第七話 「推しカプフラグ?!」
全力疾走で校舎内を駆け抜け、僕は本玲が鳴ると同時に教室へと入った。
「霧島凛、此処にいます!!」
息を切らしながら扉を開けると、クラスメイトの視線が一斉に僕へと集まる。
教卓の方を見ると唖然とした前野先生と目が合い、千紘の席を見ると顔を隠しながら肩を揺らしている。
千紘、笑ってるのまる分かりだし!!
そして少しの沈黙の後、一斉にクラスに笑いの渦が巻き起こった。
まるで沸騰したかのように自分の顔が急激に熱くなるのを感じ、僕は思わず顔を下に向け俯いた。
なんだよ!!めちゃくちゃ恥ずかしいじゃないか!!
遅刻、欠席にあったら僕の通知表を見た兄さんが心配するかもしれないだろ!
今まで無遅刻・無欠席を貫いてきたんだから!ぼ・く・は!
「霧島君おはよう。ギリギリセーフだよ!お疲れ様」
そんな言葉と共に優しい手つきで僕の顎に手が添えられ、そっと顔を上を上げさせられた。
スマートかつ流れる様なその動作に僕は茫然としたが状況を理解し、一瞬で頭がフル回転を始める。
こ、これは世にいう”顎クイ”ではないのか?!
人生初の顎クイを、まさか推しにしてもらえる何て・・・。
目の前に迫る推しの美しい顔。しかも、手で僕の汗を拭ってくれるこの優しさ。
まさに神。ゴットだ。
だが、そこまで過ぎて僕はハッと我に返った。
待て。此処は教室で、尚且つ千紘が見てる・・・はず・・・
視線だけをゆっくり千紘へ向けると、そこには”無”という文字が浮かび上がる様な顔で僕達を見る姿があった。
ヤバイ、ヤバイ!!
僕としたことが、テンパった挙句、推しカプを邪魔するような行動を取ってしまった。
さっきまで熱を帯びていた顔が一気に冷たくなる。
すると、小さく溜息をついた千紘が立ち上がりツカツカと此方へと歩いてくる。
怒ってる。スゲー怒ってる。
「ち、千紘・・・違うんだ。決して二人を邪魔しようとした訳じゃ・・・」
「何言ってんの。いいから、鞄貸して。早く席着こ」
「う、うん」
千紘に腕を引かれ、僕は背中を丸めながらトボトボと後ろをついて行く。
怒らせた。確実に怒らせた。
そりゃそうだ。自分の運命の相手を幼馴染が横取りするような態度を取ったんだ。
やってしまった。
腐を愛するモブとして決してやってはいけない掟。
『どんな状況であろうと邪魔することなかれ』
を破ってしまった・・・。
どうしよう。兎に角、今すぐに謝らないと・・・
「ち、千紘・・・」
「なに」
「あの、本当にごめん。」
「なにが。」
「えっと・・・」
僕が答えに困っていると、千紘は頭を抱え深く溜息をついた。
分かります。分かりますよ!溜息つきたくなるよね!!
幼馴染が運命の再開相手との間を邪魔したもんね!ごめんね!本当にごめんね!
本気で反省してるんだよ。
何なら、今から切腹を・・・
「そうか、その手があった。」
「その手って?」
「お詫びに僕、腹切るよ」
「は?」
「それで許してもらいないかな」
「いや、いつの時代だよ!てか、何のお詫びだよ!」
「え?」
何の・・・っと言われても。
僕の口から、言える訳ないじゃないか!
「別に」
「なんだよそれ」
「でも、千紘が怒ってる気がしたから」
僕が首を傾げながらそう言うと、千紘は真っすぐ僕を見て僕の頬に触れた。
ん?どうした?何だか雰囲気が可笑しいぞ。
「あの・・・」
「何でだろう・・・嫌だったんだ」
「何が?」
「・・・俺にも分かんない」
「へ?」
もの言いたげな瞳であやふやな回答を残した千紘は何事もなかった様に前野先生へと視線を移し座り直した。
僕はというと状況理解が出来ず千紘を見ていると「霧島君、七瀬君ばかり見つめないで前を向いてくださいね」と前野先生に注意され慌てて前を向き座り直した。
取り合えず、千紘は怒ってない・・・んだと思う。多分・・・
でも、さっきのは何だ?
『何でだろう・・・嫌だった。』
『・・・俺にも分かんない』
嫌だった。この言葉に意味をさっきの状況から察するに思い当たる部分は二つ。
一、(前野先生が)一人に対して笑いかけるのが。
二、(前野先生が)他の人に触れるのが。
僕の腐レーダーの勘からするに、後者。
っということは・・・なるほど!そういうことだったんだ!
自分の中で答えが出た瞬間、僕の表情筋が崩壊した。
きっと千紘は、前野先生が自分じゃなく僕を触ったことが嫌だったんだ。
障害があってこそ、人は気づくことがある。
まさしく僕は、今日”恋のキューピット”ならぬ、”恋の障害物”になった訳だ!
一時は失態を犯してしまったかと悩んだが、ある意味正解だったのかもしれない!!
そんな事を考えていると、いつの間にかホームルーム終了のチャイムが教室に鳴り響いた。
それはまるで、恋の鐘の予兆のように聞こえたのだった。
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そして時は放課後。
今日は、僕と千紘と数名の男の班が教室の掃除当番を頼まれた。
「千紘~掃除面倒くさい」
「そのセリフ、何度も聞いたよ。早く終わらせれば早く部活行けるんだから、手を動かして」
「えぇぇ」
僕は窓の外を眺めながら、先に下校していく生徒達を見る。
ちらほらと伺える腕を組んで帰る男女。イチャイチャ・ラブラブな雰囲気を漂わし、周りにピンク色の花を咲かせている。
どうしてだろう。
とてつもなく、むしり取ってやりたい。
僕は確かに腐男子だが、それを知っている人はこの世に一人もいない。
なのに、あんなハイスペックな兄の血を引いている僕なのに、未だに一度だって女子と付き合ったことがない。
告白すらない・・・
何故だろう。純粋な疑問だ。兄ほど容姿は良くないが、中の上であるはず。
どうして、モブで僕よりも顔面偏差値が低い奴にあんな可愛い彼女が居て僕には居ないんだ。
「千紘、なんで僕には彼女が出来ないんだろう」
「なんだよ、突然」
「だって、僕の顔って中の上くらいはあるはずだろ?何てたって兄さんの弟なんだから!なのに一度も告白されたことないし、ラブレターだって貰えたことない」
千紘は露骨に興味なさげな顔で「頭が悪いからだと思うよ」とだけ言って掃除を再開した。
なんだよ。少しくらい一緒に考えてくれてもいいのに・・・
何て思いながら、また外を歩くカップルを眺めているとピンポン・パンポーンという校内放送の始音が流れた。
《一年二組、霧島凛君。至急生徒会長室に来て下さい。一年二組、霧島凛君。至急生徒会長室まで来て下さい》
僕は校内放送が流れたスピーカーを見ながら固まった。
今、霧島凛って言いましたか?
どうして僕?どうして生徒会長室?何故、校内放送?
疑問だらけが頭の中をループする。
「凛、早く行って来たら」
「で、でも・・・掃除が・・・」
「どうせ居てもやらないんだから一緒だから。早く行ってきなよ」
朝は天使の羽を生やしていたはずなのに、ホームルームの時以来、千紘の当たりがキツイ。
怒っているか問いただしても「別に」としか答えてもらえず、誤っても「何が」と一刀両断され手の施しようの無い今の状況。
家に帰ったら、千紘の部屋に行って全力で謝ろう。
なんなら、スライディング土下座を披露してやろう。
千紘への謝罪の仕方をイメージしながら、僕は重い足取りでトボトボと四階にある生徒会長室へと向かった。
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”生徒会長室”
言葉だけで威圧感のある文字札を見つめながら、僕は溜息をついた。
一体生徒会が僕に何の用だというんだ・・・
大きく深呼吸してから分厚い扉を二回ノックする。
すると、中から「はい」という声が聞こえ僕は取っ手に手をかけた。
「失礼します。一年二組の霧島凛です」
扉の前で名前を言うと、会長が僕をジッと見てからソファーへ座るよう促した。
何だ、この空気。
それに、どうして二人っきりなんだ。
他の役員はどうした。
「あ、あの・・・」
「珈琲は飲めるか」
「え?あ、はい。甘いのなら少し」
「そうか」
そう言って立ち上がった会長は棚に置いてある珈琲を入れ、僕の前にそっと置いてくれた。
「ありがとうございます」
「・・・普通だな」
淹れたての珈琲に口を付けた瞬間に発せられた言葉に僕は思わず吹き出してしまった。
いや、何が?!何が普通なの!?
「大丈夫か」
「あ、はい。すみません・・・」
手渡されたハンカチで口を拭き、会長を見る。
呼ばれた理由すら説明されず、第一声が”普通”ってなんだよ!
取り合えず用件だけ聞いて、さっさとお暇しようと考えた僕は意を決して口を開いた。
「あの・・・僕を呼んだ理由ってなんでしょうか?」
「ん?あぁ、特に用があった訳ではない」
「は?」
え、なに。
用もないのに校内放送で学年と本名フル公開されたの。
いや、どういうこと。
どういう虐めの仕方?新しすぎないか?
「ただ、あの須王が気に掛ける子がどんな子なのか知りたかっただけだ」
「須王先輩ですか・・・?」
おっと。これは、これは!!
僕の腐レーダーが完全に反応したぁぁぁあ!!
唯一のライバルの事は何でも知っておきたい。
彼を一番理解しているのは自分でありたいと言う独占欲ではないのか?!
千紘とではないから、僕は誠心誠意応援することができるではないか!
「会長は須王さんと仲が良いんですか?」
「仲は良くないと思うよ。俺はアイツに嫌われているしな」
何ですか!
その少し傷ついてますって感じのオーラと顔わぁぁぁあ!!
「そうなんですね」
「霧島くんは?学校も違うのにどうしてアイツと仲がいいんだ?」
「いや、仲良くないですよ」
「だが、アイツは友達だと言ってたが?」
「あぁ・・・それについては僕が聞きたいくらいです」
「どういうことだ?」
「い、いえ。なんでも・・・」
新しい攻略キャラと一対一で話せて、尚且つこんなヤキモチ感溢れる話題を聞かせてくれるなんて。
有難すぎる。この会話で、千紘の態度で受けた傷が少しは癒えた気がするよ。
だが、本当に須王さんの友達になった覚えはない。
もしも、また機会があったら聞いてみよう。
いつ、どこで、どんな状況で僕と友達になったと思ったのか。
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そしてその後、僕は何故か生徒会の仕事を手伝う流れとなり、その合間で須王さんと会長の因縁の対決話を聞いた。
なので、掃除を手伝う処か部活には顔を出す程度で帰宅することになってしまった。
校内放送のお陰で、兄さんや秋兄。その他の部員や顧問にも僕の居場所は知られており、怒られると思って身構えていたものの、逆に「よく頑張った」と全員に褒めて貰うというカオスな状況に戸惑いを隠せなかったことは言うまでもない。