笑う老仙(くそじじい)
「猩水の国」と同盟を結ぶため、ガルディンは自ら出向く。果たして彼の策は成功するのか!?
猩水の国には、半日ほどかかった。
体力も並外れ足腰の強い彼らなので、この程度しかかからなかったが、普通の人間なら軽くこの4倍は時間がかかるだろう。しかも、そんな距離を移動すれば疲れはてるものだろうが、彼らはこの距離を歩いても息切れすらしないのであった。
「本当に大丈夫なんですかいね?」
国の中には入るための関所の前で、とさか頭の黒いグラスをかけた男ハンニバルは、高い城壁を見上げながらガルディンに問う。彼は、迷い無く答えた。
「当たり前だ」
「ほー、たいした自信で」
「案ずるな。これは、全くもって無謀ではない行動だ。お前達は死なずに帰すから安心していいぞ」
ハンニバル同様お供についてきた、スキンヘッド眉なしで黒目の小さい男リシュウと、サンチョをしのぐパンパンに膨れ上がった体を無理やり鎧に押し込んでいるように見える髪を七三分けにしたおでこの広い男アジャリも、ガルディンの頼もしさを感じていた。見た目こそあれだが、彼らも決して弱くはない1回戦を生き延びるだけの実力はある。ただ、ガルディンが経験も格も圧倒的に違うだけなのである。
「お、おっさん!?」
遠くから聞きなれた声がした。
それは、小柄な黒騎士アゼルであった。視力の良い彼女は、遠目でガルデインに気づいたのだ。ぴょこぴょこと近づいて来るさまは、小動物のような可愛らしさがあるが、ガルディンは表情を緩めない。
「おう、生きていたか」
「なんでここにいるんだ? あんた、熾金の国のリーダーなんだろ?」
「お前こそ、猩水の国にいるのか」
「そうだよ、うちのリーダーのじい様はスゲー不安な人なんだよな。わりとボケてるし、昼間っから飲んべえだし、助兵衛だし、話が長いし、急に寝るし。おっさんのほうが、ずうっと頼りになりそうだぜ」
「ハッハッハッ、その爺に、私はこうして会いに来たのだがな」
「それ、ほんとか!?」
「ああ、この国と同盟を結ぼうと思ってな」
「そりゃいいや! じゃあ、案内してやるよ。ついてきな」
アゼルの気前のよさに甘え、ガルディンは易々(やすやす)と国の中に入ることができた。なるほど、リーダーに影響されるのか、街中は木製を基本とした古風で質素な造りが目立つ。本拠の城もまた、高い垣を持ち、白と黒を貴重とした、なかなか趣のあるの良いものであった。その、五階建ての建物の最上階に、老仙バルトリバザルはあぐらをかき、訪れし客人を待っていた。
「じいさん! お客さんだよ」
「おう、入るが良い」
ガルディンが来ることを、バルトリバザルは察知していた。国に入る前から、知っていた。彼のもつ千里眼は広域を透視して見渡せるのだ。
「はうっ!?」
部屋の中にはマッシュルームのような頭をした、細身の若年者で軍師を務めるフェリペンもいたが、彼はガルディンをみるなり、変な声をあげた。
「どうした? 貴様」
「い、いえ、その」
顔を赤らめるフェリペン。彼は一瞬で、ガルディンに「恋」をした。彼にとって、その男は「運命の人」或いは「もろタイプ」或いは「どストライク」だったのである。彼の遅い「青春」が今、始まったのだった。
それを視て、しわ深い、髪の無い、髭と眉毛の長い、袈裟を着た痩せと言うより締まりきったと言うが正しかろう、蚊が刺すことを躊躇うであろう鋼のような肉体を持つ老人は顔をしわくちゃにして、愉しげに笑う。
「ふぉっふぉっ! いやはやモテる男じゃなあ」
「御老人、あなたがバルトリバザルか」
「しゃしゃ、左様なり」
老人は、白く濁って静かながらも眼力極めて強く深淵さを感じさせる瞳で、ギトリとガルディンを見た。
「してして、近くで見ると、いよいよ見所のある若造よ。きさまの魂、地獄を見た面をしておる」
「若者扱いとは、これ嬉し。爺さんこそ、私の見る限り幾度もだだならぬ地獄を、どれだけその目で見たのだろうな。それを経てその煩悩じみた酒ぐささとは、面白いものだ」
「酒を嗜は煩悩に非ず。遊び呆けるのも、女に現を抜かすのも煩悩に非ずよ。さて、ならば、煩悩とは何を言うのじゃろうか」
「問答か」
「ふぁふ」
「ならば、こう答えよう。知らぬとな」
「ほう」
「煩悩など、知らねば存在せぬ。無ければ、無い」
「ふぉふぉ、要は認識しだいとな! それもそうじゃが、しかし」
「ハッハッハッ! 流石に仙人に適当な戯れ言は通用せんわな」
「あえて言うたか。随分と命知らずじゃなあ。ふぁっふぁっふぁっ、じゃが面白いわい!」
いきなり会って、いきなり笑いあう2人。
周りはついていけず唖然としているが、気にも止めない。
「さて、バルトリバザル殿。まことに早速ではあるのだが、我々と手を組んではいただけないだろうか」
「そうじゃな。いずれは戦うことになるじゃろうが。ああ、その前に小便に行っても良いかな」
「構わぬ」
老仙のそれは長く、20分ほど待たされた。
ガルディンは、どうせ来るのがわかっているなら先に行っておけば良かろうにと思ったが。思うにとどめた。
「すまんすまん、キレが前からやはり長く生きているとキレが悪くてのお」
「構わぬ」
「まあ、それはどうでも良いとして、よかろう。そなたの国と同盟を結ぶとしようじゃあないか」
「え、そんな戻ってくるなり即決してよろしいのですか!?」
「ファリペンよ、不服か?」
「いえいえいえいえ、寧ろ大歓迎ですよ! はい、最高のご判断です!」
「そう言うことじゃ。ガルディンよ、せっかくだから楽しい戦をするとしようか!」
2人のリーダーは握手を交わす。
老人の丸焼きにした鳥の足のような手は、ひんやりと冷たかった。対してガルディンの手甲をした手は生暖かったが、老仙の霊気に冷まされる。
「よし、ならば早急に攻めて手を考えるとしようか」
「あ、すまんが、また小便がしたくなったから厠に行ってくるな」
「ね、先ほど出しきらなかったのか?」
「つもりじゃったが、ふぉっふ。まあ、いつものことじゃよ」
仙人はただならぬ力を持つが。ただならぬ頻尿であった。そのため、この後の作戦会議は、たびたび変な間ができ続ける事になったのであった。