貧乏男爵令嬢の就職活動は前途多難すぎる
「貴女にはわたくしの代わりに子爵様の子供を産んでもらいたいの」
私フローラ・アストレイは17歳。
アストレイ男爵家の次女で、6人兄弟の3番目。
由緒ある家柄と言えば聞こえはいいが、建国時に武勲を立てた先祖が男爵になって数百年、もう武力の時代じゃないわけで、家は衰退して見事なまでの貧乏子沢山な家だ。
長男を頑張って都に送り出し、長女が近所の郷士に嫁いで、下の双子の弟たちや妹はまだ幼い。
私が社交界に出るような余裕はなく、かといって嫁ぐような年頃の異性のいる家柄の家も近所にはもうなく、持参金もない。
そんなときにさる公爵令嬢の侍女としてお仕えする話が来たのだ。
アリアドネ・キュベレイ様、歳は同じ17歳。
ご母堂は王族の血を引かれる、私なんぞとは違う本物の貴族のご令嬢様。
キルケニィ公爵家のご子息ボロブドゥール子爵とご婚約されている。
その来年に控えた婚礼にあたり、一緒に行けるような侍女が欲しいとのお話だった。
ある程度身分がありつつ、己をわきまえてるような存在、なかなかに都合がいい扱いだが、このまま実家で燻っているよりはよっぽどいい。
お給金が貰えるし、弟妹の将来にも役立つコネが得られるかもしれない。
……だから来たのだ、故郷から王都までがたぴし揺れる乗合馬車を5日も乗り継いで。
お蔭で大層酔ったが、これも輝かしい将来のためだ、気にしてはいけない。
歩いて行くよりはマシだ、都に着いて早々、まずやったことは手洗い場を探すことだったけど。
そして辿り着いたお屋敷で、お目にかかったアリアドネ様は評判以上にお美しかった。
髪は私と同じ銀髪だが手入れが違う、夜空に光る星のような輝きだ。
紫水晶のような瞳、白磁の如き膚、赤く形のいい唇。
何と言うかお伽噺に出て来るお姫様そのままで、こんな美しい方がいたのかと。
すらりとした長身で、流行りのドレスもよく似合っていらっしゃる。
私とは背丈はほぼ同じだが腰の位置が違うというか、手足が長くてほっそりとしていて羨ましい限りと言うか、お仕えするのに幸福と言うか。
どうせなら美人がいいではないか、ずっとそばに居るのだもの。
私は同性でも異性でも麗しいものが好きだ。
美しいものが嫌いな人間はそもそもいないと思うし。
そうしてうっとりとしていたときだった。
……このお姫様に突然そう言われ、私は、眩暈がした。
「……あの、どういう意味でしょうか」
「ごめんなさい、もう少し説明したほうがいいわね。つまり、貴女は私の代わりに、ボロブドゥール様の子供を産んでもらうことになるのよ。私と同じ銀髪、あの人と同じ琥珀の瞳。もってこいの存在だわ」
「アリアドネ様が奥方様でしょう?何故に私を差し出すと?!」
慌ててそう叫ぶと、アリアドネ様はそっと目を伏せた。
「わたくし、子供は産めませんの」
しまった、知らなかったとはいえ、酷いことを私は。
「…申し訳ありません、とんだことを」
謝るとアリアドネ様はゆうるりと微笑んで、
「いいのよ。…だって私ね、男なの」
今なんか凄いことを宣われた。
え、聞き間違いでないですよね、と言うか聞き間違えたい。
「お、お戯れを」
男?
この絶世の美少女が男?
それなら私は亞人か何かか。
世間の女の何割かが性別疑われてしまうのでは。
「本当よ、ほら」
ドレスの胸元を優雅に開かれる、そこからは海綿で出来た詰め物がたくさん出てきた。
あ、これ凄い便利な奴。
ドレスによっては大きく見せたい時ってあるものねー。
そんな風に思うのは、多分現実から逃れたいという深層心理の表れだろう。
胸は見事に平たかった。
女の胸が無いのとは違う、筋肉は余りついていないけど確かに男の胸板。
兄が時々上半身裸で歩いていたせいで、判別できる己が嫌になりそう。
いやでも、男らしい体付きのご令嬢だって世の中には存在するはず。
「……どうしても、と言うなら、下もお見せするわ」
「これで十分です」
嫁入り前の娘に何を見せようとするんですか、こちらも嫁入り前の「娘」だけど!
「なぜに、ご令嬢な、」
言葉に詰まってし待ったのを分かってくださり、アリアドネ様は語り始められた。
「話せば長い事になるのだけれど。わたくし生まれた時に呪われたのよ、生きていくのに支障があるレベルで。そして解決策として下されたの、このまま男として育てずに女としろと。そもそも4男だったし、姉妹も認知できる範囲にはいなかったしで、今に至るわ」
よよよ、とハンカチで目元を拭かれているが少しウソ泣きっぽい。
妹が泣くときに似ている。
「呪いですか」
「ええ。父親の浮気症と手を出した相手がヤバかったせいでね。…腹が立つわ全く」
ハンカチをぎゅうっと握りしめ、頬を膨らませる、あ、かわいい。
そしてやっぱり泣いた跡はそのお顔には無かったので、ウソ泣きで合っていたようだった。
「それはとても同情いたします」
「と言うわけで、私は嫁ぐ際に私の代わりに子供を産んでくれる存在を密かに探させたの。そしてあなたを見つけた。容姿も家柄も理想だわ、本当に」
だから迫ってこないでください。
凄くきれいなお顔で、正直心の臓に非常に悪いのですから。
そして何がと言うわけで、ですか。
「……あの、拒否権とかございませんよね」
一応試しに聞いてみる。
「当たり前でしょう?」
勿論満面の笑みで否定してくださった。
「……私も、貴族の娘です。お立場のつらさはある程度は理解いたします。…私が引き受ければ、家のことはよしなにいたしてくれるのでしょう」
「勿論。それは約束してよ」
深々と頷かれる、その姿に偽りは無い様に見える。
姿自体が偽りと言ってしまえばそれまでなのだけれど。
「それではひとつ、私のお願いを聞いてくださいますか」
そうしたら全てこの身に秘めたままお仕え致し、仰るとおりにいたしますので。
――これは私の最後の賭けだった。
「わたくしに出来ることなら、何なりと。言ってごらんなさいな」
にっこりとアリアドネ様が頷かれる、ああなんとお美しい。
「私の想い人とさせて頂けるでしょうか、アリアドネ様。貴女様を唯一の恋人と、思っていてよろしいでしょうか。…秘密の恋人の為、自分はこの身全てを捧げましょう」
貴女様にお目にかかり、一目で心奪われたのです。
一生に一度の恋人の為なら、何とでもお従いします。
そう言って私は、公爵令嬢の白い手に口づけをした。
女性の其れとしては少し大きくはあったが、それでも滑らかで、繊細であった。
引いてくれないかな。これで。
普通の侍女として秘密を知る存在扱い位に留めてくれたらいいのだが。
百合かよ!と思ってくれないだろうか本当に。
……本当にお美しいご令嬢で、其れだけで済んだのなら、
「……フローラ」
「はい」
恭しく頭を下げる。
「……止めたわ。貴女には、あの男の子供を産んでもらったりはしない」
アリアドネ様は感極まったような声で呟かれた。
よっしゃあ。
これで、私の安心と家族みんなの安泰な生活が――。
「貴女には、私の子供を産んでもらうの」
「はい?」
私の耳がおかしいのでしょうか、何か、今、とんでもないことが聞こえたような。
「嬉しいわ、こんな熱烈な告白をしてくれるなんて。私も貴女を一目見た時から、とても可愛いと思っていたの。…とっても柔らかくてまろやかで、本当に女の子らしくて素敵」
ぎゅっと私の躰を抱き締められ、耳元でささやかれる。
「あ、りあどね、さま」
何ですか、物凄い腕力で私の躰をこう、押さえつけていらっしゃらないですか。
対して筋肉付いているようにはお見受けしなかったのに。
「大丈夫、今すぐ手を出したりはしないわ。子供が出来たら大変だもの。嫁ぐ日まで楽しく一緒に過ごしましょうね、初夜が楽しみだこと」
お美しいお顔でさりげなく出て行かせないようにする、流石は公爵令嬢です。
そしてどんなに細くとも男性ですね、はい。
しっかりと私を抱え込んで逃がさない体勢を取っていらっしゃいますね、ええ。
「…はひ…」
しどろもどろになりつつ、私は頷くしかなかった。
お父様、お母様、兄様、弟たち、妹。
フローラは立派に家の為に仕事を務めます、でも、骨は拾って欲しいのです。
墓碑銘は家族のために身を捧げた娘でお願いいたします。