第3話 幼馴染みの謝罪
「えっと…誤解ってどういうこと?」
俺に『誤解を解いてほしい』と頼まれた柊は、状況が呑み込めずにオロオロしている。
どうやら柊は、例の噂を聞かされてはいないようだ。
「学校の中で、俺とお前が付き合ってるって噂が広まってるんだよ」
「……ふぇ?」
俺の言葉を聞いた柊は顔を赤くして、固まっていた。
やがて動き出し、半ばパニック状態で尋ねた。
「わ、私と貴方が付き合ってるって…い、いつから!?いつからそんな噂が!?」
「お前が教室にいた俺を強引に連れ去ったあの日からだ」
「そ、そうだったんだ…私と和樹が…つ、付き合って…」
柊は顔を赤くして、ひとり言を始めた。
「おい、大丈夫か?」
「ひゃ!?だ、大丈夫だよ!」
どうやら今の彼女は、恥ずかしさで素が出ているようだ。
だが、いつもの中二病モードだと話が進まないので、あえて黙っていることにしよう。
「えっと…日向さんに、私たちが付き合ってないことを伝えてくれって事だよね…うん、わかった」
「ありがとうな、柊。じゃあ早速案内するよ」
「いや、私一人で話すから大丈夫だよ。和樹は待ってて」
「えっ?でも…」
「和樹がいたら、また話を聞いてくれなくなるだろうし、更なる誤解を招きかねないもの。それに、二人きりで話したいこともあるし…」
「二人きりで?何を話すんだ?」
「い、言えるわけないでしょ!?ばかぁ!」
「そ、そうか…」
気になったから聞いただけなのに、怒られてしまった。
そんなに恥ずかしいことを話すつもりなのか?
「今、変なこと考えなかった?」
「……気のせいじゃね?」
「何か間があったのが気になるけど、まぁいいか…」
まあ、そういうことなら俺はいない方がいいかもしれないな。
正直、俺の問題をこいつに押し付けるみたいで、なんか嫌だが。
「ねえ、一つ聞いていい?」
「ん?何だ?」
柊は言い出すか迷っているようだったが、やがて決意した表情で尋ねる。
「和樹って、日向さんのことが好きなの?」
「ぶっ!?」
俺は柊の質問に思わず吹き出した。
いきなり何を言い出すかと思ったら…
「どうしてそうなる!?」
「だって、喧嘩してるのに仲を戻したいなんて、それだけあの人のことを想ってるってことでしょ?」
「べ、別に、小さい頃から一緒にいるから、いないと調子が狂うだけで、好きとかそういうのじゃない!」
「ふうん、そっか…」
こいつ、本当にわかったんだろうな?
「それじゃあ私は日向さんの家に行って、話してくるね」
柊は俺に背を向けて、歩き出した。
「……なあ柊。そういえばお前、楓の家の場所知ってんの?」
俺の何気ない質問に、柊は足を止める。
「う、やめろぉ…で、出て…くるな!」
そしていきなり頭を抱えて、よくわからないひとり言を呟く。
もしかして、中二病モードに戻ろうとしてるのか?
「ふう…いつの間にか支配が弱まってたようだ…危うく体を奪われるところだった…」
「いや急にどうした?」
「いいか?今まで話していた相手は私じゃない。この体の元々の所有者の人格だ。決して貴方の知っている私じゃない。だから今すぐさっきまでの私は忘れろ!」
「お、おう…善処するよ…」
どうやら素の自分を見られたことが恥ずかしいんだな…
だが、人間は印象に残ったことを簡単に忘れることは出来ない。
だから、俺が素の柊を覚えていても仕方のないことだ。
そんな考えを読まれたのか、柊は疑いの眼差しをこちらに向ける。
「な、なんだよ?」
「本当にわかったのか?」
「わかってるよ。ちゃんと忘れる」
「わかったのならいい。早く日向楓のアジトに案内しろ!」
「はいはい、わかりましたよ」
半ばやけくそ気味に話す柊を、楓の家の近くまで案内し、家に帰った。
午後十時
少し早いが、もう寝ようかと思っていたところに、インターホンが押された音が鳴った。
俺は玄関を開けると、そこには申し訳なさそうにしている楓がいた。
「どうした?こんな時間に」
「あの…謝りたいことがあって…」
「謝りたいこと?」
「うん。あのね…最近、態度を悪くしてごめんなさい!」
楓がそう言うと、頭を深く下げた。
「お、おい。そんなに頭を下げなくても…」
「あ…ごめん」
楓は頭を上げて、落ち着いて話始める。
「夕方に、柊さんが家に来たんだ。それで、色々話を聞かせてくれた…」
「そうか…で、何を話したんだ?」
「二人が付き合ってないってこと以外にも、色々とね。柊さん、普段は何言ってるかわからないところあるけど、一つだけ話せる話題があったんだ」
「そ、そうか…」
あの中二病と意気投合できることに、俺は驚きを隠せなかった。
一体、その話せる話題ってのはなんなのだろうか…
「こんな時間に迷惑かと思ったんだけど、やっぱり、今日のうちに謝っておきたくて…迷惑、だった?」
楓は上目遣いで尋ねてきた。
不覚にもドキッとしてしまったが、それを表に出さないようにして、俺は言った。
「別に大丈夫さ。この時間は普段から起きてる時間だしな」
「そう…よかった」
「そういえば、俺も悪かったな。なんか泣かせちまったみたいで…」
「う、ううん!和樹は何も悪くないよ!あたしが勝手に勘違いしてただけなんだもん!」
「そういえば、何でお前はあの時泣いてたんだ?」
「えっ?それは…その…」
楓は質問されたとたんに、モジモジし出した。
「どうした?もしかして、トイレ行きたいのか?」
「お、女の子に何聞いてるのよ!この馬鹿!」
「な、なんかすまん…」
女って、どうしてこんなに理不尽に怒ってくるのだろう…
もしかして俺の周りって、ろくな女がいないんじゃないか?
と、話が逸れてしまっていたので、楓は質問の答えを返す。
「泣いてた理由だけど、和樹には教えてあげない。話せるようになったら話してあげる」
「なんだよそれ。教えてくれてもいいだろ?」
聞かないと、また泣かせてしまいそうで怖い。
「だーめ。どうしても聞きたいのなら、話せるようになるまで待ってね?」
しかし俺の心情を察することなく、楓はそう言ってきた。
まあ、話したくないのなら仕方ないか…
「わかったよ…そこまで言うなら、もうこっちからは聞かない」
「ありがとう。それじゃあ、あたしは帰るね」
「おう。気を付けろよ」
「大丈夫だよ。それじゃあ、また明日ね」
「おう。また明日」
楓は家に帰り、俺は見えなくなるまで手を振っていた。
翌日
俺はいつもの時間で家を出た。
普段なら、歩いて五分ほど経ったところで楓と待ち合わせしているが、最近時間をずらされてこの時間には会うことは出来なかった。
今日はちゃんと待ってくれているだろうか?
俺は不安を感じながら、いつもの待ち合わせ場所に向かった。
「おーい!和樹ー!」
「遅いぞ和樹。どれだけ私たちを待たせているのだ」
いつもの待ち合わせ場所には、ちゃんと楓が来ていた。
そして、その隣には柊も立っていた。
「柊?お前どうして…」
「今日から私も一緒に登校することになったんだ。こうしないとフェアじゃないからな」
「フェア?一体何の事だ?」
「こっちの話だから、気にしなくていいよ」
いや、気になるんだけど。
この二人は何か勝負でもしてるのか?
「さあ、早く学校に行こう!和樹!」
「あ!ずるいぞ楓!和樹の手をとるのは私だ!」
「いや、二人とも引っ張るのはやめてくれ!痛いから!」
こうして俺は、二人に手を引っ張られて登校した。
それが原因で、学内に二股の疑いがかけられてしまうのは、少し先の話。