転移
目が覚めると、そこには大量の木々と草、大きな池が近くにあり、どこかで見たことがあるような景色が広がっていた。
「間違いない...ここは俺が最後にワールドロード・オンラインでログアウトした場所だ...」
そう、そこは俺がゲームの世界で最後に立ち寄った狩場であった。
とはいっても、ギルドハウスがある町まで戻る途中に立ち寄った場所だったため、名前もどんなところかも忘れてしまったが、風景だけはくっきりと覚えている。
これはどういうことなのだろうか。
ゲームの世界に入った!?
いや、そんな非現実的な...だが、実際この場所はあの世界と同じじゃないか。
そんな風に思考を張り巡らせていると、後ろから思いっきり棍棒で殴られた。
突然のことであったため、受け身を取れず、そのまま岩まで吹き飛び激突する。
「痛ッ...ってあれ?そんなに痛くない、それにあれは...」
そいつを見て驚いた。
そいつの正体はワールドロード・オンラインで一番最初に敵として現れる魔物、インプであった。
「たしかこいつは、初心者フィールドで、デカイくせに何匹も一気に出てくるせいで、うざい敵ランキングでも上位に入るほどのウザさを誇った、インプ族長!」
族長とは名ばかり、ゲームの時は周囲を見渡せばゴミのようにいた、ウザイ敵だ。
しかも序盤のくせに結構攻撃力が強いので油断したらやられてしまうくらいの強さはある、初心者の頃は何度もこいつに殺されたものだ。
だが、ラッキーなことにそいつは1匹でかかってきたようだ。
「......よく見たら俺もゲームで使っていたキャラっぽいし、後ろに大剣背負ってるし、やっぱりゲームの世界に来たということでいいのか?...」
今の俺の姿はゲームを始めたばかりのときに何時間もかけてキャラメイクをした努力の結晶。
身長150センチほどで金髪セミロングに緑色っぽい瞳の女の子だ。
ゲーム内では公式が企画した可愛いキャラ選手権に選ばれるほどの完成度で、万人受けする可愛さをモチーフに作ってみたのだが、まさかそれが自分になるとは...
ゲームでは見た目に重視していたため、結構な金額課金してようやく当てたアバター装備を着用させていたのだが、今の俺はおそらくゲーム内では初期装備となる汚くて薄い服装に皮作りのスニーカー、後ろにはボロボロで刃毀れしているような大剣を背負っている。
なぜ大剣なのか、それはおそらく最後にレベル上げを完了したのがスレイヤーという大剣を振り回す職だったからだろう。
ゲーム内ではインプ族長くらいなら余裕で倒せたのだが、現実となれば1匹相手するのも緊張する。
そして、徐々にインプは近づいてくる。
そこである変化に気づく。
「ゲーム内では近づいてきて殴るだけだったインプがちゃんと相手の動きを読んでいる? 思考するようになったのか?」
そう考えたのだが、それは当たり前のことだ、ゲームではプログラムされた動きしかしなかったが、現実ともなれば生物の本能くらいはあるのだろう。
相手の様子を見るようになったインプ。
文字だけならば大した事ない様に思えるが、これは大問題だ。
今までは、近寄ってくるのを切り捨てるだけで良かった、だが、思考するようになったのであれば、ガードもされるだろうし、攻撃に関しても単調ではなくなるだろう。
それに、今の慣れていない俺の体。
「やばいな、少々不利に思えてきた...」
そう思っている間にもインプからの攻撃は続く、インプはそんなに大きくはないものの、今の俺は身長150センチ程だ、インプのくせに上から目線で攻撃してくる。
その上、何倍もデカイ敵からの攻撃ではいちいちのけぞってしまい、反撃もままならない。
こんなことになるならもっと強そうにしておけばよかったかな、なんて思いつつも後悔はしていない。
自分の思う通りのキャラが作れたのだ、実際にキャラに入って実感した。
このキャラ、最高に可愛いわ~...
ここで、勘違いしないでほしいのは、俺が変態だというわけではないということ。
ワールドロード・オンラインのプレイヤーキャラの8割は女性キャラでしかも身長も小さめに設定することが多い、つまり、ゲーム内キャラので大半は幼女なのだ。
MMORPGなんてだいたいそんなものだ。
だが、そんな努力もここで死んでは水の泡だ。
さて、どう反撃したものか...
確かスレイヤーの初期スキルは縦から下に向けて切るだけの簡単な技だったな。
真似してみるか。
そう思い、実行に移す。
次の攻撃のときに交わして一撃入れてやろうと思ったその時。
インプがいきなり攻撃方法を変えて突進してきたのだ。
「うわっ!」
びっくりした俺は横に倒れ込むように緊急回避する。
そして、勢い余って走り去るだろうと思っていたインプはその場で踏ん張り止まり、こっちに棍棒を振り上げてきた。
「なっ...」
インプの戦闘力に多少驚きもしたが、想定範囲内だ。
横に転がって回避した俺はネック・スプリングで立ち上がるとインプの背後に周り横から斜め上方向に向けて思いっきり大剣を一振りする。
その時、俺の想定範囲外のことが起きた。
剣を振り上げた瞬間にインプと一緒に周りの木や草も切れて天高く上空に舞い上がったのだ。
「これはレベル50前後で覚えたはずの剣技、たしか、素早く力強く切り上げることにより闘気を消費して大きなかまいたちを起こす技だったかな」
そんなレベル帯の技を使えるとなると、俺のレベルはそのままなのか?
HUDが無いのが悔やまれるな...
そんなことを思っているときだった。
「あれ、HPとMPと闘気の表示が見える...」
いや、正確には見えているのではない。
見えていないけど感覚的に見えているのだ。
わかりやすく言えば、視界には入っているがそんなに気にならない程度の前髪のように、ステータスが視界に固定されて、しかもぼんやりと薄くなって見えている。
流石に細かい量まではわからないのだが、大体の量がゲージで表記されていて、状態異常を表示する場所もついている。
何より不思議な事が、職業欄に何も書いておらず、レベルのところには2160と書いてあるのだ。
最初はなんでこんなことになっているのか、不明だったのだが、色々考えているうちにすべての職業のレベルを足したものだと気づく。
俺のキャラの全職業のレベルは120で職の数は18種類、すべてを合わせるとそうなるだろう。
インプ族長のレベルは大体1~10程だろう。
レベル差が違いすぎる、道理でさっきの攻撃に痛みを感じなかったわけだ。
大抵のレベル制ゲームと言うのはレベルの概念がとても重要で、レベルが離れてしまえばダメージを与えるのすら難しいくなってしまう。
その上、相手のレベルが高すぎるとこっちが一撃で殺されるなんてこともよくある話だ。
ゲームではレベル100からPVPが解禁されていたのだが、なぜ80からなのかというとこれが理由だ。
集中すれば集中するだけより鮮明にHUDが見えてくる。
どれだけ集中しても体力欄の数字までは出てこなかったのだが、ゲージははっきりと見えるようになった、そして、マップも右上に表示されている。
残念ながらマップはかなり集中しないと出せないせいで戦闘中や普段から使っていることは不可能っぽいのだが、体力ゲージの方は問題なさそうだ。
マップはそんなに使い所はなさそうだな~、発動までの時間がかかりすぎる。
それから、色々と試して発覚したことをまとめよう。
まず第一に、この世界はやはり「ワールドロード・オンライン」ということで間違いないようだ、いくつか違う点もあるのだが、世界観、登場する魔物、剣技に於いて類似する点が見つかったことが大きい。
だが、それはアバウトなもので、ゲームでできていたこで、こっちで出来なくなっていることも多い。
第二に、俺の存在について、状況から考えるに転移してきたのだが、理由ははっきりしていないし、別に地獄に来たわけでは無い、せいぜい楽しませてもらうとしよう。
第三に、レベルもそうであったように、スキルや魔法も職の隔たりなく使用できるということ、さっき試してみたのだが、驚くことに剣技も魔法も召喚も... 様々な職業のありとあらゆる攻撃、防御、回復手段を行使することができたのだ。
これについては大きな収穫で、俺がメインとして使っていたのがソーサラーだったので一気に使いやすさと戦闘力が出てきた。
ソーサラーのスキルには課金して得た能力が凄く多いのだ、それこそ普通のプレイヤーたちと何倍もの差が出るほどに。
通常、レベル120で覚えられるスキルと魔法は、総計240程なのだが、それを全部取っていると器用貧乏になりやすく、色々な魔法は使えるけど威力が弱くて相手に通じないというジレンマが発生してしまう。
俺の場合は覚えている魔法は100個ほどで、課金アイテムを使ってそのすべての魔法をフル強化しているので威力は申し分ない。
といっても、相手によって使う魔法を選別して、スキルスロットに入れられる分だけの魔法を使用することしかできないから、全てを熟知しているわけでもないのだが。
スキルにしても、強化されていないスキルなんて無いも同然だ。
俺の持っている数十のスキルのうち、七割ほどはパッシブスキルで、MP自然回復やHP自然回復と言った地味なものをたくさん入れている、だが、こういう地味なものを入れておくといざという時に役に立つことも多い。
あとのアクティブスキルは攻撃、防御、回復と様々なのだが、強力な代わりにCTが長く、使うときにはタイミングを間違わないことが重要になってくる。
装備もそうだが、このゲームには課金要素がとても多い、これだけの要素を基本無料で遊べるから文句は言わないのだが、課金によって力の差が大きく広がってしまうほど、金の力は強いのだ。
そして最後に、インベントリが使えたということ、これに関しては言うことなしだ、今まで集めてきた大量の素材アイテムや消費アイテム、装備品から課金アイテムまで、なんでも取り出したり収納したりできた。
このインベントリの発見により、戦力が大幅に変わった。
まず、消費アイテムを使えると言うのは大きい、HPポーションとMPポーション、バフアイテムなんかを大量に溜め込んでいた俺は自分をフル強化できるようになったと言っても過言ではない。
そして装備だ。
今までは、何故か初期装備の薄汚れた感じの服装に革靴だったのだが、インベントリから様々なレイドボスたちのドロップ品とレジェンダリークラスの素材品をふんだんに自力で作成した、様々な特徴、特殊効果付きの装備達。
ガチャで何回も回してようやく手に入れた、どう見ても戦闘には不向きと思われるフリルワンピースに真っ黒な帽子付きローブのような物をかぶった見た目のアバター。
そして、ゲームの中で最強装備とも言われていた、持っているものも数人ほどしかいない武器の数々。
このインベントリの発見により、俺は一気に強くなれた、インベントリの性能自体とんでもなく便利なのだが、これがレアな能力だったりした場合に周囲から危険視されるのも嫌なので他には伏せておくとしよう。
ちなみに、このインベントリも課金アイテムによって普通は10×30のボックスが5枠ほどなのだが、10×50のボックスを10枠使えるほどにまで拡張されている、一つのアイテムは一スタックに999個スタックできて、ものによっては9999個スタックできるので考えるだけでも恐ろしい量のアイテムを保存することが可能だ。
アイテム欄だけそんなにいるのか?と思われがちなのだが、このゲームではとても重要だ。
消費アイテムの数々の量が尋常じゃないほど多いし、それが無いと高レベルボスのソロ撃破は難しい。
それに、生活関連のアイテムも入れないといけない、戦闘関連のアイテムも入れなきゃいけない、それだけでも5枠くらいは埋まってしまう。
事実、今余っているのは残り2枠ほどだ。
このままゲームをやっていたらおそらく増え続けていただろう、現段階だとこれが最大まで増やした状態だったので、あふれるようならギルド保管庫にでも入れておこうかと思っていた。
そんなこんなで様々な実験と調整、自分の状態なんかを見直したりしていると時間はあっという間に経ち、気づいた頃には夜になっていた。
それから色々やっていると、魔法に関しては自分が覚えている魔法以外でも使用することが確認できた、威力こそ大したことないのだが、自分の想像した魔法を使えるというのは楽しいものだ。
なにせ、今まで、できなかったことができるのだから。
日本にいた時どれだけ思ったことか「魔法を使いたい!」それは多くの中高生たちの夢といっても反論されないだろうな。
それに、自分が習得済みの魔法でもある程度の自由はきくようだ。
例えば、上から下に向かって高威力の雷を発生させる魔法、ゲーム内では”ライトニングボルト”と呼ばれていたのだが、それを縦から下ではなく横から横へと流すことも可能だった。
探せばいくらでも応用がききそうだが、それは後々試すとしよう。
それからの記憶はなく、目が覚めたとき、空は明るく、草木は朝風に揺られてなびいていた。
「うっ、まぶし...そうか、そうえばゲームの世界に来てたんだっけ...なんかテンション上がるな~!」
いつもの部屋での目覚めではなく辺り一面に広がる緑の大地を目の前に気合を入れて、「よし!今日も頑張るか~」なんて、意気込んで見る。
鏡があるなら鏡がほしい。
自分のこのかわいい姿を一日中鑑賞してやりたいくらいだ。
だが、そんな呑気なことも行っていられない。
不思議と喉も渇かないし、腹も減らないのだが、推測するに体の器官は働いていなさそうだ。
食べ物も食べれるし飲み物も飲めるのだが、食欲なんかは一切ない、そのへんはゲームのままなのだろう。
ほんとに人間なのかよ、と一瞬思ったが、悪いことではないのでよしとする、食べたものはどこに行ったのかという疑問は残ったのだが、考えてもしょうがないので保留した。
とりあえず、今日一日で何処かの村に行って、この世界の情報を聞き出したいところだ。
無知というのはどんな弱点よりも弱点になるからな。
情報収集をしなければ今の俺は最弱も同然だ。
そう思い、あるき出そうとした時。
「「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~っ!!!」」
遠くから若い男の声が聞こえた、ここで、積極的に自分からイベントに参加するタイプの人は一気に走って現地まで行くのだろう。
だが俺は違う、アサシンレベル120の実力を使い、木と木の間を音もなく気配も消して移動していく、その姿はまさに暗殺者と言った感じで、その速さには自分でも驚いてしまうほどだ。
あっという間に悲鳴の上がった場所までたどり着いたのだが、そこで見たものはなんともくだらない光景であった。
そこには、一つの大きめの馬車と、倒れている老人、それを守るように若い男達が剣や弓を持ち、現れた魔物に応戦していた。




