第六話 「悪魔VSハイスペック会長」
追加攻略キャラである、前野拓海と須王秀哉の登場から早一週間。
今日も僕に平和な朝がやってきた。
目の前には、兄さんと千紘のエンジェルツーショット。
そして隣には、そんな二人の姿を複雑そうに見つめる秋兄。
そして、そんな三人を見ながら腐エネルギーを充電する僕。
平和かつ爽やかな朝の一時。
だったのに・・・
「なんだ、あの人だかり」
「本当だ。なんだろう?」
正門が見えた辺りで足を止めた千紘と、その方向を指さす兄さん。
僕と秋兄は、二人の隙間から顔を出し二人が見つめる方へ視線を投げた。
そこには、まるでアイドルの出待ちのような人だかりと、正門前に止まる真っ黒な高級車と黒服の怪しげな人たちの姿。
「何で学校の前に外車が止まってるんだろう?」
「今日、そんな有名人が来る予定とかなかったよね」
「如何にも金持ちって感じがするな」
首を傾げる三人とは裏腹に、僕の脳裏には一人の男の名前が浮かんだ。
『須王秀哉』
いや、まさか。
あの日から、もう一週間も経っている。
結局僕は、千紘の連絡先を送ることも、ましてや連絡先を追加すらせず渡された紙は机の引き出しにお手製の封印札を貼って封印した。
こんな爽やかかつ平和な一日の始まりに、我が校の前に悪魔が降臨するはずがない。
そうだ。きっと違う。
僕の考えすぎに違いない。
もしかしたら、ちょーーーー有名なアイドルが転校してきたのかもしれないし・・・
「この中に霧島凛君を知っている方はいらっしゃいますか?」
集団の中から見える白い髪と隙間からチラつく美しい横顔。
そして、あの気品に満ちた落ち着いた声。
間違いない。いや、間違えようがない。
朝から悪魔が降臨なさったぁぁぁああぁ!!!!
「今、凛の名前呼ばなかった?」
「ッ?!た・・・多分気のせいだと思う。」
気のせいではない。
分かっているが、今此処で悪魔と会う訳にはいかない。
だって、だって!!
此処には今、千紘がいるんだから!!
全てを知り尽くしてる僕が千紘を悪魔の魔の手から守らずして、誰が守るというのだ!!
「と・・・兎に角三人とも今は正門から入れそうにないし、少し回って裏門から行こうよ!」
「凛、そんなに焦ってどうしたの?」
「凄い汗だけど大丈夫なの?」
僕の頭を優しく撫でる千紘と、まるで火山の様に噴き出す汗をハンカチで拭ってくれる兄さん。
エンジェルツーショットが僕の目の前に・・・。
僕の腐レーダーが『シャッターチャンスだ!』と叫んでいる。
分かっているよ、レーダー。だが、耐えてくれ。
今は少しでも早く千紘をこの場から遠ざけなければいけないんだよ!
「本当に大丈夫だから!は、早くしないと遅刻するかもしれないよ!ね!!」
「それもそうだね。」
「裏門からなら部室も近いし、荷物置いていくか」
「兄貴、俺も置いていい?」
「おう、いいぞ。おい、凛も早く来いよ」
「う、うん!」
ようやく納得してくれた三人は踵を返し裏門の方への歩きだす。
よかった。これで悪魔との接触は免れた。
ホッと胸を撫で下ろし、僕も三人の後を追おうと思った矢先。事件は起きた。
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「おはようございます。霧島君」
背後から流れ込む冷ややかな空気と周りを包む黒いオーラ。そして、耳元で聞こえた気品溢れる声。
過激なBGMが僕の脳裏に流れ始める。
これはあれだ。メリーさんと同じだ。
『私メリー。今、貴方の後ろに居るの』という声で、振り向いたら最後。命はないパターンだ。
”メリーさん”ならぬ”悪魔さん”だ。
僕は敢えて気づかないフリをしようと歩き出すも、何故か一向に歩が前へ進むことはなく、壊れた人形の様にその場での足踏みが続く。
時すでに遅し。
悪魔の魔の手が僕のか弱く細い腕を掴み逃げることを許さない。
あぁ、短い人生だった。
せめて。せめて、推しカプのハッピーエンドくらい拝みたかったな・・・。
なんて考えていると、視界がこの前の二倍のスピードで反転し、さっきまで見ていた三人の後ろ姿から一変、悪魔の笑みがドアップで視界を覆いつくした。
口元に浮かべられた笑みと対照的に赤い目は一切の笑いも許さない程真っすぐ僕を射抜く。
悪魔の手は、まるで十トンの重りの様に容赦なく僕の両肩へのしかかった。
「一週間も待ってみましたが、約束をお忘れのようでしたので直接伺わせて頂きました」
間近で聞く悪魔の声は、さっきよりも冷たく僕の心を一瞬で凍らせた。
「そ、それは・・・遠い所からご苦労様です・・・」
「いえいえ、お気になさらず。私もべつだん気にしてはいませんので」
それは嘘だ。
神に誓ってもいい。気にしていない訳がない。
だって、僕には見える。この悪魔の背後に並ぶ怒気に満ちた言葉の数々が!!
「霧島君も部活などでお忙しいのでしょう。この前の約束を守れないくらい」
「い、いや・・・」
「仕方ありません。私が無理にお願いしたことですし、一週間もお待ちしたんですが”一切”連絡がないので、何かあったのでは無いかと心配になってしまって」
今、敢えて”一切”って言葉を強調したように聞こえたのだが・・・。
それに、何が心配だ。
心配なのは、この後の僕の生死だよ!!
「心配・・・ですか・・・」
「えぇ。”心配”です」
言葉のスパーリングが真っすぐ僕の心を貫く。
「おや?先ほどから私と目が合いませんが気分でも優れないのですか?」
「いえ、そんなことは・・・いッ!!」
否定した僕の言葉を遮り、肩に乗っていた手が躊躇いなく両頬を掴み凄い勢いで上へと持ち上げた。
交差する僕と悪魔の瞳。
これはあれだ。魂を吸われるやつだ。
本当に短かったよ。僕の人生・・・
せっかく、これから楽しくなるであろう学校生活も悪魔に魂持ってかれて終わりか・・・。
何て呆気ないんだ・・・。
「顔が真っ青ですね。本当に体調が悪いようですので、私の車で病院までお送りします」
さっきまで輝いていた高級車が、今では地獄の荷車に見えてくる。
誰か、助けてくれ。
さっきから僕たちの姿を見ている周りの女子!顔を赤らめて写真を撮ってないで、この悪魔の魔の手から僕を救い出してくれ!
泣きそうになるのを堪えながら、僕は助けを求めようと周りに視線を移す。
だが、誰一人として僕の心を察してはくれず、それどころか目が合った女子全員が僕へとスマホを向けてくる始末だ。
「私が目の前に居るというのに、女性を眺める余裕があるんですね。」
「え?」
「いい度胸してんじゃねーか」
耳元で発せられた言葉に、とうとう足が竦んだ僕は、そのまま車の方へと引きづられて行く。
誰か、助けて!!!
あれに乗ったら、本当に逃げ場無いから!!
誰かぁぁぁああぁ!!!!
「その辺にしてもらおうか、須王」
両目を閉じ涙を堪えていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
その声に悪魔が足を止めた。
嘘だろ。悪魔の動きを一声で止めただと!
僕は声のする方に視線を移そうとしたが、何故か僕の姿を隠すように悪魔が前に立った。
え?どういう状況?これ・・・
「星城学園の生徒会長さんは、相変わらず礼儀というものがなっていないようで」
生徒会長・・・まさか!!
五人目の攻略キャラ、三年連続星城学園生徒会長を務める『桜田誠』
全国模試常にトップ。
そして剣道、柔道、空手では世界大会にまで出場。
規定通り短く切られた黒髪、程よく鍛えられた肉体とモデル並みのスタイル。さらに、このゲーム唯一の眼鏡キャラ。そして、その優れた容姿は学園を飛び越え、芸能界からのスカウトも絶えないというまさにハイスペック会長!!
「それを言うならお前もだろう、須王。朝から、こんな堂々とうちの生徒を拉致ろうとはイイ度胸だな」
「拉致?人聞きの悪いことを言われますね。私は、”友人”である霧島君の体調が気になったので病院へ連れて行こうとしただけですよ」
「体調が悪いのなら俺が責任を持って面倒を診よう。お前は、彼を置いて大人しくパパのお膝元にでも帰れ」
二人の間に飛び散る火花。
というか、僕って何時から悪魔の”友達”になったの?
様々な疑問が頭を駆け巡るが、逃げるなら今がチャンスなのでは?
会長に気を取られている隙に、裏門の方に逃げれば・・・
そう思い目の前にいる悪魔を見ると、後ろに隠し強く握られた左手が微かに震えていることに気づいた。
そういえば、ゲームでも須王秀哉は父親の話を出されるのを嫌っていたような・・・。
それに、桜田会長のことも苦手だったよな・・・。
逃げようと思えば逃げれるのだが、気づいてしまった以上ほっておくことも出来ない。
この場を収める為にはどうすれば・・・
少しでも、須王さんの気が紛れるもの・・・。
あッ!!!
僕は鞄の中から、眠くなった時専用の棒付きキャンディーを出し袋を開けた。
そして、
「須王さん!」
「ん?どうしましt・・・ッ?!」
須王さんの制服の袖を引っ張り僕を見たと同時に口の中へと飴を入れた。
目を丸くする須王さん。
左手へと視線を向けるとさっきよりも力が緩んでいる。
よし。もうひと踏ん張りだ!
僕は、強く握られた左手を掴んで、その拳を無理やり開いた。
「心配してくれてありがとうございました!」
そう言って満面の笑みで握手をすると、まだ状況が理解できていないであろう須王さんは、戸惑いの表情を隠せないまま僕をジッと見ている。
なんだろう。なんか、可愛い・・・。
待て待て!!何が可愛いだ!
この人は千紘を狙う悪魔だぞ!しっかりするんだ、僕!!
「もう少しで朝のホームルームが始まるので僕はこれで!須王さんも学校遅れないようにして下さいね!」
兎に角、須王さんが我に返る前に逃げ出したかった僕は、会長に頭を下げ、女子の群れを潜り、そのまま校舎へと全力疾走で向かった。
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「霧島は行ったみたいだが?」
腕を組み凛が走り去った方を指さす桜田。
「あぁ・・・そうですね・・・私も今日はこれで失礼するとします」
その後ろ姿を須王は少し見つめた後、素直に車へと乗りこんだ。
そして、その光景に桜田は目を疑った。
いつ、どんな時も表情を変えなかった須王が明らかに動揺している姿に。
そして車に乗り込んだ須王は、握手を交わした左手に握られていた飴を見ながら自分よりもはるかに小さかった手を思い出し、思考を巡らせた。
つい先程まで自分の姿すら直視できず、狼に見つかった兎の様に震えていた霧島凛が、突然自分に見せた真っすぐな笑顔や意味不明な行動の数々。
そして、自分の口に入っている安物の飴が、何故か今まで食べたどんなモノよりも甘く広がり、胸の奥を熱くさせることの意味。
「霧島凛・・・」
皆様、大変お久しぶりです!
不定期ながら、読んで下さっている方々が増えていることにとてもビックリしました!
本当にありがとうございます!
これからも、この小説を楽しく読んで頂けたら幸いです!