第二十四話 「思い出は胸にしまって」
次に目を覚ました時には、僕は寒い体育倉庫から自分の部屋へと戻ってきていた。
何時の間に戻ったのか。
誰が僕を運んでくれたのか。
細かい事は何一つ覚えていないが、そんな僕が今言える事はただ一つ。
「ここは天国か……」
僕の隣で眠る兄さんの寝顔を見つめながら、この言葉が頭をしめる。
昨日の夜は秋兄と千紘の親愛イベントを見る事ができ……。
いや、実際には聴く方向だったが‥‥…。そんな細かい事はいい!
次に目を覚ましたら、至近距離にある我が兄の寝顔。
此処を天国と言わずして何と言うか。
しかも、良く見て下さい皆さん。
僕の手を両手で優しく包み込むようにして握っているこの光景を。
愛くるしいと思いませんか?
思いますよね。……思います。
気持ちよさそうに眠る兄さんを起こさないよう、僕は首だけを動かし太陽の光が差す窓に目を向けた。
「凛……?」
「おはよう、兄さん」
そして、暫くすると目を擦りながら薄っすらと目を開いた兄さんは、僕の顔に優しく触れながら小さく笑った。
「よかった。もう熱は無いみたいだね」
「うん!もう元気だよ!」
「そう? でも、病み上がりだから今日はゆっくりしてないとね」
「えぇ……。もう元気なのに……」
「はいはい、それじゃ~元気な凛は朝食もしっかり食べられるかな?」
「もっちろん!!」
両手を上げて返事をすると、兄さんは笑顔で部屋を出て行った。
僕も兄さんの後を追う様に部屋を出て、顔を洗い、リビングへと行き料理をする兄さんの姿を微笑ましく見つめる。
こうやってゆっくりと兄弟二人で過ごすのは何時ぶりだろう。
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僕達の両親は昔から仕事ばかりしている、いわゆる仕事人間だった。
家に居る事は殆ど無く、この広い家は僕と兄さんだけの姿しかない。
偶に姿を見せたかと思えば、痴話喧嘩が勃発。
別に仲が悪い訳じゃない。ただ、頭の良い人達だから、それぞれの考え方や捉え方があり擦れ違いをすることが多いだけだ。
そう、ただの擦れ違い。
そんな日常が当たり前で、僕達にとっての普通だった。
寂しいと思ったことが無いと言えば嘘になる。
でも、学校行事や誕生日会、周りが家族と過ごす楽しい行事には何時だって兄さんが傍に居て、隣に住む七瀬家の人達も良くしてくれて、寂しいという気持ちが消えるくらい楽しませてくれた。
そんな兄さんとの思い出の中で、僕が一番驚いたのは小学四年生の秋に行われた授業参観だった。
友達の親が続々と教室へと入って来て、日々の授業風景を見にくる中、僕の両親は勿論来ない。
授業参観の出欠表も欠席で出していたし来ない事は分かっていた。
けれど、その日はグループで練習した演劇の発表会の日でもあり、何時もより多くの保護者が来ることになっている。
僕は前日まで母さんに「来て欲しい」と頼んだが、答えが変わることは無く当日を迎えた。
何時もは母親だけが来る事が多い授業参観も今日は父親の姿も多く見られた。
そんな中、僕の両親の姿はない。
分かっていた。
それは、幼いながらに自分の両親が他とは違うということが嫌でも感じられた日だった。
そして、僕達の発表の番が回ってきた時だった。
教室の扉が勢いよく開き、保護者も生徒も先生も全員の視線がその扉へと集まる。
全員の視線が集まった扉の先に居たのは、息を切らしながらも何時も通りの笑顔の兄さんだった。
兄さんは六年生。
僕と同じで授業中のはずなのに、それなのに何事も無いような顔で「遅くなってごめんね」と言って僕の教室へと来てくれた。
あの時のことは一生忘れない思い出だ。
衝撃が大きかったのもあるが、着て欲しかった発表会に大好きな兄が来てくれた。
僕にとっては、その事実が何事にも代えがたい喜びだった。
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そんな兄さんのことは勿論大好きだから、誰よりも幸せになってもらいたい。
なってもらいたい気持ちはあるんだけど……。
「千紘とのことだけはな……」
「ん?何か言った?」
「いやいや!何も!!」
「そう? もう少しでご飯出来るから待っててね」
「うん!」
こういう他愛もない日々を過ごしていると、ふと思う。
僕が前野×千紘の公式を成立させる為に動いているということは、千紘と関わりのある残りの6人が傷つく未来を迎えることになるんだ。
そう思うと、少し……いや、結構罪悪感を抱いてしまう。
「どうした? やっぱり、まだ気分が悪い?」
「え?あ、いや……」
「本当に?」
出来上がった朝食をテーブルに並べた兄さんは、僕の前に膝を付き、心配気に僕の顔を覗き込みながら優しく手を握ってくる。
これも昔からだ。
僕が顔を俯かせると、何時もこうやって話を聞いてくれるんだ。
だけど、
「本当に大丈夫だから! そんな事より早くご飯食べよ!」
流石に推しカプを成立させる為に、兄さんや他の皆の千紘への恋のイベントを邪魔する何て……。
そんな事言える訳が無い。
創立記念パーティーまで、残り一か月も無いのに、今になって決意が揺らぎだしてしまっている僕は、最低な優柔不断野郎だ。。
最初に決めたじゃないか。
前野×千紘の推しカプを成立させて、二人のハッピーエンドをこの目に焼き付けると。
しっかりするんだ、僕!
弱気になってどうする! 後のことは、今考えたって仕方がないじゃないか!
どうなるか何て分からないんだし、その時に考えれば良いんだ!
今は、僕がなすべき事に向けて進むんだ!
そうだ!
「よーし! 兄さん、おかわり!」
「フフフ。そんな急いで食べなくても、誰も取ったりしないよ」
目の前で笑う兄さんを見ながら、僕は今後の戦いへの不安や焦りを飲み込むかのように、兄さんの美味しい食事を何時もの二倍以上の量をたいらげたのだった。
大変お久しぶりです。
更新は、約1年ぶりでしょうか?なかなか時間が取れず、書くことができなくてすみません!
それでも、感想やブックマーク、評価など皆様からの応援がとても嬉しく、ありがたかったです!
これからも不定期にはなってしまうとは思いますが、更新できるよう頑張って行きますので宜しくお願い致します!