5丁目公園のタイムマシン
『5丁目公園のタイムマシン』
日曜日。
ちょっと前までは、パパとママと3人でお出掛けしたり、公園に遊びに行ったり、週末は毎週楽しみでしかたなかった。
……でも最近は、パパが仕事で疲れているのか、全然遊んでくれなくなったし、ママとのケンカも増えちゃったしで、あんなに楽しみだった週末が、今ではツラいだけ。
正直学校に行ってる方が気楽に過ごせる。
日曜日は、友達も塾や習い事で遊べないし、かといってどこか遠くに出掛けられるワケでもないから、仕方なく裏の5丁目公園に一人で遊びに行く。
「つむぎ、あんまり遅くならないようにね?あと車には気を付けるのよ?」
「はーい。わかった」
いつもみたいにママが心配してくれて、歩いて2分ぐらいの公園にキックボードで出掛ける。
普段は他に遊んでる子どもがいるのに、今日は不思議なくらい誰もいない。
最近工事が終わって、公園のトイレが広くなったから、遊べるスペースが少なくなったのも原因かもしれない。
ジャリでタイヤがあんまり回らないけど、キックボードで公園を一周回ってみる。公園の片隅に、おじさんが一人いるだけだった。
おじさんは、私の方をジロっと見てきたので、ちょっと怖くなって、すべり台の方に向かった。
『今日はもう帰ろう……』
そう思った瞬間、空が一気に暗くなって、バケツをひっくり返したような雨が降り始めた。
「きゃー!」
キックボードを引きずって、すべり台の下にかくれる。
屋根がしっかりしてるワケじゃないから、ポタポタと上から雨が落ちてくる。
「あー困ったなぁ。家まではすぐだけど、びしょぬれで帰ったら怒られるかなぁ……」
屋根から落ちてくる雨を見ていると、すべり台の柱の上の方にダイヤルみたいなモノが見えた。
「あれ?何だろう……」
柱を止めているネジにしてぬは、ちょっと大きいし……もっと近くで見ようと思って、のぼり棒のように柱を登った。
ダイヤルは二つあって、その左には『19』と『20』と書いてあるスイッチみたいな小さいレバーが付いてた。
がんばって手を伸ばして『19』をさしていたレバーをさわったら、パチンと『19』の方に変わった。
続けてダイヤルの方に指がかかって、カチカチと時計と反対方向に三つ動いた。
もうひとつのダイヤルに手を伸ばすと、指先に当たって三つダイヤルが動く。
でも、さすがに片手で身体をささえているのがツラくて、柱からズルズルと落ちてしりもちをついた。
「あーおしりがドロドロになっちゃった……痛ーい」
おしりに付いたドロを手ではらっていたら、誰かがスゴい勢いでこっちに向かってくる。
「む?」
よく見ると、公園のすみっこにいたおじさんが、雨の中をこわい顔でこ走って来ていた。
「わー!」
ビックリして大声を上げると、近くの道路を走っていた車のクラクションが『プー!』と鳴った。
次の瞬間、すべり台の屋根がガチャンと閉じて、プラネタリウムみたいにピカピカと光り出した。
「パスワードヲカクニンシマシタ」
機械みたいな声がしたかと思ったら、まわりの景色がグニャグニャとゆがんで、真夜中みたいに真っ暗になった。
「え?何これ?こわい……」
しばらくして、まわりが明るくなった時、どしゃ降りだった雨はやんでいて、誰もいなかったハズの公園ではたくさんの子ども達が遊んでいた。
『さっきのは何だったんだろう?夢でも見てたのかな?』
そう思ってすべり台を見上げると、もともとあった屋根の形が変わっていて、らせん状のすべり台は直線一本だけのシンプルなモノになっていた。
「あれ?何で?一瞬で形が変わっちゃった……」
首をかしげながらまわりを見わたすと、新しくなったトイレが無くなってる。
「えぇー!!何で?」
一気に色々と変わってしまって、ビックリしてしばらくぼうぜんとしてしまった。
『とりあえず家に帰ろう。ママも心配してるかもしれないし……』
おしりだけは、あいかわらずドロだらけのまま、帰ってからあやまろうと思って、乗ってきたキックボードを押しながら家に向かった。
マンションの前に着くと、壁がきれいになっていて、駐車場にはパパのじゃない車がとまっている。
『あれ?パパが出掛けて、かわりに誰か来てるのかな?』
エントランスを抜けて、エレベーターのボタンを押そうとした時、一年ぐらい前に工事する前の、丸いボタンの形になってるコトに気付く。
『え?また変わったの?』
不安で押し潰されそうになりながら、自分の家のフロアに到着した。
こわかったけど、ママにいっぱいお話を聞いてもらおう。
家のインターホンを押して、鍵を開けてもらうのを待っていると、全然知らない女の人が出てきた。
「ん?お嬢ちゃん、ウチに何かご用?」
「あ、あれ?ここ、私の家なんですけど……」
「アハハ、ここは先月出来たばっかりのマンションで、最初から私が住んでるのよ?階を間違えちゃったのかしら?」
優しく笑われたので、ペコリと頭を下げてエレベーターで一階に降りた。
「何で?!世界が変わっちゃってる!」
キックボードを押しながら、トボトボと歩く。行くあても無いので、元の5丁目公園に戻ってみた。
うつむきながらふみきりを渡って、横断歩道で顔を上げると、さっきは気付かなかったけど正面にあるハズのコンビニが無い……
同じ町なのに、誰かがゲームで操作してるみたいに、建物が全然違っている。
はぁ、とため息をつきながら、子どもがたくさん遊んでいるのでキックボードを押しながら、5丁目公園をぐるり一周してみる。
「あ!」
途中で驚いて声が出てしまった。
世界が変わる直前に、追いかけてきたおじさんがいたからだ。
「でも、ちょっと若い……」
無意識に声が出てしまったのを、おじさんに聞かれてしまい、ジロっとにらまれた。
「ちょっと……若い?お前まさか!」
そう言うと、おじさんが追いかけてきた。
「もぅイヤだ!何で追いかけられなきゃならないの?」
怖かったから、子どもがたくさん遊んでいるすき間を、キックボードで逃げた。
公園の裏口からぬけて、グルっと遠回りしながら無我夢中で逃げ続ける。
振り返ると、おじさんは遊んでた子どものサッカーボールをふんずけて、転んでいるみたいだった。
こわい!こわい!何で私がこんな目にあうんだろう?
公園が見えなくなるまで遠くに逃げると、ほっぺたを思いっきりつねってみた。
「痛い……夢じゃないんだ……」
泣きそうになりながら、自分がいまどこにいるのかわからなくなって、周りを見渡した。
見覚えがあるような無いような、それでも遠くに自分が通っている池上第三小学校が見えた。
学校に行けば、何かがわかるかもしれないと思って、急いでキックボードをこいで学校の前に着いたのに、人の気配がしない。
そうか、今日は日曜日なんだ。もしかしたらママがスーパーで買い物でもしてるかもしれないと思って、そのまま真っ直ぐ進んで、児童館の手前を左に曲がって、信号を右に……
無い!スーパーが無い!信号の角には、見なれない牛乳屋さんと、その向かい側にクリーニング屋さんがあるけど、遠くからでもスーパーが無いのはすぐにわかった。
念のため、スーパーの前まで行ってみようと思ってキックボードをゆっくりこいでみると、手前のマンションから飛び出してきた男の子とぶつかってしまった。
「きゃ!」
「うわ!」
二人ともしりもちをついて、立ち上がって相手を見ると、どこかで見たコトがある子だった。
「あ、ゴメンなさい」
「いや、こっちこそゴメン。いま兄ちゃんに追いかけられてて……うわー!来た!!」
「待てよトシヤス!!お前帰ってきたらブッ飛ばすからな!!」
ん?トシヤス?パパと同じ名前だ……それに、このマンション、前にパパが昔住んでたって言ってたような……
走り去ってゆく男の子を、見失わない距離を保ちながらキックボードで追いかけてみた。
すると、さっき自分が通ってきた道沿いにあった家のインターホンを押して、二階から降りてきた男の子と話しているみたいだった。
その家の一階部分に出ている看板を遠目に見る。
『虻川工業所』
あ!二年生の時に同じクラスだった、マサシのお婆ちゃんの家だ!
会話をしている二人に近づいて、聞き耳を立ててみた。
「いやぁ、兄ちゃんに殺されるかと思った……」
「あいかわらず、ミヤの家はケンカが激しいなぁ」
ミヤ?トシヤス?もしかして……
「あのー、名前教えてもらってもイイですか?」
いてもたってもいられず、走って逃げていた男の子に話しかけてしまった。
「え?ああ、さっきの子か。俺の名前?宮野木利康だけど……」
「えぇー!パパ?」
「パパ?そんなワケないでしょ?俺、小学校三年生だよ?」
完全に不審者あつかいの目で見られてしまった。
「誰?この子?ミヤの知り合い?」
「いや、全然知らない……けど、どっかで会ったコトあるっけ?」
パパだとしたら、さっきまで家でゴロゴロしてたハズだけど、確かにお腹も出てないし、白髪も生えてないし、私と身長も変わらない。
これ以上怪しまれても困るので、ここは知らないフリをしておこう。
「ううん?会ったコト無いよ?パ、パパイヤが急に食べたくなっちゃって……」
自分でも苦しすぎる言い訳だなと思いながら、なんとかごまかしてみる。
「パパイヤ?俺、そんなの食べたコト無いよ。ところで、君の名前は?」
「私?私は宮、あ、お、大森、大森つむぎ!」
宮野木なんて名字、他に会ったコト無いから変に思われるのがこわくて、ママの昔の名字を名乗ってしまった。
「そうか。何年生?どこの小学校?」
池上第三小学校の三年生って答えたら、逆に怪しまれるな。
「えっと、私は、さ、三年生。ずっと遠くの小学校なの。こんど、こっちの小学校に入る予定だから、下見に来たんだけど、道に迷っちゃって」
答えていて冷や汗が止まらない。
「と、ところでさ、今年って平成何年だっけ?ド忘れしちゃって……」
二人は顔を見合わせて、首をかしげている。
「へいせい?って何?今年は昭和60年だよ?1985年!」
??昭和??1985年??宮野木利康??小学校三年生??
……やっぱり私、33年も前にタイムスリップしちゃったんだ!!
しかも目の前にいるのって、小学三年生の時のパパ?
ってコトは、隣にいるのはマサシのパパってコト??しばらく腕組みをして考える。
5丁目公園のすべり台で、レバーを20から19に動かして、ダイヤルで十の位を三つ、一の位を三つ回したから、2018年から1985年に飛ばされちゃったんだ!
「急に暗い顔になったけど、どうしたの?」
小学生のパパが私に聞いてきた。
「うん……ちょっと、家に帰れなくなっちゃったかもしれなくて」
不安で仕方なかったけど、未来から来たなんて言っても信じてもらえるハズがない。
「迷ったの?誰かと一緒にこっちに来たんじゃないの?」
どう言えば良いのかわからず、ただ首を横に振るだけしか出来なかった。
「住所がわかるなら、ウチの父ちゃんに送ってもらおうか?」
マサシのパパがそう言ってくれたけど、家なら歩いて帰れる距離だ。
「ううん?車で帰れるところじゃないから。」
そう答えるだけで精一杯だった。
「え?じゃあ飛行機?俺、飛行機乗ったコトあるけど、記憶に無いんだよね」
「俺なんて飛行機乗ったコト無いよ」
マサシのパパと、パパが何か言い合っていたけど、全然耳に入ってこなかった。
「二人ともありがとう。でも、どうにもならないと思うから……一人で考えてみるよ」
無関係な二人を巻き込んでも、何かが解決するとは思えなかったので、もう自分だけで元の世界に帰る方法を考えようと思った。
「そっか。まぁ頑張ってね?」
マサシのパパは励ましてくれたのに、パパは何だか納得していない様子だった。
「……いや、やっぱり俺らも一緒に解決するように頑張ってみるよ」
ビックリしてパパの方を見た。
「え?俺らに何とか出来る問題じゃないんじゃない?」
「んー、何でだかわかんないけど、この子が他人の気がしなくて、放っておいちゃいけないと思うんだよね」
マサシのパパは、明らかに面倒臭そうにパパのコトを見ていたけど、時代が変わってもパパは私が自分の娘だってコトがわかるのかと思って、ちょっとおかしかった。
「とりあえず、こっちに来た時はどこにいたの?場所はわかる?」
小学生のパパはやる気に満ちた目をしていて、ちょっと頼もしかった。
「うん。5丁目公園にいたのは覚えてる。」
「5丁目公園?アブちゃん知ってる?」
「あー、それってアスレチック公園のコトじゃない?線路渡ったトコの」
世代で呼び方が違うのか。
「はいはい。『えぞっこ』の前をまっすぐ行った線路の先か。じゃあ、何か手がかりがあるかもしれないから、一旦戻ってみよう!」
マサシのおばあちゃん家の前から、学校の南門の前を通って、体育館側に曲がって瀬戸医院の角を右に進む。
さっき話に出ていた『えぞっこ』っていうラーメン屋さんの前を通った時に、
「ここの塩バターコーンラーメンが美味しいんだよ!今度来た時に食べたらイイよ!」
と、パパが言った。
私が来た2018年には、もうお店が無くなっちゃってるので、食べたかったけど諦めるしかなさそうだなぁ。
バス通りに出ると、さっき来た時には気付かなかったけど、お店がいっぱい並んでいるのが見えた。
角にお豆腐屋さんと隣に美容室、その先には酒屋さんとスーパーがあった。
向かい側にはとんかつ屋さんもあって、どれも私の知らないお店ばかりだった。
「まぁ『えぞっこ』もウマいけど、俺は『味一番』のタンメンも好きだな。ほら、あそこのスーパーの向かい側のラーメン屋さん」
マサシのパパも、地元のお店をオススメしてくれた。
時刻は夕方に近付いていたので、食べ物の話ばかりされてお腹が空いてきた。
とりあえず5丁目公園に急ごう。パパとマサシのパパと三人で、線路を渡って左に曲がる。
右手に5丁目公園が見えて、まだ子どもがいっぱい遊んでいるみたいだった。
「公園に誰か家族がいるんじゃない?ぐるっと回って見てみよう」
パパとマサシのパパが、走って公園を見に行ってくれた。
パパにまかせておけば、何とか元の時代に戻れるんじゃないかと、希望がわいてきた。
私も公園に入ろうとしたその時、後ろで大人の声がした。
「やっと見つけた……おい!今度は逃げるなよ!!」
おそるおそる振り返ると、タイムスリップする前に追いかけてきた、若い方のおじさんが私の洋服の首もとを掴んでいた。
「キャー!出たー!」
思わず大声を出したら、パパとマサシのパパが気付いてくれて、こっちに向かって来ていたのに、おじさんは人が少ない団地の裏に私を抱えて走った。
こわい……どうしよう……私、このままどこかに連れて行かれちゃうのかも。
もう、元の時代にも戻れなくて、ママやパパにも会えないと思ったら、こわくて涙が出てきた。
「ちょっ、ちょっと泣くなよ……誰も誘拐なんてしないから」
おじさんはあわてて私をなだめていた。
そんなコト言われても、この状況で安心出来るハズもなくて、私はただただ泣いているだけだった。
「いや、あのね、元の時代に帰してやるから、とりあえず泣き止んでくれないかな?」
あわてているおじさんが言っているコトが、最初まったく理解出来なかったけど、団地の片すみに立たされて、やっと落ち着いた。
「元の、時代?私……帰れるの?」
帰れると聞いて、ホッとしたらまた涙が出てきた。
「もー!泣かれると人から怪しまれるから……」
おじさんがオロオロしているので、何とか泣くのをガマンした。
「ところで、何でタイムスリップなんかしちゃったの?色々と条件あるハズだけど。その時のコト教えてくれる?」
「あのね?公園で遊んでたら、グスン……いきなり大雨が降ってきて……グスン、すべり台の下で雨宿りしてた時に、ダイヤルみたいなの回して、おじさんが走ってこっちに来たと思ったら、急に回りが暗くなって……」
涙をこらえて、息をととのえながらゆっくり答えた。
「水のエネルギーは大雨か。でも、パスワードを言わないと転送は始まらないのに……大声で『タイムワープ!』って叫ばなかった?」
「そんなコト叫ばないよ……あの時は柱を登っててずり落ちて、『いたーい』って言ったらおじさんに気付いて、『む?』ってそっちを向いた後に、ビックリして『わー!』って声が出て……遠くで車のクラクションが『プー!』って鳴って……」
「『(い)たーい』『む?』『わー!』『プー!』って、偶然にもほどがあるだろ?もー!何やってんだよ未来の俺は!セキュリティに問題がありすぎるだろ……」
おじさんはあきれた顔でそう言った。
「とにかく、ダイヤルで君が来た時代の年数を設定して、すべり台に大量の水をかけて『タイムワープ!』って叫べば帰れるから」
「ホントに!良かった……」
安心してペタンとその場に尻もちをついた。
「でも、何であんなところにタイムマシンなんてあるの?そういうのって、あっても国の研究所とかじゃないの?」
ホッとして不思議に思っていたコトをおじさんに聞いてみた。
「大田区の技術力をナメちゃいけないよ。本気になったらタイムマシンの1台や2台、余裕で作れるし、23区の中でも一番大きい上に、古い文化もたくさんあるんだ。だから、そういう無くしちゃいけないモノをおじさんは管理してるんだよ」
社会の時間に工業地帯の話は聞いたコトあるけど、大田区ってタイムマシンも作れるんだ!スゴい!!
「あれ?ところでいま何時だ?5時までに帰らないと戻れなくなるぞ!」
おどろいて飛び上がり、団地の路地を抜けて5丁目公園の時計が見える所まで走った。
「あ、いた!おーい!つむぎ!!」
おじさんと一緒に走って公園まで行くと、パパがキックボードを押しながら私の名前を大声で叫んだ。
でも、視線は私ではなく、後ろから走ってきているおじさんに向けられていた。
「この誘拐犯め!!」
パパはキックボードをその場に放り投げ、小さい身体で飛び蹴りをおじさんにくらわせた。
二人で倒れ込むと、パパはおじさんに馬乗りになって、ドカドカと小さなこぶしを叩き込む。
「いたたたた……痛いってば!」
さっき私が連れ去られたのを見て、誘拐されたと思ってるんだろう。
ものすごい勢いだったので、しばらく動けずにいたけど、すぐに止めに入った。
「ストップ!ストップ!この人は私が帰れる方法を教えてくれたの。だからもう大丈夫。」
パパの後ろから抱きついて、おじさんから引き離した。
「もー!今日は散々な目にあうなぁ……あ!時間は?!」
おじさんは殴られたところを手でさすりながら、立ち上がって時計を見上げたので、私も一緒に見上げると、時計の針は4時57分を指している。
もうダメだ!あと3分しか無い!!
おじさんは急いですべり台の下に私を連れて行き、ダイヤルに手を掛けた。
「君が来たのは何年?」
「えっと、2018年!」
倒れていたキックボードを拾い上げ、柱に立てかけながら答えると、おじさんはレバーをパチンと19から20に変えて、ダイヤルの十の位を1に、一の位を8に設定した。
「これでよし!と……いや、水のエネルギーがチャージ出来ていない!バケツで水をくんだくらいじゃ間に合わないぞ!!」
そうこうしているウチに、時間はドンドン過ぎて行く。あと2分で、私は元の時代には戻れなくなっちゃう……
あきらめかけたその時、公園の前の道でトラックがクラクションを鳴らした。
「おーい!タケシ!ミヤ!まだ遊んでんのか?」
「あ!父さんだ!ウチの父さん、水道屋なんだぜ!」
あせる私をよそに、マサシのパパはそう言った。
「ん?水道屋さん!じゃあトラックにホースとか積んでるか?」
おじさんがマサシのパパを揺さぶって、早口で聞いていた。
「え?あ、あると思うけど……父さん!トラックにホース積んでる?」
マサシのおじいちゃんが、くわえタバコでトラックからおりてきた。
「あるけど、水遊びでもするのか?」
トラックの荷台のシートを外して、グルグルとトグロを巻いたホースを取り出している。
「スミマセン!どうしても、急いですべり台に水をかけなくちゃならないんです!お願いします!」
私はペコペコと頭を下げて、マサシのおじいちゃんに必死にお願いした。
「こんな小さい女の子にお願いされたら、断るわけにはいかないなぁ。じゃあ、このホースを水道の蛇口に取り付けてくれるかな?」
マサシのおじいちゃんからホースのはじっこを受けとると、それを掴んで水道まで走った。
「マズい!もう1分を切ってるぞ!急げ!!」
おじさんが大声で叫んでいたので、水道にホースを差し込んで、蛇口を目一杯回した。
すると勢いよく出てきた水が、ホースの中を生き物のように移動しながら、大量の水をまき散らして暴れ始めた。
「あー!もう!早くしないと帰れなくなっちゃうのに!!」
水が吹き出してるホースの先を捕まえようとしているのに、動いていてまったく掴めない。急がなきゃ!
「どいて!!」
ヘビのように、のたうち回っているホースに苦戦していると、パパが飛び付いてホースの先を掴んだ。
「これ、どうしたらイイの?」
立ち上がりながらパパが私に聞いてきたから、すべり台を指差す。
「てっぺんに向かって水をかけて!!」
パパは掴んだホースの先をつぶして水のアーチを作ると、放物線を描いて水がすべり台の頂上に叩きつけられる。
夕日が当たって虹が架かったので、公園で遊んでいた子ども達がアーチをくぐって走り回っていた。
「走れ!」
おじさんがすべり台の下で叫んでいたので、ハッとして走って柱の下にかけ込んだ。
「みんな見てるけど大丈夫なの?」
急にタイムマシンを動かすコトが心配になったから、おじさんに聞いてみる。
「いざとなったら手品師のフリでもして、何とかごまかすよ。それより準備はイイか?」
コクンとうなずいてから、水をかけ続けてくれているパパの方を見て、あいさつぐらいしなきゃと思った。
「私帰るね!二人とも色々ありがとう!!」
そう言って手を振ると、パパが
「なぁ!また会えるかな?」
って大声で返してきたから、
「うん!絶対にまた会えるよ!」
って私も大声で答えた。
「もう時間が無い……未来の俺によろしくな!タイムワープ!!」
おじさんが、タイムマシンのパスワードを機械に認識させるぐらいのボリュームで言うと、すべり台の天井がピカピカと光始めた。
『パスワードヲカクニンシマシタ』
機械の声がして、来た時と同じように景色がグニャグニャとゆがんで、辺りが真っ暗になった。
目の前がだんだん明るくなると、ちょうど5時の鐘が鳴っていた。
「ホントにギリギリだったんだ……」
見回すと、周りで子どもは遊んでなくて、らせん状になったすべり台と、新しくなったトイレが見えた。
過去に飛ばされる前に降っていた雨のせいか、地面がぬかるんでるのを見ると、やっと元の時代に戻れたコトを実感した。
「ようやく帰ってきたか……まったく、過去の俺は何をやってるんだ!」
声の方を見ると、歳を取ったおじさんがいた。
「良かった!老けてる!!」
「ふ、老けてる?いきなり失礼な!そりゃ30年以上前に比べたら……」
あわててるおじさんを見てホッとした。
「若いおじさんがよろしくって言ってたよ。あと、セキュリティ弱いって言ってた」
「ぐぅぅ……気を付けます。さぁ、5時の鐘も鳴ったから、さっさと家に帰りなさい」
「はーい。ありがとう!おじさん」
雨でドロドロの公園からキックボードを押して、道路に出てから地面を思いっきり蹴った。早く家に帰らなきゃ!
見渡す限り知ってる景色だったから、嬉しくてニコニコしてしまった。
マンションの前で駐車場をのぞくと、パパの車が停まっている。エレベーターも新しくなっていたので、自分の部屋の階のボタンを押した。
エレベーターのドアが開くと、パパが乗り込もうとしてたところだった。
「おお!つむぎ!今までどこ行ってたんだ?探しに行くところだったんだぞ!」
パパが仁王立ちで、怒った顔して私をにらんでいる。
「ゴメンなさい。ちょっと道に迷っちゃって……」
タイムスリップして、小学生のパパに会ったなんて言っても、絶対に信じてもらえないだろうから、適当にごまかした。
「本当に心配したんだからな!あ、おしり泥だらけじゃないか!家に入ったらすぐお風呂だな……」
押していたキックボードをパパがたたんでくれて、家に入るとママが玄関まで走ってきた。
「もー!どこ行ってたのよ!遅くならないようにって言ったじゃないの!!」
元の時代に戻ってすぐ、二回も怒られてる。私だって遅くなりたくなんてなかったのに。
「ゴメンなさい……でも、最近パパは疲れてるし、ママとケンカばっかりしてるし、日曜日がつまらなかったんだもん。前みたいにもっと色んな所に遊びに行きたいよ!」
やっと帰ってこられたのに、しかられてばかりで言い返してしまった。ホントは家族で仲良くしたいのに。
「うん……まぁ今日は無事に帰って来たから良かったよ。パパもゴメン。これからはちゃんと遊びに行くから……とりあえずお風呂入るか!おしりも泥だらけだから」
パパは私の頭をワシャワシャとなでた。
ーーその次の週末。ーー
パパとママと三人で、遠くの公園へピクニックに出掛けた。
ママが作ってくれたお弁当を食べて、パパとなわとびをして遊んだ。
「いつの間にか、こんなになわとび飛べるようになったのか。スゴいな!」
得意の二重飛びをすると、パパがほめてくれた。
「私、もう色んなコト一人で出来るよ!」
先週のタイムスリップで、ちょっとだけ自分に自信が持てるようになったから、自慢気にそう言った。
「そっか。ちょっと前まで赤ちゃんだと思ってたのに、どんどん成長するんだなぁ」
パパが優しく笑っていた。
「あ、そうだ!ねぇねぇ、パパは私が生まれた時、どう思った?」
「え?つむぎが生まれた時?うーん。嬉しかったし、
『やっと会えた』
って思ったかなぁ?」
パパは不思議そうに私を見て言った。
「アハハ!やっぱり!!」
小学生のパパと別れる時のコトを思い出していた。
「え?やっぱりって?」
「ううん?何でもない!じゃあ、もう一回なわとび見ててね?」
また私は、パパとママと三人で過ごす日曜日が大好きになりました。