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過去

「母は父の数多いる側室のひとりだったが……王宮にあがることは彼女が望んだことではなかった」

「嫌だったということですか?」


 オディーリアが問うと、彼はうなずいた。


「婚約者がいたらしいんだ。母の望みはその彼と結婚して幸せに暮らすことであって、その他大勢の女になることではなかった」


 側室制度はナルエフ特有のもので、オディーリアの故国ロンバルにはなかったものだ。だから想像するしかないが、多くの女性と寵を競い合うような生活はなかなかに疲れそうだ。いくら名誉だと言われても、本心では嫌だと思う女性がいるのも不思議ではない。


「とはいえ、母は名家の出身だったから、側室としては十分すぎるほどに厚遇された。父もよく目をかけ、すぐに俺が産まれた。それで母は期待してしまったんだ。夢見ていた幸せな家族を、父と築けるんじゃないかと……」

「夢は叶わなかったのですか?」

 レナートはそっと目を伏せた。その仕草でオディーリアにも答えはわかった。

「父にとって妃とは、臣下であり、自身の大事な武器なんだ。平等に大切には扱うが、誰かひとりを特別に愛することは決してない」


 王としては正しい生き方なのだろう。女に溺れて道を失うような君主に比べればずっと立派だ。けれど、妻の立場だったら……寂しさと虚しさで苦しくなるかも知れない。恋だと愛だのに疎いオディーリアでも、その苦しみはなんとなくわかる。


「母が精神のバランスを崩していたことは、幼かった俺でも感じ取れた。やけに上機嫌だと思えば、次の瞬間にはヒステリックにわめき出したり……」


 そんな彼女の耳に、あるニュースが飛び込んできたんだそうだ。


「母の婚約者だった男は母が王宮にあがった数年後に別の女性と結婚した。その妻が、急な病で亡くなったんだ。ふたりの間には子はいない」

「それで、レナートのお母様は……」


 オディーリアは続きを促した。


「やはり彼こそが自分の運命の相手だったと確信したらしい。自分の結婚も彼の結婚も間違いだったと。彼の結婚は妻の死をもって白紙に戻った。あとは自分だけだと」


 彼女は自分の結婚も白紙に戻そうとした。レナートの首に手をかけることで……。「衝動的な犯行だったから、母はすぐに捕らえられた。王子殺害未遂の罪でね。そして、刑の確定を待たずに牢の中で狂い死んだ」


 実の母親に殺されかけた。その事実を淡々と語るレナートに、オディーリアはなんと言葉をかけたらよいのかわからなかった。


「俺は母の執着心が怖くてたまらなかった。幸せな結婚なんて、形のないものを追い求めて破滅へと向かっていく女が恐ろしかった」


 オディーリアはレナートの頭に手を伸ばす。ぎこちない手つきで彼の頭を撫でた。オディーリアのなかにこれまで知らなかった感情が次々と湧き上がってくる。


(この人が、愛おしい。いつも笑っていてほしい。幸せにしてあげたい……)


「不思議です。誰かを愛おしいだなんて、初めて思いました。そんな感情は私には無縁だと思っていたのに」


 オディーリアがそう言うと、レナートはふっと笑いながら彼女の身体を強く引き寄せた。レナートのたくましい胸のなかでオディーリアの体温はぐっと上昇した。


(変なの。ソワソワして落ち着かないのに、ずっとここにいたいような気もする。レナートといると、自分が自分でなくなるみたいだ)


「今ようやく、母の狂気が少し理解できたよ」

「どういうことですか?」

「俺は母のようにはなりたくなかった。なににも執着しないで自由に生きようと思っていた」


 自由。その言葉は彼によく似合う。オディーリアは小さくうなずいた。


「あなたらしいですね」

「あぁ。でも、お前に出会ってしまったのは最大の誤算だった」


 彼の言いたいことがよくわからず、オディーリアは首をかしげた。レナートはクスクスと楽しそうに笑っている。


「どうしようもなく欲しいものに巡り合ってしまうと、人は狂うんだな」


 レナートはじっとオディーリアを見つめた。熱っぽく、どこか狂気をはらんだような瞳にとらえられ、オディーリアもまた、瞬きもせずにじっと彼を見つめ返した。


「オディーリア、お前が欲しい。お前を失うようなことがあれば、俺は狂い死ぬだろう。あの日の母のように」

「それなら……私は決してレナートから離れません」


 レナートの顔がゆっくりと近づいてくる。熱い唇がオディーリアの全てを奪い去っていく。唇に、首筋に、鎖骨に、彼のキスが優しい雨のように降り注ぐ。


「ま、待って。レナート」

「待つ気はない。戻ったらお前を抱くと約束しただろう」




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