第二十八話 「言いかけた言葉。隠された真実。」
「合同創立記念パーティーまで、残り一週間となった」
全てを諦めた日から早くも一週間が経過し、今日は二校の生徒会とイベント役員が一同に集められ、最後の会議が行われている。
司会進行は、我が校が誇る生徒会長こと桜田会長。
その隣で足を組み、ふんぞり返っているのは、桜蘭学園の悪魔……いや、生徒会長の須王秀哉。
というか、何で一人だけ豪華な椅子に座ってるんだよ。
パイプ椅子はどうした。 僕達と同じ椅子は何処にやった。
「今日は、各役員の進行状況の最終報告を行う。 須王会長が用意してくれた資料に沿って、各役員の代表は報告を頼む。 まずは、イベント実行委員。報告を」
「はい!」
誰一人として、須王さんの椅子にツッコむ人間はおらず、最終報告会議は桜田会長進行の元、着実に進んで行った。
そして、暫くして最後に僕達の順番が回ってきた。
担当は一年の出しもの管理。 役員代表は千紘。
資料片手に今までの流れから当日の予定まで、分かりやすく、そして事細かに話す千紘。
その姿はまるで、大手企業の一線で活躍するエリート商社マンのプレゼンの如く完璧だ。
僕には一生かかっても無理であろうプレゼンに拍手を送りたい気持ちだ。
流石主人公。
その時ふと、前から熱い視線を感じた僕は、顔を上げ其方の方向を見た。
さっきまでふんぞり返っていた須王さんが、前のめりになって千紘の話を真剣に聞いている姿が目に入る。
分かりやす! めちゃくちゃ食い気味で聞いてるよ、あの人!
さっきまで全然興味無さそうに、眉間を抑えながら資料眺めてたのに?!
そんな真剣に人の話聞けるなら、他の人のやつも聞いてあげなよ!
皆、一生懸命プレゼンしてたじゃん!
「以上です。」
「ありがとう。 全ての役員が問題なく進めてくれている様で安心した。 この調子なら当日も問題なくいけるだろう。 最後まで気を抜かずいこう」
「「はい!」」
須王さんの姿が気になっていたのは僕だけの様で、桜田会長のまとめの言葉で今日の会議は終了。
役員を引き受けてから初となる五時下校となった。
「凛、一緒に帰ろう」
「うん」
先に荷物をまとめた千紘が隣でスマホを弄っている間に、僕も自分の荷物を鞄の中へと放り込んでいく。
他の役員達も、ぞろぞろと会議室を出て行く中、前で進行役を務めていた会長二人は何やら資料を見ながら話し合いを続けている。
あの二人は帰らないのだろうか?
さっきの会議内容からして、そこそこ順調に事は進んでいる様に感じたが……。
「どうしたの? 凛」
「あ、いや…。 会長達は帰らないのかな…って」
「……お偉いさん達は俺達と違って仕事が多いんじゃない?」
「そっか…。そうだよな」
確かにその通りだな。
二人とも生徒会長という肩書がある訳だし、僕達とは仕事量が比べ物にならないはずだ。
となると、此処は邪魔にならない様とっとと退散した方が良いだろう。
「お待たせ、帰ろう」
話し合う二人の様子を目の隅にとめながら、僕達はそそくさと会議室を出た。
そう言えば、久しぶりに千紘と二人で帰る気がするな。
二人並んで歩く放課後の静かな校舎。
昇降口で靴を履き替え、校門を潜り、二人同じ帰路を進む。
他愛もない話をしながら、何食わぬ顔で、何時も通りに。
僕が千紘から逃げたあの日から、少しだけ僕達の間に距離が出来た…気がする…。
確信は無いけど、何だかそう感じる。
多分千紘も同じはず…。
だけど、お互いにそれを口には出さない。
それが正しい事なのか分からないけど、
「凛、少し寄り道してもいい?」
暫く歩いて、スマホを弄っていた千紘がふと足を止め、画面を僕へと向ける。
そこには、凄くオシャレで可愛らしい、女子が好きそうなケーキが映し出されていた。
「ん? いいけど…これがどうかしたの?」
「最近出来た駅前のカフェが期間限定でモンブランを販売してるらしいんだけど、食べに行かない?」
「モンブラン?! 行きたい! 食べたい!」
「凄い食いつき…。 じゃあ、行こうか!」
小さく笑った千紘はスマホ画面を地図へと変える。
それを見ながら歩き出した僕達は、噂の人気店へと足を進めた。
「でも、珍しいな。 千紘がケーキ食べに誘うなんて」
「そうだね。 最近、凛とゆっくり話す時間無かったからね」
「確かに……色々あったもんな」
「甘党の凛なら、誘えば釣れると思ったんだよね」
「なに?!」
「フフフ……冗談だよ」
そう言って笑う千紘の腕を軽く小突き、僕達は目的地へと一直線。
こうやって、千紘が僕の隣で笑っているのを見るのは何時ぶりだろうか。
今までは当たり前だった光景も、物語の最重要分岐点目前の今、色々なハプニングに見舞われたことで難しくなってしまった。
僕達の関係もギクシャクしていたし。
「お、あれじゃない?」
「ん? うわぁ…絶対そうじゃん」
千紘が指さす方を見て絶句する。
僕達と同じように学校帰りに友人達と立ち寄ったであろう女子高生が作り出す長蛇の列。
最後尾は隣の店の前まで伸びているではありませんか。
ケーキ・期間限定・オシャレ。
このスリーコンボが揃えば、陽キャ女子は群がる。
そう。 今、この状況のように。
「全員女子だな……」
「こういう所は女子に人気だしね。 さ、並ぼう。凛」
「お、おう……」
一切躊躇い無く、女子だらけの列に進んでいく千紘の背中を見て思う。
何てイケメンなんだ。
列も店内も全て女子に占拠されているあのエリアに、あれだけ堂々と進んで行く何て。
本当に凄い。 尊敬するぜ、千紘!
そんな千紘の背中に隠れる様に着いて行き、最後尾へとおずおずと並ぶ。
待ち時間の書かれた看板を見ると、30分待ちの表記が……。
30分……。
こんなに大勢の陽キャ女子に囲まれて30分過ごすのか~。
居心地悪いったらないな。
####
何て思っていたが、いざ待ってみるとそこまで長く感じず、気が付けば残り五組まで進んでいた。
さっき定員のお姉さんに渡されたメニュー表を眺めながら、残り時間を待つ。
此処のおすすめはチョコレートケーキか。 だが、さっき千紘が見せてくれた期間限定モンブランも気になるし……いや、パフェも美味しそうだな。
「悩む……。」
「俺にも見せてよ、凛」
メニュー表を見ながら首を捻っていると、後ろから覗き込む形で肩に顎を乗せてきた千紘。
微々たる重さが肩にかかる。
突然の距離の近さに、心臓がバクバクと鼓動する。
待て待て、突然よくないよ! その距離の詰め方は!
この距離って僕が予想するに、少し後ろ向いたらキスしちゃうんじゃないか?って思う距離に千紘の顔があるってことだよな?
え、大丈夫?
僕みたいなモブと、この距離感は大丈夫なのか?
というか、周りの女子からの視線がめちゃくちゃ痛いんですが!
「ち、千紘見て良いよ! 僕はもう決まったから!」
「ホントに? 何にするの?」
「期間限定のモンブランかな?」
「チョコレートケーキじゃなくて?」
「そっちも捨て難いけど、折角来たしな~って思ってさ!」
「そっか~」
フンフンと頷きながらメニュー表を見ている千紘。
僕はその隙に、千紘と少し距離を取る。
距離を取って気が付いたが…。 改めて見ると、こんなお洒落な店の前に千紘が立っている。たったそれだけで店の宣伝広告になっているのではないだろうか。
だってよく見たら、前を通る女子、列に並ぶ女子、テラスに座る女子まで視線は全てキラキラと輝くイケメン天使七瀬千紘へと集まっているではありませんか!
流石ゲームの主人公。
あれだけのイケメン達を虜にするだけの事はある。
そこらの一般ピーポー何て、サービスする必要も無く虜に出来るということなんだな!
罪だ。 そこまでいったら、幾ら主人公でも罪に値するぞ!
「大変お待たせしました~二名様、ご案内します」
店内から出てきた可愛らしいお姉さんの呼びかけで、僕はハッとした。
危ない危ない。
お姉さんの呼びかけがなかったら、僕は一人で【千紘の顔の良さについて】という命題で、心の中に建設された最高裁判所で議論を始めるところだったよ。
お店の外観は、ヨーロッパを思わせる様な赤レンガで建てられており、この辺りではとても珍しい佇まいの店舗。
そんな店の中は、高い天井とヴィンテージ風に統一された証明やソファが置かれ、オーケストラが小さく流れている。
お洒落だ。 これは、女子がこぞって来る意味が理解できる。
窓際の席に案内された僕達は、並んでいる時に決めていたメニューを店員さんに伝え、静かに席へと着く。
ソワソワする僕を余所に、向かい側の席に座る千紘は凄く落ち着いた姿勢だ。
こういうお洒落な店に、よく来るんだろうか?
「千紘は、こういう店よく来るの?」
「まぁ一人で、偶にね」
「一人?それは、本当に一人なのか?」
「え、なに。 そんなしょーもない嘘付かないよ」
「……そっか」
店内を見渡し前を見ると、頬杖を付き此方をジッとみる千紘と目が合う。
何が面白いのか、さっきからずっと僕を見てニヤニヤしている。
その視線に少し気まずさを感じ、水を飲むフリをして窓の外へと視線を逸らした。
秋になったからなのか、日が落ちるのが少しずつ早くなっていっているな。
さっきまで制服を着た学生の姿が多く見られた駅前。
だが今は、スーツや小綺麗な恰好をした仕事帰りの社会人の姿が多く見られる。
仕事帰りの社会人の皆様、何時もご苦労様です。
暫くして、注文したケーキが運ばれてきて、僕のテンションは一気に上昇。
僕の前に置かれた期間限定のモンブランは、栗がふんだんに使われ、秋をイメージした紅葉型
のチョコレートがトッピングされている中々に華やかなケーキだ。
これは写真を撮って、帰ったら兄さんにも見せてあげよう。
そう思い、ポケットからスマホを出して写真を撮っている途中、千紘の手元に目が止まる。
千紘の前に置かれているのはチョコレートケーキか?
確か千紘は、自分から好んでチョコレートを食べなかったはず。
好みが変わったのか? 一体どうした? モンブランは良いのか?
様々な疑問が頭の中を駆け巡る。
「凛、眉間に皺なんて寄せてどうしたの?」
「え、あ…いや。 千紘がチョコレートケーキ頼むの珍しいな~と思って」
「あーうん。 今日は何だか食べたい気分だったんだ」
そう言った千紘は「そう言えば」と言葉を続ける。
「凛も食べたいって言ってたよね?」
「まぁ…」
「それなら半分あげるよ」
僕が取りやすいようにケーキをテーブルの真ん中に置いてくれる千紘。
千紘はモンブランを食べたくて来たはずなのに、僕に気を遣ってチョコレートケーキを注文してくれたんだ。
さっき、メニュー表を見ながら頷いていた姿を思い出して、僕は頭を抱えた。
僕が食べたい何て言ったからだ。
申し訳ない気持ちと共に、食べたいと思っていた二種類のケーキを堪能出来るという喜びに負け、自分の頬が緩むのを感じる。
「嬉しそうだね、凛」
「え?! あ、いや…えっと~」
「隠さなくて良いよ。 やっと何時もみたいに笑ってくれて俺も嬉しいし」
その言葉に、僕の心臓がドキンッと大きく跳ねた。
わざと触れない様にしていた事を、千紘が口にした事に驚いたからだ。
そしてやっぱり、千紘自身も最近の僕達の微妙な距離感には気づいていたことが確信に変わって、柄にもなく動揺してしまった。
「あのさ、千紘……」
「話はまた今度にしよう。 ほら、凄く美味しそうだよ! 早く食べよう!」
「あ、うん……」
僕の呼びかけに千紘が被せる様に言葉を紡いだ。
わざと言葉を遮られたのは明確で、少し恐縮してしまう。
結局それ以降、二人共この話をすることは無く、お互いのケーキは分け合いながら食べ終え、僕達は早めに店を出た。
きっと美味しいはずであろうケーキの味も結局分からなくなり、味わう事すら出来なかった事が、心からショックだ。
もう一度言おう。とてもショックだ。
こんなオシャレなお店に来る機会なんて滅多にないのに。
こんな美味しそうなケーキを食べる機会なんて、部活が始まったら滅多に訪れないのに。
そんな落ち込む気持ちを胸に抱えたまま、店を出た僕達は今度こそ家への帰路を歩いた。
すっかり暗くなった空は、綺麗な星空が瞬いている。
明日は晴れだな。 きっと良い天気になる。
雲一つない空に、綺麗に浮かぶ上弦の月は何時もより明るく見えている気がする。
今が上弦の月なら、創立記念パーティー当日は満月だろうか?
「月が綺麗だね」
そんな事を考えながら月を見ていると、隣を歩く千紘が小さく呟いた。
「そうだな。 イベント当日は満月になりそうだ」
「……。そうだね」
何故か謎の間があり、少し戸惑う。
でも、その事には敢えてツッコまず僕はそのまま月を見続けた。
すると、少し冷えた左手の指先を温かい何かが包み込み、僕は驚いて肩を跳ねさせる。
月から左手に視線を移し、そのままの流れで同じ目線にある千紘の顔を見た。
真っすぐな迷いの無い視線が僕の姿を捉える。
触れられた指先が熱い。
「な、なんだよ」
「凛には、遠回しの言葉は伝わらないよね。うん」
「え、なに? 突然なに? その呆れた目はなに?」
そんな僕のツッコミは綺麗にスルーされ、指先だけに触れていた手が、次はしっかりと僕の手を握る。
僕よりも少し大きな手が、冷えた手を温めてくれる。
突然の状況に戸惑いつつも、僕らは手を繋いだまま他愛もない話で盛り上がった。
どうして突然手を握ってきたんだろう?
言葉にすると逆に意識してると思われても困るので、僕は敢えて触れずに今の状況を流そうと思った。
だけど!
一度気になってしまったことをスルー出来る程、僕は器用な人間では無かったことに途中で気づき、枯れた笑いが出る。
「なに、その顔と笑い声」
「いやぁ~。何で手を繋いでるんだろうと思って」
「ん? 何となく?」
「何で疑問形……」
男子高校生が二人、手を繋いで歩く帰り道。
これが、千紘と攻略対象キャラの誰かなら最高のイベントシチュが獲得でき、理解も出来る。
だが、どうしてよりにもよって相手が僕なんだ!
今は違うだろ、七瀬千紘!
僕は違うだろ、七瀬千紘!
相手を間違えてるよ、七瀬千紘!
手を繋ぐなら、もう既に君は心に決めた人が居るんじゃないのか!
その人と繋げばいいじゃないか!
僕じゃなくて!
と心の中で釈明はするものの、それを言葉にする勇気は勿論無い。
そんな勇気、貧弱な僕には備え付けれられていないんだよ。
「小学生の頃、こうやってよく手繋いで一緒に帰ったよね」
「そうだったな~ それが原因で、高学年になってから一時は僕達が”付き合ってる”って噂がたったんだよな」
「あったね~ 懐かしい」
「本当に懐かしいな…」
幼い頃から一緒に居て、千紘の隣に居るのが当たり前で……。
今まで見てきた景色は成長するにつれて少しずつ変わっていったけど、僕達の関係だけは絶対に変わらない。
それは、今もこれからも同じ。
確かに変わらないモノが此処にはある。
千紘と僕との関係は、それが確立されたものなんだ。
「凛はさ…俺が【幼馴染】で居るの嬉しい?」
「はぁ? 何だよ、突然」
「何となく気になってさ。 …で。どう?嬉しい?」
「…そりゃあ、嬉しいよ」
視線は前に向けたまま、千紘の口から発せられる質問。
「凛はこれからも、俺に【幼馴染】で居て欲しい?」
「はぁ?? 何言ってんだ?」
「そんな怖い顔しないでよ! 何となく聞いてるだけだから、普通に答えて」
「訳分かんないな… まぁ、幼馴染で居て欲しよ。普通に」
「……そっか」
隣を歩く千紘の横顔を見上げる。
だけど、その表情から質問の意図も千紘の感情も、何一つ読み取れない。
でも握られた手は、微かに震えているように思う。
「千紘、寒いのか?」
「え? 何で?」
「手が震えてるから…。大丈夫か?」
「フフフ……。 ありがとう。凛は本当に優しいね。……優しすぎて、それが逆に辛いよ」
「ん?何て?」
「……ッ!! 何でもないよ。早く帰ろう!やっぱり少し冷えてきた!」
「急だな…」
最後の方が上手く聞き取れず、もう一度千紘に聞き返す。
だけど結局、笑ってあやふやにされたまま話は終了。
さっきまでの静かな?しんみり?とした雰囲気から一変し、明るく笑った千紘はグイグイと僕の手を引いて走り出す。
「ちょッ!危ないって!」
「アハハ! 早く帰って、凛の家でご飯食べよう!お腹空いた!」
「お腹空いたって…。さっきケーキ食べたのに……」
少し呆れながらも、千紘の満面の笑みを前に僕は口を噤んだ。
胸に残ったつっかえを隠す様に、繋がれた手にぎゅッと力を込めて。




