原子の薔薇(ばら)
裏切り者は、気弱な女黒騎士サイサリスだった。ガルディンは彼女の首をはねたが、その体は瞬く間に再生し、恐るべき本性が明らかになる……!?
「キャハ!! 死ぃぃぃねぇぇぇぇ!!」
サイサリスは、短いスカートをひらめかせ、旋光の剣撃を次々に放つ。衝撃波を伴うその連続攻撃は、食らえば強靭な黒騎士とて鎧ごと刻まれかねない。ガルディンは自らも斧を振り回してこれに対抗する。
「キリキリうるさい虫だ!!」
「アハハハハ八八ッ!! はーあ、やっぱ包み隠さねーのはたーのしーわー!! こちとらアッチにいた時は気に入らねー奴はバッサバサ殺して殺して殺してまくってきたんだからさあ!! あの断末魔の叫びがたまんないのよ! 気持ちいいの! 特にぃおじ様みたいな自信家の自信が粉々に砕かれたときの絶望の叫びはきっと一級品の甘美さがあるだろうから早く是非とも聞きたいものだねぇぇっ!!」
「さっきまでは少ない口数だったくせに、ベラベラベラベラうるさい!! その口、しゃべれんように叩き潰してくれるわ!!」
一文字にガルディンは斧を振り下ろす。
サイサリスを真っ二つにしようとしたのだ。
しかし、目の前にいた彼女は、またフッと金色の粒子になり、風に流されて空に消えた。
「こいつ!!」
「ごめんあそばせー!」
そして、次に姿を現したのは、アゼルの背後だった。
「わわっ!」
「もーおどろかないでよーアゼルちゃん。わたしたち、友達じゃないの」
「お、おまえ! 何を今さら!?」
「ねえ、アゼルちゃん。あなたは私の方について味方になってくれれば、殺さないつもりなんだけど。一緒に来ない?」
正義感の強いアゼルは首を振った。
その反応に、サイサリスは永久凍土の氷のような、冷たい表情を浮かべる。
「悪いけど、いまのくそ悪そうなお前にゃついてけぬえよ!」
「そ、なら死ねやクソガキ!!」
サイサリスは遠慮なく、エネルギー剣の一撃を今までの仲良くしていた者に振り下ろす。しかし、それは、横からぬっと突き出た杖にガンという音とともに防がれた。老仙バルトリバザルが、アゼルをかばったのである。しかも、あくびをしながら。
「はーあ、血も涙もないオナゴじゃなあ」
「じーじーいー! 邪魔すんじゃないよ!」
「ふぇふぇ、でも、怒った顔は案外かわいいのう」
「はぁー、このエロセクハラ顔見てるだけでムカつくわー。よし、まずはおまえからぶっ殺してやんよ!」
「やわやー、このワシとサシでやろうてか。こりゃまた命知らずじゃのお。でも、そういうの大好物じゃ。大好き!」
「このボケジジイクソキメェんだよぉ!! さっさと地獄で血の池にドボンしろや!!」
浮き出た血管をピクピクさせながら、般若のような鬼気迫る表情でサイサリスはバルトリバザルを殺しにかかる。苛烈な攻撃を止めどなく連発する彼女に、もはや弱気の二文字は微塵もない。しかも、怒涛でありながらただ怒りにまかせておらず、太刀筋が大味でないのは驚異的である。しかし、老仙もだてに長くは生きておらず、それを全て杖で弾いて通さない。ガルディンたちも迂闊に手を出せない、非常に高レベルな一対一の打ち合いがはじまった。
「ほおーこちらに反撃の機会を与えようとせんとは! 中々やりおるわい!」
「なんだい、ジジイのくせにその程度かい!? なら、そろそろ終わりにしてやるよ!」
「なぬ? むがっ!?」
サイサリスが、見た目からは想像つかない力のある蹴りで、バルトリバザルを吹き飛ばし転倒させる。そして、動きが止まったところで剣先を天に掲げた。
「くらいな! 我が必殺の一撃!! 咲き誇れ、美しき原子の薔薇よ!! 愚かなるものをその毒で殺し尽くせ!!」
「む、これは、まずい」
「《アトミック・ローズ》!!」
バルトリバザルの足元から、金色に光る大きな薔薇の花が何本生え出でて、彼の体に巻き付く。
「グッ、グゴッ!? グゴゴゴゴ!!」
その花は、純度の高い原子力の塊であった。プルトニウムやウランの力を直に触れれば、人は死ぬ。バルトリバザルの老体は、瞬く間にボロボロになり、崩壊した。
「な、なんだよ、じいさんがこんな簡単に!? うわああ!!」
「おいおい、落ち着きなって!? いま冷静じゃなくなったら、即死だよ!!」
強いと思っていたリーダーが簡単に倒された事を受けパニックになるアゼル。抑えようとするフェリペンの顔も不安の色が浮かんでいた。
「ちっ、この女、バケモンだぞ!!」
「どうするよ!! 逃げても無駄だぞ!!」
「なら、やるしかねえ」
集まった黒騎士達は精鋭揃いのため、背中を見せて逃げることはない。しかし、その多くは動揺が隠せなかった。それを見て、サイサリスはニヤリと笑う。
「さあ、次はどいつだい!? みんなあの世におくってやるよ!! 苦しみ悶えながらねぇ!!」
「ちいっ! させるかよ!」
「おやおや、勇敢じゃない!」
「くらえ、《シャドウバインド》!!」
堀の深い顔の黒騎士チャリオットが、魔法を使う。黒い瘴気の蔦が現れ、サイサリスに絡み付く。
「へえー! なにこれー! アハハ!」
「動きは止めた!! 誰か仕掛けろ!」
「おうよ!!」
何人かの黒騎士が、攻撃を仕掛ける。ただ、近接攻撃はリスクが高いため、皆、攻撃魔法などの遠距離攻撃がメインだ。集中砲火を受けるサイサリスだが、残念ながらこの程度では倒すことができない。再び粒子になって消えると、黒騎士の1人バスティン前にスッと現れて、ガンを飛ばす。
「おいー、おめーらー、つまんない攻撃をーすんなよなぁっ!!」
「なっ!? ギャアアアアー!」
腹をエナジー剣で貫かれると、その体は勢い良く燃え上がった。
「ほらほら、シネシネシネシネシネ死ね!」
「ぐわー!!」
「こいつ!? どうやって、倒すんだよ!! う、うわああ!」
意識的な殺人鬼ほど恐ろしいものはない。
躊躇なく、黒騎士達は次々と焼かれ裂かれ、死んでいく。勇敢に攻撃するものも、簡単に消えてかわされ返り討ちにあうばかり。阿鼻叫喚が空にも響く中、ガルディンだけ堂々とその場に立ち尽くし、静かに目を閉じていた。その姿を見て、サイサリスは攻撃を一時止め、彼に近づく。
「あら!? おおじ様、こんな時に考え事? みんなこのままだとどんどん死んじゃいますよ?」
「お前は、殺せん」
「なあに? こんな時にあたしに情がはたらいたっての!?」
「そう言う意味ではない。殺す方法が無いと言うことだ。なにそ、お前は、肉体が無いようだからな。生命と言うよりまるで霊体のようだ」
「ぶっぶー、ハズレ!!」
「ほお、ではなんだと?」
「あたしはぁ、原子精霊なのよ! 全部が原子力で出来てるの! だから、いつでも体を分子分解させてバラバラにできるわけ! それも涅槃寂静の域までね!」
「随分と簡単にネタバラしをしてくれるものだな」
「だってー、どーせあたし無敵だし。私をまるごと吹き飛ばしても、ほーんのわずかな粒子が残ってたらそこから再生できるしさ」
「それは、まったく質の悪い」
「アハハハハ! だから、何しても無駄なんだよガルディンさんよぉ!!」
「なるほど。さてはお前、裏切り者も茶番でやっていたな?」
「そーだよご名答ー!! 陰月の奴らなんて、このアタシならよゆーで皆殺しにできるしねー!!」
「そうかそうか! 八ハハハ八!!」
ガルディンは、笑いだした。
その意外な反応は、サイサリスも予想しておらず、虚をつかれて言葉が止まる。
「な? な、なにがおかしいのかしらぁ!?」
「面白い! こんなずるい奴がいるとは!! 実に愉快!! 倒し甲斐があるではないか!! この難問答、解いてみせよう」
「キサマぁ、マダあたしをナメるってのかい!?」
「貴様のその慢心たる無敵が、完璧ではないことを教えてやるわ!!」