第二十話 「早くも失恋?!荒れるプレーボーイ」
僕は今、兄さんに「コンビニに行ってくる」と嘘をついて、柊蓮の元へと向かっている。
ただ今の時間は、夜の二十二時半を過ぎたあたり。
明日も学校であるにも関わらず、どうして僕が柊の為に眠たい目を擦って、兄さんに嘘をついて、外に出なければいけないのか。
しかも、初イベントでどんなミスをすれば号泣する流れになるのか。
というか、どうして教えた覚えが無いのに、僕の元へと柊から連絡がきたのか。
泣きながら半強制的に集合をかけられた場所へと向かう途中、僕は溢れかえる疑問を頭の中に浮かべながら静かに歩いた。
そして、家を出て二十分後。
僕は指定された場所へと着き、入り口前で立ち止った。
そこは、僕が小学生の頃千紘や兄さん達とよく遊んでいた公園。
昼間は小学生や幼稚園帰りの奥様方で賑わっている場所だが、こんな時間になると昼間の活気は何処へいったのか。
静かで、重々しい雰囲気が漂っている。
あれですよね、学生が夜に泣いてる場所って、殆どの確率で公園のベンチかブランコ何ですよね。
決まってるんです。これは鉄則なんですよ。
何て思いながら、街灯が少なく薄気味悪い公園の中へと入って行くと、案の定一つのベンチで三角座りをした中学生が一人。
僕は入り口の近くにある自販機で、暖かいカフェオレとココアを買い、その中学生に近づいた。
「よう」
短く声を掛けると、その中学生の肩がビクンッと動き顔をゆっくりと上げ僕を睨んだ。
え、どうして?
「遅いんですけど」
静かに放たれた一言に驚き、目を開いた。
今、彼は僕に『遅いんですけど』と言いましたか?
突然鬼のように電話をかけてきて、大量の不在着信を残し、明日も学校だという高校生をこんな時間に公園なんぞに呼び出しておいて『遅い』だって?
僕は今、何も見なかった、聞かなかったことにして、この場からとっとと撤退したい。
そんな気持ちをグッと堪え、柊を見下ろす。
だが、相手は泣いている中学生。
流石に、こんな時間に中学生をほって帰れるほど僕は腐りきってはいない。
耐えるんだ、此処は大人になって堪えるんだ。
そう心に言い聞かしながら僕は今できる、最大限の笑顔を作り、さっき買ったココアを差し出した。
「なんですか、これ」
「見れば分かるだろココアだよ。この季節、夜だとまだ冷えるから」
「はぁ…‥‥選ぶチョイスが子供ですね」
「悪かったな子供で。要らないなら、僕が飲むよ」
「誰も要らないなんて言ってません」
このお坊ちゃんは、文句を言わないと何も受け取れないのか。
何て思った所で意味がないので、僕はココアを渡し、隣に腰を下ろしてカフェオレを飲み始めた。
隣に居る柊は、渡したココアを眺めながら何も言わない。
本当に一体何があったのだろうか。
ゲームでの柊の初イベントの流れはこうだ、今回テストの結果を落としてしまった柊。
久しぶりに早く帰ってきた両親に、その結果を見られてしまい大喧嘩。誰かに頼りたくなった所で千紘を公園に呼び出す。
その時も確かに柊は泣く。千紘の前で泣く。
だが、泣いている柊を千紘が抱きしめ、励ましの言葉をかけることで二人の親密度に変化があり、最後は千紘が柊と手を繋ぎ、家まで送るという流れ……だったはず。
なのに、どうしてイベントという名のこの試合は終わりのホイッスルが吹いていないのか。
どうしてこの試合は終わりを迎えず、僕へとバトンパスをされているのか。
「ねぇ」
突然隣に座る柊が口を開いた。
僕は視線をそちらに向け「なんだよ」と返事を返すと、まるでタイミングを見計らっていたかのように柊はポロポロと涙を流し始めた。
近くにある街灯の光が涙を流す柊の顔を照らす。
え、待って待って。
なんで、なんで?!
僕、返事しただけだよね?
今の何処に泣く要素があったの?!
「いや、ちょッ!待って待って!泣くな、ごめん!」
「泣いて……ませんよ」
「泣いてる!スゲー泣いて「うるさい!」……はぃ」
慌てながら心配の言葉をかける僕を鋭い目つきと言葉で制止する柊。
だが、またすぐに俯いた柊は止めどなく流れる涙を流しながら体を丸める。
二人だけの公園で柊の泣き声だけが響く。
こういう状況で気の利いたことが出来ればいいのだが、僕にはそんなテクニックはない。
なので昔兄さんが、泣いている僕によくしてくれた行動を思い出し、僕は恐る恐る手を伸ばして、そっと背中を摩った。
嫌がるかと思ったが、柊は睨むこともせず、ただただ泣き続ける。
暫くして、落ち着いた柊が呟く様にポツリポツリ話を始めた。
「今日、少し嫌なことがあって誰かに聞いて欲しくて、千紘さんを呼び出したんです」
「ふーん」
知ってる。
だって、その電話のおかげで僕は助かったのだから。
「千紘さん、走って此処まで来てくれて…僕の話を聞いて凄く親身になってくれて……”頑張ってる”とか”次があるよ”とか、僕のこと励まして、まるで自分のことみたいに悩んでくれて……」
「まぁー千紘らしいな」
「はい……」
それはゲームの中と同じだ。
千紘は優しい。人の辛いことも、まるで自分のことのように悩んで悲しんでくれる様な人だ。
そう。僕のように『推しカプ成立だけで手がいっぱいですー』なんて言ってるような薄情者とは違うのだ。
そんな事は置いておいて、僕が知りたいのは柊が此処まで大泣きしている理由だ。
「千紘は励ましてくれたんだろ?なら、何で泣いてるんだよ」
「……告白して、振られたんです」
「……は?」
柊の爆弾発言に僕は眼球が飛び出しそうな程目を見開き、間抜けな声を出した。
隣に座る柊は、鼻をすすりながら目の前の景色を眺めている。
いや、待ってくれ。
目の前の遊具を眺めても全然絵にならないから。
この状況じゃ、そんな綺麗な横顔も無駄だから。
「悪い柊。今、何て言った?」
「はい?その耳は飾り何ですか。この距離で聞こえないとか………最悪」
「いいから、何て言った?!」
「だから、振られたんですよ!千紘さんに告白して!」
やぱり聞き間違いでも何でもなかった。
「お前馬鹿なの?!」
「ばッ……!はぁ?!」
え、なに告白って。
夜の誰も居ない公園で告白するのは、確かによくあるシチュエーションではある。
だが、初の親愛イベントで、まだそんなに仲が深まってないというこの状況で告白だって?!
意味が分からない。馬鹿としかいいようがない。
僕は両手で頭を抱え、大きく溜息をついた。
「なんですか!その溜息は!」
「溜息もつきたくなるよ!お前が此処まで馬鹿だとは思ってなかった!」
「だから、さっきから馬鹿馬鹿って何様だよ!」
「ハッ!いくらでも言ってやる!バーカ、バーカ!」
ベンチから立ち上がった僕達は、子供のような口喧嘩を始める。
僕よりも少し身長が高い柊は、涙目になりながら僕を睨みつける。
だが、僕だって年下に負ける訳にはいかない。
黙って睨み合う僕達の間には、バチバチと火花が散る。
でも、待てよ。
柊が振られたって事は、対処しなければいけない攻略キャラが一人減ったということだ。
ということは、こちらとしては好都合。
ここで怒って、アドバイス何てして柊とのラブラブエンドを迎えられたら困る訳だし、こんな言い合いも冷静になれば無意味じゃないか。
此処は引こう。
そして、直ちに解散し、帰って寝よう。
「ふぅ……。僕が悪かったよ、ごめん」
「何なんですか、本当に!ムカつく!」
「だからごめんって。馬鹿とか言って悪かった。ごめん」
「ああぁぁあ!!ムカつく、ムカつく!」
僕の謝罪に耳を傾けない柊は、地面を蹴りながら荒れ狂う。
スマホを出し時間を見ると、もう二十二時半を過ぎている。
こんな時間に雄叫びなんてあげてたら、巡回している警察に職質されても可笑しくない。
てか、柊も子供みたいにぐずったりするのか。
「おい柊。もう時間も時間だし落ち着けって」
「僕は落ち着いてますよ!」
うん、冷静に言える。
地面を蹴りながら、両手をバタバタさせて、上着を地面に投げつけてる奴を落ち着いてるとは言わない。
「柊、そろそろ帰ろう」
「嫌だ!てか、呼び捨てするな!」
『嫌だ』って子供かよ。
しかも、呼び捨てにするなって何。
それじゃ、何て呼べば言い訳?
あれか、僕に”様”を付けろとでも言いたいのか。
近頃の若者の考えることは、もう僕には分かりません。
投げ捨てられた上着の砂を掃い、ベンチに置いてある鞄の上に掛ける。
だが、そんな僕をよそに柊様は遂に遊具の方へと走って行き、ブランコに乗ったり、滑り台を反対側から駆け上がったりと、毒を吐きながら遊び始めた。
何故かココアを持ったままなのが気になるが、口出しをすると怒られそうなので黙っておこう。
そして僕は、そんな柊を置いて帰ろうと思っていたのだが、やはり中学生を置いていく事に後ろ髪を引かれてしまい、もう一度ベンチに座り直して荒れ狂っている柊様の様子を観察することにした。
そんな状況をただ眺めているだけでは暇なので、その間荒れる柊様の動画を何本か撮らせて頂いた。
何かあった時にでも、その動画をつき出そうと思います。
性格が悪いって?
いや、こんな夜中に中学生が遊具で遊んでいるのを見せられている今の状況が悪いんです。
それから三十分後。
暴れ疲れた柊様は、滑り台の上で膝を抱えて丸まっていらっしゃいます。
此処までくれば、呆れを超えて感心する。
よく三十分間も遊具で遊ぶことが出来たなと。
そして、中学生がこの時間まで外出しているのは、流石に一緒にいる僕も世間から見て問題児扱いとなってしまうので、そろそろ切り上げさせて頂くとしましょう。
僕は、飲み終わったカフェオレの缶をゴミ箱へ捨て柊様の荷物を全て持ち、滑り台へと近づいた。
「柊様、気は済みましたか?そろそろお帰りのお時間ですよ」
「………。」
僕の声掛けに反応を示さない柊様。
「柊様。中学生はこんな時間まで外に居る事は許されないので、大人しくお帰り下さい」
「………。」
「親御さんも心配されていると思いますよ」
一向に無視を続ける柊様に僕もそろそろ我慢の限界が近づいてきました。
僕は持っていた荷物を滑り台の下に置き、もう一度柊様を見た。
「柊様、それでは僕はこの辺で失礼します。おやすみなさい」
悪いが、僕はいつまでも心配して構ってやる程優しい人間ではない。
眠気も限界まで近づき、目がショボショボし始めている。
明日も学校で朝が早いのだから、我儘お坊ちゃんに付き合うのは此処までだ!
そう決心し僕は一礼してから、彼に背を向け歩き出した。
のだが、
「待って!」
帰ろうとした僕の背中に制止の声がかかる。
今度は何だというのだ!さっきまで僕の言葉をガン無視していたではないか!
何て思いながらも振り向いてしまう僕。
心と決心が弱い人間の代表であると確信しました。
振り返ると、慌てた様子で滑り台から降りて来た柊様は、僕が置いた荷物を持ち、こちらへと走ってくる。
街灯の明かりで微かに見える柊様の表情は、まるで捨てられそうになっている子犬の様で、その頭には耳が見える。
「やっと帰る気になりましたか?柊様」
「……もうその話し方はいいですよ」
「あ、そう。それで、帰るんだよな?」
「……。」
また無視ですか。何て思いながら、僕は気にせず言葉を続ける。
「家まで送ってくから荷物貸しな」
「……やだ」
荷物を持ってあげようと手を伸ばすと、柊は後退りながら鞄と上着を抱きしめた。
え、なんですか。
人の親切心を、そんな露骨に拒絶するってどういうおつもりですか?
しかも距離取られると、流石に僕でも少しは傷つくんですが。
「……はぁぁ。分かったよ。兎に角、家まで送ってくから。行くぞ」
頭を掻きながら、踵を翻し僕は前を歩き出す。
だが、後ろからは一向に着いてくる気配が無く、柊は立ち止ったままその場から動こうとしない。
僕は振り返り、少し遠くに居る柊を見た。
え、なに。
ようは、僕に送ってもらうのが嫌だということですか?
その動かない姿勢からすると、そういうことですよね?
だが、このまま一人で帰れと言うには流石に時間も遅いし、尚且つ危ない。
柊のような美少年が、こんな夜中に一人で歩いていれば、どんな危険が待ち受けているか分からない。
僕は思考を巡らし、ポケットに入れていた財布を取りだした。
財布の中身には五千円と小銭が少々というしょぼい金額が入っている。
タクシーで帰るとして、此処から柊の家までギリギリ足りるぐらいかな……。
「柊。僕に送られるのが嫌ならタクシー呼んであげるから」
「……僕、お金ありませんよ」
「お金は僕が出すから、それなら帰れるよな?」
だが、その問いかけにも柊は一向に首を縦に振らない。
一体何が気に入らないのか。
僕にはこのお坊ちゃんの考えている事がもう分からない。
限界だと白旗を上げる様に僕が天を仰ぐと、柊が聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った。
「………帰りたくない」
「いや、何でだよ」
この場には似つかわしくない程のキレッキレのツッコミを入れる。
それが余計癇に障ったのか、柊はまた鋭い目で僕を見た。
「僕にも色々あるんですよ!今日は此処で野宿します!」
何を決意したのか、そう言い切った柊はさっきまで僕が座っていたベンチに戻り鞄を枕に寝転がり始めた。
ここに断言する。
彼は正真正銘の馬鹿であると。
ゲームのキャラクター設定では、とにかくプレイボーイが強調されていた。
なのに、そんな柊蓮が公園で野宿?
女の人の家に転がり込むんじゃなく、野宿ですか?
もう笑いを超えて、無になるね。
僕はベンチに横になる柊の腕を引いて無理やり起き上がらせ、顔を近づけ、おでこを合わせた。
手を握ると氷の様に冷え切っているのが分かる。
「ちょ!近い!」
「顔が赤いと思ったけど、熱はないな」
春とはいえまだ冷える季節。
ブレザーを脱ぎ捨て薄着で遊んでいたので、もしかしたら今までの発言は熱が出て可笑しくなったのかと思ったのだが、どうやら違うようですね。
「野宿何て駄目に決まってるだろ。帰りたくないなら、僕の家に泊めてやるから来い」
「え?」
「兄さんには明日説明するとして、今日は一旦うちに来い。あ、でも。ちゃんと親御さんには連絡入れる事!分かったな!」
「わ、分かった……」
僕は自分の来ていたパーカーを柊に着せ、その上から学校のブレザーを着させた。
そして、柊がスマホで親御さんにメールを送ったのを確かめ、僕達は公園を出て、そのまま家へと歩き出した。
大人しくいう事を聞く柊に少し違和感を覚えながらも、僕は荷物を持つ反対の手で冷たくなった柊の手を引いた。
家までの長い道のりは、お互い話もせず、ずっと沈黙が続いた。
話もせず歩く二十分間の道のりは、行よりも長く感じられ、僕は所々で柊にバレない様に小さく溜息を溢したのだった。
####
家に着いた僕は、鍵を開け、ゆっくりと扉を開けて中の様子を伺った。
そんな僕の後ろを大人しくついてくる柊。
兄さんは一度寝るとなかなか起きない人だ。
少しの物音なら問題ないが大きな音をたてれば、流石にジ・エンド。
今日、理由は分からないが怒られた所なのに、また怒らせれば僕に逃げ場はない。
なにより、柊の前で怒られる事ほど恥ずかしい事はない。
僕は、靴を脱いで、柊を連れてそのまま脱衣所へと向かった。
脱衣所へと着いた僕は、電気をつけ柊と向き合う。
「よし。僕は服を持ってくるから、お前は制服を今すぐ脱げ!」
「はぁ?!」
「しーっ!!馬鹿ッ!でかい声を出すな!」
柊の口を押え小声で説教をすると「すみません……」と柊も小さな声で謝った。
「ていうか、お風呂とか別に良いですよ」
「よくない!あんだけ遊具で遊んだんだから汚いだろ」
「あ、遊んでませんよ!」
「遊んでた。後で動画見せてやるよ。取り敢えず着替えを取りに行くついでに、僕の部屋に制服掛けとくから、今すぐ脱げ」
僕がそう言うと、柊は渋々といった様子でネクタイを外し、ブレザーを脱いで僕に手渡した。
そして、ズボンを脱ごうとベルトに手をかけた所でピタリと動きを止めた。
「ん?どうした?早く脱げよ」
僕がそう言うと、少し顔を赤らめた柊は「後ろ向いてくれませんか」と呟く様に言った。
「わ、悪い!」
不意打ちで美少年に照れ顔を向けられ、僕は慌てて後ろを向いてからドキドキと音をたてる心臓を抑えた。
落ち着け僕。
相手は柊蓮だぞ、何を動揺している!
さっきの遊具で雄叫びを上げながら暴れていた光景を思い出すんだ!
「あ、あの……脱ぎ終わりました」
その声が後ろからでは無く隣から聞こえ、反射的に隣を向くとカッターシャツ一枚で生足が見えるの柊の姿が……
「……ぁふ!」
「え?」
「や、おけおけ!」
僕は声にならない声を抑え、柊から奪うようにズボンとベルトを取り上げ、そのまま脱衣所から猛スピードで出た。
そして、忍者になったかの如く足音を一切たてないまま自分の部屋まで一直線に走った。
扉を静かに閉め、深呼吸をする。
別に変なことなんて考えていたわけじゃない。
てか、今のは正直柊が悪いではないか!
あんな恰好で、少し屈み気味に覗き込んでくるって!
何度も深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻した僕は柊の制服を壁に掛け、棚から毛布を出した。
柊はベッドで寝かせて、僕は床にでも転がることにしよう。
そして、自分のクローゼットの中からパーカーとズボンと新品のパンツを引っ張り出し、僕はもう一度脱衣所へと心を無にして向かった。
脱衣所に着いた後、僕は服を洗濯機の上に置いて速やかに外へと出た。
そして、さっきの公園での柊のように扉の横で三角座りをして出てくるのを待つ。
その途中、シャワーの音が聞こえてきたがスマホで動画鑑賞をし、全力で気を紛らわせることに専念した。
####
シャワーを浴び終えた柊は、僕の服を身に纏い、姿を見せた。
だが、僕はどうしてもその姿を見る事が出来ず、出来るだけ目を逸らし続けたのだった。
そして、兄さんを起こさない様細心の注意をはらいながら二人で部屋へと向かう。
「ふぅー」
やっと部屋に戻ってきた頃には、時間は既に一時半。
後、六時間しか眠れないことに肩を落とし、僕は柊を見た。
「お前はベッド使ったらいいから。あと、制服はそっちに掛けといたから」
「ありがとう……ございます」
「おう。じゃ、とっとと寝ようぜー」
柊がベッドに入ったことを確認し、部屋の明かりを消す。
スマホでアラームをセットし、さっき出した毛布に包まり眠りについた。
だが、目を閉じると脱衣所での柊の姿が頭をフラッシュバックし、なかなか眠りにつく事ができない。
忘れろ、僕!
しっかりするんだ、僕!
どうなってる!さっきも言ったが、奴は柊蓮だぞ!
「凛さん、起きてますか?」
「……ッ?!あ、あぁ」
なるべく落ち着いた声で返事をする。
柊に背を向けたまま寝転がる僕の背中には、強烈な視線が突き刺さっている。
「迷惑かけて、すみません」
だが、その視線とは反対に、聞こえてきた声はとても小さかった。
静かな部屋で聞こえた柊の言葉は、凄く弱々しい。
さっきまで毒を吐き散らしていたのが夢かと思う程、か細い声が耳を貫く。
「別にいいよ。対して迷惑じゃ無かったし」
「……そうですか」
よくよく考えてみれば、柊は今日失恋したんだよな。
公園では、ライバルが減ってラッキー!とか最低なこと考えたけど、柊も中学生。
大泣きして暴れて散々毒を吐いていたけど、今は誰かに傍に居て貰いたいんじゃないだろうか。
「柊、寝れる?」
「……どうでしょうか」
小さく笑いながらも少し鼻声になっているのを聞くと、泣いているんだろうか‥‥‥‥。
主人公の千紘なら上手に慰められるんだろうけど……。
「もし寝れないなら、一緒に寝てやろうか…?」
この状況にも関わらず、自分から黙って添い寝出来ない辺り、モテない男感まるだしだ。
弱っている相手にさえ上から目線とか、まさにクズじゃないか。
本当に残念な男だよ、霧島凛。
そんな聞き方したら「調子にのらないでもらえます?」とか言われるに決まってるじゃないか!
心の中で邪魔なプライドに涙を流していると、後ろから予想外の言葉が飛んできた。
「凛さんが迷惑でなければ……お願いします」
「え?!」
僕は飛び起きて、ベッドで横になる柊の方を見た。
暗くて顔は見えないが、明らかにいつもと様子が違う。
暗闇に目が慣れ始め、微かだが布団握りしめながら僕を見る柊の姿が見える。
待って、可愛い……。ん………?
って、ちがぁぁぁああぁうぅぅぅう!
というかしっかりしろって僕!
この胸のドキドキはなんなんだ!
公園で暴れていた時の柊蓮をもう一度思い出せよ!
これは違う!
しっかりするんだ!ぼ・く!
膝を立て、頭を抱え悶える。
ずっと隣から注がれる視線は間違いなく柊のものだ。
どうする。やっぱり止めとくか?
だが、自分から言っておいて『やっぱり無理だわ』何て言えない。
てか、あんなに遠慮がちに頼まれて『無理』とか言い出したら、僕は本格的なクズになってしまう。
覚悟を決めろ、霧島凛!
「じゃあ、奥つめて」
「はい……」
モゾモゾと奥へと柊が移動し、僕はその横に寝転がる。
シングルベッドに男二人。
勿論狭いわけで、距離を開けることも出来ず隣に居る柊の体温が伝わってくる。
落ち着け、相手は柊蓮だ。
そうだ、羊を数えよう。
無心になるんだ。
「凛さん」
「お、おぅ?」
「こっち……向いてもらえませんか?」
「はい?!」
いやいや、添い寝だけでも相当悩んだのに、挙句向き合えだって?!
無理だろ、今の僕じゃ無理だろ!
いや、まて。
そこまできて僕は冷静に考えた。
僕の恋愛対象は、紛れもなく女の子だ。
なのに男同士で同じベッドに寝ているからといって、こんなに動揺するなんて可笑しいじゃないか。
もう一度言うぞ、霧島凛。
相手は男で柊蓮だ。
お前はホモじゃない!健全な健康男子!そうだろ?!
僕は言われた通り横を向いた。
すると、すぐ近くに柊の顔があり、僕は驚きの声を必死で抑え問いかけた。
「どうした?」
「いえ……ただこっちの方が落ち着くので」
そう言った後、柊はすぐに寝息をたて始めた。
考えすぎて目が冴えてしまった僕は、隣で眠る柊を暫く見つめ頬に触れた。
「…千紘…さ…ん……」
「柊………」
僕の手を千紘のモノと勘違いしたのか、名前を呼びながら握りしめる柊。
今まで推しカプ成立ばかり考えていたが、千紘が前野先生と付き合うってことは、他の攻略キャラ達は今の柊みたいに傷つくってことなんだよな。
それは、兄さんも秋兄も例外じゃない。
「あぁ……何かやな感じ‥‥‥‥」
まるで罪悪感を和らげようとすがる様に、僕は柊の体をそっと抱きしめ、瞳を閉じた。
最近、少しずつコメントをくれる方も増えとても嬉しいです!
皆さんが楽しんで読んで下さっていることが、とても伝わりとても嬉しい限りです!ありがとうございます!