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第二十七話 「残り二週間。諦めます、お手上げです」


 おはようございます、霧島凛です。

 ただ今の時刻は、早朝5時半。

 昨日帰ってきてから、まるで死ぬように眠りについた僕は、こんな時間に目を覚ましてしまいました。

 カーテンの隙間から差し込む光、窓の外から微かに聴こえてくる小鳥の囀り。

 



「あぁ……寝た気がしない‥‥…」



 体を起こし、ベッドの上で座ったまま項垂れる。

 昨日の出来事が鮮明に頭の中でフラッシュバックされる。

 不知火さんから告げられた、衝撃的過ぎる千紘との関係。

 突然正体を明かしたイケメンモブ野郎こと『海棠春樹』

 そして、積る話をする為二人でよく遊んだ公園に行った後行われた、キス……




「あ”あ”あ”ぁぁぁあああああ!!!」




 ダメだ。 隙あれば、あの時のキスを思い出してしまう!

 僕は両手で頭を抱え、昨日の出来事を取り払う様に左右に首を振る。

 ダメだ。 このままじゃ、兄さんの前でも変な態度を取ってしまいそうだ!


 意を決した僕は、タンスの中からジャージを引っ張り出し、バタバタと階段を降りて、お気に入りのランニングシューズを履いた。

 よし。 悩みがある時は、運動をするのが一番。

 気合を入れて扉を開け、玄関前で軽くストレッチをする。

 怪我予防も念入りにだ。




「凛?」

「ん?あ、秋兄……おはよう」

「おう、おはよ!」




 僕がキレッキレのストレッチを玄関前で行っていると、隣の家の柵から顔を覗かせた秋兄と目が合う。

 その服装は、僕と同じでジャージ。

 ということは、秋兄もランニングに行くのだろうか。 



「珍しい時間に起きてるんだな」

「うん。 色々あって目が覚めちゃって……」

「色々?」

「うん…‥‥色々」




 もしキスされたことを言ったらどんな反応をするんだろう。

 言ってみる? やっぱり、主人公への恋心を誰よりも長く秘めている秋兄なら、良いアドバイスとか平然を保つ方法とか教えてくれたりするかも。

 秋兄の顔をジッと見て様子を伺う。

 



「秋兄、ランニング行くよね?」

「おう」

「じゃあ、ランニングしながら話聞いてくれない?」

「ん? おう、いいぞ!」

 



 ということで、突然決まった秋兄とのランニングタイム! 

 朝の清んだ空気の中を走るのは気持ちいいな……。何て思いながら、並んで走る朝の住宅街。

 何時もは、子供の声や家の中から漏れる楽し気な話声などに賑わいをみせる道も、今この時間だけは静かで穏やかだ。

 同じ道でも、これだけ雰囲気が違うと町の色まで違って見える。





####


 それから15分が経ち、訪れたのはランニングコースが完備された広々とした公園だ。

 



「少し休憩するか」

「うん!」




 犬の散歩やランニングしている人達を眺めながら、近くにあったベンチに二人で腰掛ける。

 少しきれた息を整えながら明るくなった空を見上げ、深呼吸。

 もう9月も後半に差し掛かっている。 朝方や夜は、少し冷え込んでくる季節だな。




「それで? さっき言ってた話って?」

「あ、そうだった……実はさ……」




 秋兄に話を振られ、僕は昨日あった話を大まかにまとめて話していく。

 改めて言葉にして話していくと、昨日はイベントが多すぎたなと思う。

 全てを話終えた僕は、少し軽くなった心にホッとする。

 やっぱり、誰かに話をするのは良いな~。 何て思っていると、さっきまで少し離れた場所に座っていたはずの秋兄との距離が急に近くなっていて、僕は目を見開いた。




「あき……にぃ?」

「キスされたのか?」




 距離を取ろうと体を離そうとしたが、それは腰に回された腕によって阻止される。

 大人三人が容易に座れる公園のベンチで、可笑しい位近い僕らの距離。

 これが幼馴染の距離感ですよ!と言いたい処だが、流石に秋兄の視線が違う。

 怒気を含んだ様な、戸惑いを持つ様な、そんな瞳が僕を真っすぐ射抜く。




「顔が怖いんだけど……」

「キスって何処に」

「え? それは……えっと……」




 何だろう。 僕の脳が危険信号を鳴らしている。

 今すぐ逃げろと。

 逃げないと大変なことになると。

 回された腕を解こうと力を入れるも、ビクともしない。

 え、何故? 同じバスケ部で鍛えてるはずなのに、何故?  



「そ、そろそろ帰ろっかな~?」

「待て。俺の質問に答えろ、凛」

「い、嫌だよ! 何でそこまで言わないと駄目なんだよ!」

「いいから答えろ。 ど・こ・に、キスされたんだ」




 わざわざ要点を分かりやすい様に強調してくれる。 その優しさに僕は別の意味で涙が出るよ。

 何て思いながら僕は逃げるのを諦め、口を開いた。




「口にだよ!! 悪いか!!」




 そして、逆切れをし、少し怒鳴る様な口調で答えた。

 いや、だからって『悪いか!!』って何だよ! 不可抗力とはいえ悪いよ!

 付き合っても無い奴と、しかも男とキスしたんだから、どう考えても悪いわ。

 と自分で自分にツッコミを入れながら、目の前の男へと視線を向けた。

 



「秋兄、大丈夫……?」

「……。大丈夫だ。 その事、裕斗は知ってるのか? 千紘は?」

「はぁ?! 知らないよ! 言える訳ないだろ、こんな事!」

「それもそうか……」




 何を納得したんだ、この人は。

 そして何時まで続くんだ、この距離は。

 早く腰を抱く、力強い腕の中から解放して下さい。 

 体の密着度は変えられなくとも、せめて顔の距離だけは全力で取ろうと上半身を仰け反らせる。

 まるでエビにでもなった気分だ。 全く……。



「何でそんなに仰け反ってるんだよ」

「いや、流石に距離近いからだよ」

「でも、春樹とはもっと近かったんだろ? 色々と」

「……。」




 うん、何も言えない。

 その通り過ぎて返す言葉も見つからない。

 押し黙る僕を見て、秋兄は更に距離を詰めてくる。

 




「秋兄……?」

「春樹は良くて、俺は駄目なのか?」




 何だ、この妙な雰囲気は。

 今まで、僕達の間に生じた事のないむず痒く、桃色の雰囲気。

 待て待て待て。

 どういう事だ。 どうしてこんな事になった。




「秋兄、流石に冗談がすぎる気がする」

「冗談じゃ無いって言ったら? お前は、受け入れてくれる?」




 受け入れるって何をだ。

 一体僕は、何を受け入れればいいんだよ!




「すみません。 おっしゃっている意味が分からないんですが」

「なら……分からせてやるよ」




 そう言った秋兄は、迷うことなく真っすぐ僕の顔面に唇を寄せる。

 え、これって。 このタイミングって……

 まさか‥‥… 



「ちょっと待てぇぇぇえええ!!」

「…‼グハッ!」




 慌てた僕は、秋兄の溝内目掛けて拳を捻じ込む。

 力強く抱き寄せられていた腕が離れ、お互い左右に転げ落ちた。

 まるで吉本新喜劇のように。

 ベンチの下で尻餅をつき、互いの顔を見合わせる。

 驚きで固まる二人の顔。

 えっと……



「ごめん、秋兄……」

「いや。俺も悪かった。……そろそろ戻るか」

「あ、うん」



 少し冷めた様な声色でそう言った秋兄は、静かに立ち上がり背を向け先に走り出す。

 何時もなら『大丈夫か?』と言って手を差し伸べてくれるのに……。

 まぁ、さっきのは僕が悪いんだろうけど。 殴っちゃったし。

 遠ざかる背中があまりにも寂しそうで、僕は声をかける事が出来なかった。

 


 いや。 今の言い方は適切じゃない……。

 


 見るからに傷つけたんだと分かってしまうその背中を前に、僕はどう声をかければ良いのか分からなかったんだ。

 僕がとった行動は正しいはずだ。

 だって秋兄は、攻略対象キャラで千紘のことが好きで、それで……。




「いやいや、何で僕がこんな事で悩んでるんだよ」




 そうだ、考えるのはよそう。

 何かが可笑しいという違和感はある。

 だけど、ここは千紘が主人公のゲームの世界。

 僕が想像した事が、現実になる訳がない。 なってはならない事だ。

 そう。 そんなこと、あるわけない。




####


 悩みは減る処か、増えた朝のランニングを終えて戻った僕は、兄さんの作った朝食を食べて、秋兄と気まずい雰囲気のまま、そして昨日逃げた事を千紘に隣で説教されながら登校。

 秋兄の背中を見ながら、隣からは小言を浴びながら、肩身の狭い気持ちだ。

 そうして何時もより、憂鬱な気持ちで学校生活が始まった。

 


 小言を連ねる千紘と共に教室へと行き、一限目から四限目までのつまらない授業を受ける。

 昼食は一人屋上でとり、昼休みはクラスメイトとサッカー。

 極力、千紘含めた攻略対象キャラ達と接触しない様行動をしながら、五限目と六限目は眠たい目を擦り、何とか寝る事なく最後まで受け終えた。

 そして放課後。

 今日は一人で数学準備室へと向かった。

 

 

 本当はこのまま家に帰りたい。

 だけど、もうすぐ最大のイベントが行われる。

 役員に選ばれた以上、サボる訳にもいかず僕は重い足を引きずる形で今日も数学準備室へと来た。

 「失礼します」と一言添えて扉を開けると、先に来ていた前野先生が優しい笑顔で僕を迎えてくれる。

 何だろう、この包容力は。

 この笑顔を前にした瞬間、鼻の奥がツンッとした。


 あ、ヤバイ。 泣きそうだ。 



 中へと入らないと不自然だと頭では分かりながら、まるで鉛が置かれたように足が前に動かない。

 泣きそうになるのを堪える様に唇を噛み、俯く。

 少し汚れた上履きが視界に入るも、それが少しずつぼやけていく。

 


「凛君、ちょっとごめんね」



 僕の物とは違う靴が視界に入り、前野先生の声が近くで聞こえた。

 驚いて顔を上げようとしたけど、それより先に捕まれた腕に引き寄せられる形で視界が白に染まる。

 ガラガラと扉が閉められ、ガチャリと金属音が静かな部屋に響く。 

 包まれている温もりと、抱きしめられた腕の中の安心感が妙に胸に染みて、瞳から流れる雫が次々に落ちては、視界を包む白の色を変えていく。

 


「大丈夫、大丈夫だ」



 優しい手つきで頭と背中を撫でられる。

 何時もの丁寧な口調とは違う荒さの残った口調。

 此処は学校なのに、良いのだろうか。

 そんな疑問が頭の中を渦巻く。

 だけど、そんな僕の口から洩れるの嗚咽だった。



####



 それから、どれだけの時間が経っただろう。

 前野先生の胸の中で泣き続けた結果、只今向かい合って座り事情聴取が開始されました。




「ご迷惑おかけしました。」

「別に迷惑じゃないから気にしなくていいよ。 そんな事より、何があった?」



 

 何があったって……。

 昨日だけで色々な事があった。

 だけどそれは、先生に相談するような事じゃない。

 先生がこの時期気にかけるべき相手は、僕じゃ無く千紘だ。 




「何も無いです。 心配かけてすみません」

「何も無い奴が突然泣き出すのか? それは流石に無いと思うけど?」




 おっしゅる通りです。 返す言葉もございません。

 ですが、攻略対象キャラ……ましてや、推しカプの片割れに相談何て……。

 出来る訳がない。

  



「あ、あれです! 昨日見た感動映画を思い出して、涙が溢れたんです!」

「僕の顔を見て?」

「そうです…」

「ふーん。」



 疑いの眼差しが僕に向けられる。

 僕はその視線から逃れる為に顔を俯かせた。

 言い訳にしては無理がある。 それは分かってる。

 だけど流石に言えないんだよ、この事だけは!



「……凛」




 伸びてきた手が、そっと頬に触れ、顎へと移り、俯いていた顔を持ち上げる。

 僕の視線と先生の視線が静かに交わる。

 その眼差しは、まるで僕の心の中までを見透かそうとする様に力強く真っすぐで、あからさまに動揺を隠せず、視線が様々な方向へと移る。

 



 だってお気づきでしょうか。

 僕は今、イケメン攻略対象キャラ前野拓海に顎クイをされているんです!

 自然と近づく距離、少し上から僕を見下ろす、この角度!

 僕の顎を掴む手を、少し冷たいです!

 指先は冷え性なんですかね? 新しい発見だ。

 この画角は今までのイベントシチュでは見る事の出来なかった角度だ!

 さぁ、お久しぶりに登場です。 僕の心の中の一眼レフ!

 この角度から見た、この国宝を僕の小さな脳みそのしっかりとインプットするのです!




「動揺してるな」

「……してません」

「目が泳ぎまくってる。」

「気のせいです」

「流石にその言い訳は厳しくないか?」

「……確かに」 




 だが、そんな心の中で大暴れしている僕も冷静な先生の言葉のお陰で現実へと引き戻される。

 いや~、悪いことが起きた後は、こうしていい事もあるんだな。

 なんて、心の中で思いながらも呆れた様子の先生は、聞き出すのを諦めたのか、手を放し、席に戻った。

 やっと解放された安堵からか、それとも贅沢な体験ができた喜びからか、いつの間にか引っ込んだ涙は、もう流れてくる気配も無く、心なしか少し気持ちが軽くなった気がする。  




「千紘君もそろそろ来る頃だろうし、鍵を開けるよ? 本当に、もう大丈夫なんだね?」

「大丈夫です!」



 何時の間にか丁寧な口調に戻った先生は、扉に近づき僕を見た。

 推しに心配されて、あまつさへ顎クイという最高級の贈り物を貰ってしまったんだ。

 これ以上に無いくらいのメンタルケアになりましたとも!

 僕の顔を見て、小さく笑った先生は小さな音をたてて鍵を開けた。

 


 その後、暫くして千紘が数学準備室へとやってきた。

 何時も通りに効率よく仕事を進める千紘だったが、その顔は何処か曇っている様に感じられる。

 何かあったのかと聞きたかったが、朝の小言の数を思うに、まだ機嫌は治っていない事だろう。

 今日も時間になったらこの教室を退散するとしよう。



####


 

 そして心の中での宣言通り、何時もと同じ時間に教室を出た僕。

 そんな僕が今回向かった先は……

 お久しぶりです、生徒会室!

 書類の山が積み上げられた机を囲む二校の生徒会の方々。

 バタバタとお忙しい様子を、僕は少し開けた扉の間から盗み見る。

 うーん、居づらいから此処に来てみたけど、やはり皆様お忙しそうだな。

 そっと扉を閉めて立ち上がった僕は、バスケ部を見に体育館へと向かおうと一歩踏み出した。




「…グヘッ!」

「久しぶりだな、凛!」

「オ、オヒサシブリデス」




 これはデジャブでしょうか。

 いや、違うか。 この人は、目に入った人間の首根っこを掴まないと気が済まないのかもしれない。

 僕の首根っこを掴み、俺様口調で声をかけてくる男は一人しかいない。

 桜蘭学園生徒会長こと二面性の悪魔、須王秀哉。

 久しぶりに聞く声に、自然と笑みが漏れる。




「最近、全然顔を出さなかったな」

「まぁ、僕も色々と忙しかったので」

「お前が忙しい? それは無いだろ」

「いや、シンプルに失礼ですって」




 イベントまでの日にちが近づくにつれて色々と変化が起きている。

 けれど、そんな中でもこの人だけは一切ブレていない所をみると、流石は悪魔様。

 レベルが違う。 貴方のその姿と態度に歓喜の声を上げたい。



「そろそろ放して下さい。 というか、毎回首根っこ掴むの止めて貰っていいですかね」

「それで? ”俺に”何か用があったんじゃないのか?」


 


 その言葉で、この人がただ者ではない事を痛感させられる。

 生徒会室には、桜田会長や他の生徒達も居る。

 ということは、僕が須王先輩に用事があって来る確率はそれなりに低いはずだが、この人は迷うことなく”自分に用がある”と言い切った。

 しかも、僕の話を無視して会話を成り立たせようとする強制力。

 この人は本当に凄い人だ。 心からそう思う。




「特に用は……。ただ最近、此処にも来てなかったので一応顔出しに」 

「そうか。 それにしては酷い顔をしてるな」

「酷い顔って……」




 言い方だろう。 この人は本当にデリカシーというものが無いな。

 何時の間にか首根っこから手は放れ、正面に周った須王さんは僕の顔を覗き込み、何かを探る様な視線を僕に向けた。

 何時もの優々とした目とは違う感情の読み取れない眼差しに、僕は居心地の悪さを感じ視線を下へと下げる。




「凛、此処で少し待ってろ」

「え?」




 それだけ言った須王さんは、踵を翻し生徒会室へと戻っていく。

 その後姿を見送り、置き去りにされた僕は窓の外へと視線を移した。

 こうやって何も考えず外を見る事が最近増えた気がする。

 楽しく推しカプ成立までの道のりをモブ視点で拝むつもりだったのに、楽しむ処かストーリーが進んでいくにつれて悩みが増えて疲労が溜まっていくばかりだ。

 大好きなゲームの世界に転生して、推しキャラ達に囲まれて、毎日最高に幸せなはずなのに……。




「どうしてこうも上手くいかないかな……」



 

 開いた窓から強い風が吹き込む。

 少し冷たい風が僕の頬に触れ、木々を揺らす。

 静かな夕暮れの廊下は、まるでこの世界に僕一人が置き去りにされた様な…そんな気持ちにさせる。

 



「お待たせしました。 それでは、行きましょうか」

「ちょ、ちょっと?!」



 静かに開いた生徒会室の扉。

 そこから出てきた須王秀哉は、鞄を肩にかけ、僕の手を取り歩き出す。 

 何時の間にか王子様キャラに変化し戸惑う僕を余所に須王さんは歩みを進めていく。



「須王さん、何処に行くんですか?」

「僕の家です。 新作のお菓子があるので、是非食べに来て下さい」

「え、今から?!」

「今からです」

「生徒会の仕事は?!」

「他の者たちに任せてあります。 我が校の生徒会役員は優秀ですから」




 眩しい。 この自信に満ちた笑顔が眩しい。

 今回のイベント役員は我らが星城学園生徒会の面々も参加している。

 にも関わらず、自分が率いている生徒会だけは優秀だと言葉にする須王さん。

 流石悪魔様、富と権力と自信は何時でも健在だ。


  

 だが、



 僕は足を止める。

 すると、前を歩いていた須王さんの歩みも必然的に止まり、振り返る。

 夕暮れに照らされた互いの横顔。

 居心地の悪い静寂が僕達を包む。

 


「すみません。 手、放して貰っていいですか」

「どうしてですか?」

「須王さんの家には行けませんし、僕はこのまま帰るんで」



 その静寂の中で言葉にするには、あまりにも盛り上がらない話だ。

 盛り上がる処か、須王さんの笑顔が引きつっている。

 上がっている口角がピクピクと痙攣している。




「私の誘いを”こ・と・わ・る”と言う事ですか?」

「……ッグ!!」




 一つ一つの言葉を分かりやすいように強調され、痙攣している口角を見る当たり…… 相当怒ってらっしゃる。

 それは十分に理解しておりますが、これ以上攻略対象キャラ達と揉め事を起こすわけにはいかない。

 そのリスクが少しでもある出来事は、分岐点までは避けていかないと……。 と昨日と今朝の出来事から学んだ僕は、真っすぐ須王さんを見た。

 



「断ります!」

「なるほど…。 ちょっと、こっちに来て貰えますか?」

「え?」



 握られた腕に少し痛いくらいの力が入れられる。

 痛みに顔を顰め、無言のまま連れて来られたのは使われていない空き教室。

 いや、仮にも他校なんですよ?

 何、我が物顔で本校の放課後教室事情インプットしてるんですか。

 使用許可取ってるんですか! 桜蘭学園生徒会長様!



 誰も使用していない夕暮れの空き教室に他校の生徒会長とモブが二人っきり。

 僕の背中には扉、顔の横には少し捲られシャツと筋の見えた逞しい腕、目の前には超美形須王秀哉の顔。

 このスリー・ステップは何処かで体験した覚えがある。

 今回、背後にあるのは満月では無く、オレンジ色の夕焼けですね。

 とても綺麗です。 はい。

 昨日と今日にかけて、キス、顎クイときて、最後に壁ドン。

 凄いな。

 攻撃力最大級のスリーコンボだ。




「それで? 何だその態度は」

「え、何の事ですか?」

「何のこと? その時化た面と生意気な態度は何だ」




 悪魔様は、僕が想像していた以上にご立腹のご様子。

 これは大人しく家に着いて行った方が賢明だったのかもしれない。

 いや、もう分からない。

 此処までくれば、何が正解で何が不正解なのか、分からない。




「須王さん、何をそんなに怒ってるんですか」

「怒ってない。俺はただ、聞いてるだけだ」

「聞いてるだけの人は、そんな眼光鋭くないと思います」

「鋭くない。 普通だろう」




 貴方の普通の基準とは。

 問いただしたいが、そこまで深堀する話でも無いと思うので、僕は黙って須王さんを見上げる。




「目が腫れてるな。 泣いたのか」

「泣いてません」



 空いている方の手が、僕の目にそっと触れる。



「……お前は俺に嘘しかつかないな。」

「何時も真実しか述べてません。 僕、良い子ですから」

「ハハッ…良い子なら、何があったのか素直に話たらどうだ?」

「だから、何も無いって言ってるじゃないですか」



 

 どっちも引かない、この状況。

 永遠に終わりが見えない会話のループ。

 この会話を終わらせる方法は、何方かが折れるしかない。

 となると、悪魔様が折れる訳が無いと分かっている中、この会話を終わらせる手段は一つしかない訳で……。

 



「…ハァ。 分かりましたよ。 話しますから放れて下さい」

「最初からそう言えばいいんだ。 手間をかけさせる」




 何で上から目線なんだよ!

 と心の中でツッコミながら、須王さんと僕は扉の傍にある席に向かい合う形で座った。

 そして、昨日あった事を言うと凄く面倒そうなので、今朝の秋兄との話を……勿論、”キスをされかけた”という話は内緒にして話した。   

 所々渋い顔をする須王さんを見ながら僕は話を続け……。




「なるほどな」




 何がなるほどなのか。

 嫌味かと言いなくなる程長い足を何度も組み直しながら、口元に手を当て考え込む須王さん。

 今の話は、そんなに考える程のものだっただろうか。


 


「もう帰って良いですか?」

「待て。 今の内容から、お前が泣く理由が俺には分からない」

「分かってもらおうと思ってないんで大丈夫です」

「可愛げのない言い方だな」

「どうせ、僕には可愛げの”か”の字もありませんよ~だ」



 

 頬を膨らましながらそっぽを向くと、クスリと笑った須王さんが僕の両頬を少し乱暴に掴み上げた。

 口を尖らせ、唇を突き出す様な状態になっている僕の顔面。

 想像するまでもなく不細工であることが分かる。

 止めてくれ、それでなくても周りのイケメン達に比べて平凡な顔なのに……これ以上僕の顔面偏差値を落とすようなことをしないでくれ!


  


「はわしてふださい」

「何を言ってるのかさっぱり分からないな」

「………」




 この人とは、本当にまともな会話が出来ないな。

 だけど今は、この自分勝手さが無性に羨ましく思う。

 此処まで自由に、自分中心で生きていければ、きっと悩み何て少なくて済むんだろうな。

 何て、僕の顔を弄って遊ぶ須王さんを見ながら思う。


 ま、それも千紘絡みになると上手くいってない感じだけど……。

 そんな所も、僕からしてみれば須王さんの良い所の一つだ。

 イケメンにだって弱点があるという証明みたいなもんになっているから。

 好きな人の前ではダメ男……。

 言葉にすると笑えてくるな。

 

 でもそれは、初めの頃の須王秀哉で分岐点間近となった今では、きっと僕の見ていない所で二面性俺様キャラを健在させているに違いない。

 千紘の結ばれる相手は、もう確定してるっぽい感じのようだが……。



「ふん。 泣いている理由は全く分からなかったがそれも仕方ないか」

「ん? 仕方ないとは?」

「人に隠し事をする時は、バレない様上手くやらないとな。凛」




 そう言って笑った須王さんの笑顔は、今まで見た中で一番不気味に思える。




「まぁ、いい。話を聴いてたら喉が渇いたな。 凛は何か飲むか?」

「それは須王さんの奢りですか?」

「今日だけ特別にな」



 立ち上がった須王さんが僕を見下ろす。

 立っているだけで絵になる人だ、この人は。



「では、ココアで!」

「分かった。 少し待ってろ、俺が直々に買ってきてやる」

「それは何と!! ありがたやぁあ!」




 深々と頭を下げると、須王さんは鼻で笑って僕の頭を軽く撫でた。

 そんな茶番話で須王さんを見送った僕は、背もたれに仰け反るように凭れ、天井を見上げた。 

 一人になった静かで暗い教室。 何時の間にか日が沈み、外が漆黒に包まれている。

 微かに入る月明かりが窓際の席を照らしている。

 僕はまるで導かれる様に、窓際へと移動し、窓を開け夜空を見上げた。

 頬を掠める風が少し冷たい。  




 分岐点であるお相手決定イベントまで、残り二週間。

 もう残された時間は少ない……というか、もう無い。

 なのに、分岐点間近になって僕の周りで起きる数々の騒動と聞きたくないバッドニュース。

 正直、頭を抱えたくなる。

 ラスト二週間、いっそのこと学校を休むか?

 それとも、もう何もかも諦めて、流れにのって、この最高且つ楽園的な学園生活を謳歌するか?

 何方でも結果は同じ。

 ついこの前、決意を固めたにも関わらず流石優柔不断な僕だ。

 震度五強並みにブレブレじゃないか。

 



「モブに出来る事は、もう無いかな……」




 息を吐く様に零れた言葉は、誰にも届くことなく消える。 




「もう、やめるか……」

 


 

 現状を変えられないと分かった今、僕に唯一出来る事は”何もしない”ことだ。

 諦めるのは、この作品のファンとして恥ずべきことかもしれない。

 だが、もういっそ全てを千紘の意志に任せようじゃないか。

 我らが主人公が下す決断に全て委ねよう。

 抗うことなく、大人しく。

 


 残り二週間。

 取り敢えず、秋兄や千紘と形だけでも仲直りをして、時間があれば不知火さんとも話をしよう。

 そして、文化祭役員の仕事も恙なくこなす。

 当日は……そうだな。

 クラスメイト達と最高の思い出を作り、二次会に参加して彼女でもゲットしよう。

 男子高校生らしい、最高の高校生活を今からでもおくろうじゃないか!

 

 お相手結果は、千紘がきっと後で教えてくれるはずだ。

 恋愛相談は幼馴染の特権てやつだし。……多分。

 それに、誰になろうとこの後もイベントシチュを見る事は出来る訳だし。

 もう僕は、それだけで大満足だ!! 

 

 

 



「どんな結果になったて、僕は千紘を応援するよ」



 握った拳を月へと掲げ、僕は友へ僕の熱い思いを… そしてエールを静かに送ったのだった。


そろそろ分岐点ということで、次の更新後から、それぞれのキャラクタールートへと行きたいと思います!

そこで、皆様が一番最初に読みたいキャラクタールートがありましたらお聞かせ頂けると嬉しいです!

その時に、ついででも良いので、この小説の好きな所なども教えて頂けると嬉しいな~何て思います!

皆様の意見が聞ける貴重なタイミングなので、是非お時間ある際にでも宜しくお願い致します!

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