第19話 本当の家族
午後四時五十五分
俺は両親だった二人を連れて、ステラのライブ会場にタクシーで向かっている。
「なあ和樹。一体俺たちに、何を見せようとしているんだ?」
「後でわかる」
タクシーが会場前に到着し、俺が金を払う。
「ここは…ライブの会場?」
「そうだよ。こっちに来てくれ」
俺は二人を誘導し、関係者側の入り口にやって来た。
「おい和樹。ここは関係者側の入り口だろ」
男は戸惑いながらそう言った。
「大丈夫。関係者から許可はもらってる」
俺はスマホの画面を二人に見せる。
画面に映っているのは香織さんとのメールでのやり取りだった。
実はここに来る最中に、香織さんに『両親に小野寺の歌っているところを見せたい』とメールで頼んだのだ。
香織さんはおそらく迷ったのだろう。
返信まで時間がかかっていたが、無事に許可を得ることが出来た。
俺たちは会場に入り、しばらく進んでいると香織さんに出会う。
「和樹君、その二人が…」
「はい。俺の両親だった人たちです」
香織さんは俺の後ろの二人を見ると同時に、顔色を悪くする。
責任を感じてしまっているのだろう。
香織さんは、何もの悪くないのに…
そして、香織さんは頭を深く下げてこう言った。
「すみませんでした!あの時は私の主人が和樹君に怪我をさせてしまって…本当にすみませんでした!」
香織さんの謝罪を聞いた二人は…
「あの時は、ねえ…では今回のことは何とも思ってないのか?」
「えっ?今回のこと?」
香織さんは頭を上げて、首を傾げる。
この様子を見るに、小野寺は誘拐のことを伝えてはいないのだろう。
だが香織さんの態度が、二人の怒りを駆り立てたようだ。
「とぼけるなよ!お前たちが関わったから、また和樹が怪我をしたんだぞ!この落とし前、どうつけるんだ!」
「えっ…えっ?」
頭に血が昇っている状態の男に、香織さんは戸惑っていた。
「おい。今回の件は香織さんは何も悪くない。そうやってなんでもかんでも罪を押し付けるな」
「止めるな和樹!前にも言っただろう…これはお前のためなんだ!」
またかよ…
またそうやって、俺のためとか言いやがって…
俺は男の胸ぐらを掴み、怒鳴り付ける。
「前回も今回も、二人は被害者なんだぞ!特に小野寺は、今回殺されかけたんだ!それをいつまでもグチグチグチグチと…てめえら!少しは他人のことも考えやがれ!」
俺の怒鳴り声が廊下に響き、二人は呆然とし、近くのスタッフはこちらを見ていた。
そんな中、香織さんが小さな声で尋ねた。
「あの、和樹君。今回の件というのは、一体…」
「それは後で説明します。二人とも、早くこっちに来い」
「お、おい待て和樹」
俺はステージ裏の方へ歩き出し、両親だった二人も後に続く。
私は急いでステージ衣装に着替えて、裏でいつでも出れるようにスタンバイしていた。
ライブでは顔を出すわけではなく、カーテンの後ろでシルエットが観客に写るようにするものだ。
観客の中には、顔出しを期待した人もいるかもしれないが、さすがに学業と両立してやっている今、顔出しはさすがに遠慮したい。
『皆さま、大変長らくお待たせしました。これより、ステラの登場です』
ついにきた…
私はマイクを持って、ステージに登壇する。
観客からは、シルエットであることに少々不満の声も聞こえるが、一応学生であるということは伝えてあるので、すぐに収まった。
私は、マイクを口元に近づけて言った。
「みなさん、今回は私、ステラのライブに足を運んでくださり、本当にありがとうございます。こうやってライブを開くことが出来たのも、みなさんの応援があったからです」
やっぱり、人前でこういうことを言うのは緊張するなぁ…
私は落ち着くために、今日あったことを、問題にならないように話した。
「私はここに来るまでに、一度心が折れそうになりました…それでもこうやって舞台の上にあがれたのは、スタッフが支えてくれて、そして私の歌で喜んでくれる人がいるからです!」
そうだ…私は、いろんな人に支えられて、ここまで来たんだ。
「私は、自分の歌でみんなが喜んでくれるのが、本当に嬉しいんです…ですのでみなさん!今日は精一杯!私の歌を届けます!それでは聞いてください!最初は私のデビュー曲!『約束』です!」
俺たちがステージ裏に来た頃には、すでにライブは始まっていた。
今歌っているのはデビュー曲の『約束』のようだ。
間近でステラの歌を聴くのは、レコーディングを除けば二度目だが、あの時よりも想いが伝わるいい歌声だった。
「和樹。ここは舞台裏じゃないのか?こんなところで何を…」
「ステージで歌ってる女の子を見てみろ」
二人は小野寺に目線を向けた。
「あの子は、確か…」
「ああ、小野寺だ。あんたらがろくでもないやつって決めつけたな」
俺は二人を睨みながらそう言った。
「そ、それがどうしたんだ?」
「今の歌ってるあいつ、楽しそうに見えないか?」
俺は、小野寺の笑顔を見ながらそう言った。
「言われてみれば確かに…」
「何で小野寺は、あんなに楽しそうに歌うと思う?」
「い、いや、わからないが…」
「だったら、歌い終わるまで見てろ」
曲が最後のサビに入り、終わりが近くなってきた。
そしてしばらくすると曲が終わり、小野寺は頭を下げる。
その瞬間、観客たちの歓声が、会場全体に響き渡った。
歓声を聞いた小野寺は、満開の笑顔を見せる。
「みなさん!聴いてくれてありがとう!次の曲は『未来へ』です!」
そして曲が流れ、ステラが『未来へ』を歌う。
俺は、意識をステラから両親だった二人に移した。
「なあ、まだわからないか?小野寺が楽しそうな理由が」
「……なんとなくだが、わかった気がする」
女が言った。
「あの子は、観客が喜んでくれるのが、嬉しいのね。だから、あんなに楽しそうに…」
「……そうだ」
俺は少し笑いながらそう言った。
「なあ、これを見てもまだ二人が悪いやつだと思うか?本当にあのおっさんと同じに見えるか?」
「「…………………」」
二人は俯いて、黙り混む。
そして、しばらくすると顔を上げて、こう言った。
「確かに俺たちは、二人のことを誤解してた。いや、認めようとしなかったんだ…お前を近づけると、またお前が傷つくような気がして…」
「そうね…あの二人には、非はなかったのよね…それを私たちは、家族の一人が起こした事件だからと言って苦しめて…」
二人は、俺に頭を下げる。
「「ごめんなさい…」」
……俺だって、わかってる。
この人たちは全部、俺のためにいってくれていると言うことは…
でも、あんなことを言う両親が、見てられなくて…
だから、俺は…
二人が頭を上げると同時に、俺も頭を下げる。
「俺の方こそごめん…父さんや母さんに、酷いこと言って…」
俺が頭を上げると、二人は驚いた顔をしていた。
そして、二人は俺に優しく抱きつく。
「いいんだよ…悪いのは、私たちなのだから…」
「そうさ…お前は何も悪くないんだ…だから、そんなに気に病むな」
抱きつかれてるとき、家族の温もりを感じた。
このとき、俺は思ったんだ。
ようやく、俺たちは本当の家族になれたのだと…