魔導女帝の戯れ
汰土の軍勢はコウジュンの「陥陣営」をかるく破り、霊木を滅ぼした。残る国もいよいよ絞られ、決戦が近づく。その頃……
霊木の脱落は、汰土の危険性をより知らしめることになった。他を差し置いて2国を呆気なく落とす力に、他国が警戒をしないはずがない。陰月の王マルグレーテもそうだが、彼女は他にも警戒せねばならぬことがあった。
「サイサリスめ、しくじったか」
「どうします?」
「これで熾金と猩水は完全に敵となるだろうね。汰土は、同盟などしないほど強いから先に向こうに行ってくれればねえ」
「猛火なら、話に乗るかも」
「そうさね。まあ、結ぶに越したこともないか。アナログ、すぐさま使者を向かわせて」
「はっ」
部下の黒騎士が場を去ると、黒き鎧を黒きマントで覆うマルグレーテは、自らの美しい銀色をした長髪を右手でかき上げた。手入れの届いたそれは、すぐさま元通り、サラリと垂れ下がる。
「ったく、ホントあのアホはどれだけ油断したのよ? 慢心にも程があるっての。まあ、敵にしたら厄介極まりないから、あながち悪くもない結果だけど、先に汰土に送っとくべきだったわ。はー後悔後悔大後悔」
ため息をもらすが、そんなに落ち込んではいない。
マルグレーテは、超級の実力を持つ黒騎士であり、超級の大魔道士なのである。1人で軽く一つの国を滅ぼせるくらいに強い。
「まあ、いいわ。汰土の連中はムカつくし。ちょっと痛ーいゲンコツしてみようかね」
玉座から腰を上げると、ツカツカとハイヒールの靴を鳴らして王の間後にする。そして場外に出ると、黒い闇の魔力を足に纏わせて、ロケットのように空に飛び立った。
「偽物なんだろうけど、空を飛ぶのは気持ちいいねえ」
雲をかいくぐり、空気抵抗などものともしない高速移動。全ては彼女の並外れた魔力のなせるわざである。
「さーて、この辺だね。よし、来て、我が相棒!」
汰土の本拠地の真上にさしかかると、マルグレーテは黒く禍々しい姿をした杖を、異次元から召喚する。そして、右手でそれをギュッとにぎり、左手に魔力を込めた。
「さあ! 目覚まし代わりさ!」
黒い焔の球体が現れ、太陽のように燃え盛る。
それを、マルグレーテは魔力を弾けさせて敵城に向けて撃ち放った。
ドオン
正確に命中すると、まるで彗星が落ちたかのごとく、強烈な爆発が起こる。そして、凄まじい衝撃波が辺りを吹き飛ばした。
「どうだい!」
してやったりと、自慢げな顔をするマルグレーテ。実際、汰土の本拠地は瞬く間に廃墟と化した。黒騎士達のほとんどもこの攻撃で死に、生き残ったのは王と一部の強者のみであった。その最たる者が天を仰ぎ、その浮遊する魔女に大きくも落ち着いた声で語りかける。
「自ら出てくるとは、大した奴よ」
「お元気ですか、ハデスさん! はじめまして! 陰月の王をやらせてもらってるマルグレーテと申します!」
「元気もなにも、この肉体は死の国のものだがね」
「ご活躍は聞き及んでますよ? ずいぶんとブイブイ言わせてるみたいじゃないですか!」
「私は指示をしているだけで、大してなにもしておらぬ。今のそなたの方がよほどアグレッシブではないかな?」
「そうですかね、へへへ」
マルグレーテが照れ笑いをする。それを見て、ハデスの臣下のアヌビスは怒りを露にした。
「テメェ! こんなことして駄賃無しで帰れると思うなよ!!」
「ごめんねぇ。もう少し冷やかして帰るつもりなんだ」
「なにっ!?」
「なのでワンコ君。手始めに消えてもらうよ」
「ぐっ!? ぐわっ!?」
マルグレーテが手のひらをアヌビスに向けたとたん、彼の体はゴウゴウと燃え上がった。
「ギャアアアア!!」
周囲の者は誰もその火を消そうとはしない。彼らは情で繋がっているわけではないのだ。弱き者は死ぬ、そのルールをよく理解しているのである。
なお、シュターナルとポラリスはまだ遠征から戻っておらず、この場にはいない。
「おやおや、燃える燃える。性格が災いしたねぇ!」
「馬頭さん。よかったら君も燃やすけど」
「いえいえ、我輩はまだ結構ですよ、ハハハ」
「そう、親切のつもりなんだけどな。じゃ、他をテキトーに殺して帰るかね」
マルグレーテはそう言うとハデスの横にいた黒騎士をアヌビスと同じように燃やした。しかし、冥府の王は微動だにしない。
「中々にやるではないか。前の2つの国の王とは、どうやら格が違うようだ」
「上から目線だねえ。そっちも、味方がどれだけ減ろうが1人でやれる口ってことでしょ?」
「フッ、どの道を辿ろうが、最終的にはそうせねばなるまい」
「まーね。あはは、お互い道楽者ってことか!」
「こちらは、それほど楽しくもない。せめて、我を殺してくれる奴でもいるのなら」
「よかったら、私がやるけど?」
「ほう。ならば、やってみせよ」
「りょーかい!」
マルグレーテは杖を天に掲げた。
すると、空は途端に暗雲に包まれ、大地は振動し、あちらこちらに雷が落ちはじめた。さながら天変地異を起こしたかの如くである。
「エンシェント・ダークロッドの(むじんぞう)の魔力をくらいな! 〉《ヘルズ・テンペスティオ》!!」
杖に集約される膨大なエネルギー。
放たれる魔力の波動だけで並みの人間なら倒れるだろうそのどす黒い光の玉は、放たれると、さながら大津波のように広範囲に拡大し、ハデスたちめがけて向かっていく。彼らどころか汰土の国そのものが吹き飛ぶだけの威力を持つその攻撃が、襲いかかった。
黒い閃光、ねじれる次元、鼓膜を破らんとする爆音が起こる。この一撃で国のかたちはすべて塵となった。同時に、多数の黒騎士が犠牲となり、戦力は一瞬で大幅に失われたのだった。
「あー、ちょっとやりすぎたかなかあ?」
「……なに、大した意味はないさ」
「だよね。君が生きてれば問題ないんだろうし」
あれだけの攻撃をまともに受けたが、ハデスは傷ひとつ付いていない周囲の黒騎士たちも同様だ。
「楽しんでいただけたかな、魔女マルグレーテ」
「あるていどはスカッとしたけど、いまいちかなあ」
「ならば、その不満は後で解消させてやろう」
「へえ?」
「冥府に堕としてやろう。気持ち良いくらいに」
「いいね! 楽しみにしてるよ! じゃあ、今日はこのへんで!」
そう言うと、マルグレーテは、笑って手を振ると、すぐさま自分の居城に向け飛び去った。それにたいし、馬頭だけがのんきに手を振り返す。
「いやー、まんまとやられましたねぇハデス様」
「馬よ、お前も愉快がっている節だろう?」
「アハハ! やっぱりわかりますかー」
「まあ、そのくらいの余裕あるのが基本だろう。この先に待つものからすれば、あの女は優しいくらいだろうからな」
ハデスの表情は仮面に隠されて見えない。
だが、その心については、憂う何かが漏れだしていた。それは、マルグレーテに対するものではもちろんない。すべての裏で笑っているかもしれぬ「真の敵」に向けてである。
暫くしてシュターナル達が戻ると、汰土の軍はすぐさま動いた。そして、これが黒騎士王最終決戦の火蓋となったのであった。