聖なる黒騎士とあの日の涙
ガルディンはモルドレッドと再開する。しかし、お互い敵となった彼らには、もはや共に生きる道はない。
父を殺した叛逆者。
後の文献では、彼をそう記すものもある。
しかし、モルドレッド本人がそれを知れば、眉をしか
めて苦笑するであろう。なぜなら、彼は父を裏切ってはいない。彼が本当に殺したのはそのほとんどが「悪魔」とその「徒」であった。
父であるアーサー王の持つ〈エクスカリバー〉は、魔を退ける聖剣であった。しかし、それは表の顔で、実際その内に魔を溜め込み増幅させる、「魔剣」でもあった。
このエクスカリバーが、ある日暴走をはじめる。
剣は、持ち主であるアーサーを取り込み異形の魔物へとその姿を変えた。多くの人々が、この怪物に喰われ、国は地獄と化す。アーサーの部下たる「円卓の騎士」も、この凶悪なるのまえに、次々と殺されてしまい、残るは3人となってしまった。そして、その1人が、モルドレッドであった。
「あの魔術師め、全て知っていたか」
「はあ、親父様もこうなれば終わりだなあ。何がなんでも命を奪うしかないね!」
「随分薄情な言い方だな。肉親であろうに」
「ここで情に任せるは危険なんですよ。アグラヴェインの兄者」
「ふん、ある意味において心強いな貴様は。私とあの不義理者のランスロットとお前しか、この国でまともに戦えるものがいないこの状況ならなお際立つ」
「幸い、聖剣は三本ある。まだ、やりようはあるさ」
「三本? しかし、私の〈デュラアンダ〉は、この通り折れてしまった。使い物にならんぞ」
根本と柄しかない剣を見せ、アグラヴェインはため息をつくが、モルドレッドはそれを見て、笑う。
「いや、その剣はまだ死んでないさ」
「何と?」
「ま、腐っても聖剣だしな。それにあの魔術師が言っていたじゃないですか」
「ああ、これは〈エクスカリバー〉の兄弟と言われてるって話しか」
「ならば、話してもらえば良い」
「話す、とな」
「ええ、この〈クラーレント〉には、刃を交えて対話してもらいます」
モルドレッドは、剣に語りかける。
しかし、この行動には「確証」はなかった。しかし、回りを勇気づけるために彼はそうしたのだ。
「身内の暴挙を止めるのは、身内の役目だろ? そうだよな」
剣は、形ある言葉は発しない。
しかし、たしかに、見えざる言葉で、モルドレッドに応じた。
「まったく、お前とは気が合うな! いくぜ、相棒!」
その時、モルドレッドの頬を何かが伝った。
それは、彼の涙だった。
その涙は、駆け抜ける事で押し分けられた追い風に流されて、静かに大地へと消えていった。
「そうか、あの時俺は、泣いていたわけか」
時を今に戻し、モルドレッドはかりそめの天をぼんやりと見た。身体を動かそうにも、感覚は薄れきってほとんど無い。彼の身体は、ガルディンに真っ二つにされて、下半身は何処かに吹き飛んでいた。もはや余命いくばくも無い彼に、ガルディンは語りかける。
「その剣、悲しい色を帯びておるな」
「ああ、兄弟を、殺したからな」
「そうか」
「俺も、親を殺した」
「同類であったか。どうりで気が合っていると思ったぞ」
「だよな。俺の良い相棒だったよ」
モルドレッドはそう言って、傍らにある聖剣〈クラーレント〉を見る。その剣もまた、刃が真ん中でへし折れて、先がなくなっていた。
「お前とは、つくづく似ているよな。こりゃ、地獄でも一緒かもな……」
小さく微笑むとすぐ、彼の意識は失われ、その命は果てて虚空へと消え去った。
ガルディンは、目をつむり頬に出来た切り傷に意識を集中する。そして、その傷をつくった黒騎士に敬意を込め、その冥福を祈ったのであった。