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第二話 「推しカップルの再会」

 正門前で腕を組みながら仁王立ちで立つ体育教師に挨拶をし、生徒達の賑やかな話し声で満たされる校舎へと向かった。

 校舎へ入り一番に向かったのは、生徒が一堂に会する昇降口。

 兄さんたちとは校舎に入る前に別れた。

 なにやら部室に忘れ物をしたらしい。

 だが僕は思った、忘れ物なら放課後でもいいはずだ。どうせ今日も部活はあるのだから。

 あぁー、そういうことか。

 実は忘れ物というのは口実で、誰もいない部室で二人っきり。

 よからぬことをするつまりじゃないのか?

 『兄さん×秋兄』

 攻めはきっと秋兄だろう、組み敷かれ喘ぐ兄さんの顔が浮かぶ。

 ごめん兄さん。こんなことを考えてしまう弟で……。

 

 頭でそんなことを考え、僕は靴を履き替えながら、同じクラスの友人らと挨拶を交わす。



「ちーす!霧島!」

「霧島、おはよーす!」

「おはよう」


 そして、隣で履き替えているはずの千紘に目をやると下駄箱を開けたまま固まっていた。



「どうしたんだ?」

「え……あ、いや……」



 隠そうとする千紘を押し退け中を覗くと、そこには三枚の手紙が……

 またか・・・またなのか!!

 どれだけモテるんだ!!流石は愛しのエンジェル!!

 この数週間で当たり前になってしまった光景に僕は溜息をつきながら、千紘を見る。



「そろそろ慣れないとダメだぞ。モテ男」

「誰がモテ男だよ……毎日毎日困るんだよ」



 そう言って頭を抱えるものの、千紘はその手紙をそっと鞄の中へとしまう。

 なんだかんだ言って、ちゃんと読んでから返事するのが千紘らしいよな。

 さすが全員に愛される主人公!日々の行動が神対応だ!

 天使の輪を浮かべ、背中に羽を生やすだけのことはある!

 


 なんて一人で納得し頷いていると、いつの間にか先に行っていた千紘が「早くしないと置いて行くよ」と言ってこちらを見ていた。

 僕は、駆け足で千紘の隣へと行き、千紘が貰ったラブレターの話をしながら二人で教室へと向かった。

 向かう途中の廊下でも、何度か女子生徒に声をかけられていた千紘。

 俺も隣にいるんだけど?

 まるで空気と同様の扱いを受ける自分に、少し自信を無くしそうだ。と思った今日この頃。




##


 きました。きました。

 とうとう、この時が来ましたよぉぉぉ!


 今は朝のHRの真っ最中。

 いつもセンスの悪い赤縁眼鏡を光らせながら教壇に立つ数学教師の田中。通称『ガリ勉眼鏡』が今日は姿を現さず、その代わりに教頭先生が僕たちの教室にお越しになった。

 まるでヤクザのような人相にクラスの空気はいつもより張りつめている。



「実は田中先生は昨日、急な転勤が決まり。この学校をお辞めになりました」



 思いもよらぬ報告に周囲がザワつき始める。

 あの堅物が一体何をやらかしたのか。生徒たちは教頭の様子を伺いながらコソコソと仮説を立て始める。

 だが、僕にとっては田中が何処に行こうと、何をしようとそんなことはどうでもいい!

 今の僕に重要なのは、これから起きる大きな一大イベントだ!

 僕の中では、もうすでに宴の準備は整っている!

 さぁ…来い!いつでも受け止める準備はできている!



「ですので、田中先生の代わりに今日から皆さんの担任の先生になる方を紹介します。どうぞ」



 教頭の声を合図に、教室の扉がガラガラと開かれる。

 皺一つない黒いスーツ。セットされた黒髪。色白の肌。百八十センチ以上ある身長。

 二重で茶色い瞳。教師には珍しい童顔の好青年が美しい立ち筋で教壇まで歩いて行く。



 きたあああああぁぁぁ!

 ついに!ついに降臨なさった!

 僕の頭の中で宴が開催される。

 ついに目の前に推しカップルの片割れが降臨なさった!

 これで……!これで僕の推しカップルが揃ったあぁぁぁ!

 ヤバい、嬉しすぎて今なら百メートル走で陸上部の最高記録破れる気がする。

 いや、破れる!



 僕の後ろに座る千紘をチラッと盗み見ると、目を丸く開いたまま口を開けている。

 分かるよ。驚くよな。

 小学生の頃の家庭教師だった彼が突然自分の目の前に現れたんだもんな。

 感動の再会だもんな!

 感動とはちょっと違うか?もう一度言い直そう。

『運命の再会』だもんな!

 僕が二人に一曲プレゼントしてあげたいよ!

 誰かギター持ってきて!僕は弾けないから代わりに弾いて!心を込めて歌うから!

 

 教室に居る女子たちは突然のイケメンの登場に黄色い声を上げている。

 顔を赤くしてチラチラと新任教師を見る彼女たちの瞳は獲物をロックオンしたときの野獣の瞳だ。

 恐ろしい。かわいい系教師は肉食系女子の絶好のエサになってしまうのだ。

 少しでも気を許すと食われてしまう。だが先生安心してくれ!

 僕が守ってあげる!二人の輝かしい未来を邪魔する者は、この僕が成敗してくれる!!

 だから女子たちよ彼を狙っても無駄だぞ!

 彼の運命の相手は千紘とすでに決まっているのだから!



「静かにしなさい」



 教頭が軽く教壇を叩いた音が一瞬にして騒いでいた生徒たちを黙らせる。

 わぁお!流石です教頭!

 ですよね!早く次に進めたいですよね!!分かりますよ!

 僕も同じ気持ちですから!



「それでは先生、後はお願いしていいですか?」

「はい。わざわざ、ありがとうございました」



 目の前で大人の律儀な挨拶が行われた後、教室に居る全員がただだ黙って教頭の背中を見送った。

 誰も何も言わない。

 静寂が教室を包み込む。

 その空気を破ったのは、柔らかなな笑顔を浮かべる新任教師だった。



「みなさん初めまして。僕の名前は『前野拓海(まえの たくみ)』と言います。専門教科は数学です。まだ先生になったばかりで頼りないかもしれませんが、僕なりに一生懸命頑張ろうと思っているので、是非仲良くしてください」



 教師とは思えないほど無邪気な笑顔。

 あれだよね。歌のお兄さんとかやってそうだよね!

「みんな~!こんにちは~!」ってあの笑顔で言われたら、無意識のうちに「こんにちは~!」って返しちゃうよね!

 僕は椅子を後ろに倒し、今だ、前を見たまま固まっている千紘に声をかけた。

 


「どうした千紘?」



 今の君の心情を是非僕に聞かせてくれ!

 『教師×生徒』という禁断のシチュエーション+『元家庭教師』との運命の再会。

 こんな完璧な演出が今まであっただろうか!

 これはシェイクスピアもビックリだよね!

 忘れられない互いの存在。

 忘れかけたときに再会してしまうという運命の悪戯。

 あぁ、これだけをおかずに白米五杯はいけるわ。

 


「え……?いや、ちょっとな……」



 僕へと視線を移し、千紘はぎこちなく微笑む。

 なんだ。そのあからさまに「動揺してます」って顔は……!

 僕の中の腐がどんどん湧き上がってくるじゃないか!



「嘘つけ~前野先生見て固まってたじゃん!」

「はぁ?!固まってないし!」

「口開けたままフリーズしてたけど?」

「……ッ!してないって!」



 僕の指摘に千紘の頬が仄かに赤く染まりだす。

 その表情は是非先生と二人っきりの時に見せてほしい。

 前野(攻)×千紘(受)

 どうぞ。この公式にそって、誰もいない教室で個人授業を行ってください!

 僕はドアの向こうで見守っていますので。

 頭の中で二人の腐エピソードが書き記されていく。

 何か言いたげに先生を見つめる千紘。


 周りが気づかなくても僕は気づいたぞ。

 千紘のその不安そう瞳に!

 分かった千紘。任せてくれ。

 お前が恥ずかしくて前に出れないなら僕がその機会を作ってやろう!

 

 緩みそうになる頬を軽く叩き、僕は真っ直ぐ手を上げた。

 まるでアメリカの自由の女神のごとく。

 腐への自由を示すがごとく、真っ直ぐに。



「えっと……」

「お、おい……!凛!」


 突然の僕の行動に慌てだす二人。

 なんだ。こんな時まで息ピッタリなのか?

 まるで未来に夫婦生活が決まっているようだ!

 この~!見せつけてくれちゃって!

 


 クラスメイトの視線をバチバチと受けながら僕は立ち上がり、笑顔で口を開いた。

 推しカップルの輝かしい未来のため、僕は一肌、いや二肌だって脱いでやる!



「僕は霧島凛っていいます!前野先生に質問なんですがいいですか?」

「はい、なんでしょう」

「先生は七瀬千紘君って知ってますか?」

「え?千紘君?」

「お、おい!なに言ってるんだよ!」



 僕はサッと体を横に逸らす。

 僕を見ていた前野先生の視線が、必死に僕を止めようとする千紘へと移る。

 そして、先生の周りにパッと満開の花が咲く。



「千紘君じゃないか!久しぶり!」

「え……あの……お久しぶりです」

「大きくなったね!始め見たときは分からなかったよ!」

「そうですか……?あんまり変わってないと思いますけど……」



 なんだろう。

 この俺を挟んだ状態で続く会話は。

 まるでサンドイッチになった気分だ!腐と腐のサンドイッチ。

 なんて最高なんだ!それ、デリバリーでお願いします!

 昔話に花を咲かせようとする二人。

 間でそれを聞けるなんて何て贅沢なんだ!

 ありがとう神様!

 僕が神様にお礼を言ったのも束の間、


「前野先生、もう少しで授業始まる時間になりますよ」

「え?ああ!もうそんな時間なんだ!じゃ、昔話はまた今度にしよう!」



 昔話を始めようとしていた先生を千紘が静止する

 え?何故だ!

 どうしてそこで止めてしまうんだ!

 僕は疑問を投げかけるように視線を千紘を見る。



「なんだよ」

「もう少し話しててもよかったのに……」

「何言ってんだよ。俺と先生の昔話聞いてもみんなつまらないだろ?」

「僕は楽しいのに……」

「ん?なにか言ったか?」

「なにも言ってないよ~」



 口を尖らせながら椅子を引き前を向く。

 そこには、さっきまであった先生の姿はなく、代わりに国語の漢字大好き変人安田がいた。

 キーンコーンカーンコーンというありきたりなチャイムの音が鳴り、授業が始まる。

 つまらない授業が始まると気持ちは沈むものだが、今の僕は逆だ。

 まるで鯉の産卵の時のように上りに上っている!

 推しカップルが再会したんだぞ!これから夢のような光景を見ることが出来る!

 それも画面越しじゃない!この目でだ!

 まさにパラダイス!夢の国へようこそいらっしゃいませ!

 『腐』という名のキャストたちが僕のことを歓迎して今頃パレードの準備をしてくれてるはずだ! 

 

 変人安田の授業を聞きながら、僕はこれから始まる豪華なパレードへの期待を胸に緩みそうになる頬を引き締めることで精一杯だった。

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