第二十三話 「閉じ込められた体育倉庫で気まずいイベント!」
「あ、兄貴……。凛が起きるから……」
「大丈夫だ。凛は一度寝たら中々起きないから」
暗い体育倉庫の中。
後ろから聞こえてくる千紘と秋兄の声。
僕が寝ていると二人は思っている様だが、僕はバッチリ目を開け、耳をダンボ級に大きくして聞き入っている。
ただ今、僕の後ろでは秋兄と千紘の親愛イベントが発生中でございます!
どうしてこんな近くで親愛イベントが行われているかと言うと、それは五時間前まで遡る。
会長とのランチタイムを終えた後、いつも通り午後の授業を終えた僕は千紘と共に部活へ向かった。
「凛、大丈夫?」
「え?あぁ……うん」
部室で着替えを済ませた僕は、床に座りシューズの紐を結んでいる。
その隣でストレッチをする千紘は、ずっと僕を怪訝した表情で見つめてくる。
これは午後の授業中もずっとそうで、気にはなるが反応すれば何を言われるか分からないので気づかないフリを続ける。
「朝から本当に様子変だし、顔も赤い気がするけど?」
「そう?体育館が熱いからじゃね?」
僕は自分の頬を触りながら、千紘を見る。
確かに、昼休みに回復したはずの倦怠感がまた戻ってきてる気がするけど……。
立ち上がった僕は、ジャンプや屈伸をして体の調子を確かめる。
体は大丈夫そうだし、寝不足だからかな?
「普通に体も動くし、大丈夫」
「そう?何かあったら俺に言ってよ!」
「分かった分かった!心配性だな~」
千紘に笑って見せた後、兄さんの指示で部活が開始。
部員全員でいつも通りのメニューをこなす。
今日は何時もよりも息が切れるのが早かったり、足がもつれたり、偶にふらついたり、思うように体が動かないことに少しイライラする。
今日は怒るスイッチが早いな、僕……。
そして、四時間後。
部活を終えた僕は、千紘と秋兄と共に体躯倉庫に来ていた。
「俺達がボール磨きって面倒くさいな」
「兄貴がジャンケンで負けてのが悪いんだろ。しかも、俺達のことも巻き込むし……」
「秋兄…‥‥最低……」
部活終わった後、今日は監督にボール磨きをするように指示が出された。
片づけの後、ボール磨きを賭けたじゃんけん大会で秋兄が一人負け。
勝負に勝ったはずの僕達は、秋兄に巻き込まれる形で連れて来られてしまった。
他の部員は逃げる様に帰って行き、今日は友達の家に泊まる予定の兄さんもその流れで帰ってしまった。
兄さんが誰かの家に泊まることなんて今まで無かった。
お家で一人なんて人生で初めてなので、今日は早く帰って初めてのお家で一人の時間を満喫しようと思っていたのに……。
なのに……
「早く帰りたい」
「凛、頑張れば早く帰れるぞ」
「僕じゃんけんで勝ったのに……」
「凛、それを言うなら俺も勝ったから」
床に座りながら、ボールを磨く僕と千紘。
秋兄は、籠に腰掛け僕達を眺めているだけ……。
ふざけてる。
帰りたい。
というか、上着持ってくればよかった…。
「秋兄も仕事してよ。奥にもボールあるんだから」
「あ、本当だな。手前のボールより奥のんやっとくか。数少ないし」
「兄貴何もしてないのに、さぼろうとしないでよ」
文句を言いながらも、監督に怒られたら秋兄のせいにすることにした僕達は、奥の少し埃被ったボールを磨く。
そしてすぐ、事件は起きた。
ガラガラという音と共に月明かりを入れる為に開けていた倉庫の扉が閉ざされ、中に居る僕達にも気づかず施錠。
「ちょ、ちょっと?!」
「待って待って!此処に人が居ますよ!」
だが、施錠したであろう管理人さんは熱唱しながら遠ざかって行く。
音楽を聴いているのか、僕達の声や物音に気づいてくれない。
後少しでボール磨きが終わる所だったのに、最悪だ。
「本当に最悪……」
「兄貴のせいだよ!」
「え、俺かよ!」
千紘に攻められ気まずそうに頭を掻く秋兄。
僕はというと、持っていたタオルをその辺に捨て、倉庫の奥に積みあがったマットを三枚降ろして、その上に座った。
扉の前で言い合いをしていた二人も気づけば僕の隣に腰を下ろした。
どう見ても一人一枚になるように敷いたのに何で二人とも同じマットに座るの。
助けが来るのは明日の朝。
今の季節の夜はまだ冷える。
マットの上に座る僕と千紘は、半袖半ズボンの練習着のまま、秋兄だけが上に長ジャージを着ている。
ずるいな、絶対暖かいじゃないか。
三人で引っ付きながら座っているが、体がだるいせいで今日は眠たい。
「二人とも寒くないか?」
「俺は…‥‥大丈夫」
「僕は寒さ以上に眠気がヤバいよ」
「確かにな。朝まで鍵も開かねーし、今日は諦めて寝るしかねーもんな」
僕と千紘の間に座る秋兄が、ゴロリと横になる。
こういう状況でも一切うろたえず、僕達の事を気に掛けれる何てやっ ぱりイケメンは違う。
まぁ、でも僕達が閉じ込められたのは秋兄のせいでもあるんだけど……。
秋兄から千紘へと視線を移すと、膝を抱え丸まった固まっていた。
心なしか少し震えているようにも見えるその姿に僕はあることを思いだした。
千紘は確か、暗い場所が苦手だ。
幼稚園児の頃に初めて一人でお留守番をした日、その日は豪雨の予報で雨もキツく雷も鳴っていた。
そして皮肉なことに、雷は家の近くに落ち、千紘の家は停電。
机の下で暗がりの中泣く千紘を学校から走って帰ってきた秋兄が見つけ抱きしめる。
という、感動的なエピソードがあるのだが、その日以来千紘は真っ暗な場所が苦手だ。
ただ、それを知っているのは秋兄だけ。
僕も兄さんも知らないことになっているので、僕は千紘に何か言うのは可笑しい。
それなら、モブ代表霧島凛は機転を利かせて、空気を読もうではありませんか!
立ち上がった僕は少し離した所に敷いたマットの上に大の字になって寝転がり顔だけを二人に向けた。
「本気で眠たいから僕は寝るよ。おやすみ~」
それだけ言って目を閉じた僕が眠りに落ちのは凄く早かった。
のだが、
「‥…き、……ろよ」
微かに聞こえる声で目を覚ました僕は、まだ眠たい目を擦った。
「……ろよ」
後ろから聞こえてくるのは千紘の声だろうか……?
ボーっとした頭で考えながらも、振り返ろうか悩んでいると……
「あ、兄貴……。凛が起きるから……」
「大丈夫だ。凛は一度寝たら中々起きないから」
今の状況になったと言う訳だ。
起きてるよ。
めちゃくちゃ起きてる
一度寝たら起きないのは僕じゃ無くて兄さんだから。
後ろで聞こえるゴソゴソという音、焦る千紘の声、秋兄の笑い声。
眠たかった僕の意識は一気に自分の背後へと移る。
今、後ろで何が行われているんだ?!
「怖いんだろ。俺に甘えろって」
「怖くない!もう子供じゃないんだから」
こ、この台詞は?!
秋兄の親愛イベントで紡がれる会話じゃないですかぁぁあ!
興奮で漏れそうになった言葉をグッと堪える。
こんな近くで親愛イベントが発生する何て予想外だ。
親愛イベントが発生しているのを背中で感じながら、僕がその光景を見ずに我慢しなければいけない。
少しでも物音をたてれば、僕が起きていることがバレればイベントが途中で終わってしまう!
ここは、大人しく気付かないフリをしなければ……。
そう思う反面、僕の心の中の悪魔が囁いてくる。
見なければ後悔する。っと……
思い悩んだすえ、僕は決断した。
見よう。見てしまおう。
バレなければ大丈夫だ。
取り敢えず、寝返りをするフリをして向きを変えよう。
二人の姿が見える様に……。
「…ぅぅう……」
僕は少し声を出しながら寝返りをし、顔を二人の方へと向ける。
目の前から注がれるのは、二人からの熱い眼差し。
冷汗が僕の背中を伝う。
どうしよう、起きていることがバレただろうか……。
「ふぅ…寝てるよね?」
「だから言っただろ?凛は起きないって」
セェェェェフ!
ホッとした声と共に二人の視線が僕から外れる。
よかった、これで見る事が出来る。
心を沈め、僕は二人にバレないよう薄目を開けた。
だが、此処で僕は絶句した。
まさか、まさか……。
秋兄の背中が壁になっているなんてぇぇえ!
月明かりに照らされた秋兄の逞しい背中が壁となり二人の抱き合う姿が見えない。
僕は肝心なことを忘れていた。
秋兄の親愛イベントシチュのイラストは、確か上から見る様になっていたっけ。
そうなると、僕が二人の姿を拝むには忍者の如く天井に張り付くか、幽体離脱するかの二択……。
あぁ、無理だ。
目の前で親愛イベントが発生中なのに、肝心の二人が見れない何て拷問だ。
今回ばかりが諦めるしかないのか……。
僕は薄目を開けていた目を閉じ、心の中で溜息をついた。
「どうだ、怖くないだろ?」
「別に、俺は怖い何て言ってない!」
暗くなった視界で二人の声だけが体育倉庫の中に響く。
え、待って。
これって、何だかドラマCDみたいじゃないか?
「離れんなって」
「近いって兄貴!」
待ってくれ。
これはこれでいい!
僕は全神経を耳に集中させ二人の声を聞く。
そうか、こういう楽しみ方もあるということか!
新しい発見に僕の心はフラダンスの様に踊る。
そして、ドラマCDを楽しむ要領で二人の声に耳を傾け続け、気づけばそんな二人の声は寝息へと変わった。
存分にイチャイチャした後は、二人で熟睡か~。
僕は目を開けて体を起こす。
二人に近づき、二人が寝ていることを確認する。
幸せそうに眠る二人の寝顔を心の中の一眼レフで撮影し、僕は立ち上がった。
さっきは二人のイベント発生で気を取られて気にならなかったけど、ずっとあった体の倦怠感がさっきより増している。
そういえば、この体育倉庫にバスケ部専用の毛布があったよな?
フラフラと倉庫の奥へと歩いて行き、僕は棚の中を探る。
頭も痛いし、関節も痛いし、体も寒いし。
「はぁ…最悪」
暗い中で棚を探り続け、僕はようやく毛布を見つけた。
此処なら隙間風も少ないし、さっき寝ていた所よりかはまっしだろう。
二人にも掛けてあげた方が良いんだろうが、抱き合って寝ているんだし心も体も暖かいに違いない。
すまないが、この毛布は僕に譲ってくれ。
そう心の中で謝り、僕はその場に腰を下ろして毛布に包まった。
こういう時は一肌が恋しくなるって聞くけど、確かにそうだな。
そんなことを思っていると、少し遠くからゴソゴソと音が聞こえた。
秋兄か千紘が起きたのかな?
取り敢えず今は目を開けてるのも辛いので、僕は重い瞼を閉じた。
「凛?」
暗い視界の中で、割と近くに聞こえた秋兄の声。
目を開けて、返事をしようと思うのに何故か体が動かない。
コツコツと足音を近づき、毛布とは違う別の暖かさに体が包まれ、僕はその温もりに体を預ける。
安心感のあるその暖かのせいで、僕は眠気に勝てず、静かに意識を手放した。




