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彼の日常

突然だが、自己紹介をしよう。

僕は、遠藤 昇太郎。

20歳、最近までは学生だった。

バイトして貯めたお金で、

バンドのライブに行くのが生き甲斐のフリーターだ。

母は、人間の高みまで昇りつめろ!という願いを込めて

名前をくれたそうだ。

現実の僕は、社会的に大分下の方だろう。

残念ながら、昇りつめられる予定はない。

僕がなぜ、フリーターをしているのか、

それは、前科があるせいだ。

最初に言っておこう。

僕は不良ではない。

悪いことをしようという考えは、今も昔も持ってない。

あんな力さえなければ、

僕は、何も失わなかったのに。


話は2年前の3月に遡る。

何事もなく高校を卒業し、

地元企業への就職も決まっていた俺は、

長めの春休みを満喫していた。


「母さん、風呂掃除終わったよー。」

「ありがとう、昇ちゃん。

じゃあ、次は洗濯物たたんどいて。」

「へーい。」

人使いが荒いよな母さんは。

折角の長い休みなのに。

人生最後の超連休だぞ、

なんで僕は、学生から家事手伝いに

ジョブチェンジしてるんだ。

…はぁ、面倒だ。


家中に慣れ親しんだ電子音が響く。

「母さーん、電話―。」

「今手が離せないから、昇ちゃん出てー。」

「…へいへーい。」

庭に出るために履いたサンダルを乱暴に脱ぎ捨て、

電話までの距離を脱力して歩く。

「…もしもーし、遠藤ですが。」

「………………。」

「もしもし?」

「………………。」

イタズラ電話か。

はぁ、世の中暇な奴が多いんだな。

僕と職を交換してくれよ。

電話をかけるだけの簡単なお仕事です。

学歴、経験は問いませんってか。

「もしもーし。もしもしもーし。」

「………………。」

筋金入りの電話師だな。

なかなかの熟練とみた。

経験は問わないんじゃなかったっけ。

「切りますよー、3、2、1、ほい。」

僕は受話器を定位置に戻す。


「イタズラ電話だったー。」

「あら、世の中暇な人がいるのね。」

奇しくも同じ感想だった。

やはり血は争えないんだろうか。

僕は再びサンダルを履き直し、家事手伝いへと職を戻す。

洗濯物って何でこういい匂いするんだろうな。

お日様のかおりーってやつかな。

春へと変わる季節に、ほんの少しの寂しさを感じながら、

家事手伝いの職を終えた。


「母さん、ちょっと新譜買いに行ってくる。」

「はーい。気を付けるのよー。」

「ういー。」

暖かくなったとは言え、

薄着では折角の休みを潰し兼ねない事態を招く。

上着を羽織り、適当な服装で出かけることにした。

空は雲一つない晴天だ。

傘も必要ないだろう。

僕は財布だけを持って、家を出た。

近所のCDショップは、幼なじみの親が経営している。

昔から通っている馴染みの店だ。

交差点を3つ程通りすぎ、右に300メートル。

通いやすさが売りだ。僕限定の売りかもしれないが。


「いらっしゃいま…、ってお前かよ。」

「何だよ。僕だってお客さんだろ。笑顔笑顔。

言ってみ?いらっしゃいませ!ほら。」

「うざい。」

「酷いな。まあいいや。

キルラビの新譜買いに来た。」

「ああ、ほらそこ。

お前好きだよな、こう言うの。」

「いいだろ別に。

僕みたいな根倉がロック聴いても。」

キルラビ。

Kill the Rabbits というロックバンドだ。

直訳すると、ウサギを殺せ。

物騒な名前だ。

きっとメンバーの誰かがウサギに恨みでもあるんだろう。

知らんけど。

「買うの、買わないの?

さっさと決めろ。」

「お前、僕相手だと言葉使い酷いよな。

あれか、好きな子には辛く当たっちゃう。

ツンデレか?」

「!、…んな訳ねえだろ。」

「はは、まぁいいや。

はい、これ。いくら?」

「……こっちの気も知らないで。

チッ、2万円になりまーす。」

「高っ!ぼったくりかよ!」

「うるせぇな、セクハラ料だよ。」

「なんだよ、セクハラ料って。

した覚えねえよ!」

「うっさい、うっさい。

発情すんな。気持ち悪い。」

「してないよ!?」

…紹介が遅れたが、こいつは件の幼なじみ。

西城 狂歌。名前の通り荒っぽさが売りの、

CDショップ西城の看板娘だ。

腐れ縁も腐れ縁。

小、中、高と一緒、クラスも一緒。

昔はもっと素直ないい子だったんだが、

彼女はどこで道を間違えたんだろうか。


「……。失礼なこと考えてるだろ。」

「イヤ、ゼンゼン?」じー。

「胸を見るな!訴えるぞ!」

「ごめんごめん。そんな怒るなって。

しぼむぞ?」

「これ以上しぼまねえよ!

って、何言わせんだ!ぶっ飛ばすぞ!」

「おお、怖い怖い。」


「うるせえぞ、狂歌!お客さんの前だろうが!

って、昇ちゃんか。

何だよ来たなら声かけろよ。

俺とお前の仲だろうがよ。」

この人は、狂歌の父親。

伝治さんだ。

某スーパー星人の王子様を更に広げた様な、

見事なM字を頭部に宿している。

ここの名物店長だ。

「おっさん、聞いてくれよ。

狂歌が酷いんだ。

セクハラ料ってぼったくろうとするんだよ。」

「何?昇ちゃん、てめえうちの狂歌にセクハラしたのか!」

あ、やべ。

「してないよ。」

「いや、したね。さっきも私の胸をじっと見てた。」

「なんだ。そんなことか。

狂歌、安心しろ。お前の胸で興奮する男は居ねえ。」

「なんだとクソハゲ!」

「ハゲって、ハゲって言いやがったなこのガキ!

ハゲてませんー。ちょっとおでこが広いだけですー。」

「それをハゲって言うんだよ。」

「ああ゛?やんのかオラ。」

「上等だよクソハゲ。今日こそ引導渡してやるよ。」

「ハゲてねえって言ってんだろ!」

あー、また始まったよ。

こうなると長いんだよな。

巻き込まれる前に帰ろう。そうしよう。

「……じゃあ、お金置いときまーす。」


両肩に衝撃。

デカい手と小さい手が置かれている。

「まぁ、まてよ。昇ちゃん。」

「お前は審判だろ、昇太郎。」

「いや、ほら。僕、今家事手伝いに就職中なんで。

勤務に戻らないとなーって。」

「大丈夫だ。かすみちゃんには連絡しといた。」

おっさんは、スマホの画面を見せつける。

母さんの名前が表示されていた。

昇ちゃーん。

晩御飯までには帰ってくるのよー。

返信が早いアラフィフ達である。


「……はぁ。

で、今日は何で競うんですか。」

「おう。今日はこれだ!」

「チキチキ、新譜早並べ対決?」

はぁ、今日も長くなりそうだな。

「おっし。親父、私は準備出来てるぜ。」

「待て待て、まずは体操だろ。

母さーん、あれ持ってきてくれー。」


「はいはい。これでしょ。

あら、昇ちゃん。今日も狂歌に会いに来てくれたの?

嬉しいわぁ、孫の顔を見るのも早いかしらねぇ。」

「な、なに言ってんだよ母さん!

私はこんなやつ別に……。」

この人が狂歌の母親。

町で美人と評判の由美子さんだ。

「はは、由美子さん。楽しみにしててください。」

「な!」

「あらあら。」

「おーい、母さんまだかー。」

おっさんが店の外から顔を出す。

「はーい。はい、昇ちゃん。

持っていって。」

「はい。ほら、行くぞ狂歌。」

「……うぅ。」


僕は渡されたカセットプレイヤーを持って店を出る。

「じゃあ、いきますよー。ほいっと。」

プレイヤーから軽快な音楽が流れる。

日本人なら誰でもできるあの体操だ。

僕達は3人で店の前に並ぶ。

「てーんてーんてててて、てんてんてててて

てててててててててててててててってててて。」

おっさんは今日も元気だった。

て、多くね?と思うのも、いつものことだ。

元気なおっさんと恥ずかしそうな狂歌もいつも通り。

「狂歌、今日はいつもより赤くないか?」

「お前が!

…はぁ、もういいや。

そういうやつだよ、お前は。」

何のことかは分からないが、

また僕が何かしたんだろう。

さっきのが冗談だってことぐらい、

長い付き合いだから、きっと分かってるだろうしな。


仲良く体操を終えた俺達は、対決の場へと戻る。

「じゃあ、ルールを確認しますよ。

ここに、今週発売の新譜が3種類あります。

ですが、これらにはまだブースがありません。

そこでいかに早くブースを作り上げ、

この3枚の新譜にまでたどり着くかで勝負、

でいいんですよね。」

「ああ、それでいい。

ブースの完成度は昇ちゃんが判断してくれ。

昇ちゃんがダメと言ったらやり直しだ。」

「了解しました。

狂歌もそれでいいか?」

「おう。いいぜ。」


「じゃあ、いきますよ。

よーい、スタート!」

「「うぉおおおおおーーー!!!」」

二人が凄い勢いで駆け出す。

出だしは互角だ。

CDを割らんばかりの勢いで陳列していく。

二人とも目がマジだった。


二人が勝負に熱中している間、

僕はキルバニの新譜を聴くことにした。

うん。

そう言えば僕、この為に来たんだよな。

何とも言えない脱力感に襲われながら、

店の視聴コーナーへと向かう。

使い古されたヘッドフォンをつけ、

歌詞表へと目を移す。

「ユー…ニード、ア…リーズンか。」

いい曲だな。

歌詞がいい。

ボーカルの声と、アップテンポなリズムが気分を高揚させる。

思わず聞き入ってしまった。

勝負の事を忘れるぐらいに。

結局、全13曲全てここで聴いてしまった。




両肩に再び衝撃。

こちらも変わらずデカい手と小さい手。

冷や汗が流れる。

「「昇ちゃーん。審判はどうしたのかなー?」」

おっさんと、ギリギリまだJKのデュエットだった。

「あ、えっと、終わりました?」

「「とっくにな!」」

「…ブースの評価は?」

「母さんがやったよ。」

「はぁい、やりましたよぉ。」

「す、すみません。」

「全く昔からそうだよな、昇太郎は。

集中すると周りが見えなくなる。

悪い癖だぞ。」

「ごめんごめん。

次はちゃんとやるからさ。」

「本当かよ。」

「本当、本当。

ってもうこんな時間か。

僕、帰るよ。」

「おう、昇ちゃん。

また来いよ。」

「またねぇ、昇ちゃん。」

「またな。」

「はい、それじゃ。」


店を後にし、家路につく。

空はオレンジ色に染まっていた。

あの家族に捕まるといつもこれだ。

10分で済む買い物が、10倍の時間になる。

まあ、楽しいからいいんだけどさ。

狂歌をからかい、おっさんと話をし、

二人の勝負を見届ける。

これがいつものパターン。

僕の日常だ。




「ただいまー。」

……………。

やけに静かだ。

「母さーん?」

返事はない。

何処かに出かけているのかな。

靴を脱ぎ捨て、家へと上がる。




「……何の臭いだ?」

異臭を感じ、リビングへと向かう。

思えばこの時、

もう少し早く狂歌の所から帰っていれば、

こんなことには、

ならなかったのかもしれない。





リビングで、何かが、腐っていた。

「な、なんだこれ。」

その汚物は、部屋中にばらまかれ、

鼻につく悪臭を放ち続けていた。

そして部屋の真ん中。

僕らのいつもの食卓の上には、





母さんの顔が置かれていた。










「は?」

意味が分からなかった。

その母さんの顔の様な物体は、部屋に散らばる汚物と同様に、

腐り果てていた。

さっきまで、普通に会話をしていたのに。

さっきまで、動いていた筈なのに。

何だこれ。

何だこれ。

何なんだこれは!!!


「…誰が、誰が!

誰が母さんを、

誰が、誰が誰がぁー………。」

認めない。

俺はこんなこと認めない。

認めてなるものか。

元気だったじゃないか。

いつも通りだったじゃないか。

いつもの母さんだった。

母さんはこんなんじゃない。

これが、

こんな汚いものが、母さんであるはずがない。

何かの間違いだ。

そうか、夢だ。

夢なんだろ。

夢なんだよな。

そうでなければ認めない。

認められるはずがないじゃないか。


「あ、あ、はは、あはは、ははははは……。」

そうだよ!

認められないなら消せばいい。

全部消えてしまえば、俺はこれを認めずに済む。


消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ。

消えてしまえ。


全て、消えてしまえばいい。





「おう、昇太郎。忘れ物か?」

「…………。」

「おい、どうした?

私が話しかけてるんだから無視すんな!

って、お前、泣いてるのか?」

「………悪い。」

「おい!昇太郎!」


「親父、昇太郎のやつ、泣きながら走って行ったんだけどよ。」

「昇ちゃんが?

あいつが泣くって、そんなわけないだろ。

あいつはガキの頃から、

俺が拳骨くれても笑ってる様なやつだぞ。」

「そうだよな。

だから、余計に気になるんだよな。」

「まあ、

男にも泣きたいときぐらいあるってもんよ。

そっとしといてやんな。」

「…うん。」



その夜、全焼した遠藤家が発見された。

隣人からの通報で駆けつけた警察が容疑者として挙げたのは、

息子の昇太郎だった。

昇太郎は、駅のホームで座り込んでいるところを確保された。

この事件では、不思議な現象が確認されている。

一つは、母親の死体が散らばっていること。

まるで、誰かが意図的ばら蒔いたのではと思うぐらい、

遺骨のような物が散乱して見つかった。


もう一つ、この事件が証拠不十分として、

刑期の大幅な削減となった理由でもある。

家が全焼しているのに、誰も炎を見ていないと言う点だ。

通報があったのは、家が焼け落ちた後、

気づいたときには、隣の家が無くなっていた。

そんな通報だったのだ。

火元の特定も出来ないほど、綺麗に全てが燃え尽きていた。

警察は、自分やったと言い続ける昇太郎を逮捕。

昇太郎は禁固1年の実刑判決を受けた。


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