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第5話 中二病少女の意外な趣味

 俺の希望でやって来たCDショップは、思っていたより人は少なかった。

「正直和樹って歌を聴くイメージじゃないんだけど、何か気になる歌でもあるの?」

「ああ。好きな歌手の新曲が今日発売だからな。買っておきたくて」

「でもそれならこれを使って呼び出せばいいとおもうが…」

 そう言いながら、柊はポケットからスマホを取り出した。

「いや、データだけじゃなくて、何か形に残るものを残したいって思うんだよな、俺は」

 最近はスマホにダウンロードする人が増えてるらしいが、俺は何だかそういう人たちの意見は賛同できない。

 まあ向こうからしたら、俺の言い分には賛同しないのだろうが。

「ところで和樹の好きな歌手って誰だ?」

「ステラっていう顔を出してない女性歌手だよ。デビュー曲が二年前に出たんだけど、それを聴いてハマったんだ」

 ちなみにステラは顔を出してない都合で、テレビに出ることがないので、知名度はそこまで高くない。

 だが彼女の歌は、聴いていると元気になれる気がして気に入っている。

「へえ…私と二人きりなのに、別の女の子のことを考えてたのか…」

 何でそんなに不機嫌になってんだお前は…

 ただ好きな歌手を言っただけじゃないか。

「なにふてくされてんだ?俺、何か気にかかること言ったか?」

「何でもない…」

 明らかに不機嫌だが、しつこく問い詰めても逆効果だろうしなぁ…

「……なあ、お前は俺にどうしてほしいんだ?」

「へっ!?い、いや、別に、どうしてほしいとか、そんなんじゃなくて…」

 俺の問いに、何故か柊は顔を赤くしてパニック状態になる。

 やがて深呼吸して、気分を落ち着かせてこう言った。

「別に私は、貴方にどうしてほしいとか、そういうのはないけど、強いて言うなら…」

 柊は、一度俺から目をそらし、そして再びこちらに見て…

 

 

「出来れば、ずっと隣にいてほしい…」

 

 

 恥じらいながら言う柊を見て、俺はドキッとしてしまう。

 今日は何だか、柊にときめくことが多い気がする。

「まあ、ずっとってわけにはいかないけど、今日みたいに出かけることなら…」

「それじゃ駄目なの!それじゃ…」

 上目づかいになってこちらを見る柊。

 今の柊は、中二病設定を完全に忘れて、素の自分が表に出てきている。

 中二病のイメージとのギャップがすごくて、今の柊を見るだけで鼓動が激しくなってしまう。

「えっと…それじゃ駄目って、どういうことだ?」

「えっと…だから…それは…」

 恥ずかしくて言い出せないのか、なかなか言葉が出ない柊。

 そして、覚悟を決めた表情を浮かべたその時。

「よう、本田。奇遇だな、お前もここで買い物か?」

「うわぁ!?」

「ひゃ!?」

「な、なんだ!?」

 後ろから男が俺に話しかけてきた。

 後ろを振り向くと、そこにいたのは黒髪の、色んな方向にピョンとはねている髪の男が立っていた。

「な、なんだ葛城か…ビックリさせるなよ…」

「それはこっちの台詞だ…どうしたんだよ、あんな大声だして…」

 彼は以前、柊との恋人疑惑が広まっていたことをきっかけに話すようになった、葛城瞬だ。

 気配りが出来る男として、女子の間では密かに注目を集めている。

「い、いや…まあ、色々あったんだよ…」

「色々ってなんだよ…んっ?そこにいるのは柊か?」

「えっ!?あ、うん…そう…」

 柊は、まだ素の自分が出ているらしく、恥ずかしくて上手く話せないみたいだ。

「あれ?柊、何か様子がおかしくないか?」

「これはこいつの素だ。あんまり話しかけてやるな」

「そうなのか。それにしても、二人きりでデートか?妬かせるな」

 葛城の指摘で、俺は顔が熱くなるのを感じ、柊も顔を真っ赤にしていた。

「ち、違う!これは、決してそういうわけでは…」

「はいはいわかってるよ。お前は女の子と付き合う度胸がなさそうだからな」

「お前な…」

 この男、たまにいらんことを言ってくることがある。

「まあ、遅くまでいるんじゃないぞ?男女で二人きりは色々まずいからな」

 そう言って、葛城は店を出ていった。

 ……本当にいらんことを言いやがって。

「…………………」

「…………………」

 葛城が去った後、俺たちは沈黙し、聞こえるのは流れている曲のみだった。

「ね、ねえ…」

 沈黙を破ったのは柊の方だった。

「な、何だ?」

「私、最後に行きたい場所があるんだけど…」

「どこに行きたいんだ?」

「それは、その…着いてから教える」

 着いてから教えてもらっても意味ねえだろ。

「じゃあ、着いてきて」

 柊が店を出ていき、俺もその後を追った。

 

 

 

「おい、ここって…」

「うん、おもちゃ屋さん…」

 柊に連れられてやって来たのは、小さな子供が遊ぶおもちゃが並んだ店だった。

「こんなところで何をするんだよ…」

「えっと…それは…」

 柊は、恥ずかしさで言えずにいたが、やがて意を決して言った。

「私、ぬいぐるみを集めるのが趣味で…でも、こういう店のやつは一人じゃ入りにくいから…」

「だから俺と一緒に入ってほしいと」

「わがままを言うなら、和樹に買ってきてほしいなって…」

「さすがにそれは無理だぞ!?」

 高一にもなって子供用のおもちゃの店でぬいぐるみを持ってレジに並ぶのは、さすがにハードルが高すぎる。

「だ、だよね…じゃあ、せめて一緒に並ぶだけでも…ダメ?」

「……まあ、一緒に並ぶって言うなら、構わないが」

「やったぁ!じゃあ早く買おう!」

「お、おい、待てよ!」

 俺の一言が嬉しかったのか、柊は楽しそうにぬいぐるみのある場所へ走り出し、それを俺が追う。

 ぬいぐるみコーナーに着いた頃には、すでに小さい熊のぬいぐるみが柊の手に握られていた。

「それがお前の探してたやつか?」

「うん!これでようやく手に入れられたよ!あり…が…と…」

 今までテンションの高かった柊は、笑顔のまま固まった。

 そして突然真顔になり、こう言った。

「和樹。私は今からお手洗いに行ってくるから、これ持ってて」

「お、おう…」

 そう言うと、柊はさっさとトイレに早歩きで向かった。

 さて、俺はどうするか。

 トイレの前で柊を待ってもいいが…

 ……そういえば街に来る前に、あいつと約束してたな。

 仕方ない。恥ずかしいが行ってくるか。

 俺はトイレとは別の方向に歩き出した。

 

 

 

 しばらくした後、トイレの前で待っていると、柊が出てきた。

「すまない。長い間、意識を奪われていた…何やらこの体の宿主の精神が、強くなってるようでな…」

 なるほど、中二病設定を取り戻すためにトイレに行ってたのか…

「よし、では早速生け贄を我が手中に納めよう。和樹、生け贄の熊を」

 こいつ、さっきまで目を輝かせて見てたぬいぐるみを生け贄って言いやがった…

 やっぱりこいつは、中二病がなければ可愛いよな…

 そんなことを考えながら、俺は紙袋を柊に手渡す。

「なんだこれは?」

「さっきまでお前が買おうとしてたぬいぐるみだよ。お前がトイレに行ってる内に買ってきた」

「えっ!?な、何で!?」

「まあ、約束だったからな。何か奢るって」

「それって確か、電車に乗る前にした…」

「安いやつになっちまって悪かったとは思ってるがな」

「そ、そんなことない!嬉しいよ!」

「それなら良かった」

 こうして俺たちは店を出て、帰るために駅に向かった。

 

 

 

「ここでよかったか?」

「うん、ありがとう」

 日が沈んで、辺りが暗くなっていたので、俺は柊の家まで送ることにした。

「今日は感謝する。色々付き合ってもらって」

「ああ。朝早くなければまた誘ってくれ」

「うん。じゃあ次は六時に通信を試みよう」

「試みるなよ?」

 休みの日ぐらい遅くまで寝させてくれ。

「ふふ、冗談だ。このぬいぐるみは大事にしよう。本当にありがとう」

「どういたしまして。じゃあ俺は帰るからな」

「ああ。またいつか、一緒に出かけよう」

「おう。じゃあな」

「またな、和樹」

 そして俺は家に帰り、ステラのポスターを見て新曲を買ってないことに気づき、断末魔の叫びをあげた。

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