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三十話 「学園祭まで残り三日! ハプニングには気を付けて!」


「凛、もっと可愛く立てないの?!」

「足を閉じて! 女がガニ股とかありえないから!」

「だから! 僕は男なんだってば!」




 女子に集団リンチというなのセクハラを受けた僕は、教卓の前で男からはカメラを向けられ、女子からは指摘というなの罵声……言葉の暴力を受けている。

 説明もお願いもされないまま、クラスに居る手芸部が作った学園祭で使う衣装……メイド服の試作品を着せられた僕は、まるで彼女達の着せ替え人形にでもなった気分だ。




 どうして僕がメイド服を着せられているのか。

 それは、今から三十分前に遡る。



###


 有無も言わせない勢いで女子共に連行され、辿り着いたのは僕らのクラスの隣にある空き教室。

 一体何が行われるのか。 予想もつかない恐怖に怯えながらついて行くと、不気味な笑みを浮かべた手芸部部長”柑奈アヤメ”が僕を出迎えた。



「霧島凛。 よく来てくれたわね」

「柑奈さん……。来たんじゃなくて、連行されたんだけど…」

「早速だけど貴方に着て欲しいものがあるの」

「え、僕の話聞いてくれてる?」




 話をスルーされ、目の前に出されたのはフリフリのレース付き、丈の短めのメイド服。

健全な男子高校生なら、誰でも一度は彼女に着て欲しい!と夢を抱き、これを着たお姉さんにご奉仕されてみたい!と憧れを持つ、魔法のアイテム! メイド服!




「こ、これは!」

「女子が学園祭当日に着る衣装よ。 因みに男子はあっち」




 そう言って柑奈さんが指さした方を見ると、カッコイイ執事服がずらりと並んでいる。

 あれ、全部用意したのか。

 恐るべし、手芸部。



 ん? でも、待てよ。

 学園祭当日、男子が着るのはあっちの執事服なんだろ?

 それなら、どうして彼女は僕にメイド服を突き出しているんだ。




「理解出来ていない顔ね」

「まぁ、説明ないからね」

「本番の日、男子数名だけメイド服を着て女装してもらう事になったの」

「は?」




 待ってくれ。 

 学園祭の出しものはクラスの皆で相談して決めた結果”メイド&執事喫茶”になった。

 けれどその時には、男子の女装何て提案はあがっていなかったはずだ。

 なのに、どうして今彼女は当たり前な顔をしてメイド服の使い道について話をしているんだ。




「あ、心配しないで。 霧島君の本番の衣装は、あっちに置いてある執事服だから」

「あ……よかった」




 ホッ胸を撫で下ろす。

 僕は一言も話していないのに、エスパーのように心を読まれて会話が進んで行く、この奇妙な状況に何とも言えない違和感を覚える。

 それはさておき、僕が本番メイド服を着ないなら、この状況は全くもって腑に落ちない。

 着る役割が僕ではないのなら、どうして今此処に呼ばれているのか。

 



「本当の楽しみは本番にとっておかなくちゃ」




 衣装を触りながら呟かれたその言葉で全て悟った。

 もう既に生贄は決まっている様だ。

 



「楽しみをとっておく為にも今は着せられないでしょ? でも、丈の長さとか、服の微調整をしたいから、一番平均的な霧島君に来て貰ったってわけ」

「なるほど」



 というか、一番平均的ってなんだよ!

 悪かったな! 飛びぬけて凄い所が一つも無くて!




 ともあれ、僕が着ないと完成させることが出来ない様で、説明しても渋りを見せた僕にイライラしたのか、彼女達手芸部は僕が承諾する前に、着ていた制服を猛獣が如く剥ぎ取り、強制的にメイド服を着させた。




 もうお婿にいけない。




 そして、微調整が終わった後。

 よく分からないまま脱ぐことを許されなかった僕は、結局今の様に見世物になっているという訳です。




###


「凛、もう少しエロさを出せよ!」

「そうだそうだ! ファンサが足りないぞ!」

「スカート捲る位しろよ!」

「お黙り! この裏切り者共が!」




 調子にのり、カメラを構えながらポーズを要求してくる男共を一掃し、僕は考えた。

 この裏切り者共にどうしても制裁を加えてやりたい。と

 どうすれば、彼らを成敗できるだろうか。




 そうして考え付いた結論は……。




 僕はこのメイド服を製作された手芸部部長、柑奈アヤメの方へと歩いて行く。

 そして彼女に、深々と頭を下げた。



「あら? どうしたの?」

「柑奈様、どうかアイツらにこのメイド服を当日着る許可を頂きたく存じます」

「どうして?」

「彼らが……彼らがどうしても! 此方の素晴らしい衣装を着たいと申しているからです!」




 空き教室では、既に着る人間が決まっている様子だったが、アイツらを僕はどうしても許しておくことが出来ない。

 この気持ちを汲み取って欲しい!と念を込めながら、僕は真っすぐ柑奈さんを見る。




「おい! 誰もそんなこと言ってないぞ!」

「嘘つくな! 霧島凛!」

「俺達を裏切るつもりか!」


 


 後ろから聞こえてくるヤジは無視し、僕はもう一度頭を下げる。



 そして、




「顔を上げて、霧島君」




 優しい声色に、僕は内心ガッツポーズをした。

 交わる熱い視線が言っている。 僕の気持ちを理解してくれたと。

 




「そう…。 彼らがそんなに言うなら良いわよ。 当日、女装してもらうのは彼らにしましょうか」

「流石、柑奈様! 寛大なそのお心遣い! 尊敬致します!」




 まるで昔の下級弱小貴族の小間使いのように、両手を擦り合わせながら僕は柑奈さんの横に立ち、彼らを見た。



 フッ。 これが僕を裏切った事への代償だ!

 僕が助けを求めた時に切り捨てた貴様らを、僕は決して許しはしない!

 学園祭当日、執事服を着て、女子から黄色い声を集め、チヤホヤされる権利は僕がいただいた!




「この裏切り者! 友達を売るのか!」

「俺達の築き上げた友情は何処にいった!」

「見損なったぞ! 霧島凛!」

「何が友達だ! 何が友情だ! 先に裏切ったのはそっちだろ! ま、精々当日は、女子として、しっかり働いてくれよ。 可愛い女の子との出会いは、この僕がいただいた!」

「「「貴様ぁぁあああ!!!」」」




 バチバチと火花を散らす僕らの喧嘩は、程なくして勝負開始のゴングが鳴る。

 机を避け、昼休みのジュース争奪戦同様、取っ組み合いが始まった。

 メイド服の男 VS 当日メイド服を着たくない男達の熱い戦いが繰り広げられる。

 至って真剣な僕らを余所に、枠外のクラスメイトは面白可笑しく僕らの戦いを見守っている。

 こういう状況は僕らのクラスでも、割と当たり前に見られる光景だ。




###


 そして、僕が相手にスリーパーホールドをかけ、漸く決着がつきそうになった時のことだった。




「これで良いのかな?」




 教室の扉が開き、うるさかった女子が硬直、教室に一瞬の静寂が訪れたのは。

 首元を緩めながら、少し照れくさそうに出てきたのは、黒の執事服に身を包んだ七瀬千紘。

 何時もは可愛い印象の強い主人公だが、こういうキッチリとした正装をすると、また雰囲気が違う。

 流石主人公。

 どんなイレギュラーな服であっても、完璧に着こなすスペックを持っている。

 僕みたいな女装ゴリラとは大違いだ。




 だが、どうせなら前野先生が執事服で千紘がメイド服を着る構図が見たかったなと思う。

 今日、先生は午後から出張に出て居ない為、それは叶わないけれど、構図を考えるだけでも僕の腐った妄想は正常に作動する。

 



 僕が先程行った薄暗い隣の空き教室で、二人っきり。

 執事服を着た前野先生がメイド服を上手く脱げない千紘を手伝う構図が見たい。

 後ろのチャックを下げ、露になった白い背中。 恥ずかし気に頬を染める千紘。

 その姿に欲情する執事前野。

 良い。 最高に良い!!

 その禁断の特別講義。 何処で受けられますか! 僕の推しカプ最高か!




「凛。 俺、変じゃないかな?」

「んえ? あぁ…」



 ヤバイヤバイ、涎が垂れてた。

 何時の間にか隣に居た千紘に声をかけられ、慌てて涎を拭く。

 隙のないイケメン主人公と涎を垂らして妄想にふけっていたモブメイド。

 何て散々な絵図らだろうか。




「変じゃない! スゲェ似合ってるけど、千紘だけ執事服はズルくね?」

「そうかな? 凛、メイド服凄い似合ってるから良いんじゃない? 可愛いよ」

「kawaii? ……What?」




 今彼は、ゴリラメイドの様な姿の僕を見て可愛いと言ったのか?

 空耳か? それとも幻聴か?




「何て言った?」

「だから、メイド服着てる凛、凄く可愛いよ」

「き……」

「き?」

「貴様ぁぁぁああ!!!」

 



 聞き間違いでは無かったことが分かり、僕の怒りの沸点が最高潮に達する。




「り、凛?!」

「可愛いを具現化したような! この世の可愛いを集めた様な容姿を持った貴様がそれを言うか!」

「え???」

「僕みたいな奴が着るより、千紘が着た方が良いんだよ! 絶対そっちの方が可愛いんだよ! 何なら、そこらの女子が着るより良い!」

「ちょッ////」




 此処まで言えば、何時もならクラスの女子が野次を飛ばしてきそうな所だが、何も言わないところを見るに、全員が僕の意見に同意らしい。




「千紘なら、男でもメイド服を着て『お帰りなさいませ、ご主人様』って言われたい! 他の野郎なら論外だが、千紘なら良い! 赤面してくれたら、倍良い!」


「「うんうん。」」


「何を言って/// 皆もどうして頷いてるの?!」




 否定されない状況と、僕の熱い熱弁に動揺を隠しきれない千紘は、タコのように顔を赤くして教卓の裏に隠れてしまった。

 その行動でさへ可愛いんだから、勘弁してほしい。




###


 何はともあれ、最後は執事服の千紘とメイドの僕との記念撮影をし、そのまま学園祭準備を続けた。

 本番まで残り三日。

 今日はクラスメイト全員で出し物の準備を終わらせようということになっており、何時もはバイトや習い事で抜ける奴らも残り、皆で全ての作業を終わらせた。

 途中で出張から帰ってきた前野先生が差し入れを持って登場。

 流石攻略対象キャラ、全てのことに抜かりが無い。



 それに面白かったのはメイド服と執事服の僕らを見て固まった時の先生の表情だ。

 真ん丸になった目と少し開いた口。

 あんなに呆けた顔の先生の顔は、ゲームのスチルでも見たことが無い。

 良い表情を見せてくれた先生へお礼という訳ではないが、千紘とのツーショットをしっかり撮ってあげた。

 因みに僕のスマホで撮ったので、必然的にお宝を我が手に収めた。

 スーツを着た童顔の前野先生と執事服の千紘。

 傍から見たら金持ちの坊ちゃんと専属執事に見える。




 表では笑顔で優しい坊ちゃん前野と表情が一切動かない執事千紘。

 だが二人で過ごす夜には、我儘で強引な俺様攻め前野と従順で淫乱な執事千紘。




「スーッ。良い、実に良い」

「何が?」

「うわぁ! ビックリした!」




 写真を見ながら妄想の世界へとダイブしていると、制服に着替え終えた千紘が後ろから抱きしめる様にしてスマホを覗き込んできた。

 教室の片付けを皆がしてくれている間に、僕と千紘は隣の教室で着替えていたのだ。

 メイド服と違い、執事服は装飾が多かったようで、千紘は着替えに随分と手こずっていた様子。




「前野先生と千紘のツーショット、めちゃくちゃ良いなーって思って。 イケメンが並ぶと、やっぱり絵になるよ」

「凛は、前野先生みたいな人がタイプ?」

「ん? タイプって、何の?」

「顔。」




 顔か……。

 性格や容姿や声。 推しキャラは全てを考慮して決めるが、顔だけと聞かれると迷うな。

 考えたことも無かった。



「顔か……顔オンリーで言ったら、秋兄か須王さんかな?」

「……系統似てるね」

「うん、普通にイケメンだと思う。 あ、でも容姿以外にも含めて考えると選べないな。 難しい」

「そっか…」

「突然なんだよ。」




 大人しく僕から離れた千紘は、何も言わず先に教室を出て行く。

 この前から、どうにも千紘の様子が可笑しい。

 親友で居て欲しいか。と聞いてきたり、

 僕のタイプを聞いてきたり、

 今まで以上に抱き着いたり、手を繋いだりといったスキンシップが増えたり、

 心なしか日々の距離が近くなった気もする。




 あれかな。

 分岐点まで後もう少しだから、情緒不安定なのかも知れない。

 須王さんの様子だって、最近特に可笑しいし、皆そういう時期なんだろう。

 何かあれば僕に相談してくるだろうし、誰かと付き合うことになったら、きっと僕に報告してくれるはずだ。

 まぁ、今までの流れを思うに、相手はほぼ確定しているけれど……。




「霧島君、大丈夫ですか?」

「あ! 前野先生!」

「皆、もう帰ったよ。 七瀬君は職員室に寄って行くって言ってたから、昇降口で待ってたら会えるんじゃないかな?」

「了解です! ありがとうございます!」



 空き教室にヒョコと顔を覗かせた前野先生。

 僕は慌てて鞄を持って外に出る。

 廊下に出ると、先程まで賑やかだった教室の電気は消え、暗い廊下は人の気配が一切しない。

 まるで吸い込まれそうな暗闇が長い廊下に続いている。




「わぁッ」

「ッ??!!」




 廊下の奥を見ていると、耳元で小さな声が聞こえ僕は声にならない悲鳴を上げた。

 握り潰されたようにギュンッとなった心臓が痛い。

 胸を抑えながら壁に飛びつくと、口元に手を当て、顔を背け肩を震わせている前野先生が目に入る。

 



「何するんですか!」

「分かりやすくビビってるみたいだったから。 ちょっとからかいたくなった」

「酷い! 最低だ! 純粋な高校生の心を弄んだ!」

「お前、言い方な……。 悪かったよ、ほら来い。 昇降口まで送ってやるから」





 先生の家にお邪魔したあの日から、誰も居ない時だけ、こうして砕けた口調で話をしてくれるようになった。

 推しカプの片割れに信頼して貰えている。 その事がオタクとして凄く嬉しい。

 


 けれど、



「大丈夫です! 一人で行けるので!」



 僕は先生の申し出を蹴って、ズカズカと歩き出す。

 からかわれた事に対する怒りと、見せられた大人の余裕に対する敗北感。

 男として劣っている事を痛感させられたので、せめてもの対抗だ。




「おーい。 凛」

「なんですか」




 名前を呼ばれ振り返ると、前野先生が鍵を回しながら僕に言った。




「この学校、夜は結構でるらしいから気を付けろよ。 じゃあな」




 ……デル? でる? 何が?




「でるって…何が?」

「え? そりゃあ幽霊ってやつだろ」




 ユウレイ‥‥幽霊。 あぁ、幽霊ね。



「ユウレイ……」

「じゃあな!」




 鍵をポケットに直し、優雅に手を振って、僕とは反対方向に歩き出す前野先生。

 暗い廊下に置き去りにされた僕は、その場に固まる。

 


 待て待て待て!!

 幽霊って言ったか? 

 確かにこの学校、やたら怪奇現象に係る話多いけれど、それを匂わせて一人生徒を置いて、颯爽と歩いて行く奴があるか?!

 どうしよう、どうする?! 



 僕は自分で思っていた以上に、その手の話に弱かったらしい。

 足が竦んで動けなくなっている現状が、それを物語っている。

 先生が歩いて行った方向を見るけれど、もう既に姿はない。

 


 

「だ、大丈夫だ。 早く行かないと…千紘が待ってるはずだ」




 出来るだけ何も考えないようにし、スマホのライトで足元を照らす。

 そして、鞄を胸に抱いてゆっくりと歩みを進める。

 暗くて視界が悪いのに、涙で視界が歪んで、ほぼ何も見えない状態。

 本当に最低だ。




 こんな情けない姿、女子に見られなくて本当に良かった。 

 カッコ悪すぎて、彼女すら出来なくなっちまう所だった。




 長い廊下を進んで漸く、階段に到着。

 そこで僕はあることに気づいてしまった。

 歩いてきた廊下の奥からコツン、コツンと足音のような音が鳴っていることに。

 




『この学校、夜は結構でるらしいから気を付けろよ。』



 

 前野先生の捨て台詞が脳裏で再生される。

 あ、早く階段降りなきゃ。

 頭では分かっているのに、人間は本当に怖い状況に陥ると何も出来なくなるんだな。ということを今日知りました。




 持っていたスマホが大きな音をたて床に落ちる。

 恐怖で腰が抜け、立っている事が出来なくなった僕は、鞄を抱えたまま壁に凭れる形で座り込んでしまう。

 そして、何度か立ち上がろうと試みるも尻から根が生えたように、体を持ち上げることが出来ず、逃げる術を無くしてしまった。

 



コツン、コツン。




慌てる僕とは対照的に、その音は静かに一定の音を鳴らし此方に近づいてくる。




「ど、どうしよう……」




 ポロポロと涙が零れ落ち、胸に抱える鞄を濡らす。

 足に力が入らず、逃げられない。

 けれど、音は此方にどんどん近づいてくる。

 色々と考えた結果、今の僕に出来ることは膝を抱えて恐怖に耐える事だけ。


 


 頼む、早く何処かに行ってくれ。

 こんなことになるなら、素直に前野先生に着いて来てもらうんだった!

 どうして意地なんて張ったんだ! 己のしょうもないプライド何て捨ておけばよかった!




 自問自答を頭の中でしていると、先程まで一定だった音が凄い勢いで此方に近づいて来た。

 



 え、待って待って!

 無理だって! そんな勢いで近づいて来ないで!

 もう顔上げられないよ! 怖すぎるでしょ! 

 獲物を見つけたからって、そんな食いつかないで!




 膝を抱えたまま、目をギュッと閉じ、次に起こる何かに身構える。

 



 すると、




「凛! どうした!」

「…ビクンッ!!・・・へ?」




 聞き覚えのある声に驚き、反射で顔を上げると、懐中電灯を持った前野先生と目が合う。



 

 前野先生だ……。

 僕の事を迎えに来てくれたのかな?

 



「ま…え”のぜんぜぇ…!!」




 見知った人の顔を見て、今までの緊張状態から解放された僕は、抱えていた鞄を手放し、縋る様に先生に向かって両手を広げた。

 腰が抜けて自力では立ち上がれない僕は、子供の様に泣きながら先生を求める。

 


 そんな僕の状態に驚いたのか一瞬戸惑いを見せた先生だったが、慌てた様子で泣きじゃくる僕に駆け寄り、力強く抱きしめてくれた。




「ぜんぜぇ…グスンッ・・・コワ、コワガッタ…‼‼」

「わ、悪かった! 置いて行って悪かった!」

「…ウゥ"・・・。ぜんぜぇ…グスンッ」

「もう大丈夫だから落ち着け! 俺が居るから大丈夫だ。 凛、ゆっくり息をしろ」

「・・・ズビッ・・・グスンッ。 」




 子供の様に泣きじゃくる僕の背中と頭をを前野先生は慣れた手つきで撫でてくれる。

 抱きしめてくれる温もりと、優しい手が心地よくて、少しずつ気持ちが落ち着いていくのが分かる。



「大丈夫、大丈夫だから。 俺が居るから、大丈夫だ」


###



 それから暫くして、漸く正気を取り戻した僕は、未だに先生に抱き着きながら動けずにいる。

 いい年した高校生なのに、恐怖のあまり、担任の先生…しかも、推しカプの片割れに幼稚園児みたいな姿で、縋りついてしまった。



 合わせる顔が無い。

 というか、どんな顔して離れたら良いのか分からない。




「凛、どうだ。 落ち着いたか?」

「あ、はい。……すみません」




 抱きしめられた腕の力が緩まり、そっと体を離す。

 泣きすぎて開きずらい目を擦りながら、少しずつ先生と距離を取った。




「悪かったな。 こんなに怖がるとは思ってなくて…」



 

 そう言って謝ってくれる先生だが、悪いのは僕であって先生ではない。

 それに、こうして心配して戻ってきてくれたし、




「先生が悪い訳じゃないです。 僕が取り乱しただけなので。 逆に多大なご迷惑をおかけして、すみませんでした」

「迷惑何かじゃ無いから気にするな。 立てるか? 家まで送ってやるから、一緒に行こう」




 そう言って立ち上がった先生は、そっと僕の手を取ってくれる。

 もう片方の手には、僕が投げ捨てた鞄を持って…。

 何時の間に?!



 その手を取って立ち上がろうとしたけれど、足に力が入らずペタンと尻餅をつく。

 そう言えば、恐怖のあまり腰が抜けたのを忘れていた。




「立てそうに無いか?」

「……すみません。 腰が抜けたみたいです」

「そうか。 凛、ちょっとごめんな」




 そう言って頭を撫でた後、先生は僕の膝裏と背中に手を回し、そのまま横抱きにして持ち上げた。




「え?! ちょッ!」

「俺の首に腕回せ。 一回職員室戻って荷物取ったら、車まで運んでやるから」

「いやいや! 大丈夫です! 少ししたら、自分で歩ける!」

「良いから。 大人のいう事は聞いとけ」




 そう言いくるめられた僕は、人生初のお姫様抱っこを経験した。

 宣言通り僕を抱えたまま職員室に戻った先生。

 案の定、逃げる術もなく、遅くまで残る数名の先生方に見られ、クスクスと笑い者にされるという公開処刑にあいました。

 そんな僕が唯一出来た抵抗を挙げるなら、泣き腫らした目だけは見られまいと先生の首に顔を埋めることだけ。

 因みにだが、一日働いていたはずなのに、めちゃくちゃいい匂いがするという㊙情報を手にすることは出来ました。





 そこからの事はあまり覚えていない。

 昇降口で僕を待ってくれていた千紘と合流して、先生の車で僕達は送って貰うこととなった。

 


 前野先生に抱えられて現れた僕を見て、千紘が顔色を変えて駆け寄ってきた時は少しだけ驚いた。

 推しカプフラグは無いと思っていたけれど、もしかしたら可能性は0じゃないかも。と期待が膨らむ。

 その後、後部座席に座っている間は僕の顔を何度も見てくる千紘に気づいてはいたけれど、敢えて気づかぬフリをしていると、泣き疲れたのだろう。

 揺れる車が心地よくて、僕は知らぬ間に意識を手放していた。

 



 

 


 

大変お久しぶりでございます。

投稿をストップしている間も、読んで下さっている方々。

そして、感想を送って下さった方ありがとうございます!!

本当に嬉しくて、小説を書いている間何回も書いて下さったご感想を読み返してしまいました(笑)


次が等々、千紘の分岐点となります。

一体彼が選ぶのは誰なのか! 霧島凛くんの推しカプ実現は叶うのか!

どのルートに進むのか、楽しみに次話をお待ち頂ければと思います!

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― 新着の感想 ―
[一言] スーーーーーーーーーッッ 最高だっっっっっっっ!!!!!!!! 可愛いのは千紘だけじゃぁない、凛、お前もだ!!! あーかわいいです。お化け怖がる可愛さ。 気になる子をいじめて、お姫様抱っこ…
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