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麗しきは眼帯の女黒騎士

老人の家にしばらく居候(いそうろう)することにしたガルディン。ひと酒飲んで猫と戯れたあと、さっそく夜の街にくり出す……


黒騎士ガルディンが、少し貰ったこの国の貨幣を持って向かったのは、屋台が建ち並ぶ賑やかな地帯であった。


見たことの無い料理、見たことの無い賑やかな色彩をした服装の人々、そしてその中に混ざる自らに似た黒き鎧を纏う戦士たち。


「よお!」


髪をオールバックにした黒いあごひげの戦士が、ガルディンに話しかけた。


「お前さんも黒騎士なんだろ?」


「そうだが」


「はっは! お互いひどい目にあったもんだ!」


豪快に笑うその黒騎士らしき男の顔は赤く、酒くさい。どうやら酔っぱらっているようだ。


「貴様、隙だらけではないか。その状態では、簡単に首を取られるぞ」


「大丈夫さ! このコウジュン様、酔って戦場に出れば千の首を(たずさ)えて帰る男よ」


「随分な事を言う。それだけの自信、本物かどうか見たいものだ」


「それは、本番になってからにしようや。ここでドンパチやっても仕方ない」


「それもそうだな」


コウジュンなるこの男の発言が、本当であると黒騎士ガルディンは薄々気づいていた。酒を持つ手の反対にもつ長槍のようなものにこびりつく血が、万人分の匂いを放っていたし、秘めたる殺気は漏れだしていた。彼はただの飲んべえではない、確実に強者(つわもの)なのだ。


ガルディンからみて年齢も同じくらいであったので、彼はひとまず馴れ馴れしいその男には敵意を出さないことにした。


「まあ、立ち話も何だ。あの店で酒でも飲みながらといこうや」


「まだ飲むのか」


「いい酒があるんだ、国に持って帰りたいくらいのな!」


「ああ、さっきそんなものを飲んだな」


「ほう」


コウジュンに促され、ガルディンは「ポヤック」と言う酒場に向かった。この途中、ガルディンは不思議に思うことがあった。見知らぬ文字で書いてあるのに、看板の文字などが全て読めたのだ。知らないのに「わかる」のである。そもそも、異世界の人々や、違う世界の戦士であるコウジュンと普通に会話ができるのも奇妙であった。それらが何らかの力によるものなのは間違いなかったが今はそれについての答えが出るはずもないので、壮年の黒騎士はすぐに頭を切り替えた。


薄暗い店内のカウンター席に座り、コウジュンは馴れた口ぶりでマスターの男性を呼ぶ。


「おっさん! マカマリナンを2つ!」


「おう、この新入りさんへのおごりかい?」


「おうよ」


マスターはかしこまったと、酒棚へ向かう。

屈強な肉体のコウジュンは、ヒクつき酒臭い息を出しながらキシシと笑った。


「あんた、名前は……そーか、ガルディンと言うのか」


「強そうな名前だろう?」


「自分で言うかあ。まあ、俺も自分の名前は好きだぜ。向こうでは天下無双の二枚看板コウジュン様と言われてんだ」


「天下無双の、と言うことは、お前も上司がいるのか」


「ああ、あのお方は強いぜ。ここにいないのが幸いさ」


「ほう」


話しはじめてすぐ、マスターが、酒をジョッキについで持ってきた。しかし、その酒はすぐに飲むことはできなくなった。


「なんだと!?」


テーブル席で、グラスが割れる音がした。

ガルディンがそちらを見ると、美しい金髪と端正な顔立ちの、右目を眼帯で隠した黒い鎧の騎士が座っていた。


「女……か?」ガルディンは呟く。


対して、立ったまま怒声を浴びせるのは、若い長身の黒騎士だった。


「このヒクソン様をここまで無視するたぁ許せねえ! ぜってえ泣かせてやるからな!!」


いくら赤くなって怒っても、女黒騎士は表情を変えない。感情を表に出さず、静かに、何処か遠くを見ている。


「貴様ぁ!」


ヒクソンなるヒステリックさ漂う黒騎士は、突然、割れていないグラスを持ち、彼女に中の水をビシャッ浴びせた。金髪の一部が水を吸いへしゃける。


「表へ出ろ! 痛い目を見せてやる!」


「……」


女黒騎士は、まだ表情を変えない、口は瞑ったままだ。ただ、ヒクソンの言う通り立ちあがり、横に立て掛けてあった黒い、まるで竜のような見た目をした店の外に向かう。


「うわ、本番前にドンパチかよ!」


「そのようだな」


「よし、俺達も外に出ようぜ! 見物だ!」


コウジュンに促されたのもあるが、女黒騎士に何かを感じたガルディンは、酒も口にせず外に出る。夜の街明かりの中で、人目も気にせず二人の黒騎士は自らの愛剣を手に対峙していた。


「女ぁ、この俺様の何百の魂を喰らった暗黒剣を食らうがいい!」


「……何百。その程度か」


「貴様ぁ!」


ヒクソンは剣先をガシャリと天に向けた。

するとたちまちその刃にどす黒き霧が集まりだす。


「ひゃはあ!! ここで死に首をたてろぉ!!」


ヒクソンは、獲物を狩るハイエナのような素早い動きで容赦なく女黒騎士に斬りかかった。並の戦士なら命が危ういであろう。


しかし、彼女は恐れない。

ただ、落ち着いて、反撃した。


「ひ、ひぎっ!?」


ヒックスが奇声をあげる。


「なっひ……?」

「なひふ……?」


ヒックスが同時に2つの言葉を発した。

頭から真っぷたつに裂けたから、できたのである。


女黒騎士の一閃、その切れ味が、明鏡止水の力でも持っていたのか、血も吹き出ず2つに分かれた体はバタリと倒れ落ち、そして、その体は黒い光に包まれてふっと消えた。


「へー、ここで死ぬとあんな風になるのか! あと残り無しとは良くできた話だな!」


コウジュンはそこに目がいったが、ガルディンは違った。

斬った方の女騎士に、重厚な足取りで彼は近づき話しかける。


「こんなところで人斬りか」


女騎士は、静かな口調で答えた。


「聞いていないか。この国では、黒騎士同士の争い事は(とが)められない。片方が死んでも、だ」


「そうか。それは背中に気をつけねばならんな」


「安心しろ。ここで、これ以上物騒な真似はしない」


「それがよかろう…………俺は、ガルディンと言う。(おなご)、名は何と言う?」


ガルディンは口説いているのではない。彼女が「ただならぬ者であると」と認識したから、興味を示したのだ。ただ、それだけではない。彼女の姿に、彼の知る「ある人物」と共通する気配を感じたのも大きな理由であった。


対する女騎士も、ガルディンの実力を察したか、静かな落ち着いた声で名乗る。


「シュターナル……シュターナル=ディウスだ」


「随分珍妙な名だな。それはさておき、あの鎧をいとも容易(たやす)く切り裂き血を留めるそなたの一太刀、まことに見事であった」


「……随分と上からの物言いだな。その(つら)からして幾多もの死線を経た者であるのは見て取れるが」


「ハッハッハッ! これでも帝国随一の黒騎士であるからな。目線も高くなるものよ」


「それは自慢にはならない。高いところばかり見ていては足元をすくわるからな」


「それもそうか。肝に命じておくとしよう。して、娘よ、これはあくまでも予感だが、そなたとは後々戦うことになるやもしれん。その時まで、死ぬなよ」


「……ほう。そちらも、それだけの大口を叩いておいて恥をかはかぬようにな」


女黒騎士シュターナルは、表情を変えず、背中を向けて夜の街に消えていった。それを見送るガルディンに、酒臭いコウジュンが近寄る。


「おいおい、ガルディンさんよお! あんた積極的だなあ!」


「お前も、あれには気をつけろよ。女と侮れるレベルではない(きわ)み者だ」


「確かにそうだなあ。しびれる一撃を見せてくれたからなあ」


「さて、さっきの酒を飲み直すか。或いは……」


酒場に戻ろうとしたところで、ガルディンは中から出てきた店主と鉢合わせになった。


「どうした? 戦いは終わったぞ」


「あの女騎士さんはどこへ?」


「さあな」


「いや、まだ飲み代を払ってもらってないんですよ」


「ふむ、あやつ、場の流れに乗るあまり忘れていったか。まあ、いくらか知らんが俺が立て替えようか?」


「おお、気が利きますね。安い酒ですので楽に払えると思いますよ……で、もう一人の男性は?」


「奴は、死んだよ。正確には、消えてしまったんだがな」


酒場に戻ったガルディンは女騎士の飲んだ酒を試しに頼んでみた。それは本当に安物の酒であった。しかし、ガルディンがその酒をみ飲んでみると、それは不思議と彼の口や舌に馴染んだのであった。






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