中二病で強制入院
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ふと病室の天井を見上げると、セーラー服の少女がアメンボみたいな恰好で張り付いていた。
この病室、もしや心霊スポットかと思うが、それにしてはこの少女、やけに血色がいい。
色素の薄いふわりとした髪、きめ細かな肌はどう見ても“いいとこのお嬢さん”だ。
脳のキャパシティーをオーバーしてフリーズしていると、少女はこう言った。
「わたくしの気配に気付くとは、只者ではありませんわね」
その一言に変な奴と個室にいるという現実を認識し、俺は叫びながら飛び出した。
「俺は只者ですわ!」
お嬢様口調がうつった。
病室を飛び出ると、また制服の少女。今度はブレザータイプ。
「ねえ、君」
無視とは都会というコンクリートジャングルで生き抜く弱者の知恵でもある。
弱者である俺は当然無視した。中二病院特別病棟にいる奴に敵う訳がない。
ゴウッと風を切る音がして思わず伏せると、轟音がリノリウム張りの廊下に木霊した。
風で俺の髪はぐしゃぐしゃだ。何だ、何が起こった。
顔を上げると、俺の頭があった位置を通過した何かが、壁にめり込んでいた。何か甘いにおいがすると思ったら、桃だった。
ここ、アスクレーでは桃は完全な輸入品の高級品の桃が、ボタボタと果汁を垂れ流し、ぐちゃくちゃの変わり果てた姿で壁に埋もれている。
避けなければ俺の頭もこの桃みたいに……。
思わず想像した俺は生まれて初めて本気で走った。
少女に病棟で襲われるなんて、七時間前の俺は夢想だにしなかった。それほど俺はアブノーマルな性癖ではないからだ。
ぜぇぜぇと頭蓋骨に響くような息切れの音を響かせつつ、俺は階段を降りる。
エレベーターという密室は避けたい。
ああやっと二階の踊り場まで来たぞ。そのときだった。
腕を何かが掠めたと思ったときには、既に壁に磔にされていた。弓矢は反則だろう。
コツコツとヒールの音を響かせて現れたのは、ゴスロリとパンクを足して二で割ったような格好の少女。
「お前、逃げたくはないか」
「逃げたいね! この状況から今すぐに! 分かってるなら、さっさと解放してくれよ! いきなり入院ってだけで混乱してるのに、天井に何かいるわ、桃が凶器だわ、磔にされるわでもうこっちは限界なんだよ、頼むよ勘弁しろよ、いい加減にしてくれよ!」
恐怖がメーターを振り切り、思っていたことを全て吐き出した。吐き出してしまった。
「手荒な真似をしてすまん」
あっさりと謝罪の言葉を聞いて、拍子抜けした。希望の光が見えた気がする。重度の中二病患者って言っても意外にマトモなのかもしれない。
「ボクにとってこの弓矢は手足のようなものなのだ」
「希望の光は流れ星、つまり隕石でした」
思わず呟くと、ゴスパンク少女は言った。
「星は燃え尽きる前に一番輝くんだよ」
「どうでもいいし、縁起悪い」
「そうか、前向きな言葉だと思うんだが」
「ルイさん、確保なさいましたの?」
「ぎゃあ!」
声が降ってきて見上げるとセーラー服少女。
「な、なんで」
何故天井から現れるんだろう。
「申し訳ありません。職業病ですわ」
「は?」
「改めまして、御機嫌よう、わたくし、暗殺組織に所属しておりますサラと申します」
天井に張り付いたまま片手でスカートの裾を摘まんで軽く礼をした。
器用っていうレベルを超えてる。
ああ、あれは本当だったんだ。都市伝説じゃなかったんだ。中二病患者になると、人間でなくなるという噂は。
「あはは、また壁壊しちゃったぁ。代わりの壁知らないかなっ、新入り君」
桃を凶器にした少女は、くりぬいた壁を片手で持って階段を軽やかに駆け下りている。
これを異常と、人間の限界を超えた異能の持ち主、化け物と言わずして何と言おう。
「初めまして、じゃなくて、セカンドコンタクトだね。あたしはアスカ。巨人族の末裔だよっ」
「紹介が遅れたな、ボクはルイ。吸血鬼と巫女のハーフだ」
巫女は種族じゃないだろう、というツッコミはこの際放棄する。もっとツッコむべきところがあるだろうから。
流石は特別病棟。会話をするだけでもベリーベリーハードモードだ。
「さて、改めて訊くが、お前はこの病院から抜け出したくはないか」
その言葉に思わず目を見開いた。
そして此処に来るまでのことを思い浮かべていた。
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