老人と家
<黒騎士王決定戦>
その優勝者はどんな願いも叶うと言う。
もとの世界に戻ることを優先したいガルディンであったが、やむを得ず参加することを決めた。
カトヤンの案内で、黒騎士は寝床を探した。
「ラコーム」と呼ばれる集団宿泊施設を先に見たが、黒騎士ガルディンはこの場所を好まず拒否した。他の黒騎士たちが屯しているのを良しとしなかったのもあるし、設備の一部が共同利用なのが帝国で高い地位にあるプライドが許さなかったのだ。そのため、次に、民泊ができる家を探すことになった。
何軒かまわったあと、黒騎士が宿を決めたのは独りの老人の家であった。老人の名はテケモスと言い、とても眉毛とあごひげが長いのに髪の毛は皆無でった。平屋の小さな家だったが、ボロい外見と比べて中は小綺麗にしてあり、心地よい檜のような香りが漂っていた。
「ふぉふぉ、ワシの家を選ぶとは、お主見所があるのお」
「じいさんなら、夜酒場で酒を飲んでも怒らんだろうからな」
「そうじゃな。ワシも酒は大好きじゃ」
年の割りに背筋がピンとしたテケモスの翁は、酒をコップに注ぎ、カ木製の椅子に座り机に肘を付く黒騎士のところに置く。カコンと気持ちの良い音がした。
「悪いな、気を使わせる」
「この酒はへマリンと言ってな、この世界にしかないへマリストップの果実から作られているなかなか高級品なのじゃよ」
「どれどれ…………ほう、これは絶妙な甘さだな。それに、気持ち良く酔えそうだ。故郷に土産物として持ち帰るのも悪くない」
「残念じゃが他の世界には持ち帰れんのじゃ。ま、願い事を1つ叶える時に願えばそれも叶うじゃろうが、流石にそれは勿体なかろう」
「願い事か」
案内人のカトヤンは別れ際に黒騎士に言った。
「4日後に国の中心にある<儀礼場>に向かえ」と。そこで「黒騎士王決定戦」の開会式が行われると彼は言い残し、また新たな黒騎士を探しに向かったのであった。
「本当にと疑うかもしれんが。あのお方はただ者ではないのじゃ。実際に奇跡を起こすような事も見たし、そもそもお主らをこの世界に呼び寄せているのもあのお方自信が一人で行っているのじゃ。普通の魔術師や召喚士ができる類いではない」
「しかし、主催者の目的が解せぬ。こんな事をして何の得になるのだ。余興のつもりなら趣味が良いとは言えないが」
「それも、常人の理解の範疇ではないじゃろうな。それは、神に道理を求めるようなもの」
「神か……焦臭い」
「ま、どうしてもって言うんなら、直に会って聞くのが一番じゃろうな。黒騎士王決定戦で最後まで勝ち残れば話す機会も生まれるじゃろ」
「なるほどな。ならば、そうするとしよう。もっとも、それ以外に選択肢はなさそうだが」
「お主ならできそうじゃな。見た目的にもなかなか貫禄があるし、それに違わね実力もあろう」
「だが、油断はするな……だろう?」
「良くわかっておるな。ちなみにお主がもし勝ち残った場合、実は、寝床を貸すワシにもちーっとだけ恩恵があるんじゃな。だから、がっちり応援させてもらうぞい!」
「あのカトヤンといい、じいさんといい、まったく呑気なやつばかりだな」
「ピロ! お前も応援してやりな」
老人の飼っている、真っ黒な毛色の尻尾の太い猫はニャアと鳴いた。そして、黒騎士にひょひょひょと近付き、首の鈴をチャリと鳴らしその膝に跳び乗る。
「ほう、これはまた図々しい奴だ」
猫は黒騎士の言葉に怯えるどころか、ゴロゴロと喉をならし始めた。感心するほどの余裕であった。
「おお、ピロや。お前さんもこやつを応援するか」
老人の言葉に、ピロと言う名の猫はニャオンと答えた。
おそらくは肯定的な意味合いだろう。
「そうか、猫よ。それならせいぜい上手い魚が貰えることでも期待するが良い。我はみすみすこの地で骨を埋める気はないぞ」
「ふぉふぉ、どうやら、わかっておるようじゃな」
「ああ、その黒騎士決定戦とやら、負けた奴は、おそらく皆死ぬのだろう。それくらいは容易に予想できる話だ」
黒騎士は猫をぐいと持ち上げてその顔をじっと見た。
猫の方も丸い目をぱちくりさせて黒騎士の髭面をじっと見る。
「さて、少し夜風に当たるとしようか」
「早速外出か。ふぁふぁ、このアディアルカは賑やかな街。楽しんでくるが良い」
「ああ、そうさせてもらうさ」
猫をすっと床に降ろし、黒騎士は家を出た。
日の暮れたその異国の都市は、眩い明かりで夜空を淡く照らしていた。