滝上異能力相談所
まだ暗い部屋の中、
僕を目覚めさせる為に、アラームが仕事を始める。
また今日が始まった。
寝返りで最後の抵抗をする。
三回目で、寝続けることも諦めた。
けたたましく鳴り響く真面目な彼を止め、
何とか布団から抜け出す。
「……寒いな。」
行きたくない。
でも働かなくては、
僕はすぐに、のたれ死ぬだろう。
それは良くない。
寝癖頭を掻きむしり、
立ち上がると少し目眩がした。
まだ働きの鈍い頭で、洗面台を目指す。
よく寝た筈なのに、目元には大きな隈が目立つ。
赤く染めれば、歌舞伎役者にでもなれそうだ。
バイト仲間にはよく、死んだ目と言われるが。
頭から水をかぶり、寝癖と共に顔の汚れを落とす。
寒すぎて目が覚める以外良い思いのない苦行だ。
「……ふぅ。」
洗面を済ませ、朝食を準備する。
トースターにパンを突っ込むだけの簡単なお仕事だ。
誰にでもできる。
でもここに、やってくれる人はいないから、
自分にしかできない。
素手で持つには熱すぎるパンを皿に移し、
テーブルへと運ぶ。
何となくつけたTVの中で、
いつものキャスターがニュースを読み上げる。
大臣の汚職事件。
タレントの不倫騒動。
教育者の不祥事。
毎日同じ様な話題ばかりだ。
世の中が平和な証拠だろう。
そうそう大事件なんか起きない。
最後のパンを詰め込み、使った食器をかたづける。
そろそろ行かなくては。
また遅刻しては、どやされかねない。
気だるい手つきで歯を磨き、
コートを羽織って靴を履く。
今日は1日雨は降らないと、
先ほど、いつものお姉さんが教えてくれた。
準備は万端だが、気持ちは晴れない。
行きたくないな。寒いし。
でものたれ死ぬのは嫌だから、
嫌々ながら家を出る。
日が昇り始めた町には、
僕と同じく、会社に向かうおじさんや、
友達と遊びながら歩く子供達が目立つ。
皆一様に各々の目的のため、
こんな朝早くから動き出す。
ご苦労様だ。
社会の為に今日も頑張ってほしい。
僕が言えることではないけど。
景気の悪そうな顔、で会社を目指す。
徒歩で通勤出来る距離なのは有り難いが、
通勤手当てがつかないので、
どっちもどっちだろう。
どうせなら徒歩通勤にもお金を出してほしい。
お疲れでしょう手当てとかさ。
とにかく楽に生きたい。
どちらかと言うと働きたくない。
働かずにお金がほしい。
それでも働かずに稼げるお金ほど、
不安な物もないのだが。
社会の理不尽について、
ぼやきながら歩き続ける。
もう事務所は目と鼻の先だ。
帰りたい。
時間的拘束が始まる前に、僕はそう思ってしまう。
事務所の下の飲食店には、
朝から働く店員さんがいる。
あの人よりはましか。
いつも思う失礼なことを、
今日も考えながら事務所への階段を登った。
「…おはようございまーす。」
「おう、昇太郎。おはよう。
朝から湿気た面してんなよ。」
「…生まれつきです。」
「そうか!ならいい。」
「いいのかよ。」
ここが僕のバイト先。
この無駄にダンディなおっさんが社長を務める、
『滝上異能力相談所』だ。
異能力に悩む依頼人の悩みを解決するために奔走する、
正義の味方だと滝上さんは言っていた。
「滝上さんだけですか?」
「ん?ああ、あいつもそのうち来るだろう。
ちょっと依頼が難航しているみたいでな。
徹夜だそうだ。」
「げ、マジですか。」
絶対、不機嫌だろうな。
絡まれない様にしたい。
僕は自分のデスクに着くと、
机の上の書類に目を通した。
その難航している依頼の資料だ。
「滝上さん、この依頼人って直接会いました?」
「いいや。俺は会ってないぞ。
あいつの古い知人で、
依頼だけ貰ってきたそうだ。」
「…ふーん、そうですか。」
滝上さんは机の上に足を組み、
僕と同じ書類に目をやる。
「まぁ、でもちょっと怪しいよな、
この依頼。不自然な感じがする。」
「…ですよね。」
何かが階段を駆け上がる音が響く。
あの人が来たようだ。
勢いよく事務所の扉が開かれた。
「おはようございます!」
「おう、おはよう。
扉はゆっくり開けろー。」
「すみません滝上さん。
…って昇太郎!
おはようって言ってんの!
ちゃんと耳ついてんの?」
「ついてますよ。
おはようございます、ハナさん。」
「はい、おはよう。
最初から言いなさいよ、全く。」
この騒がしい人は花巻ササラさん。
通称、ハナさんだ。
喜怒哀楽が激しい19歳で、
僕の一つ下の筈なんだが、
先輩を敬う気持ちは一切ないらしい。
初対面からこの調子だった。
ハナさんを入れて全員。
これが滝上異能力相談所のメンバーだ。
「ハナ、依頼どうなった?」
「どうもこうもないです。
進展なし。誰も見てないって。」
「そうか。」
「…ハナさんは依頼人と知り合い、何ですよね?」
「ええ、そう。
中学が一緒だったの。
誰かから私のことを聞いたみたいよ。」
「依頼人に不審な点とか無かったんですか?」
「そうね、特にはなかったけど。
強いて言うなら、何か隠しているような?
そんな感じはしたわ。」
「………。
あの、ハナさん。
僕も依頼人に会いたいんですが。」
「はあ?何で?
私の言うことが信じられないの?」
「いや、あのそう言うわけでは、
ないんですけど。」
「まあまあ、落ち着けよ。
昇太郎、
お前が今抱えてる依頼は置いといていい。
俺がやっておく。
その代わり、ハナと組んで今回の依頼にあたれ。
この件は俺もちょっと臭う気がする。」
「分かりました。」
「…分かりました。
昇太郎!
足を引っ張りしたら承知しないからね!」
「…はは、気を付けます。」
ハナさんと合同で依頼に当たることになり、
まずは、もう一度依頼人に会うことにした。
依頼人との待ち合わせは、
事務所下の飲食店に15時だ。
今は11時。
かなり時間がある。
「ハナさん、少しいいですか?」
「……何よ。」
相変わらずキツい当たりである。
挫けそうだ。
「依頼人に会う前に確認しておこうと思って。
まず、依頼人の名前は高橋愛子。
ハナさんの中学の同級生で良いんですよね?」
「ええ、そうよ。」
「ハナさんは友達のツテで依頼を受けたと。」
「ええ。」
「中学の時に彼女のことは知っていたんですか。」
「いいえ、知らない。
友達から連絡があって、
私に会いたいと言ってる人がいるって言われたの。
会ってみるまで同じ中学とも知らなかったわ。」
「そうですか。」
「……もう!何が聞きたいのよあんた!」
「すみません、ちょっと気になって。」
「…ふん。」
ああ、やっぱり徹夜明けの彼女は機嫌が悪い。
いつもなら、もう少しは会話してくれるのだが、
今日は爆発寸前の爆弾の様だ。
触らぬハナさんに祟りなし。
掃除でもして時間を潰そう。
事務所をあらかた掃除し終わり、
滝上さんへ依頼の引き続きを済ませた。
時間はまだある。
ハナさんは疲れて寝てしまった。
彼女に、毛布をかけ、
自分の席へと座る。
依頼書を読むことにした。
今回の依頼はこうだ。
依頼人は高橋愛子。
ハナさんと同い年の19歳。
大手広告会社で働く新入社員だ。
依頼内容は、
彼氏の遺体を探してほしい。
とのことだった。
依頼自体は珍しいものではない。
最近、各地でこういう事件が発生している。
異能者が発見され始めてから、
この手の事件は後を絶たない。
異能には様々なものがある。
心の声が聞こえる、
物を触れずに動かせる、
未来が見える。
強さも能力も人それぞれだ。
異能力が発症する時期には決まりがない。
生まれつき持っているものもいれば、
突然能力が現れる者もいる。
異能者が起こす様々な事件、
相談に対応することこそが、
この滝上異能力相談所の仕事。
特に空間移動能力を持つ犯人が多いが、
異能者が起こした事件に、
死体が無いことは多い。
異能者が発見され始めたのは、
ここ10年の話だ。
新宿で起きた大量殺人事件。
現代の「切り裂きジャック」と呼ばれたそれは、
風を刃にする異能者が犯人であると発表された。
その後、不可思議な事件が各地で起き、
異能者の存在が、世の中に知れ渡った。
誰でも異能力を得る可能性がある。
ある者は、異能を欲し、
またある者は、異能に恐怖した。
当時の警察は、不思議な力を使う犯人に苦戦し、
対応に追われた。
その後、異能対策局が設置され、
異能を使った犯罪は、罪として扱われる様になった。
その甲斐もあり、
今はある程度落ち着いてきたが、
巷には、細かいいざこざが多く残る。
今回の依頼である、
彼氏の遺体を探してほしいというのも、
僕が知るだけでも5件目だ。
だから、依頼自体は不思議ではない。
僕が引っ掛かったのは……
「ってもう時間じゃないか!
ハナさん、起きて下さい。
行きますよ。」
「……うぅん。
ママぁ?」
「はいはい。ママですよー。
仕事ですよー。」
「あっ!!ちょっ、」
「依頼人が待ってます。
行きますよ。」
「…分かってるわよ!
ちょっと待ちなさい、今記憶を、」
「先いってまーす!」
僕は階段を駆け降りる。
事務所下の飲食店は平日だからだろうか、
そんなに人は多くない。
外から覗き込むと、
依頼人らしき女性が座っているのが分かった。
不味いな、待たせてしまっただろうか。
ただ下の階に降りるだけだというのに。
僕は足早に入店し、
顔馴染みの店員さんと顔を合わせた。
待ち合わせの旨を伝え、
依頼人の元へと向かった。
「高橋さんですか?」
「…はい。あなたは?」
「失礼しました。
僕は滝上異能力相談所の遠藤です。
お待たせしてしまってすみません。」
「…いえ。」
「あ、コーヒー飲めますか?」
「…はい、大丈夫です。」
「了解です。すみませーん。
コーヒー3つお願いします。」
ハナさんも合流し、
依頼の話をすることにした。
「すみません、お呼び立てしてしまい。
どうしても確認したい事がございまして。」
「……大丈夫です。」
「ありがとうございます。
では早速始めたいと思います。
まず、高橋愛子さん、
広告会社勤務の19歳。
間違いはないですか?」
「…はい。」
「ハナさん、花巻さんとは、
同じ中学出身とお聞きしました。
どうやって連絡をとったのですか?」
「……友達づてに。」
「依頼は、
彼氏さんの遺体を探してほしいとのことでしたが。」
「…はい。」
「彼氏さんがお亡くなりになられたのを
知ったのはいつ頃でしょう。」
「…………ぅう。」
「あぁ!すみません!
答えづらいですよね。
ゆっくりでいいんです。
落ち着いてからお願いします。」
「ちょっと、泣かせてどうすんのよ。」
ハナさんが脇を小突く。
痛い、小突かれたレベルの痛みではない。
確かに今のは僕が悪かったが、
こんなところでストレス発散するのは、
勘弁してほしい。
「……一週間、一週間前です。」
「!、すみません。
えっと、もう少しお聞きしたいのですが、
よろしいですか?」
「……(コクッ)」
「ありがとうございます。
では、どうやってそれを知りましたか?」
「…彼の部屋に遺書があって、それで。」
「そうですか。
今日はその遺書は、」
高橋さんは机の上に手紙を置いた。
「ありがとうございます。
読んでもいいですか?」
「(コクッ)」
遺書にはこう書かれていた。
愛子へ
ごめんな。
俺やらかしちまって、
とてもじゃないけど、
返しきれない借金があんだよ。
もう彼処にはいられない。
消えることにしたから、
お前も早く俺のことを忘れてくれ。じゃあな。
「ふむ。なるほど。
これを見たあなたは、
友達づてにハナさんに依頼したと。
間違いないですよね?」
「…はい。」
はぁ、でもやっぱり聞かないとな。
仕事だし。
面倒だなぁ。
「あの根本的なことを聞きたいんですが、
あなたはなぜこの依頼をしたんですか?」
「?、だから彼を探してほしくて。」
「あぁ、聞き方がいけなかったですかね、
何故、彼が死んだと判断したんですか?」
「!、……い、遺書があったから。」
「そうですか。分かりました。
ありがとうございます。
聞きたいことは以上です。
また依頼の進捗を報告させていただきますね。」
「…はい。」
「で、納得はいったの?」
「うん。とりあえずはね。」
「そう。
で、どうすんの、この後は。」
「うーん。
警察周りはハナさんが回ってくれたんでしょ?」
「ええ、行ったわよ。
警察から、現場から、何から何まで徹夜でね!」
「お、お疲れ様です。」
「でも、全く姿が掴めないのよね。」
「全く?」
「ええ。
彼女、一週間前に遺書を発見したって言ってたじゃない?
だから、彼の足取りを追うことにしたんだけど、
彼、働いてもいないし。
毎日毎日、賭博場に入り浸って。
とにかく借金がすごいのよ。
でも、賭博場にも最近は姿を見せてないみたい。
本当に神隠しにでもあったみたいにね。」
「神隠しですか。」
「ええ、私が徹夜で調べて分かったのは、
ここ一週間前後、
彼の姿を見た人間はいないってことだけよ。」
「ふむ。」
「だから、現場検証も無駄よ。
もう調べるものもないわ。」
「そうですか。」
やはり、高橋さんは何かを隠している様だ。
恐らく彼女は、彼の居場所を知っている。
ではなぜ、彼女は彼を探すことを依頼したのか。
しかも、遺体の彼を。
仮説はあるのだが、証拠がない。
また、あの力を借りなきゃいけないのか。
「ちょっと、出かけてきます。」
「……あの子のとこ?」
「…ええ、行ってきます。」
「はいはい。
私はもうちょっと依頼人の周辺を洗ってみるわ。」
「お願いします。」
僕は駅へと向かった。
もちろん電車に乗るためだ。
彼女に力を使わせたくはない。
でも、今回の依頼には証拠が必要だからな。
僕の力では何もできない。
僕は、無力だから。
切符を買い、改札をくぐる。
時間的にも帰り時だ。
学生やサラリーマンが目立つ。
明らかにすんなりと乗り切らない人数だ。
満員電車か。
痴漢とか間違われたら嫌だな。
人減らないかな。
そんな願いなど叶うはずもなく、
駅員の必死の押し込みにより、
窮屈な電車は発車した。
暑い。
外は寒いのに。
コートが鬱陶しく感じるぐらいの暑さの車内は、
おばさん達の話し声だけが響いていた。
大人数での押しくら饅頭を越え、
目的の駅へと到着した。
じんわりとかいたはずの汗が、
一気に冷える。
「……さみい。」
すっかり重くなった足取りで駅を出た。
ここは以前、僕が住んでいた町。
ある事件が起きるまで住んでいた町だ。
用事があるのも、慣れ親しんだ相手である。
見覚えのある町並みをゆっくりと歩く。
帰郷を楽しむ思いなどなく、
ただ仕事の為と自分に言い聞かす。
僕には、この街を懐かしむ資格などないのだから。
自然と足が動いた。
自分の意思とは別に、体が覚えているのだろう。
駅からの道のりは思った以上に早かった。
変わらないその店に、変わってしまった僕は入る。
「いらっしゃい…、お前か。」
「こんばんは。伝治さん。」
「……何しに来たんだ。」
「ちょっと彼女に用事があって。」
「…上がりな。」
「ありがとう。」
「あいつなら、部屋にいるよ。」
「…うん。」
子供の頃に、何度か上がった階段を上がる。
一歩一歩、足にかかる重力が強くなっている気がした。
部屋の前に立つ。
入る前にノックを忘れない。
「僕だ、入るよ。」
閉ざされている扉を開く。
部屋の奥、自分のベッドの上に彼女は座っていた。
「……狂歌。来たよ。」
「……………。」
反応はない。
僕を見ていない。
僕は彼女にそっと口づけをする。
「…ん、むっ。」
「起きたかい、狂歌。」
「………………、しょうたろ?
あぁ!しょうたろーだ!
きてくれた、
わたしにあいにきてくれた!
しょうたろーが、
わたしにわたしに…」
「うん。来たよ。」
「あは、しょうたろー、
しょうたろーだぁ…」
僕は彼女を抱き締める。
「…しょうたろ、ないてる?」
「……泣いてないよ、大丈夫。」
「そっかぁ、しょうたろーはつよいもんね。
しょうたろーはいつもいつも。
いつだってわたしをまもってくれるもん。」
「…そうだね。」
「うん!しょうたろーはつよい!
だれにもまけない!
どこにもいかないもん、
ずっとずっとわたしのそばにいるんだよ?」
「…………。
ああ、そうだね。」
彼女は西城狂歌。
僕の幼なじみだ。
彼女は1年程前に、異能力を発症した。
彼女は、僕のせいでこうなった。
僕がいなかったから。
僕がいなくなったから。
彼女の異能力は、
人を見つけ出すこと。
その能力に際限はなく、
世界中の人の居場所が、
四六時中流れ込んでくる。
70億人の居場所が全てだ。
その代償は凄まじく、
彼女の精神は、崩壊した。
強かった狂歌はもういない。
全部、全部僕のせいだ。
でも、弱い僕には、
彼女と向き合い続ける勇気がない。
仕事を言い訳に、
会いに来ることしかできない。
彼女の優しさに甘えて。
「狂歌に探してほしい人がいるんだ。」
「…終わったのか?」
「はい、伝治さん。
今日はもう帰ります。」
「…ああ。
また来い。」
「はい。
また、来ます。」
外は、雨が降っていた。
重くなっていくコートを握りしめ、
僕は、今の家に戻る。
帰り道は、歪んで見えた。
事務所に戻り、考えをまとめる。
僕の仮説は正しかった。
……証拠もある。
でも、どうやって伝えようか。
「どうだった。」
「大丈夫です。
依頼された理由は分かりました。」
「……そう。」
「僕、帰ります。
明日、依頼人を訪ねるので、
その時はよろしくお願いします。」
「ええ。お疲れ様。」
「はい、失礼します。」
「あいつ、今日も行ったのか。」
「はい。そうみたいですね。」
「そうか。
で、お前はどうなんだ。」
「どうとは?」
「大丈夫かって聞いてるんだよ。」
「大丈夫ですよ。
誰が一番辛いかってことぐらい、
分かってますから。
私も失礼します。」
「…ああ、お疲れさん。」
翌日、僕達は朝から高橋さんを訪ねた。
「おはようございます。」
「……おはようございます。」
「昨日電話で伝えさせて頂いた通り、
彼氏さんの居場所が分かりましたので、
迎えに伺いました。」
「……(コクッ)」
「それでは、行きましょうか。」
事務所の車を走らせ、僕達は彼の元へと向かう。
答え合わせの時間だ。
「あ、一つだけよろしいですか?」
「……何でしょう。」
「ここからは、もう嘘はいりませんから。」
「……え?」
僕達は彼の居場所へと到着した。
建設途中で取り止めになった、建設跡。
用事がない限り誰も立ち寄らない、
人から取り残された場所だった。
「さぁ、入りしょうか。」
「ええ、あなたも行くわよ。」
「………(コクッ)」
建設跡は剥き出しの鉄骨や、
廃棄された建築資材など、
様々なものが置かれていた。
建築物の2階部分、
壁もなく開けた視界が、
取り囲む幕で塞がれている。
彼は、そこにいた。
恐らく、生前の彼とは違った姿で。
「この人ですよね。」
「……………そうです。」
「良かった。じゃあこれで依頼は解決ですね。」
「……ありがとうございました。」
「いえ、仕事ですので。」
「……帰りましょう。」
「はい、警察にも連絡しなければなりませんしね。」
「……はい。」
「その前に、これは個人的な興味で、
依頼とは関係ないので聞き流して貰っていいんですが。」
「……なんですか?」
「あなた、彼の居場所知ってましたよね?」
「!?」
「大丈夫です。答えていただかなくても。
これは僕の推測でしかないので。」
「僕の推測では、こうです。」
彼は、異能者だ。
つい最近なったばかりの。
彼には借金があった。
それも個人では返しきれないほど。
借金で博打をし、借金を増やす日々。
取り立ても激しくなり、
遂には家にも居られなくなった。
高橋さんは、そんな彼を匿っていた。
反省している。これからは真面目に働く。
そんな事を言われたのだろう。
高橋さんは匿い続けた。
ある日、見てしまったのだ。
彼は高橋さんを裏切り、博打を続けていた。
彼女のお金で。
彼らは大喧嘩をした。
ばつの悪くなった彼は逃げた。
借金取りから逃げ、高橋さんから逃げ。
全てから逃げ出した。
異能力が芽生えたのはそんな時だった。
逃げたい彼に芽生えたのは、
転移能力。
自身を別の座標に移動させる、
テレポートと呼ばれる能力だ。
しかし、異能力は暴走した。
彼はこの場所に転移した。
鉄骨の上にと。
鉄骨は彼を貫いたが、
命を奪う迄に至らなかった。
満身創痍の彼は、
恥知らずにも高橋さんに助けを求めた。
そして、高橋さんはこの場所を見つけた。
力尽きた彼と共に。
「以上です。
これは僕の妄想に過ぎないので、
違うのであればそう言っていただければ。」
「………………。
……ふふ、くふふふ。
あなた、すごい妄想をするのね。」
「はい。それだけが特技ですから。」
「……はは、はははは!
で、そうだとしたらなんだと言うの!
あなたの妄想通りなら、事故死じゃない!
わざわざ依頼なんてせず、
警察にでも通報するわよ!」
「そうですね。
だがあなたには、
僕らに依頼しなければならない理由があった。」
「理由?」
「ええ、理由です。
証言と言ってもいい。
あなたは、
自分以外の誰かに、
彼を見つけて欲しかったんですよね?」
「!!」
「高橋さん、あなたは異能者ですね。」
「……………。」
「それも、転送系の。」
最初に引っ掛かったのは依頼の内容だ。
依頼書には、遺書を見て彼の死に気づいたとあった。
本人への聞き取りで確認もしている。
本当に死んだと分かっている訳でもないのに、
どうしても遺体の捜索を依頼するんだろう。
そんな当たり前の疑問からだった。
普通、失踪者の捜索なら本人の生存を願う。
だが、今回の依頼は真逆だったのだ。
死んでいることが前提の捜索。
今まで僕が関わった、
同じく遺体の捜索を願う依頼は、
犯人が捕まっているので、
既に死んでいると分かっているものだった。
「あなたには、死体の第一発見者になれない理由がある。
それは、
あなたが既に罪を持っているからだ。」
「………。」
「高橋さん、あなた人を殺してますよね。」
「……はっ!
黙ってこの死体だけを見つけてくれれば良かったのに。
そうよ、私は人殺しよ。
あいつも、殺してやろうと思ってたのに!
異能力?生意気にも私と同じ転移系なんて、
ふざけんじゃないわよ!」
「……ある人物に彼の居場所を教えてもらいました。
あなたの両親の居場所と一緒に。」
「ふぅん。で?」
「あなたの両親は死んでいますね。
あなたの家の下で。」
「そうよ。
あいつら、私を騙したから。
だから殺してやったのよ。」
「…そうですか。
あなたは、彼が逃げたこと自体はどうでも良かった。
だが、彼がその能力で死ぬことだけは避けたかった。
彼が転移能力で死んだことが警察に知られれば、
犯行を疑われ、必ず両親のことにまで調べがまわる。
だから連絡が入ったとき、必死でここを探した。」
「ええ。そうね。」
「だから、あなたは彼の死を、
彼が自分一人で起こした事故にしたかった。
事故死なら、あなたにまで捜査は及びませんしね。
アリバイはそうだな。勤務時間とか、防犯カメラとか、
その能力範囲とか。」
「お察しの通りよ。
私の能力は、自分の半径10メートルまでしか及ばない。
私の生活圏内からでは、ここまで飛ばせないわ。」
「僕らに調査させるために遺書まで書いて。」
「ええ。いい出来だったでしょ?」
「僕らには守秘義務がある。
通報はしても、何故見つけたかまでは言えない。
そんなことまで計算するなんて見事ですよ。」
「ありがとう。もういいわよね。
そろそろ帰りたいから、逃げるとするわ。」
「そうですか。残念です。」
「楽しい推理だったわ。
でも私は捕まらない。
転移能力者だもの。」
彼女は異能力で逃げ出すつもりらしい。
「………燃えろ。」
「…えっ?
飛べない?!
なんで?どうしてよ!」
だが、それは叶わない。
「無駄ですよ。
あなたの異能力は燃やしました。
もう、使えません。」
「はあ?!
異能力を燃やした?
何言ってんの!?」
「僕の能力は、
燃やしたいものを、燃やし尽くすんです。
跡形もなく。
それがたとえ、紙でも、人でも、異能力でも。
あなたの異能は死にました。
諦めてください。」
「何、何で、何なのよ!
何なのよあんた!
あんたに関係ないじゃない!
邪魔しないでよ!」
「すみません。
邪魔はします。」
「僕は正義の味方になりたいので。」
依頼は終わった。
数分後、警察が駆けつけ、事態の引き継ぎをした。
ここまでの会話を録音したボイスレコーダーを預け、
それが証拠となり、高橋さんは逮捕された。
後日、彼女の実家の地下から、
白骨化した遺体が見つかったらしい。
「以上が今回の報告です。」
「それはいい。
昇太郎、俺いつも言ってるよな。
タダ働きはすんなってさ。
どうして、お前はそうなんだよ。
事故で終わらせといても、
実際、あの人捕まったかもよ。
警察の捜査を舐めすぎじゃね?」
「すみません。
異能力で悪事を働く奴が許せなくて。」
「お前、異能力嫌いだもんな。」
「はい。嫌いなんです。
異能力も、それを悪用する奴も。」
「はぁ、もういいよ。
お疲れさん。」
「はい。失礼します。」
「どうにかなんないもんかね。
あいつの異能力嫌い。
お前もそう思うだろ。ハナよー。」
「知りませんよ。」
「つめてぇなー、お前。」
家に帰ると、着替えもせず、
ベッドへと倒れ込む。
今日も、異能を使ってしまった。
使いたくなどないのに。
こんな力、欲しくはなかった。
こんな失うばかりの力など。