月の悪策(あくさく)~ガルディンの大返し~
コウジュンの「陥陣営」の前に、ガルディンは後退を迫られた。そして、その背後では陰月の軍勢が迫る……
ガルディン一行は、大きく後退した。
この判断は実に正しかった。
「なに? 本拠地に陰月の軍勢が攻めてきただと?」
「はい、今必死に防戦しているのですが、余談を許しません」
命からがら駆けつけた韋駄天が自慢の黒騎士バリハは、ガルディンたちに合流すると。慌てた顔で凶報を伝えた。
「ほう、まさに狙い済ましたかのようだな。実に悪い事をしよるわ! して、あの仙人じい様たちはどうしておる?」
「援軍をよこしてくださっていますが、バルトリバザル殿は見ておりません」
「そうか、まあ、被害は少なかろう」
「え、お戻りになられないと?」
「いや、せいぜい返り討ちにしてやるさ」
ガルディンはコウジュンから逃げたのは、だだ手におえなかったというだけの理由ではなかった。うすうす、この可能性を予感していたのである。この戦における勘の鋭さは、彼の強さのひとつであった。
素早く城に引き返すと、そこは戦場となっており、黒騎士たちが血で血を争う攻防戦を繰り広げていた。しかし、陥落には至っておらず。ガルディン達は十分間に合ったと言えよう。
「噛ませ犬どもめ。凪ぎ殺してくれよう」
コウジュンに何も出来なかったので内心イライラしていたガルディンの顔は鬼神のごとく怒りに満ちていた。頭部の血管をピクピクし、ギリッと歯を噛み締めると、体の一部から紫に輝く刻印が浮かび上がる黒騎士に向かって斬りかかった。軍勢の判別は、この各勢力に色分けされた刻印で判別ができるのである。黒騎士全員に1ヶ所づつ刻まれているが、身体に直接刻まれてたわけではなく、魔法が魂に貼り付いている形であり、鎧を着けてもその上から見える仕組みとなっている。これを行った純潔者シレオストの手で簡単に消せるのだが、それまでに死んだ場合にも自動的に消滅する。他にも、勢力を変えれば、刻印の色も変わるようになっているなど、まるでゲーム感覚のシステムである。ガルディンにも、右尻のあたりに黄色い刻印が浮かんでいた。場所が場所なので、本人は実に不満であった。
「ぐっ!? ギャアアアア!」
「うわあ! つ、強い!」
怒りに満ちた戦慄の黒騎士は、暗黒波動を放ちながらバッサバッサと豪快に斬り殺し、薙ぎ殺す。血しぶきが飛んでは消え飛んでは消えするが、処理する側が消しきれないのか、いくらかの血だまりができていた。
「非力、非力よ!! もっと骨のあるやつはおらんのか!」
ガルディンは返り血を滴らせ城内に向かう。
そこにもわんさか敵がいたのだが、彼に敵うものは現れない。
「おじ様!」
「ガルディンさま! 来てくれたんですね!」
城の奥では、サイサリスとフェリペンが、必死に防戦していた。2人とも頼りない見た目だが、何とか耐えるだけの力は持っていた。
「娘はともかく、お前はなぜここにいるのだキノコ頭」
「やー! ガルディンさまのお城が墜ちたらいけないなあとおもいまして! バルじいさんに許可を得て助けに来たんですよ!」
「何だ、こんな時に随分うれしそうだな!!」
「いや、だって、ガルディン様が駆けつけてくれたんですよ? 最高じゃないですか!」
「ほう!! こちらも、沸き立っておるわ!! 別な意味でな!!」
「さすがです!! キュンです!!」
ガルディンの怒りはフェリペンには向かない、ちゃんと、敵対するものに向かった。一流の黒騎士は、押さえるところは押さえ、どんな風変わりに見える人間でも「実力ある者」は公平に認めるものなのである。故にキュンされたくらいでイラついたりはしない。
「キキキッキー! おやおや、大将自らご登場ですか!」
「キーキー鳴きおって、お前は猿か!!」
「ワタシはあ、陰月十人衆が一人! 綿喰いのハツバなーり!!」
「なにが十人衆だ!! お前のような尻の青い猿めがその一角では、さぞかし大したこと無いんだろうな!!」
「ムキッキー!! 言いますね! 言いますね! じゃあ、教えてあげようかなあ!!」
猿のような顔をしたギョロ目の黒騎士というより忍者のようなハシバは、両手のシザークローをギンと構えて、ガルディンに襲いかかる。
「ふん!」
「キキキキキキ!! この〈双鬼蜘蛛〉で鎧ごと切り裂いてやる!!」
「サイサリスにも手を焼いていたやつが、なにを言うか!!」
爪による連続攻撃はし烈かつ高速だ。並みの人間なら即座に切り刻まれて挽き肉になるだろう。しかし、ガルディンはそんな甘くはない。
「どうしたどうした!! 反撃しろや!! キキキーー!!」
「ハハハッ!! 何たる小者か!! ここまでわかりやすく低能な動きができるとは笑うしかないぞ!!」
「キキッ!?」
「さて、そろそろ、殺して良いか!?」
「き、きさまー!!」
ハツバは、体を竜巻のように回転する。そして、爪を前に出して、あたかもドリルのような攻撃を放った。
「体に風穴を開けてやる! ≪回転土竜地獄≫ゥ!!」
「このドたわけが!!」
ガルディンは攻撃を避けようともせず、斧をブンと振り上げた。それだけで、ハツバの両の手は吹き飛び、ロケットのように公報に吹き飛び、壁に当たって血の線を描いて床に落ちた。
「キッ!? キキキキー!!? いっでーーーー!?」
「さあ、猿よ反撃の手はあるか?」
「あ、あるわけねえだろ!!」
「そうか、ならさっさと逃げ帰るがよかろう」
「へへーー!!」
惨めにもガルディンに背中を向けるハツバだったが、彼の顔はニヤリと笑っていた。
「なあんて、嘘だよー!!」
「こちらも、嘘だ!!」
脚から出た針でガルディンを攻撃しようとしたが、逆に頭から真っ二つに叩き斬られて大量の鮮血とともに地に浸かり絶命した。これにこれ以上の戦いは死ぬだけと判断したのか、残りった陰月の騎士は、我を構わず退散していった。
「まったく。お前のような奴を生かしておく必要がなかろうに」
「流石ですね、ガルディン様! 尊敬します!」
「そこまで持ち上げずとも、貴様も雑魚ではあるまいフェリペンとやら」
「おお、名前で呼んでくれましたね! いやはや幸甚の極みですっ!」
深いお辞儀をするキノコ頭に、サイサリスは戸惑い含んだ笑みを浮かべていた。
「フェリペン様、大変ありがとうございました。あなたのおかげで、こうしてガルディン様のご帰還が間に合いました」
「いえいえ、このくらい平気平気、どーってことありませんよ! 十分ご祝儀いただきましたので!」
「そ、そうですか?」
「ええ、もう最高です。では、仕事も終わりましたし、あの頻尿おじいちゃんのもとに帰ります! それでは!」
茸頭の黒騎士は、颯爽とその場を去った。
その心の内にはガルディンに対するときめきしかなかったが、表向きは、義の者のように繕った。
「まったく風変わりなやつだ」
「でも、なかなかの実力者みたいですよ」
「フフッ、まあ、そうかもしれんな。それはさておき、今回の件、炙り出さねばならぬことがあるな」
「はい?」
「我が軍勢に混じっている下衆な内通者を、だ」
「う、裏切り者がいるんですか?」
ガルディンはうなずく。
そして、斧の柄をガンと地に打ち付けた。
「フン、小賢しい。実に小賢しいわ! このガルディンをそう簡単に欺けると思うなよ!」