表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/42

恋心2

 一日降り続いていた雪も、夕刻にはぴたりと止んだ。兵達がぱらぱらと本陣に戻りはじめていた。

 だが、空が藍色から墨色に変わる時刻になっても、レナートは戻ってこなかった。

 

 なにかあったのだろうか。


 不吉な予感ばかりがオディーリアの頭をよぎる。


「やっぱり戦は勝ったって! でも戻ってきた兵達はレナート様のことはわからないって……」


 情報を聞き出してきたクロエの報告に、オディーリアは肩を落とす。

 勝利は嬉しいが、レナートが戻らないなら意味がない。

 クロエは慌てたように、つけ足した。


「あっ、でもねでもね。大将の怪我とかの情報って普通はあっという間に広まるんだって。だから、なにも耳に入ってこないってのは無事の証だって、みんな言ってる!」


 必死に励ましてくれるクロエにオディーリアは微笑んだ。


「そうよね……ありがとう」

「大丈夫よ! きっともう帰ってくるからさ」


 クロエがそう言った瞬間に、前方の兵達がザワザワと騒ぎ出した。


「おっ、将軍だ! レナート将軍ばんざーい!ナルエフ軍ばんざーい!」


 そんな声があちこちから聞こえる。兵達は長引いた戦の終わった安堵感と勝利の喜びで興奮気味だ。


「ほら、帰ってきた」


 クロエはオディーリアに笑いかける。オディーリアはたまらず駆け出した。


「レナート!」


 満面の笑みで彼の元に走ったが、マイトに肩を借りて歩く彼の青ざめた顔を見た瞬間、言葉を失った。

 レナートはオディーリアに気がつき、ふっと口元を緩めた。が、その唇に色はなく、言葉は出ないようだった。


「ごめん、オデちゃん。説明は後で。怪我してるから、天幕に運ぶよ。アスラン、お湯と薬持ってきてね」


 マイトがてきぱきと事を進めていく様子をオディーリアは呆然と見つめていた。


「命にかかわる怪我ではない……と言いたいところだけど、出血がひどくて体力の消耗が激しいから油断は禁物だね」


 天幕内の清潔な寝台にレナートを寝かせたマイトが、オディーリアにそう説明してくれる。勢いのあった流れ矢が背中から貫通し、傷はかなりの深さだということだ。


「まぁでもわずかに急所は外してる。強運だったよね」


 その言葉にオディーリアはようやく息をついた。油断は禁物だが、助かる可能性のほうが高いというところなのだろう。


「……運じゃないぞ。当たる寸前にほんの少し身体を反らした」


 苦しそうな声でレナートが言った。


「ドヤるぐらいなら、完璧にかわしてくださいね。最後の最後で、なに油断してるんですか」

「いつになく厳しいな、マイトは」

「だって……レナート様の身体の傷

は、ほぼすべて僕がつけたものでしょう。一番深い傷が流れ矢ごときだなんて……これ以上ない屈辱です」

「そうか。それは……すまないな」


 レナートの身体に数多ある傷は戦の最中ではなく、マイトとの稽古中についたものであるらしかった。

 マイトは憎まれ口をたたいているが、その本心には主を守れなかった悔しさがあることにオディーリアは気がついていた。


 「なんかさ、やっぱあのふたりあやしくない? 流れてる空気、ピンク色じゃない?」


 オディーリアは美しい主従関係と見ていたが、クロエのフィルターを通すとまったく違うものになるらしかった。


「えーっと……喋れるくらい元気で、安心しました」

「え~オデちゃん、甘ーい! 心配して待ってた妻を差し置いて、若い男とイチャついてるのよ。もっと怒るべきよ」



「……オディーリアとはこの後たっぷり時間を取るから、問題ない」


 レナートの言葉にオディーリアは首を振った。


「ご無事なら、それでいいんです。今夜はゆっくり休まれてください。私は邪魔にならぬようクロエの部屋に行きますから」

「ダメだ。そばにいろ」

「でも……」

「急に悪化するかも知れないだろう。そばについて、見ていてくれ」


 オディーリアが戸惑っていると、マイトが言った。


「レナート様はイチャつきたいから言ってるんだろうけど、急激に悪くなることはたしかにあるから一緒にいてあげて。クロエじゃ余計心配だけど、オデちゃんの看病なら安心だし」

「はい。では……責任を持って看病します!」

「うん。あ、イチャついて無駄に体力使わせないでね」

「そんなことしません!」


 オディーリアが叫ぶと、すかさずクロエが茶化す。


「え~しないの? 勝利の夜なのにもったいない」

「はい、はい。クロエはもう行くよ」


 マイトに引きずられるようにして、クロエは出ていく。

 天幕の中で、ようやくレナートとオディーリアはふたりきりになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ