よりどりみどり
残された勢力のうち、陰月の王マルグレーテは汰土の軍勢にちょっかいを出して甚大な被害をだした。このことで、陰月は汰土の標的となり、他の2国も陰月を狙う3対1の構図で戦いは最終局面を向かえる……
「そうか、霊木も猛火も消え、攻めた汰土も甚大な被害が出たか……」
黒騎士サンチョの報告を聞き、ガルディンは目を閉じた。
怒っているわけではないが、眉に刻まれたシワのかんけいで、素人目では怖く見える。これはある種の武器で、強面だけで敵をひるませて倒したことも多くあった。しかし、サンチョも並みならぬ黒騎士。冷静に話を続ける。
「どうしますか?」
「決まっているだろう。陰月を攻める」
「汰土ではないのですね」
「じいさんも同じことを言うだろう。あと一国滅ぼすならそのほうが早いだろうし、汰土もあの国を狙う」
「ならば、同盟を結びますか?」
「なに、そんなことをする必要もない。こちらが手出しをしなければ向こうも出してこないし、もうすでに動き出しているかもしれん」
ガルディンの予想は当たっていた。
この時点で、ハデス率いる軍勢は、陰月の城に向けて進軍をはじめていた。
「ではさっそく、みなさんに招集をかけますか?」
「そうだな。だが、その前に、じいさんと話でもしよう」
「ほ?」
「そこに来てるんだろ。酒臭いからわかるぞ」
ガルディンがそう言うと、部屋の端にある柱の裏からバルトリバザルが瓢箪を手にもって現れた。
「ふぁ! ごめんねごめんねー」
「酒はいいが、自分の城は留守にして大丈夫なのか?」
「なーに、あのキノコ坊主らがおれば大丈夫じゃよ。それに、どうせ攻めてこないしのお」
「まあ、そうだろうな。それで、聞いての通りだが、じいさんはどうする?」
「まあ、こちらも暇潰しに出かけるかのお。陰月の王マルグレーテちゃんはなかなかのべっぴんさんらしいから、いっぺん見ておきたい」
「まったく、破廉恥なじい様よな。実に期待を裏切らない」
「ほっほほ! お誉めの言葉ありがとうな! んじゃ、わしゃ便所にいかせていただきます!」
「くれぐれ漏らすなよ。しょんべん臭いのはあまり縁起がよいものではないからな」
「わかっておるわかっておる……んじゃぱー!」
バルトリバザルが去ると、ガルディンはすぐに黒騎士達を招集し陰月の本拠地への進軍することを告げ、翌日には実行。召喚したゴーレムを伴い、黒騎士達は列をなして行軍をはじめた。
黒騎士達の多くはさっさとこの2回戦を終わらせたいので乗り気であった。理由は、食事がマンネリ化していたためである。熾金はガルディンの生み出す食べ物が非常にまずいうえ、酒も無いのでみんなうんざりしていたのだ。
こうして、陰月の国は3つの国から同時に攻められることになった。しかし、魔導王たるマルグレーテはこれを恐れず、寧ろ愉快に思っていた。
「ゴーレムどっさり出しといたけど、結構時間稼げるね」
マルグレーテは、玉座で足を組み、目の前に写し出された城の外の様子を、まるでテレビ番組を観ているような呑気な顔で眺めていた。
「まあ、私の魔力こめこめしたゴーレムだし。汰土も人数減ったからかなあ。まあ、あと2つの国もそろそろ来るっぽいしその頃にはなんとかできるでしょ。まあ、そのあとは、みんなまとめてドカンするわけだけど」
四面楚歌のような状況になることは、彼女もわかっていた。だから、おびき寄せて罠にはめるつもりなのである。
「さあ、みんな、はやくよっといでよっといで。このマルグレーテ様にスッキリ気分を味あわせておくれ! あはははは!」
楽しそうに高笑いする美魔女黒騎士であったが、相手も黒騎士である。その策に誰も気づかないはずはなかった。
「ふむ」
遠くに見える山城と沢山の細長い岩石巨人たちの姿。それを、ガルディンは不審に思った。
「あんなものを出して何になる。木偶の坊でしかなかろうに」
各国の王は、ゴーレムなどのモンスターをいくらでも召喚できる権限も得ているが、王の魔力に比例する上に、上級モンスターでも戦況を変えるどころか黒騎士1体を倒すことすら難しい陳腐な性能であったため、早々からほとんど使われてなくなっていた。マルグレーテは魔力が尋常ならざる高さであるが、それでもゴーレム事態の性能にリミットがあり、せいぜい壁役が関の山であった。
「あまりにも簡単に近づかせすぎだ。何かある」
「ですね」
ガルディンの側にいる年若く蒼き髪の黒騎士アルファスもそれに同意し頷いた。
「少しおちょくってやろうか。スライムでも送り出そう」
ガルディンは、斧で小さめの魔方陣を地に描き、簡易召喚を行った。これは、王の権限によるものはなく、ガルディンの元々の能力である。もとの世界では、魔狼やデビルプラント、ワイバーンなどを呼び出してたたかったこともあり、召喚師としての力もそれなりに持っていたのだ。ただ
パワーだけでなく才能多彩なのもガルディンの強みなのである。ただ、召喚するはかならず魔方陣を描かなくてはならない手間が省略できないため、使用機会が相手に隙がある時などに限定されるのは欠点であった。
魔方陣から、ドス黒い物体が次々にピュンピュンと飛び出した。ガルディンが呼び出したのは、スライムの中でも結構実力のあるダークスライムである。見た目はくりくりした2つの目玉がキモカワいいコーヒーゼリーと言ったところだが、溶解液を吐いたりある程度の魔法も使えるので侮れない。知能も猿に近いものがあるので、ある程度言うことも聞いてくれる。
「キュピピ」
「よし、貴様らはあっちにまっすぐ向かっていけ行け! 建物があったら容赦なく壊せ! 襲いかかるものは返り討ちにしてやれ! 敵は皆殺しだ!!」
「キュピー!!」
ガルディンの言葉をちゃんと理解した30匹ものダークスライムたちは、一目散に陰月の城に向かっていく。己の命など気にする事もない、そこらの人間より勇敢な下僕である。迷いがないだけに、彼らは思いのほか厄介なのである。
「敵の増援か!?」
すでに、汰土の一部の兵と交戦中であった陰月の黒騎士達は、人外のザコモンスターの登場に意表をつかれた。黒騎士の1人マイナスはロングソードで飛びかかってきたスライムをぶったぎろうとしたが、スライムは弾力のあるゲル状のからだをしているので受け止められてしまう。さらに、顔に溶解液を吹き掛けられて目潰しをされると、そのまま身体を溶かされてしまった。
「この! スライムごときが!」
黒騎士ピクスィが、ファイアーボールの魔法で焼こうとする。しかし、ダークスライムの身体の成分はガソリンにちかいものだ。燃え上がり、バーニングスライムにパワーアップしてしまった。溶解液も、強力なバーニングブレスに変わり近くの木々ごと焼き払う。
「ギャアアア!」
「ウワー!!」
山が燃え出し、陰月の軍勢の統制が乱れる。
危険な状況になったが、マルグレーテは、王座を放れない。
「あー、何か変なことしてきたやついるね」
「マルグレーテ様、どうしますか?」
「まあ、これ以上は時間の無駄かな~よし、やっちまおー」
そう、呑気なことを言いながら、拳を天に突き上げる。
すると、彼女を中心にして、閃光が走る。
「むっ!?」
ガルディンがその光を目にするのも束の間、核爆発のような巨大な爆発が起こった。かなり距離をおいたのに、その爆風は凄まじく、屈強な黒騎士でも耐えるのがやっとだ。
「はっは!! やつめ、思った通り罠をしかけておったわ!!」
ガルディンの視界が落ち着いたときには、城の周囲はすべて跡形もなく消滅し、地面にはクレーターができていた。範囲内にいた黒騎士もゴーレムもスライムもみんな塵となったのだ。
そして、その真ん中に、マルグレーテはバリアのようなものをまといながら浮遊しており、楽しそうな表情を浮かべていた。
「さあさあ!! 余計なものは吹き飛ばしたよ!! これ以上のトラップも無し!! あとはラスボスの私をぶっ倒せばゲーム終了だ!! あはは楽しもうよ!!」
陰月の戦力はほぼ彼女1人となった。
ガルディンやハデス、バルトリバザルをはじめ残りの勢力はほとんどが彼女の元に迫る。特にバルトリバザルは警戒もせずに近づく。
「うほっ!! 近くで見ると上たまなオナゴじゃわい!!」
「あーほめてくれるんだーおじいちゃん。なんかうれしいなあ」
「しっかし大胆よなあ、味方を巻き込むとは」
「どーせ最後の1人になるまでやるんだから減らしといても問題ないでしょ。」
「ほっほ、まあそうじゃが、せっかくの祭なんじゃからもうちと遊んでもよかろうに」
「安心してよ! 今から楽しいお祭り《ラスボスマルちゃん討伐ゲーム》をおっぱじめるからさ!」
「ほー、そりゃ胸が踊るわい。ネーミングはよくわからんが、おねしの1人で全部受け止めようとするその自信、嫌いじゃないぞい」
「こっちも、おじいちゃんのこと敵ながら嫌いになれないなー! だから全力でぶちのめすね!」
そう言って、マルグレーテは当たれば焼け死ぬほどの威力を持つ火炎弾を生み出し、バルトリバザルに投げつけた。老仙は、勿論、さらりとかわして、そのまま後退した。
「さー、みんなかかっておいで! このマルグレーテ様がまとめて相手をしてあげるよ!!」
杖を呼び出し、マルグレーテはいよいよ臨戦態勢となる。
2回戦の最後の戦い。最強の魔導黒騎士を倒すことの一点に絞られた総決戦は、こうして幕を開けたのでった。