第十三話 「イベントシチュは生で見るとより絶景です」
校舎の中を颯爽と駆け抜けた僕は、チャイムと同時に教室の扉を開いた。
「セーフ!」
クラスメイトの視線を人気アイドルの如く独り占めした自称メロスこと、僕霧島凛は肩で息をしながら担任である前野先生を見た。
口元に手をあて、涙目で笑いを堪えながら「今回もギリギリだったね」と神の様な神々しい笑顔を僕へと見せてくれた。
遅刻ギリギリに入って来たモブにまで、こんなに美しい笑顔を向けてくれるとは………
やはり、僕の推しカプの片割れは一味違う。
小さく頭を下げながら教室の中へと入り、教卓の前を通過するとクラスメイトから口々に声を掛けられた。
「おはよ」
「おっはよー」
「またギリギリだったな!」
「今回は本気で間に合わないと思ったわ」
「今日は凛が来ない方に賭けたのに~」
「人を賭けの材料にするなよ」
軽口を挟みながら、自分の席へと着いた僕は頬杖を付きながらニコニコと笑顔を見せる千紘を見た。
「おはよ。やっぱり起きれなかったんだね」
「おはよー。てか、起きれないって分かってるなら起しに来てよ」
「声は掛けに行ったけど無反応だったから、先に出ちゃった」
「なんだよ、それー!」
「ごめんごめん」
鞄を机の横にかけ前を向くと、それを合図にホームルームが始まった。
「朝一から元気な登場ありがとう凛君。それでは全員揃った所で朝のホームルームを始めます。日直の人、号令をお願いします」
「起立、礼」
「「おはようございます」」
眩い笑顔を僕に向けてくれた前野先生の声で教室のざわつきは一瞬で収まり、いつも通りの一日が始まった。
ホームルーム後は、一限目数学・二限目英語・三限目化学、そして四限目は熱血ゴリラが担当する体育という順番で授業は進んだ。
正直僕は思うんだ。
熱血ゴリラが担当の体育を昼食前の四限目や昼食後の五限目に時間割として持ってくる先生達の考え方が理解できないと。
あのゴリラの授業は、もはや戦争だ。
普通の学校なら、サッカーやバスケなどで運動の出来る男どもが女子にカッコいい所を見せるチャンスとして気合を入れる時であるが、ゴリラの授業にはそんな余裕なんて持てない。
半分お遊びとして進むはずの授業が気づけば戦場のような圧力と緊張感を伴う試合へと変貌している。
そして、毎度毎度その日のスポーツに合わせて部活に入っている生徒が生贄となるのだ。
サッカーならサッカー部員が、野球なら野球部員。
そして今回は………
「………疲れたね」
「………疲れたな」
僕達バスケ部が生贄となりました。
更衣室のロッカーを背に千紘と二人で座り込む。
僕達の目の前には死体の様に転がるバスケ部員。
その顔にはもはや生気はない。
勿論、僕と千紘も例外ではなく、朝お互いに交わした笑顔は今此処には無く、あるのはさっきから止まらない溜息と体全身に感じる疲労感だけだ。
「凛、お昼久しぶりに屋上で食べようか。気分転換に」
「そうだな……あ………」
「なに?」
朝の猛ダッシュで、すっかり忘れていた。
不知火さんと交わした約束を……
「今日は無理だー明日じゃダメ?」
「何かあるの?」
「ちょっと用事があって、ご飯食べ終わったら三年の教室に行かなきゃならないんだよ」
「用事って?」
「学校案内」
着替える気力が戻って来た所で制服に着替えながら、朝遅れた理由と学校案内をすることになった経緯を話した。
説明の途中、何度か千紘の動きが止まったりもしたが、まぁそれは気にしなくていいだろう。
「だから、その先輩に学校案内してあげなくちゃいけないんだよね」
「ふーん。凛、それって俺もついて行っていい?」
「え?」
待て待て待てぇぇええ!
まさか予想しなかった急展開だ。
僕が誘う前に、千紘が自ら何一つ接点のない人の学校案内に名乗りをあげるなんて。
そんなの答えは一つに決まってる。
「勿論!」
僕は千紘の両手を力強く握った。
流石は主人公様だ。
無意識のうちにイベントへと歩みを進めてくれるなんて。
やはり、僕の一番の味方は君だよ!千紘!
「り、凛………取り敢えず服を着て」
「ん?」
口元を隠しながら斜め上に視線を逸らす千紘。
よく見ると耳がリンゴの様に赤くなっているのが分かる。
千紘は昔から動揺すると耳を赤くする癖があるけど、今この状況の何処に動揺する箇所があった?
あ、まさか………
他のイケメン達とは違うモブの貧相な体を見て不快になったとでも言うのか!
そうなのか!
「悪かったな!どうせ僕の体は他のイケメン達と違って何の魅力もないお粗末な体ですよー」
「いや、そういうことじゃなくて」
「へっ!もういいわー!学校案内の時間もあるんだし早く着替えろよな!ち・ひ・ろ!」
「俺より遅いお前が言うな」
「僕はもう着替え終わってますー!」
テキパキと着替えを済ませた千紘と体育で熱くなった体を冷まそうとカッターシャツ一枚の僕。
「もしかして、そんな開けた状態で出るとか言わないよね?」
「え?これで教室行くけど」
「ば、馬鹿!」
千紘は突然声を荒げたかと思うと、体操服の入ったカバンを床に置きズカズカと僕の方へと迫って来た。
なんだなんだ。
というか、僕千紘に初めて馬鹿って言われた気がする……
そんなことを考えているうちに、カッターシャツのボタンを第二まで止められ、キッチリとネクタイも閉められてしまった僕。
暑いのにどうしてネクタイがいるんだ………。
「千紘、暑い」
「せめて、それくらいはちゃんとしといて」
「僕、女子じゃないけど」
「そんなの分かってる。いいから言う事聞いて」
何故か少し怒っている千紘と共に更衣室を出て教室へと戻った。
歩いている最中に思ったが、体育の後だというのに涼しい顔で規定通りブレザーを着ている千紘からしたら、僕のさっきの恰好は我慢が足りないと思われたのだろうか。
####
教室へ着いた僕達は、自分たちの席でお昼ご飯を食べ始めた。
席の場所が前後って言うのはこういう時にも便利だよな。
移動したり、毎回席借りる奴に声掛けたりしなくて済むし楽だ。
そして、ここで少し余談だが、今日の僕のお昼ご飯はいつも通り我が家の誇り高き兄が作る愛の詰まった愛妻弁当です!
家事全般なんでもこなす我が兄は、料理も完璧!
しかも【レンジでチン!誰でも簡単お手軽で美味しいニートの味方冷凍食品】を一切使わず、全てが手作りという、このハイスペックさに皆が目を輝かせて羨むことだろう。
「凛、そういえば今日学校案内する先輩ってどんな人?」
「んー………」
困ったな。
不知火さんのプロフィールなどは分かっているが直接関わった回数何て二回だけだ。
第三者目線からなら話せるが、僕視点からの意見なんて………
「強いて言うならヒーローかな?」
「は?」
「見た目はちょっと怖いけど、根は凄く優しい人で男の中の男って感じ!」
「へぇーそうなんだ」
「うん!二回も助けて貰ったんだけど、登場の仕方とかもまさにヒーロー!」
「はいはい」
「ちょっと、聞いといてその反応は酷くない?」
兄さんの愛が詰まったお弁当を食べながら、初めて助けて貰った時のことを思い出す。
あの時、震えてる僕を落ち着かせようと抱きしめてくれたけど、僕よりも不知火さんの方が緊張してたんだよなー。
思い返すと、あれはちょっと面白かった。
「凛、もう一つ質問」
「なに?」
「その先輩ってさ、頬に傷があったりする?」
「うん、あるけど‥‥‥‥何で千紘が知って…………」
可笑しいと思いお弁当から千紘へと視線を変えると、ほんの数分前まで僕に向けられていた千紘の視線が不可思議にも僕の後方をへと移っていた。
それに、食べることに夢中で気が付かなかったが周りがいつも以上に騒がしい。
兄さんや秋兄が教室に遊びに来る時より以上に。
そーっと後ろへと視線を移すと、そこにはリンゴのように顔から耳を赤く染め、動揺を隠しきれずにいる不知火さんの姿があった。
え…‥‥‥‥いつから‥‥‥‥‥‥。
「不知火さん?」
「わ、悪い!聞くつもりは無かったんだが、お前にクラス教えてねぇと思って散策ついでに探しにきたら……その……」
「そ、そうでしたか………」
なんだ、この空気は。
ていうか何処から聞いてた。
悪いって言ったってことは僕が不知火さんのことをヒーローだって言った所も聞かれたってことか?
いやいや、まさか。
そんな前から居て気づかないなんてこと……
「誰かにヒーロー何て言われたことなかったから、何か嬉しいわ。サンキュー」
あったー。
「い、いえ………」
なになに。スゲー恥ずかしいんだけど!
穴が合ったら今すぐ入りたい!
高校生にもなって「あの人は僕のヒーローなんだ!」とか言ってる自分も相当恥ずかしいが、それをご本人様に聞かれてしまったことが信じられないくらい恥ずかしい。
いや、此処まできたら恥ずかしさ通り越して”無”になるわ。
「まだ飯食ってる最中か?」
「あ、はい」
「そうか。なら、此処で待ってるわ」
そう言って僕の隣の席に座った不知火さん。
因みに僕達のクラスの席は机を二つくっ付けて並べてあるんだが、此処で待つ?
どうして待つんだ?
一体何を待つんだ?
「凛、早く食べないと学校案内する時間なくなるよ」
「………あ!」
そうだった。
今度は恥ずかしさのあまり記憶が飛んでしまっていた。
しっかりするんだ、僕!
約束したからにはしっかり守らないと。
そして、不知火さん×千紘の親愛イベントを見なくてわ。
「すみません、すぐに食べます!」
「いいって。ゆっくり食え」
「いや、でも」
「お前が飯食ってる姿見るのも悪くないし」
そう言って笑いながら頭を撫でられる。
まだ少しドキドキするが、多少は頭を撫でられることに免疫が付いてきたようで、驚くという第一関門はクリアした。
だが、そんな僕とは違い不知火さんの行動に反応を示したのは目の前に座る千紘だった。
カランッと机の上にお箸を落とし、僕達を見た固まっている。
「千紘?」
顔の前で手を振るけどフリーズしたまま、うんともすんとも言わない。
瞬きすらせず全く動かない。
本当にどうしたんだ?
「凛、コイツは?」
「あ、今朝話した僕の「凛の親友で幼馴染の七瀬千紘です。今朝は、うちの凛を助けて頂きありがとうございました」
「ち、千紘?」
「…………」
僕の言葉を遮って黒い笑みを浮かべながら自己紹介をする千紘に僕は唖然とした。
いつも天使にしか見えないはずの笑顔が、何故か見たこともない程黒く染まっているからだ。
隣に座る不知火さんもさっきまでの優しい顔から一変、笑顔が消えている。
二人の間でバチバチと火花が散っているのが分かる。
どうしたんだ、この二人は。
「凛がスゲー俺に進めてくるからどんな奴かと思えば、なかなか肝が据わってんじゃねぇか」
「それはどうもありがとうございます」
「ふ、二人とも?」
「凛、お前は飯食ってていいぞ。学校案内はお前が言った通りコイツに頼むわ」
「え……ち、千紘?」
「俺も食べ終わったし構いませんよ。凛はゆっくり食べてなよ」
何故か分からないが僕を除け者にしたまま話は進み、気が付けば千紘と不知火さんは仲良く二人で教室を出て行ってしまった。
え、どういうこと?
凄いスピードで僕が場外になったみたいなんだけど。
いや、僕が居ない方が二人の親愛イベントも順調に進むだろうし、そっちの方が良いんだけど、何か凄いハブられた感があって寂しいな………。
「な、何言ってんだ僕は!寂しいなんて!そうと決まれば早く食べてイベント発生を拝まないと!」
そうして僕は、残っていたおかずを急いで口の中へと流し込んだ。
イベントが始まるのが予冷の少し前だからな。
それまでに二人がいるはずの予定場所に居れば大丈夫。
喉にご飯が詰まらない様に気を付けながら、周りにバレない様に心をはずませた。
そして、お茶を飲み一呼吸置いた後、僕は二人を追って教室を飛び出したのだった。
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その頃、学校案内という名目で校舎の中を並んで歩く七瀬千紘と不知火太陽は第三者から見ても気まずい空気を漂わしていた。
いつもなら、どんな状況でも千紘の周りに女子が群がるのだが、今の二人の雰囲気を感じ取ってなのか、誰一人として近づいては行かない。
「最後に此処が理科室で、その隣が準備室です。準備室は係しか立ち入れないので勝手に入らない様に気を付けて下さい」
「…‥‥‥‥」
説明を聞いているのかどうなのか、全く反応を示さない不知火に千紘はイラつきを覚えていた。
凛が気に入っている先輩だから仲良くしなければと思ったが、ふつふつと湧き上がる怒りにも似た感情を抑えられず千紘は小さく溜息をついた。
「少しくらい反応して頂けると助かるんですが」
「あーそうだな。凛の言う通りだわ」
「言う通り?」
「真面目で凛より説明が上手い」
「分かりやすかったのなら良かったです」
「ただ…………」
千紘の腕を掴み壁に追い詰めた不知火は、千紘の両手を頭の上で固定し、もう片方の手で顎を掴み顔を上げさせた。
理科室があるこの廊下は、日常的に使うことが少なく人通りもない。
二人の声だけが、静かな廊下に響く。
「何のつもりですか」
「さっきの凛の前での態度と言い、何だかお前の事は気に食わねぇな」
「それは、こっちの台詞ですよ。俺も貴方が気に食わない」
少し動けば触れてしまいそうな程近い距離で睨み合う二人。
そんな彼らを遠くの方で見つめる影が一つ。
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「うわぁ、何の話してるか聞こえないけどとんでもない絶景だー!」
写真を連写しながらポツリと呟く。
二人の後を追い、イベントが発生する理科室前で待ち伏せをしていた僕は携帯を構えながら今この状況を楽しんでした。
なんてことだ。
ヤンキーと天使ーの壁ドンとか、最高すぎるだろ!
しかも、この場所が人通りが少ないってところも、また雰囲気を作り出してていい!
この写真は僕の中の一生の宝にしよう。
本当は二時間でも三時間でも眺めていたいけど、流石に見てたことが二人にバレるのはよくない。
僕はポケットに携帯をしまい、足音をたてないように気を付けながら静かにその場を離れたのだった。
またまたお久しぶりです!私の小説を読んで下さる方が増えてとても嬉しく思います!感想も書いてくださった方ありがとうございます!読みながら、ニコニコしてしまいました!
これからも、どうぞこの小説を宜しくお願い致します。