第104話 短冊
七月六日。俺たち学校の生徒たちは、総合の授業の時間を使って明日の七夕の願い事を考えている。
とは言っても、別に願いを書いたところで誰かが叶えてくれるわけでもないし、俺はどうでもいいと思ってるんだけど…
「明日は七夕。つまり織姫と牽牛が出会うって事よね?」
「うん!一年に一度しか会えないって、やっぱり切ないよね」
「そうだね。やっぱり恋人はいつでも一緒にいたいよね」
さっきから楓と小野寺は、俺の前で織姫と牽牛について熱く語り合っている。
なぜかときどき俺の方を見るのだが、共感してほしいのだろうか?
正直全く興味ないし、スマホを弄りながら聞こえないふりをしているのだが、話終わる気配が全くしない。
素直に反応した方がいいのかなと思っていると、柊がこちらにやって来た。
「三人とも、何を話しているんだ?」
「いや、俺は会話に参加してはいねえけど」
「織姫と牽牛について話してたの。そうだ、花音はあの二人の話をどう思う?」
楓にそう尋ねられると、柊は首を傾げて答えた。
「織姫と牽牛って誰?」
「「「えっ?」」」
俺たちは見事にハモった。
中二病の柊ならその手の話は調べてると思っていたので、この反応は予想外だった。
「えっと、織姫と牽牛は、まあ仲のいい恋人同士だったんだよ。だけど、二人は結ばれてから仕事を一切せずにイチャイチャしてたから、天帝が二人を引き離したんだ。で、ちゃんと仕事をするなら年に一回だけ会うことが許されてるんだよ。それが七月七日、七夕だな」
俺は自分が知ってる範囲の情報を教えてやると、柊がなるほどと呟いてからこんなことを言った。
「つまり自業自得で会えなくなった、あまり同情できないカップルということか」
その発言を聞いて、俺は三人に背を向けて再びスマホを弄り始める。なぜなら、柊がこのあとどうなるのか察しがついたからだ。
三人の会話が、背後から聞こえてくる。
「あれ?二人ともなんでそんな怖い顔でジリジリと寄ってくるんだ?」
「花音ちゃん?二人は愛し合ってるのに年に一回しか会えないんだよ?過程がどうであれ、それは辛いことだとは思わない?」
「いや、でも怠けてたのが原因なら…」
「どうやら花音は二人の事をちゃんと理解できてないんだね?よし、じゃあこれから私たちが教えてあげるよ」
「いや、別にさっき和樹から聞いたし…」
柊の声に段々恐怖の色が加わりつつあるな。一体二人はどんな顔をしているのだろうか。
ていうかこいつらは短冊に書く願いは考えたのだろうか?後から来た柊ならまだしも、二人は最初からずっと話してるような気がするが。
「か、和樹助けてくれ!二人がなんだか怖い!」
柊が半泣き状態で俺に助けを求めてくる。
気のせいなのかもしれないが、最近のこいつは自分の設定を忘れつつあるような気がする。以前よりは素に戻ることが増えたからな。
と、なんだか二人の目が怖いからあまり関わりたくないんだけど、流石に半泣きしてるとなると無視するのはなんだか良心が痛むので、柊に加勢することにする。
「おいおい落ち着けって。ただの作り話だろ?そんなにムキになることは…」
「例え作り話でも、ロマンチックな話をそんな風に言われるのは嫌だもん!」
そうだな。年に一回しか会えなくなるまでの過程から目を背ければロマンチックだよな。
「結ばれるまでは一生懸命仕事してたんだから、少しくらいは仕事をサボってもいいと思う。和樹もそう思うでしょ?」
お前、その言葉を世の社会人の前で言えんのか?言えたら勇者だぞ。
という本音はぐっと抑え、何とか誤魔化そうと試みる。
「まあどのくらいサボったかわからんからなんとも言えん。それより、お前らは短冊の願い事は書き終えたのか?」
「「…………………」」
この反応、やっぱり忘れてたのか。
「とりあえず議論するにしても、まずは書いてからにしろよ。明日白紙の短冊を飾ることになっても知らねえぞ?」
「「わ、わかりました…」」
二人は渋々と自分の席に戻り、願い事を考え始めた。
その様子を見ていた柊は、安堵した表情で俺のもとに歩み寄る。
「あ、ありがとう…助かった…」
「女子にはああいうこと言わない方がいいぞ?さっきみたいなことになるから」
「…………………」
「ん?どうした?」
「私もれっきとした女子なのだが…」
「自覚あったのか…」
「なっ!?」
柊は俺の言葉を聞くと、じっとこちらを睨んでくる。
「私は女子だ!大いなる力を持っていても、女子であることは揺るがない!それを忘れるな!」
「お、おう…わかった…」
流石に冗談が過ぎたか…いくら中二病とはいっても、女子として扱ってくれないと気分はよくないようだ。
俺がまたひとつ賢くなったその瞬間、チャイムが鳴り響き、担任が短冊を回収した。