ショコラ
5年前に親戚一同病室に集まり、死期を迎えたはずの90歳のおじいちゃんが、まだ元気に、寒空の下、小さな綺麗な和菓子を犬に半分与えて、その犬を眺めていた。その犬のあたりを眺めていた。
懐いているわけでもなく、吠えるわけでもなく、互いに存在だけ知っているように。
その犬の名前は「ショコラ」。
おじいちゃんの長男(進一)の長女(由美子)の長女(美咲)が名付け親。ひ孫が付けた犬の名前は、たぶん覚えていない。覚えようとしていない。
でも、子どもの名前はきちんと覚えている。
7人の孫・10人のひ孫の名前、覚えている。
エアコンもストーブもない、外気温と変わらない部屋で、楽しそうに嬉しそうに、年賀状を1枚1枚めくっていた。たまに2枚くっついたままになっていたりしながら。全部親戚からの年賀状。ひ孫の写真が入っている年賀状。
でも今年は吉永小百合からの年賀状もあった。
正月とお盆は、親戚がたくさん集まる。
みんなが思っている以上に集まる。25人くらい。お年玉が大変なことになる。
祖父母の家は、造りが昔の家だから、ふすまとか全部なくすと、ひとつの大きな部屋になる。そこにおじいちゃんから、孫・ひ孫まで、机を並べて、全員揃って、ご飯を食べる。
大人は馬鹿ほどビールを飲む。昼から夜までぶっ通しで。
今、思えば、すごくいい光景。
最近は、揃って食べることも少なくなった。
大きな理由は、ふすまの取り外しは面倒くさいからだそうだ。ひ孫がやんちゃに走り回る年頃なので、そういう広い部屋だとはしゃいでしまうというのも、理由だと思う。
最近になって、携帯の電波が届くようになった山奥の家には、普段、90歳代の祖父母とショコラが暮らしているだけ。
10年くらい前に、大雨で裏の山が崩れて、ギリギリまで土砂が流れてきた。
6年くらい前から、横の畑は、耕されることもなくなった。
2年くらい前に、おじいちゃんが裏の山を燃やして大騒ぎになった。
ショコラは、毎日散歩に連れて行ってもらうでもなく、山の夜は寒いので、夜だけ家の中に入れてもらっている。
ショコラは、何を思って生きているのか。
おじいちゃんの中で、ショコラは子どもなのか、孫なのか、ひ孫なのか、ただの犬なのか。
たぶん、そのどれでもない、その辺にいる、犬みたいに動くもの程度だと思う。
そんなことを思ったお正月。
ショコラとはじめて会いました。