消せぬ呪怨
決戦の最中、呪われし恐怖の騎士が現れた。1回戦でガルディンを恐れさせた不死身のような存在がマルグレーテを襲う……
「さあさあ、誰でもいいからかかってきなよ!」
空に浮き誘う魔女を、輪になって囲み、見上げる黒騎士たち。
浮いているため攻めにくいというのもあるが、大体の黒騎士は安易に攻めるのは危険と思っているのだ。攻撃を反射する魔法などを使われたり、近づくものに対しての強力なカウンターマジックを使う可能性があり、実際マルグレーテはそれらを使うことができる。
警戒するなか、少しして、1人だけ前に出てくる者が現れた。
1回戦の最後にガルディンを脅かした、呪われし恐怖の騎士だ。
彼は汰土の軍勢に所属していたが、全く命令など聞かず、各地を徘徊していた。それが、何の気まぐれなのか、それとも目的が存在するのかはわからないが、マルグレーテのもとにやってきたのである。
「貴様……来たのか」
近くにいたハデスが話しかけても、名も知れぬ騎士は無反応だった。ハデスの方も、仮面に隠された素顔は知れぬ。しかし、型無き会話があったのか、ハデスは恐怖の騎士に言葉を被せる。
「喰らえるか、喰らえるならやってみよ。その怨念であの魔女を殺せるか」
この言葉には、名も知れぬ騎士は慟哭で返す。
憎しみに満たされた声は重く、邪気と瘴気を辺りに放った。それは身のすくむような、それだけで正気ではなくなるような、最悪死に至る恐ろしいものであったが、黒騎士のほとんどはその強靭な精神力で耐えることができた。もちろん、相対するマルグレーテにも効いていない。
「コロス、コロスゥ」
「あらら、闇に堕ちてるね。まあ、こっちもあまり変わらない闇黒魔導にはじまり暗黒魔道に殉するものだけどね」
「クアアアアア!!」
恐怖の騎士は地面を己の瘴気波動で蹴りあげてマルグレーに向け飛びかかった。重い鎧と大きな鉈剣を持っているのに、まるでミサイルのように飛び上がったのだ。
「随分と威勢がいいね!」
マルグレーテは、黒騎士から身を守るため結界を張った。
尋常ならざる魔力による強力なそれは、あらゆる攻撃を防ぐだけの力を持つ。しかし、恐怖の騎士の突撃は止まらない。
ビシッ
激突した瞬間、闇の色した結界がガラスのようにひび割れる。そして、一度そうなればあとは脆弱で、すぐにパリンと砕け散った。
「な!?」
「!!」
鉈の剣による一閃。マルグレーテは間一髪かわしたが、鎧の胸元が豆腐を斬るかのごとく切り裂かれた。
「ひゃー! 危なっかしー!!」
「ーー!!」
「ええい! 吹き飛べ!! 《ヘルファイア・ボンバー》!!」
強力な闇の炎を投げつけてカウンター攻撃を行うマルグレーテ。しかし、恐怖の騎士は怯まない。真正面から受け止める。炎はそのまがまがしい鎧を焼き溶かすどころか、触れた瞬間鎮火してしまった。
「フゥゥゥゥ!!」
「えっ!? 効いてない」
「ユルサヌ、クロキシ、許サヌ!!」
「こいつ!! ならば!! 来なさい、エンシェントダークロッド!!」
マルグレーテは、次元の狭間から愛用の魔杖を取り出した。
そして、右手でそれを持ち構える。
「その怨念のようなオーラ、ただ事じゃないね! おもしろい、君に何の因果があるかわからないけど、打ち砕いてあげようじゃないか!!」
振動する大地。
歪む次元。
2人を見守る黒騎士たちは天変地異に巻き込まれないよう、各々が対策をはじめた。ガルディンもひとまず、足元に気を付けながらこの対決を下から見上げるに徹する。
「あやつ、いったい何に憑かれておるのだ。あの執念ただならぬわ」
「そうですねぇ」
「むっ!?」
「こんにちは」
ガルディンの横に、馬頭の男がいつのまにか立っていた。気配を完全に消して近づいたのだ。
「貴様……」
「あー、別に殺しに来た訳じゃないですよ!」
「じゃあ、何の用だ?」
「顔が怖いっ! いや、流石は王に選ばれただけはありますなあ!」
「殺すぞ」
「やーやーやー! お待ちくださいって! 我々、汰土の王ハデスは、あなた達とはもう戦うつもりないんですよ! その事を連絡しにきただけです!」
「嘘こけ。信用できる面かよ」
「ひどいなあ、人を見た目で判断するなんて。あ、フツーに怪しいですねーわたくし!」
「それ以上軽口たたくんなら、その首をはねて止めてやろうか!」
「ごめんなさい」
馬頭は、ピシッと直立した。
それを見て、ガルディンは訝しみを覚えながらも、斧を振るうまではしなかった。それを見て、馬頭はまた喋りだす
。
「しかし、なんですかなあ、あの鎧の化け物は」
「お前が言うか」
「実に禍々(まがまが)しい。厄災ではないですか。対象となったものを破壊しようというような気配がビンビン伝わってくるのです。強いものは絶対殺すぞって感じですね」
「そうだな。奴にはもはや肉体が定まっているかどうかも怪しい。全てが殺意と戦慄に振られておる。それゆえ迷いがなく厄介な相手だ」
「そうですね、このまま倒れてくれるのがよさそうです」
「なに、どちらかが倒れるまでやるだろうさ」
恐怖の黒騎士と魔道極めし黒騎士、両者は火花を散らしはじめた。一方は底知れぬ力によるむしゃらな攻撃、もう一方は無尽蔵の魔力をもってぶつかる。それは五分五分に見えた。
「やるねえ! 久しぶりだよ、こんなに強い奴とガチで戦うのはさ!」
「ーーー!!」
「物理的なダメージはほとんど効いてないよね! なら、他の策も考えないと!」
マルグレーテは、ファイアーボールを次々に放ち牽制しながら思考を巡らす。まだ余裕はあるものの、糸口を掴まなければ押し込まれる可能性があった。
「フゥオ!!」
「っ!? 危ない危ない。にしてもこいつは、何を原動力にしているかだな。調べてみるか! 《メモリー・イン・ヴェスティゲート》!」
それは、相手の記憶を読む魔法。高度な技術であるが、魔道を極めし者は動きながら扱える。
「さあ、見せておくれよ、君の心の内を! んっ?」
「オオオオー!!」
「弾かれた!? この私の魔法力を拒絶するなんて!!」
「ユルサヌ!! ユルサヌ!! 冒涜スルモノ死すべし」
「パワーが増幅する!? ものすごい勢いで、肥大化してる!?」
恐怖の騎士は、究極龍を屠った時のように巨大化をはじめた。
それも、前よりも大きく禍々しく変貌し。山々(やまやま)を見下ろす巨神のごとく姿になった。
「これは、面白くなってきた!!」
「ガォォォン!! ジャアクナルクロキシハァミナコロス!!」
巻き起こる爆発と衝撃波。マルグレーテの魔法よりも強力で、黒騎士の多くが吹き飛ばされた。この大敵に攻撃を加えようとするものはいない。なぜならマルグレーテさえ倒されれば戦いは終わるのだ。この巨神が仕留めてくれれそれが一番良いのである。また陰月の軍勢は、マルグレーテが消してしまったため、ほとんど残っていない。
「ガアアア!!」
恐怖の巨神は、目からビームのような光線を発射した。拡散する光は、マルグレーテだけでなく、地上の者達にも見境なく襲う。森は焼かれ、いよいよ辺りは地獄絵図の様相を見せた。
「まるで、動く厄災じゃないか!! 皆殺しにしてもかまわないってノリじゃん!! 実に清々(すがすが)しい!! でも、このマルグレーテ様が止めちゃうげどね! 《マジック・バインド・マグナ》!!」
巨神に光の網が絡み付く。まるで、猛獣を捕まえるかのように。しかし、呪われし巨神はこの程度では止まらない。それは、マルグレーテもわかっていた。あくまでも、注意を完全に自分に引き付けるのが目的だ。
「ガアアアア!!」
「ほら、あたしはこっちだよ!!」
「死ネ死ネ死ネ死ネ!! 死ネェェー!!」
呪いの波動砲が、空にむけてはなたれる。
避けなければ確実に死ぬ程の威力を持つ攻撃。マルグレーテはその中心におり、動かない。
「ねえ、呪詛返しってるかい? こうやってやるのさ!!」
そして、巻き起こる黒い瘴気。それが、彼女の回りにたちこめると、襲いかかる強力無比な呪いの波動を押し返す。更に、その呪いに「侵食」し、呪いの元に襲いかかる。
「グオオ!?」
「どうだい、この毒のお味は」
「ガ、ガガガッ!?」
「元々苦しいんだろうけどさ、それが更に増すんだよ」
「ガァァァ!! 痛イ!! 苦シイ!! クルシイクルシイクルシイ!!」
「拷問だろう」
「キサマァァァ!!」
呪いの巨神は攻撃を繰り返す。しかし、そうする度にその身体は蝕まれていく。苦痛は例えられぬくらいにふくれあがっていった。
「ナゼダ!! オオオ! ナゼダ!? オオオ!! 神ヨ!! ナゼワタシニダケコノヨウナ仕打チヲスルノダァ!! 卑劣ナル者【マディアクター】ヲノサバラセ、罪無キ者タチヲ見殺シニシテ!! ナゼ!! ナゼオマエハ施サナイッ!?」
「おや、やっと本音が漏れたみたいだねえ。そうか、君が深く憎んでいる奴は」
マルグレーテはニヤリと笑う。そして、巨人の懐に飛び込んだ。普通なら呪いの塊な突撃すれば命を落とすのだが、《呪詛返しの領域》をまとっているため、影響を受けないのだ。
「ま、後のためにもやっておいた方がいいよね!」
黒き魔女は呪いの海に消える。それは、記憶へのダイブであった。