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道中1

 オディーリアの予感は的中し、戦はロンバル側の敗戦で終結した。

 ナルエフの首都、アーリエに凱旋するレナートの軍勢にオディーリアは同行させられていた。戦場を離れてからもう一週間は経っていた。


「その細腕で馬に乗れるとは意外だな」


 駿足な自身の愛馬に遅れることなくついてこれるオディーリアの騎馬技術にレナートは舌を巻いた。


「馬に乗れずに戦場にくるほど阿呆ではありません」

 

 これまでも散々、戦場を連れ回されてきたのだ。騎馬の技術など自然と身についた。そもそも、〈白い声〉を持つ聖女は、ロンバルでは後方支援の兵士と同じような扱いなのだ。


「このスピードなら、明日にはアーリエに到着できる。遅れるなよ」


 スピードの保持は問題ないが……なんのために自分がナルエフの首都に行かねばならないのか。オディーリアは首を傾げた。


「あの、何度もお伝えしていますが、私はもう〈白い声〉を失ってしまいました。治癒の力はゼロです。連れていく価値などないので、殺すか、そこらへんに捨て置くか……」

「治癒の力など要らん。そんなものに頼るような軟弱な兵は俺の配下にはいない」

「では、なんのために?」

「お前の身体には価値がある。大体、俺が買ったのだから俺の好きにさせろ」

「兵の慰み者に……ということでしょうか」


 戦場にはそういう女も必要だ。敵国の捕虜になった以上、仕方のないことかもしれない。

 オディーリアは自身の運命を受け入れようとしたが、レナートは呆れた顔でオディーリアを見た。


「お前……不幸な人生歩んできただろ?」

「はい?」

「発想がネガティブ過ぎる。買った女の価値をみすみす下げるようなことを誰がするか。もっと有効利用するさ」

「有効利用……とは……」


 〈白い声〉を失った自分に、どんな利用価値があるのだろうか。悲しいことに、オディーリアにはさっぱりわからなかった。


「ま、俺は時々味見をするかも知れんが、それは許せ。なにせ300デルも払ったんだからな」

「はぁ……」

「お前な。怒るとか、恥じらうとか、もう少し人間らしい反応をしろ」

「そう言われましても……」


 レナートはぷっとふきだすように笑った。こぼれる白い歯がオディーリアには眩しかった。

 自分の19年の人生が不幸だったかどうかはよくわからないか、彼のそれは違うのだろう。不幸な人間はきっとこんなふうには笑えない。


 「ほら、国境が見えてきた。あの川をこえれば、ナルエフだ」


 彼の視線を追ってみると、遠くにゆったりと流れる大河が確認できた。だが、国が変わったからといって景色が一変するわけでもない。初めて訪れるナルエフは、オディーリアの故国ロンバルとそう変わらないように見えた。

 明確に違うものがあるとすれば、それは……。


 「くしゅん」


 太陽は厚い雲にその姿を隠され、馬を駆るオディーリアの頬に当たる風は初秋とは思えぬほどひやりと冷たい。オディーリアは小さくくしゃみをした。

 すると、レナートは自身の馬を止め、少し遅れてついてきているオディーリアの馬の行く手も遮った。


「なにか?」


 オディーリアが聞くと、レナートは馬を降り自身の上着を彼女の肩にばさりとかけた。


「国境をこえたらもっと冷え込む。着ておけ」

「……どうも」


オディーリアは素直に好意に甘えることにした。温暖なロンバルで育った彼女は寒さには慣れていなかった。

 

 明確に異なるもの、それは気温だ。ナルエフ領に近づくにつれ、気温がぐんぐん下がっていくのをオディーリアは文字通りに肌で感じていた。

 たしかにロンバルより北に位置するとはいえ、地理的にそう大きく離れているというわけでもないのだが……。


「ナルエフに吹く風が冷たいのは海流の影響だ。土地は痩せているし、晴れの日が少ないからか作物も育ちにくい」

「それは困りますね」


 暖かな陽光と優しく降り注ぐ雨は、天から与えられる最上のギフトだ。実際、温暖な気候と肥沃な大地のおかげでロンバルは長い歴史を築いてこれたのだ。


「まぁ、曇りが多いのも悪いことばかりじゃないぞ」


 オディーリアは首を傾げた。曇りのメリットがあまり思い浮かばなかったからだ。


(なんだろう……熱くなり過ぎないとか? でも寒い国でそれって、いいことなのかしら)


「たとえば?」


 オディーリアが問うと、レナートは自信満々に微笑んだ。


「たまの晴れがめちゃくちゃ嬉しい!」

「……ふっ。ははっ、あはは」


 こらえきれず、オディーリアはふきだしてしまった。

 あんなに自信満々な顔をして、まさかこんな回答だとは想定外もいいところだった。


「なんだ、笑えるんじゃないか」

「……ごめんなさい。だって、そんな小さな子供みたいな…ふふ、あはは」

 

 声を出して笑ったのなんて、いつぶりだろう。イリムは「女は余計な口を聞かずに黙っていろ」というのが口癖だったから、オディーリアはいつも唇を固く引き結んでいた。

 もっとも、彼と楽しく会話ができるとも思わなかったから、それはそれでありがたいことではあったのだが。


 レナートははたと気がついたように言う。


「そういや、お前の名はなんと言う?」

「オディーリアと申します」


レナートは馬上のオディーリアに手を伸ばし、さらりと彼女の頬を撫でた。


「オディーリア。お前の笑顔はたまの晴れと同じだな」

「はい?」


 レナートの発言は時々、よくわからない。


「滅多に見れないものには、価値があるということだ。さぁ、アーリエまではあと少しだ。行こうか」


 そう言い置くと、馬に飛び乗りあっと言う間にオディーリアを置き去りにした。


「わっ。えっと、待ってください」


 オディーリアは慌てて彼の背を目で追った。彼についていくことになんの意味があるのか、自身にとっていいことなのか、さっぱりわからなかったが……なにかに背を押されたように、オディーリアは馬を走らせた。

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