異世界転移した俺の名前が『おちんぽ』な件
ハートアース・ディスティニー。
昔からよくある、選ばれた勇者が世界を滅ぼそうとする魔王を倒すというストーリーのRPGなのだが、最近ネット小説なんかで流行りの中世ヨーロッパのような街並みや、多彩なスキルの組み合わせが話題を呼び、大ヒットしたゲームだ。
大学生になり暇を持て余した俺は、早速そのゲームを買って遊び始めた。ゲーム機本体を起動し、買ったばかりのゲームのオープニングが始まり、スタートを押せばチュートリアルが始まる。
「まずは名前を決めるのか……」
と、ここで気でも狂ったのか、ある思いつきをしてしまう。
俺はカーソルを動かし、キャラクターネームの欄に、お、ち、ん、ぽ、と入力する。
いつだったかネットで見た、登場する女の子キャラクターに卑猥な名前を言わせる、というものをやってみようかと思う。
このゲームには、ツンデレ気質な女騎士や、大人しく弱気な修道士、陽気な性格の女戦士など、発売前の発表から人気のあるキャラクター達が多かった。そんなキャラクター達に、『おちんぽ』と言わせる。笑えるし、ちょっと興奮する。
決定を押せば、「あなたの名前は『おちんぽ』でよろしいですか?」と表示される。それだけで絵面が面白く、飲んでいたコーヒーを吹き出してしまう。まるで小学生男子みたいだが、たまに見るとツボに入るのはなんでだろうな。
吹き出したコーヒーがゲーム機やコンセントにかかり、バチバチと火花を散らし、次の瞬間、
視界がまばゆい光に奪われてしまった。
――――――
そんなことがあった日から1週間。
どうやら俺は異世界転移というやつをしたようで、あのゲーム、ハートアース・ディスティニーの世界へと来てしまっていた。
中世ヨーロッパを思わせるような風情ある街並み。現実世界ではまずあり得ないエルフやドワーフといった亜人類達。そして、この世を滅ぼさんとする、魔王とその配下の魔物や魔獣。
退屈な日常に飽き飽きしていた俺にとって、その全てが新鮮で、眼に映るもの全てがキラキラと輝いて見えた。
命をかけた戦いは怖いが、それを有り余ってこの世界に来ることができて良かったと思っている。
ただ、大きな問題が一つ。それは……
「どうしたおちんぽ! さっさと立て! まだ今日の稽古は終わってないぞ!」
この痴女にしか聞こえないセリフを放ったのは、この国の女騎士、エレッタ・ランクール。女性でありながら騎士の座を掴み取り、今は俺の護衛兼、剣の先生をしてくれている。
そんな彼女がなぜおちんぽなどと言っているのかといえば、おちんぽと言うのは、不本意ながらこの世界での俺の名前だからだ。
異世界転生をする際に、ゲーム起動時につけた名前がなぜか俺の名前になってしまっていた。元々の名前は発音すらできないようになっている。俺が一体何をしたと言うのだ。
国の中心に攻め入ってきた魔物を打ち取ったり、勇者として讃えられ褒美をもらったり、全てが順風満帆に思える中で、この名前だけが足を引っ張っている。
「おちんぽってばもうへばっちゃったの? だらしないなぁ」
次に現れたのは女戦士、ミレネ・ディセイ。ショートの髪が似合う活発な女の子だ。そんな彼女にあんなことを言われると、わかっていても俺の息子まで元気が無くなってしまう。
それはともかく、つい先日まで普通の大学生だった俺にそんなに体力があるわけではない。元の世界にいた時よりは強くなっている気がするが、チートというほどではない。エレッタやミレネの方が強いぐらいだ。だからこそこうしてへばるまで稽古をつけてもらっているわけなのだが。
「おちんぽさん、元気になってください」
修道士であるリリ・ユーストリアが魔法を唱えると、まばゆい光が俺を包み込み、疲れが吹き飛んでいく。セリフのせいで息子も元気になっていく。
……確かに、ゲームのキャラとして見ていた時はそういったことを言わせたいと思っていたのだけれど、俺の名前として言われたいわけじゃない。
そして極め付けはこれだ。
「おお、勇者おちんぽよ。今日も稽古に精が出ますな」
この国の国王、ウィンセード・ゼンブルグ。ヒゲを蓄えた爺さんなのだが、国を治める手腕は一流である。
この爺さんに、俺の名前――あくまでこの世界のだが――を呼ばれると腹立たしい。なにが悲しくて男におちんぽだのおちんぽ様だのと言われなくてはならないのか。
ただ、この爺さんが言うには魔王が持つ特殊なアイテムの中になんでも願いの叶う杖があるらしい。その杖を手に入れて名前をどうにかするのが今の俺の目標だ。
「さぁおちんぽ!もう一度やるぞ!」
「おちんぽはやく立ちなよぉ」
「おちんぽさん、がんばってください!」
「ほっほっほ、おちんぽ殿たちは元気ですなぁ」
願いを叶えるまで、俺の精神は持つのだろうか……。