第6話 下駄箱の手紙
「やっば!遅刻だ!」
午前八時十五分。
それは俺が目覚めたときに時計が示していた時間だ。
俺は急いで学生服に着替え、おにぎりを片手に家を出た。
普段は徒歩二十分ほどなので、走ればギリギリ間に合うかもしれない。
俺は全力で地面を蹴る。
後はこの曲がり角を曲がれば、学校までは一直線だ。
俺は角を曲がろうとしたとき、向かいの歩道で座っている一人の少女が目に映った。
茶髪のショートヘアーに茶色い瞳をし、俺と同じ学校の制服を着た少女は、よく見たら右足首を押さえていた。
おそらく捻ったかなにかしたのだろう。
助けてやりたいが、そうすると確実に遅刻するだろう。
周りを見渡してみても、人はほとんどいない。
つまり、俺が見捨てれば誰にも助けてもらえないということか…
仕方がない。
俺は左右を確認し、車が来てないことを確認して車道を渡る。
「おい、大丈夫か?」
俺が声をかけると、少女は体をビクッとさせる。
「えっ?あっ、大丈夫です…ちょっと捻っただけですから」
やっぱりそういうことか…
俺は少女に背を向け、その場にしゃがみこむ。
それを見た少女は、どこかで聞いたような戸惑いの声を出す。
「あの、何を…」
「乗れよ、おぶってやるから」
「いや、そんなの悪いですよ!それに、私は大丈夫ですから!」
「大丈夫じゃないからここで座り込んでんだろ?いいから早く乗れよ」
少女が悩んでる間に、学校から登校時間終了のチャイムの音が鳴る。
「あっ、ごめんなさい…私のせいで遅刻になっちゃって…」
「お前のせいじゃないさ。家出た時点でアウトだったんだし…それより、お前が乗らないと、もっと遅れるぞ」
「うう…わかりました。では、お言葉に甘えて…」
少女は俺の背中に体重をかけ、俺は腕を彼女の足にかけて立ち上がる。
「大丈夫ですか?重くないですか?」
「平気だよ。これくらい軽い軽い」
「ホッ、よかった…」
俺の言葉を聞いて安堵の息を漏らす少女。
やっぱり女ってのは重いと思われたくねえのかな?
「そうだ、私、小野寺茜って言います。あの、あなたの名前は?」
「俺は本田和樹だ」
「えっ?和樹?」
「ん?どうかしたか?」
「い、いえ!別に何も」
「そうか。そういえば見ない顔だけど、転校生か?」
「いえ、最近はプライベートが忙しくて、学校に行く余裕がなかったんですよ」
「そうなのか、大変なんだな」
プライベートが忙しいってのはどういうことなんだろうか?
気にはなるが、聞かれたくない場合もあるし、聞かないでおくか。
「あの、本田君はいつもギリギリの時間で登校してるんですか?」
「いや、普段はもっと早い時間に待ち合わせしてるんだけど、今日は寝坊しちまったんだ」
「そうなんだ…意外とおっちょこちょいなんですね」
小野寺はそう言って、クスクスと笑う。
誰がおっちょこちょいだ、と突っ込みたかったが、今現在、寝坊で遅刻しているので、突っ込めなかった。
「そういえば、お前の声ってどこかで聞いたことがある気がするんだけど、どこかで会ったことあるか?」
「えっ!?いや、気のせいじゃないですかね!?」
なぜか必死になって否定する小野寺。
もしかして、本当にどこかで会ってるのか?
そんな感じで話していると、学校に到着し、俺は小野寺を保健室に連れていった。
「じゃあ本当にあの子とは何の関係もないんだね?」
「そうだって言ってんだろ…しつこいなぁ」
一時限目が終わった休み時間、俺は何故か、楓に小野寺との関係を問い詰められていた。
遅刻した原因はあの子とイチャイチャしてたからかとか、彼女なのかとか色々と質問責めをされている。
ちなみに同じやりとりを教室に着いてすぐに柊と行っている。
少々うんざりしていたので、軽く反撃しようと思って聞いてみた。
「大体何でお前らはそんなことを聞いてくるんだよ?」
「えっ!?何でって、幼馴染みの恋愛事情は気になるもんでしょ?」
「いや全然」
「速答!?」
全く気にならない訳ではないが、そういうのはあんまりしつこく尋ねるものではないと思っている。
「じゃ、じゃあ和樹は、私が誰と付き合っても関係ないって言ってほったらかしにするの!?」
「幸せならな。ただ、思い詰めてるようなら容赦なく介入する」
「なっ!?」
楓は顔を赤くする。
「な、何でそんなこと真顔で言うの!?まったく…」
何でこいつは怒ってるんだよ…
やっぱり乙女心ってわかんねえや。
そんなことを考えてると、二時限目開始のチャイムが鳴り響いた。
二週間後。
俺は今日も楓と柊と一緒に登校していた。
上履きを取ろうと下駄箱を開けてみると、そこには一通の手紙が入っていた。
「なんだこれ?」
「どうしたの、和樹?」
「いや、下駄箱に手紙が入っていたんだ」
「ほう、どんな手紙だ?」
「なになに?『本田君へ。昼休みに大事な話があります。必ず一人で屋上に来てください。お願いします』…」
「こ、これって…」
「まさか…」
「「ラブレター!!?」」
楓と柊が同時に大声を出し、周りにいたやつらもその声を聞いてざわざわとし始める。
「べ、別に屋上に来いって言ってるだけで、告白するとは書かれてねえだろ!」
「でも下駄箱に手紙が入っていたんだよ!?それならもうラブレターとしか説明がつかないよ!」
それはお前の勝手な妄想だろ!
「ゆ、許さんぞ!お前は私と契約を結んでいる…別のやつと契約を結ぶなど…」
お前とはなんの契約も結んでねえよ!
「で、どうするの?行くの?」
「そりゃあ、呼び出しくらったわけだし、行かないわけにもいかないだろ」
「告白されたらどうするの?付き合っちゃうの?」
楓の今の一言とともに、周りのやつらからひゅーひゅーだのリア充爆発しろだの色んな言葉が飛び交ってきた。
「やめろお前ら!からかうんじゃねえ!」
俺は一刻も早くこの場から立ち去りたくなり、早歩きで教室に向かった。
その後、上履きに履き替えるのを忘れて、担任に怒られることになった。
昼休み。
俺は手紙の指示通りに屋上にやって来た。
まだ相手は来ていないようだったので、しばらく待つことにした。
それにしても、まさかあいつから手紙をもらうとは思わなかったな…
ほとんど関わりがなかったから完全に不意打ちだった。
それにしても、楓たちがやたらラブレターと言い張るから、ちょっとドキドキしてきた…
五分ほど待っていると、ドアががちゃっと開く音が聞こえた。
音がした方を見ると、そこにいたのは手紙の差出人、小野寺茜だった。
「ご、ごめん…待たせちゃって…」
「いや、大丈夫だ。今来たところだし」
俺がこの手紙をラブレターだと確信出来ない理由は、ここにあった。
小野寺とはあの日以来、一度も会っていない。
なので、俺のことを好きになるにはあまりにも付き合いが短すぎる。
「それで、俺に何の用なんだ?」
「えっと…それは…」
小野寺はなかなか用件を言い出せないでいる。
そんなに言い出しにくい内容なのか?
もしかして、本当に告白だったりするのだろうか…
小野寺は覚悟を決めた顔で、口を開く。
「お願いします!私を助けてください!」