響きましたわ。
「――っ黙れ!誰のせいでこうなったと思っている‼︎せめて最後くらい淑女らしくしなさい‼︎……陛下、失礼しました……っ」
怒鳴られたロジータは打たれた頬を押さえたまま、アッカルド元男爵に頭を下げさせられ、連れて行かれた。
まぁ、殿方に限りですが、愛想の良い方でしたから、平民になってもやっていけるのではないかしら。
ベネデットとは違って。
アレは平民の暮らしをできる気がしませんけれど、どうでもいいですわね。
“ロジータ劇場”が繰り広げられている間に、陛下の護衛の一人に連行されていましたから、もう姿を見ることもないでしょうね。
「……アドリア嬢、愚息が迷惑をかけた。すまない」
「陛下、頭を上げてください。もう気にしていませんわ」
というか、実は大して気にもしていませんわ。
あのアホをあそこまで増長させてしまった陛下にも多少の非はあるとしても、一番悪いのはあのアホ本人ですもの。
「感謝する。ところで、急な話ではあるが、テオドールと婚約を結び直してはくれないか?」
「まぁ!」
そんな気は薄々しておりましたが、驚いたフリくらいお手の物ですわ。
淑女の嗜みですわね。
「第一王子であったベネデットと婚約破棄をしたばかりだというのに申し訳ないが、アドリア嬢には未来の国母になって欲しいと思っていたのだ。どうか、国の未来の為に引き受けて欲しい」
「アドリア嬢、兄上の事は大変申し訳なく思っています。ですがどうか、良い返事をいただけないでしょうか?」
第二王子のテオドール様はあのアホとは違い、真面目に国政に取り組まれる方だし、女性関係も派手では無い。
アホと婚約していた間も親切にしていただいたし、たまの雑談でも話が合った。
見目も良いお方ですし、とくにお断りする要素はありませんわね。
「そうですわね……、お父様はどう思われますか?」
私だけの婚姻ではありませんし、ここは、お父様の意見もお聞きしなければいけませんわ。
「私は、アドリアが幸せになれると思う選択ならば異論は無いよ。アドリアの好きなようにしなさい」
「お父様……」
理解のある父を持って私は幸せ者ですわ。
「陛下、そのお話、謹んでお受けいたします。テオドール様、不肖の身ではありますが、これからどうぞよろしくお願いいたします」
「感謝する、アドリア嬢」
「アドリア嬢、共にこの国をより良い国にしていきましょう」
周りで成り行きを見守っていた令息令嬢達から拍手が沸き起こる。
――さてさて、今から腕がなりますわね!