第11話 和樹の返事
『私は、貴方が好きです』
小野寺にそう言われた俺は、顔が熱くなるのを感じた。
俺は今まで、告白されたことがない。
なので、こういうときにどうしたらいいかわからない。
「えっと…それって、異性として、なのか?」
今のが、俺の口から出た精一杯の言葉だった。
「うん…今日和樹君を呼んだのは、それを伝えるため…例え昔を忘れてても、私の気持ちを伝えたいと思ったの…」
「小野寺…」
彼女の気持ちは、とっても嬉しい…
だけど、俺にこの気持ちを受け止める資格があるのか?
俺は今、小野寺との約束を忘れたままだ。
そんな俺に、彼女を幸せにすることが出来るのか?
そんなことを考えていると、俺は次第に小野寺から目を背けていた。
「ごめん小野寺。気持ちは嬉しいんだけど、俺にはお前に好きでいてもらえる資格なんて…」
俺が力なくそう言った瞬間、小野寺が俺の頬を思いきりはたく。
驚いた俺は、目を大きく見開いて彼女を見る。
「和樹君、さっき言ったよね?誰かに言われたから関わらないとか言わないでくれって…それなのに、どうして貴方はそんな考え方をするの?」
小野寺の目は、真剣だった。
「資格とか、そんなのじゃなくて、和樹君の気持ちが知りたいの…過去とか、そう言ったものに縛られない、貴方自身の気持ちを…」
小野寺の言葉は、本気だった。
「だから、教えて?貴方の想いを…」
小野寺は真剣に、そして本気で俺のことを想ってくれていることが伝わってきた。
それじゃあ、俺は?
俺にとって彼女は、どういった存在なのか…
二年前に歌手デビューし、尊敬する存在?
俺に過去を忘れられて傷ついた、かわいそうな女の子?
違う、そんなんじゃない…
確かにステラとしての彼女は尊敬してるし、過去を忘れて傷つけたことは悪いと思ってる。
だけど、そうじゃないんだ。
そこで俺は、先ほど小野寺に伝えた言葉を思い出す。
『ずっと、俺と一緒にいてくれ』
どうして俺は、この言葉を小野寺に伝えた?
何を思って、一緒にいてくれと頼んだ?
……そうか、俺の気持ちは…
「小野寺」
「……はい」
「俺も、お前が好きだ」
俺の言葉に、小野寺は涙をこぼす。
「……本当に?」
「ああ、本当だ」
俺は、小野寺を好きになる資格はないのかもしれない…
だけど、彼女が好きという気持ちはどうしようもない。
「それじゃあ…私と、付き合ってくれますか?」
小野寺は上目づかいでそう言った。
彼女の表情を見て、俺はドキッとした。
好きな女の子のこんな表情を見れば、誰だってときめいてしまう。
だが、俺が小野寺の問いにこう答えた。
「悪い。付き合うのは、もう少し待ってくれないか?」
俺の答えに、小野寺は驚きの表情になる。
「ど、どうして!?さっき私のこと好きって…」
「好きだからこそ、待ってほしいんだ。俺は過去を忘れて、お前を傷つけた…だから、その過去を思い出すまでは…」
「……私が付き合ってって言ってるのに?」
「ああ。だけど、勘違いしないでほしい。これは、忘れたことに縛られてるんじゃない…けじめなんだ…」
「…………………」
俺の言葉を聞いた小野寺は、しばらく間を開けてからこう言った。
「わかった。和樹君は昔から、そういうところは譲らないもんね…でも、早く思い出してね?」
「ああ、わかってる」
小野寺には悪いと思ってるが、わかってくれてよかった…
「でも、これだけはさせてほしいな…」
そう言って、小野寺は一歩前に踏み出し、彼女の顔が俺の目の前まで近づく。
そして、俺の頬に温かくて柔らかい感触がした。
その感触に、俺は顔が沸騰するほどに熱くなる。
小野寺は俺から顔を離して、こう言った。
「ま、真ん中は、付き合ってからね?」
「あ、ああ…」
このとき俺は、早く記憶を取り戻すことを改めて決意した。
「そういえば、和樹君って今はどこに泊まってるの?」
小野寺が家に帰ろうとしていると、突然そんなことを聞いてきた。
「昨晩は知り合いの家に泊めてもらったけど、それがどうかしたか?」
「いや、和樹君、家出して行くあてあるのかなって思って…」
「ぐっ!」
小野寺の一言が、俺の心を射抜いた。
「それは、つまり俺に友達がいないと…そう言いたいのか?」
小野寺は、俺から目をそらす。
どうやら図星だったようだ。
否定してくれることを期待していたのに、この反応はどうだ…
相手が相手なだけに、余計堪える…
そんな俺の心中をよそに、小野寺が言った。
「えっと…もしよかったらなんだけど、私の家に泊まらないかなって」
「えっ?いいのか?」
「うん。だって、好きな人とは、一緒にいたいから…」
小野寺は、顔を赤らめながらそう言った。
……そんな風に言われると、断れなくなってしまう。
「それじゃあ、よろしく頼む…」
「うん。よろしく」
俺は今、そう言った経緯で小野寺の家の前にいた。
小野寺の家は思ったより小さく、外側は白で塗りつぶされていた。
「ちょっと待っててね。お母さんに泊まっていいか聞いてくるから」
「ああ、わかった」
小野寺は家の中に入り、俺は家の外で待つことになった。
十分ほどすると、小野寺が出てきて、入っていいとのことなので、中に入る。
すると、玄関前で香織さんが出迎えてくれた。
「こんにちは。今日は来てくれてありがとうね、和樹君」
「いえ、こちらこそ今日は泊めていただいてありがとうございます」
「えっ?今日はって、これからしばらく泊まると聞いていたけど?」
「えっ?」
香織さんの言葉を聞いて、俺は小野寺の方を見る。
すると、彼女は不思議そうな顔で言った。
「えっ?だって、そういうことじゃないの?」
「でも、長いこと居座ってたら迷惑だろ?」
「別に迷惑なんかじゃないよ?むしろ、ずっといてくれても構わないし…」
小野寺は満面の笑みでそう言った。
こいつは無自覚でこういうことを言ってくるから、対応に困る。
「でもまあ、さすがにずっとってわけにもいかないし、家が見つかるまではいるってことでいいか?」
「うん。それでいいと思うよ」
「話は纏まったみたいね?じゃあ和樹君、これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
こうして俺たちは、交際を始める前に同棲することとなった。