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第四話 「兄さんの怒りの理由」

「に、兄さん……?」

「部活を抜け出して随分遅かったね。凛?」



 前野×千紘のイベントから途中退出し、大人しく部活に戻ると仁王立ちをして僕を待ち構えている兄さんに捕まってしまった。

 怒気を露わにする兄さんの姿に自然と足が後ろへと下がっていく。

 ヤバい。

 凄く怒らせてしまった……



「えっと……職員室に行ったら先生の雑談に付き合わされてさ!いや~大変だったよ!」



 雑談なんかしてない。というか職員室にすら行っていない。

 僕の口から自然と出た嘘は、止まることなく流れ出る。



「こ、困るよね!僕も「部活中なので」って言ったんだけどさ~!」

「そっか。そう言えば、凛は何をしに職員室に行ったんだっけ?」

「今日中に提出のしないといけないプリントを出しに……」

「プリント……ね」



 兄さんはこの場に似つかわしくないほど爽やかな笑顔を向けて、僕の方へとゆっくり近づいてくる。

 怖い。

 今ならオオカミに狙われた兎の気持ちが凄く分かる。

 まさにシンクロレベルでだ。


 

「凛。ちょっとこっちに来ようか」

「……」



 ダメだ。

 今、兄さんについて行ってしまったらきっと僕の命はない。

 そう判断した僕は、踵を翻し、一目散に兄さんから逃げた。

 はずだったのに……

 後ろから伸びてきた腕がそれを阻み、逃げることを許してくれない。


「どこに行くのかな?」

「えっと……ちょっとそこまで……」

「行かなくていいから。ちょっとついて来て」

「あ、はい」



 腕をグイグイと引っ張られ、僕は兄さんと共にバスケ部が使っている部室の方へと向かう。

 何故、今部室に……

 兄の後ろをついて行きながら不安な気持ちが心を埋め始める。

 

 暫く歩いて部室に着き、僕は兄さんに中に入るように言われた。

 ここで拒否したらきっと、今以上に怒らせてしまう。

 そう思った僕は、兄さんの指示に素直に従い俯いたまま立ち尽くすしかなかった。

 

 これから一体何が始まるんだ……

 というか、いつも温厚な兄がどうしてこんなに怒っているんだ。

 確かに嘘をついて部活を抜け出したのは悪かった。

 いくら、推しの初イベントを拝みたいからと言って嘘をついたことは本当に僕が悪かったと思っている

 だが!どうしてこんなにも怒っているんだ。

 今までこんなに怒った兄さんを見たことがない。


 さっきから感じる殺気にも似た感覚に嫌な汗が僕の背中を流れる。



「ねぇ、凛」

「は、はぃ!」



 緊張のあまり声が裏返ってしまった。

 あぁ、穴があるなら入りたい。

 それか、机があるなら引き出しを開けて兄さんが怒る前の時間に戻りたい。



「俺がどうして怒ってるか分かる?」

「……部活を抜け出したから」



 控えめにそう言うと、兄さんは頭を抱えながら溜息をついた。

 え?僕間違ってた?

 まさかの不正解?でも、それ以外の理由が思いつかないんだけど……



「凛」

「ん?」



 部室の真ん中にある長椅子に腰を下ろした兄さんが隣をポンポンと叩きながら、手招きをする。

 これは、隣に座れということかな?

 近づくことを少し躊躇ったものの、ここで断っても状況が悪くなるだけだと思ったので、取りあえず兄さんの座る位置から少し間を開けた場所に僕も腰を下ろした。



「俺は、部活を抜け出したことに怒ってるんじゃないんだよ」

「え?」



 口を開いた兄さんの声はさっきまでの怒気はなく、いつも通りの優しい声に戻っていた。



「俺が怒ってるのは、凛が俺に嘘をついたからだよ」

「嘘って……」

「本当はプリントなんて出しに行ってないでしょ?」

「……」



 何も言えない。

 全くもってその通りだ。

 だが、何故そのことを兄さんが知っているんだ。



「熱川先生が教えてくれたんだよ」

「あ……」



 アイツかぁぁぁ!

 イベントを邪魔した挙句、兄さんにまでチクリやがったんだな!

 クソ……!なんて奴だ!

 だが、ここまでくれば言い逃れはできない。

 諦めた僕は、俯きながら口を開いた。



「……ごめんなさい」

「本当に悪いって思ってる?」

「うん」

「凛、俺の目をちゃんと見て」



 恐る恐る顔を上げると、兄さんは僕の頬に手を添えニコリと笑った。



「部活途中に抜け出したのも悪いけど、俺はそれ以上に凛が平気な顔して嘘をついたことが嫌だったよ。だから、これからはどんなことでも素直に言ってほしい。内容によっては怒ることもあるかもしれないけど、凛がちゃんと話してくれたら俺だってちゃんと凛の話を聞くから。な?」




 予想以上に優しい兄さんの言葉に目頭が熱くなる。

 あぁ、ヤバい。泣きそうだ。

 そんな僕の気持ちを察したように、兄さんの腕が僕の体をそっと包み込む。



「ごめんね。怖かっただろ?」

「ううん。大丈夫……」

「大丈夫そうに見えないけどな~」



 なんて軽口を叩きながら、兄さんは僕の頭を撫でてきた。



「子ども扱いしないでよ」

「してないよ。これは”弟扱い”してるんだよ」

「なんだよ、それ」



 そして、暫くして兄さんが「そろそろ戻ろうか」と立ち上がり、自然と体が離れる。

 少し名残惜しさを胸に抱え、歩き出す兄さんの後を僕は静かに追いかけた。

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